34
ミカドはリングに備え付けられた階段を、悠然と上がっていった。
そして、眼前に堂々と立っている護衛騎士アンフィリテと対峙した。
「……」
二人の視線が交錯する。
先に口を開いたのはミカドの方だ。
「なんとまあ、互いに大変なことになってしまったでござるな」
「それでも、これも仕事のうちだと思って、やらせていただきます」
「ふむ、こうして剣気を飛ばしても動じぬとはな。…お主なかなか腕が立つようでござる」
「先ほどからピリピリするとは思いましたが、やはり仕掛けていましたか」
戦いは始まってすらいない。
しかし、この武士はアンフィリテに対し攻撃を仕掛けているらしい。
「それは東の国家、ヤアマト領の技ですか」
「承知でござったか」
「東国の侍と呼ばれる戦士は、魔術式に依存しない特殊な技を扱うと聞いたことがあります」
「体内に流れる気を練り上げ、それを放出することで物理的な現象を引き起こす技にござる。魔力と異なる事象誘導の体系にありて、ヤアマトでは脈々と世代を経て積み上げた無形の宝でござるよ」
「それを使って、先ほど戦っていた闘士――ルディオラさんを斬ったのですね」
「然り」
「ひとつ訊きたいことがあります」
「ほう」
「観客からの、リングに存在する闘士に向かっての攻撃。これは駄目なのではないですか」
「駄目でござろうな。るーるにもきっとそう書いてあるのでござろう。…もっとも、『審判が分かってなかった』なら問題はあるまいよ。るーる違反に関しての遡及は、試合が終わってしまえば行われない。それまででござる」
「それでは、何故斬ったのか――お聞かせ願えますか?」
「闘技場の恥部を長々と話されては、沽券に関わるというものでござる」
「果たしてそれだけでしょうか。貴方は『ああなる』と分かっていて、そうしたのではないですか」
ミカドがルディオラを斬ってから、彼女の様子が著しく変化した。
暴走としか例えようのない変貌ぶり、ただ傷つけただけではそうはならないはずだ。
「上の階で聞いていましたよ。ルディオラさんは闘技場が用意した狩人と呼ばれる格の人物であったことを。もちろん、観客の大部分もそれを知っていたはずで、オーナーであるグラジオさんの所持物であったはずです。…なのに貴方はためらいもなく彼女を斬りつけた。黒服の連絡役を通すこともなく」
「果たしてそれは、何を意味するのでござろうか?」
「オーナーとの癒着――だけでなく、貴方も鉱血病の研究に関して一枚噛んでいるのではないですか」
「ほほう、大した推理力でござる。…で、それが真実だとするならば、どうなるのでござろうか」
「少なくとも法とは無関係に、この闘技場の真実を白日のもとに晒せば、悲しむ人が減るということです」
アンフィリテは自らの騎士剣に手をかけた。
「そして、それができるかどうかはこの戦いに掛かっている。故に勝たせていただきます」
「良い闘志でござる。この地下闘技場にて、拙者に対して大義を掲げ戦いを挑んできた者は一人として覚えがない」
それに応えるように、ミカドは刀の鯉口を切った。
「では開演めよう――千尋の戦場、そのひえらるきーの頂点を決める死闘をな」
構えに入ったところで、実況の声が静寂を切り裂いた。
「な、なんということでしょうッ! 鮮血注ぐ黄金の湖において一人しか存在しない『S』ランク、絶対王者のミカド様の対戦カードが数ヶ月ぶりに実現したのですッ! 度々の試合順繰り上げのお詫びを申し上げますッ! しかし、それだけに価値のある一戦になると私は確信しているのですッ! それでは参りましょうッ! 挑戦者サイドに居られるは――えー、諸事情により詳細は控えさせていただきます、というか察してくださいッ『謎の挑戦者』エックスッ!」
実況の言葉を受けて、会場は少しずつ賑やかになっていく。
ザッツは客席で薬草を貪りながら呟く。
「ねーちんそんなヤツとやるのか。…なんでそういう流れになったんだ?」
階上でシレットは笑っている。
「あはは、エックスだってさっ」
「さすがに、王族近衛兵の名を出すわけにはいきませんからな」
実況の言葉が続く。
「その挑戦を受けるのは、我らが闘技場『S』ランク闘士――『日出づる処の闘士』ミカド・カムクラッ!」
その名が呼ばれたとき、観客の盛り上がりは最高潮になった。
一攫千金を夢見て訪れる者もいれば、見るに堪えない下品な見せしめが目当てな者もいる。そして、それらの目的よりも――この闘技場の中では、血湧き肉躍る戦いを見たい者が圧倒的多数であった。
「両者位置について――闘技開始ッッ!」
戦いの開始を告げる、鐘の音が響き渡る。
先に動いたのはアンフィリテだ。
抜刀と同時に、彼女が得意とする『法技』の詠唱に入っている。
「『治水』の勇者ハイドラよ――御身の名の元に、」
「遅い」
ミカドが刀の柄を握った瞬間だった。
それはまだ抜刀前の姿勢であるにも関わらず、アンフィリテは斬撃を幾重にも受けていた。
「ッ!」
致命傷に至らないかすり傷のようだが、魔術式を発動するために必要な魔力を送り続けることができずに、彼女の詠唱は中断された。
ミカドは抜き身が少ししか見えていない刀を親指で収めると、構えを崩さずにじりじりとアンフィリテににじり寄っていく。
「『治水』の勇者ハイド――」
「それも無駄だ」
二度目の斬撃群。
アンフィリテはまたしても傷を負い、バランスを崩した。
先ほどと同じく、詠唱を続けることができなかった。
「……なるほど」
「焦りが表情に出ないおなごでござるな」
「感情表現が乏しいと、友人にいつも揶揄されてはいます」
「で、見えたか」
「少し時間はかかりましたが、仕掛けを教えて貰って見えないことはありません。構えを取る理由も分かりました。体内の生命力を刃に変えて飛ばすという方法は、どれだけ鍛錬しても難しいものだと考えます。…ですから、その刀は補助として用いているというのが私の考えです」
「そこまでよくぞ見抜いた。如何に訓練を重ねようと、気の刃を即時形成して飛ばすというのは絶技の極みでござる。…これは勇者ヘパイストスがかつて打ったとされる刀のひとつでな。気を受けると同時に、それを飛び道具として相応しい形へと瞬間変化させてしまう。もちろん武器としての性能も随一よ」
ミカドは刀を抜いて見せた。
一目すれば、白と黒の波打つ境界線が美しい名刀だと判断できる。
「ただまあ、気を飛び道具として利用するというのは、本質からは程遠い」
「それも見えています」
「言ってみよ」
「気を飛ばすということは、気の制御ができるということ――それは他者の気であろうと例外ではない。貴方が放った気の刃を受けたときに、私の体内の生命力は一時的に乱されました。そしてその結果として、魔力を練ることができずに術式が不発になったということです」
「素晴らしい。そうでなくては、我が敵としては不足というもの」
ミカドは目を細めて笑っていた。
武人として、強い相手に出会えたことを嬉しく思っているのだろう。
「では――剣の腕の方はどうかな?」
ミカドは中段に構える。
次の瞬間、不可視の気の刃が連続して放たれた。
「はあっ!」
アンフィリテはその尽くを、剣を動かすだけで弾いてしまう。
それもまた人間離れした妙技であった。
「まぐれということもある」
「どうでしょうか、もう一度試してみ――」
言葉を言い終わる前に、気の刃の一群はまたも彼女に襲来してきた。
しかし、それら一切合切を寸分の狂いもなく打ち落とす。
「全て撃ち落とすか、やりおるな」
「たとえ見えなくとも、テラにだって流れはあります。それを読み取れれば、なんとか対応できますよ」
「風術師でさえ、気の流れを読み取るのは難しいといわれるそれをやってのけるとはな。だが聡明なお主ならば、この技の強みに気付いているでござろう」
「ええ、まずその技には――予備動作がない」
予備動作。
何かしらのアクションを起こすときは、必ず発生してしまう動き。
踏み込みであったり構えであったりと様々だが、それが存在する限り、受け手は見てから対応することができてしまう。
もし攻撃に予備動作がなくなれば――それは回避が難しいどころか、回避不能の領域にまで踏み込む可能性があるのではないか。
「発生源が刀身から固定されているわけでもない。見えない。音もない。それでいて速度もある。…そうなると、テラの流れを読んで対応ができるとしても、どうしても後手に回ってしまう」
この技一本で、対戦相手など幾らでも打倒できてしまうだろう。
闘技場の頂点に君臨できるのも、納得のいく強さだ。
「そして、捨て身で攻め上がろうとしても、体内の気を乱されて一時的に動けなくなってしまう。ルディオラさんの使っていた捕縛の雷縄よりもタチが悪い」
回避不能でスタン効果のある飛び道具。
コストは分からないが、連打をすることもできる。
「はっきり言って詰んでますね、完全に」
「それでも、お主の目は諦めの色でないでござるな」
「約束は守らないといけませんから」
アンフィリテは駆け出した。
ミカドは間を詰めさせないように、気の刃を連発している。
しかしそれらを、この女騎士は片っ端から切り伏せて一網打尽にしてしまう。
「馬鹿な」
さすがのミカドも、これには驚きの声をあげた。
その強さを知っている観客たちも、アンフィリテの神懸かった動きに度肝を抜いている。
「やあっ!」
アンフィリテは騎士剣を大上段に構えつつ跳躍。大きく振り下ろした。
ミカドは防御のために刀を水平にし、左手で刃を抑えるように女騎士の攻撃を受けた。
位置関係からアンフィリテの方が有利に見える。
だが。
「この瞬間が隙になることを考えてなかったか!」
ミカドはアンフィリテの攻撃を抑えたまま、無数の気刃を出現させて上空にいる彼女を狙った。
「……ッ!」
アンフィリテは歯を食いしばりながら痛みに耐える。
鮮血がリングに滴り、体の自由が効かない彼女はそのまま地に膝をついた。
「しまいだ」
ミカドは刃を振り上げて、頭をたれているアンフィリテの胴を狙った。
決着が間近に迫り、観客の盛り上がりが高まっていく。
先ほどと同じ、誰かの悲鳴も聞こえていた。
それはサカナの声だった。
「カナちゃん、そんな叫んだところでどうにかなるわけじゃないよ」
「だって、だって……、死んじゃうかもしれないし」
「それでカレシのときも叫んでたわけ? いやいや、殺したらルール違反で負けだって書いてあったじゃん」
サカナは顔を真っ赤にしていた。
「で、でも…、このままじゃアンフィリテさん負けちゃうよ」
「よく見なってば、あれが負けてるように見えるかい?」
「あ、あれ」
少女はリングの上に視線を戻した。
振り下ろされるはずのミカドの刃は、宙に静止したままだった。
「何をしてるんですかミカド様っ、わたくしたちの闘技場のために、そんな小娘さっさと倒してしまうのですよ!」
完全に取り乱しているグラジオは、汗びっしょりになりながら本音が出ていた。
しかしミカドは女騎士にトドメを刺すどころか、体中から血を噴き出して――彼もまた、リングに膝をついてしまっていた。
「な、なんで」
サカナは何が起こっているのか分からない。
しかし、シレットは全て分かっている、といったような顔を浮かべている。
「いやあ、今回は相手が良かったという言葉に尽きるよっ」




