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ダンジョンブレイカー/ザッツ  作者: 暮内薄野
第三章 運命集うは千尋の闘技場
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 ザッツたちは、肉塊の魔物と交戦している。

 敵の動きは鈍重であり、怯ませつつ距離を取るヒットアンドアウェイ戦法によって戦線が維持できている。防戦一方なのは否めないが、目的は足止めなのだから分が悪いというわけでもない。

 その立役者となっているのが――サカナの召喚魔術ガーディアンだ。


「まさか、あのわんころも呼び出せるとは思わなかったぜ」


 ザッツは、サカナがグラスドラゴンを召喚するだろうと踏んでいた。しかし、この召喚はデメリットが大きい。何故ならドラゴン種の維持に必要な魔力量は尋常ではなく、今のサカナであればもって一分しか持たないだろうと予想がつくからだ。そのあとは、再び彼女を抱えて逃げ続けようと考えていた。

 ところが、実際に呼び出されたのはシレットが倒していたダンジョンボス、キングコボルトの方であった。

 今ザッツとサカナの二人は、そのキングコボルトに担ぎ上げられて、縦横無尽に会場内を走り回っているところだった。


「魔力は持ちそうか?」

「ん、たぶんこの子だったら、三十分はなんとか」

「だったら十分だな。このまま安全圏から怯ませ続けて、姫さんの援軍を待つとしようや」


 ザッツは荷物から『ヘパイストスの種火』を取り出すと、それを着火させて空中に火炎球を作り出した。


「そらよっ」


 それに波状槌を打ち込んで、肉塊の魔物に吹き飛ばす。

 火炎球が直撃すると、炎熱が一瞬で体皮を焼き、発生した爆音が魔物を怯ませる。


「Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa……ッ!」


 そうして怯んだ魔物に対し、他の勇敢な闘士たちが追撃を浴びせる。

 ある者は弓を引き絞って放ち、ある者は魔術式での攻撃を試みていた。

 傷がついた部位からはドス黒い血が噴き出して、大気に触れたそれはすぐに鉱石へと変わっていく。植え付けられる前のダンジョンシードと同じ色、虹色の輝きを放っていた。


「このままいけば、わたしたちだけで勝てちゃうかもっ」

「そんな上手く行くわけねえよ、さっきのオレちゃんの試合きちんと見てたかよ」


 サカナは、ザッツとルディオラの試合を思い出す。

 あのときは、ルディオラから鉱石の翼が生えてきたかと思えば――強力な衝撃波を放ち続けて、闘技場が阿鼻叫喚に包まれていた。

 もしグラジオに植えつけられたそれが、さらに上をいくダンジョンシードであったならば、何が起こるのか想像がつかない。

 そんな時だった。


「Guuuuu……」

「うごきが、とまった?」


 肉塊の魔物はぴくりとも動かなくなって、リングの上で静止してしまった。


「倒せたのかな?」

「なんだか、嫌な予感がするけどな」


 ザッツは波状槌を握り込み、今のうちにダンジョンシードを破壊してしまおうかどうか考えていたが――異変はすぐに起こっていた。


「やはりな」


 肉塊の魔物は、その背中にあたる部分から――やはり身の丈以上もある、巨大な鉱石の翼を生やしていた。それも一対ではなく、二対だ。

 魔物自体が大きいのに、その翼とあってはスケールが違う。そして四枚の翼はそれぞれ不気味に輝くと、力の収束が始まっていた。


「あ、あんなもん撃たれたら、どうなっちまうんだよ!」


 ルディオラのときでさえ、観客から死人を出すほどの破壊力を帯びていた。

 近くにいたザッツなど、風圧に飛ばされないようにするだけで必死だったのだ。

 それを考えると、ここは離れることが正解だとザッツは思う。


「あの形態に移行してるってことは、こっちを狙ってるわけじゃねえんだ。さっさと逃げちまおうぜ、サカナちゃんよお」

「……」

「サカナ?」


 ザッツは、呼びかけても答えないサカナに視線を向けた。


「え」


 サカナの顔は、明らかな怒りに満ちていた。

 今までにザッツが見たこともないような鬼の形相だ。

 まるで、違う人格が出てきたかのような。


(こいつもダンジョンシードを持っているはずだから、感応か共鳴してるってことなのか――?)


 サカナがおもむろに口を開いた。


「いいザマだわ。…ああでもならないと、わたしたちの苦しみは分からないものね」


 邪悪な笑みを浮かべながら、楽しそうにそう言った。


「おい、サカナしっかりしろ。キングコボルト動かせるのはお前だけなんだからよ!」


 ザッツは、心ここにあらずといったサカナを前後に揺すっている。

 それでようやく彼女は反応を示した。


「ん……、ザッツ、どうしたの」

「ああ、気がついたか」

「えっ……、ま、また変なところ触ったでしょ!」

「んなこと言ってる場合じゃねえっ、さっさとあのでかいやつから距離を取れ!」


 二人は肉塊の魔物に視線を向ける。

 すでに巨大な鉱石の翼からは、エネルギーの収束が見られなくなっていた。


「げえっ、もう充填し終えたのかよ!」

「えっ、えっ」

「はやく離れるんだよ!」


 キングコボルトが二人を抱え、離れようとした瞬間だった。


「駄目だ、間に合わねえ!」


 それは発動した。

 巨大翼から全方位に放たれる、圧倒的な衝撃波が闘技場の破壊を始めた。


「きゃあっ」


 波と波が重なり合う場所に生まれる、破壊力の増大点――極光に輝く剣線が何十何百となって魔物を中心に広がっていく。ルディオラが放った時の倍以上もの量だ。


「がゃあああああああああっ」

「ぐええええええええええっ」


 それが駆け抜けたポイントは連続した爆発となって凄まじい被害をもたらした。大多数の観客が避難をしていたことが幸いだったが、巻き込まれた人間は尽くが耐え切れずに絶命していた。


「くそがあああっ」


 ザッツは叫んだ。

 彼らにも当然、輝く線たちが迫っていた。

 触れれば、確実に生き残ることはできない。文字通りのデッドラインだった。


「ザ、ザッツ!」


 避けられぬ死を目の前にして、サカナは違うものを見つめていた。

 その人物は電光石火のごとく駆け抜けてきたかと思えば、キングコボルトの前に陣取った。


「お待たせ、お兄さん」

「ニナ!?」


 そこに現れたのは、商品として捕まっていたはずのニナだった。

 既に魔力を注ぎ込んでいた大剣を、彼女は躊躇うことなく振り下ろす。


「暴発だろうが関係ないもんねっ」


 今のニナは、その『法技アーツ』をうまく使いこなせない。

 最大までチャージしたその技を、ジュレイドに一発たりとも当てることができなかったのだから。しかし、今回のように巨大な魔物が相手、はたまた面となっている攻撃に対しては――十分に当てることが可能だ。


「喰らえ疾風怒濤の大剣技――ドラゴンズ・ブレス!」


 満を辞して、それは放たれた。

 堅い地下水道の壁でさえ、粉々に砕いてみせたその破壊力。

 東方の竜のように激しくうねりながら、極光の線すべてを飲み込んでいき――その渦の中で爆発が巻き起こる。

 ニナの攻撃は、見事に鉱石の翼がもたらす殺戮の波動と相殺してみせた。


「無事だったんだな!」

「うん、こんな格好で申し訳ないけどさ」


 振り返ったニナは、布切れ一枚で体を隠している危うい状態だった。


「またお兄さんに服買って貰おうと思うけど、いいよね」

「真っ当に稼いだ金で、何とかしてやるよ」

「ニナちゃん、あの……」


 サカナは心配そうな顔を浮かべて訊ねる。


「泣いてる、んだよね……、なにか酷いことされたの」

「ん」


 ニナは涙を拭いながら。


「……」


 自分の身代わりを引き受けてくれた、ある女性のことを思い出した。


「そんなことはされてないよ。…ただ、こうしてまたお兄さんやサカナちゃんに出会えて良かった、って嬉し泣き」

「う、うん」

「それよりも、こいつを何とかしないといけないんでしょ」


 肉塊の魔物は、再び動き出していた。

 ところが、鉱石の翼のエネルギー充填をするのではなく――先ほどと同じように、サカナを狙って追いかけてきているようだった。


「しつけー野郎だな、どうしてそこまでサカナを狙いやがるんだ」

「Gyururururururururururu……」


 肉塊の魔物は、三人の前に立ち止まる。


「……ぞんなの、決まっでいるだろう」


 そこで、肉塊の魔物は――意味を持った言葉を喋った。


「し、しゃべった」

「お前はグラジオなのか、それともダンジョンシードの方なのか」

「……」


 ザッツの更なる問いには答えず、


「此処で殺じでおがなげれば――ぞの女ば、いずれ災厄をもだらず」

「どういう、ことだ」


 そこでサカナが口を挟んだ。


「あなたには関係ないことだから、安心してよ」


 サカナは何かに取り憑かれたかのように、再び暗い顔になっていた。


「サカナ? ……お前、またか」

「お、おにーさん、サカナちゃんどうしちゃったのさ」

「アイツは鉱血病ヒュムライトなんだけどな、その原因がダンジョンシードを取り込んだことにあると分かったんだ。それで、何かのきっかけでダンジョンシードが覚醒めざめちまうと、違う人格が出て来ちまうらしい」

「ふふ、それはどうかしらね」

「違う…、ってのか?」

「今はそんなことどうでもいいでしょう。…それよりも」


 サカナは肉塊の魔物に振り向くと、足を組んで気だるそうにして。


「あなた、『そんな姿をしてる』ってことは、切り捨てられたってことなんでしょう――なのにまだ、わたしの抹殺を企てているなんて、本当に馬鹿みたい」


 くすくすと小馬鹿にするような態度を取った。


「ぎざま…っ、我を愚弄ずるが……っ! 『二等級民』であるごの我を……っ!」


 肉塊の魔物は、キングコボルトもろとも踏みつぶそうと躍り出た。


「サ、サカナ、逃げろっ」

「わたし、そんな変ななまえじゃないのにな。…だいじょうぶだよザッツ、今回はわたしが何とかしてあげるから」


 くすりと妖艶な笑みを浮かべると、サカナの背中から――白い翼が生えてくる。


「なんだ、これ……」

「サ、サカナちゃん!?」


 それはやはりと言うべきか、彼女の背丈以上の大きさを持ち、神々しい光を放っていた。ただし、彼女の翼は一対すら揃っていない、片翼のものだった。


「心を込めて、殺してあげるね」

「ぞればごぢらのセリフだ、劣等民の青二才があああああ!」


 サカナが手を前に出すと、そこにエネルギーが一瞬で収束されていく。


「馬鹿なっ……、ごれが片翼の…、叛逆の乙女の力だど言うのか……!」

「爆ぜろ」


 鉱石の翼が出していたものと同じ、極光に輝く線。

 サカナが放ったものはさらに太くなったもので、肉塊の魔物に一直線の穴を空けてしまった。


「み、みどめん……」


 魔物は断末魔の叫びと共に、体中から爆発を引き起こし――肉片の雨を降らしていた。


「上の奴らは、どんな姿をしてても許さないから」


 サカナは血肉を浴びても動揺せず、粉々に砕け散ったダンジョンシードを見て喜びの表情を浮かべていた。

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