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ダンジョンブレイカー/ザッツ  作者: 暮内薄野
第三章 運命集うは千尋の闘技場
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「代理戦争と申されますと、それはいったい」

「簡単なコトだよ。この守護騎士――名前はアンフィリテっていうんだけど――が『E27』のメンバーとして参加する。で、グラジオさんが地下闘技場の中でもっとも優秀だと思う闘士を言ってもらってね、その人に対して『挑戦』するって感じかな」


 アンフィリテが口を挟む。


「シレット様、買い被ってもらっては困ります」

「いいじゃないか減るもんじゃないし。私の守護騎士として相応しいかどうか試してあげよう」

「減るかもしれないからこそ、言っているのです」

「大丈夫だって、『私の立場』をリスクとして晒さないようにするからさ」


 シレットは護衛の話を聞かずに、グラジオに提案を続ける。


「その勝負に私たちが勝ったら、グラジオさんの許可のもとでこの屋敷を調べさせてもらうよん。これはもちろん横暴と言わせないし、何もなければアナタに損はないはずだ」

「……負けた場合は、如何なさるおつもりですか」

「あの観客席でぶっ倒れてる赤髪の兄さんに、こっちの給仕服の可愛い女の子の肩代わりするの辞める」

「え……」


 その言葉を聞いたサカナは、唖然とした表情になる。


「それに加えて、この地下闘技場に探りを入れるの辞めてあげる。あとは私のお小遣いで出せるだけの金額を支払おう」


 シレットはアンフィリテの方をチラチラ見ながらそう言った。


「さすがにこれが私が提示できるリスクの限界かな。…これ以上はアンフィに止められちゃうからね」

「ですが、ご友人をチップとして賭けるのは少々頂けないかと」


 アンフィリテの言葉を受けて、シレットはサカナの方を向く。

 サカナは自分の感情をどう表現していいか分からずに、戸惑っているばかりだった。そんな彼女の手をシレットは両手で握り締める。


「わ、わたし」

「カナちゃんを危険な目に遭わせるのは申し訳ないと思ってるよ。友達を失うというリスクが実現してしまったら悲しいことさ」


 だけどね――とシレットは続ける。


「こんな刺激的なこと、あんまり経験ないからさ」

「……」


 それを聞いたサカナは、複雑に感情が絡まっていたのがほどけて――今はただ、呆れて物も言えない状態だった。

 そういえばシレットは、そういう人物だったと彼女は思い返す。

 アンフィリテがザッツにダンジョン破壊を依頼したときも、目の前の楽しみが壊されてしまうと――スリルを味わえなくなると、一人で飛び出していったのが記憶に新しい。


「だいじょうぶ」


 しかし、シレットの一見して無茶な行動は、『確実に上手くいく』と彼女が確信しているからこそのものなのだと、サカナは考える。


「シレット様のことはわたし、信頼してるからさ」


 サカナは若干不安があるものの、今はそう言うしかなかった。

 そもそも、シレットが現れなければ確実にザッツ一行は全滅していたのだ。それを考えれば彼女の酔狂に付き合うのも、恩に報いることになるのではないか。


「うん、カナちゃんありがとう。…こんな駄目な女に付き合わせちゃってごめんね」

「自覚はあるのですね」

「うるさいよアンフィ、感動のシーンを邪魔しないで欲しいなっ」

「誰かが感動してるなんてことは、万が一もありませんよ」


 シレットはアンフィリテの無慈悲な一言に返す言葉もなく――話から置き去りにされていたグラジオに向き直る。


「それでこの提案、グラジオさんは乗るのかなっ」

「……聞いておきますが、提案を断った場合というのは」

「さっき言った通り、問答無用で部隊を送り込む」

「でしたら先の提案を呑むしかないでしょうな。…もちろんこれはシレット様を思ってのことですぞ。繰り返しますがわたくし共に落ち度はないのですからな。しかしひとつ訊いておきたいのですが」

「なんだい」

「貴女の申し上げた公平性というのは、きちんと守られますかな」

「もちろん――って口では何とでも言えるね。さすがに口約束じゃいけないから契約書を書くことにしよう」


 シレットは羊皮紙を取り出すと、今回の賭けについての契約文を書き込んでいく。勝敗による履行内容、そしてそれを破った場合の内容。グラジオと双方納得した上で、王家で使用される印鑑を使ってそれに押印した。


「ちょっとした商談になっちゃったけど、これで準備は整ったね」


 もう一枚の白紙の羊皮紙に、魔術インクで契約書の複製を作成すると、それぞれ一枚をシレットとグラジオが手に取った。


「いやはや、シレット様も物好きがすぎるというものだ」


 グラジオは相変わらず汗をハンカチで吹いている――ように見えて、実際はほとんど汗をかいていなかった。シレットの提案によって状況は彼女たちが現れる前に戻ったのだ。


(これで――この『変わった』鉱血病ヒュムライトの少女を手に入れることができますな)


 グラジオは、ねっとりとサカナの体を舐めまわすように眺めている。

 そんな彼の視線を塞ぐように、シレットはテーブルに身を乗り出した。


「だめだめっ、まだグラジオさんは勝ってないんだから、カナちゃんをそんな目で見るの禁止!」

「これは失礼。つい皮算用に入ってしまってましたよ」

「必ず勝つ自信があるってことだね。誰を出してくるのか分からないけど、ウチのアンフィもけっこうやるんだから」

「万が一勝てなかったら、シレット様はどうなさるおつもりなのですが」

「それ自分で万が一言っちゃうの!? …ま、買い戻しを考えるかな。カナちゃんのお友達もどうにかできるといいんだけどね」


 シレットはどっかりとソファに座り込んだ。


「じゃ、そろそろ始めたいと思うけど――グラジオさんの指名する闘士は誰になるのかな?」

「そうですねえ」


 グラジオはその重そうな体をゆっくり起き上がらせると、シレットを招いて闘技場を眺望できる吹き抜けまでやってくる。それに続いてアンフィリテとサカナもやって来た。

 彼は観客席に居る、ある男を指で示す。


「あそこに座っている和国の男性が分かりますかな」


 サカナは覚えている。

 和風の衣装を見に包んだ、刀使いの初老の男性。

 彼はニナの試合のとき、暴発して飛んできた彼女の大技――ドラゴンズ・ブレスを意にも介さず真っ二つにした者だ。

 そのことから、かなりの実力があると窺える。


「彼はミカド・カムクラというのですが――当闘技場にて一人しか存在できない『S』ランクの枠に収まる闘士なのです」

「ふむふむ」

「ルール上で彼は誰にも挑戦することはできません。そして一日の終わりに闘技場が彼に支払う日当も莫大なものだ」

「そこに居るだけでお金がいっぱい貰えるんだもんね。闘士というよりは看板みたいな感じかな?」

「お金だけでなく名誉もありますな。…しかしそれ故に、彼に成り代わろうとするものは少なくない。腕に覚えのある者たちは次々彼に戦いを挑み、そして散っていった」

「やっぱり強いんだね」

「左様でございますな。ミカド様の強さは他の追随を許さない。…『A』ランクで鬼神の如き活躍をするジュール様でさえ、彼に挑んだことはないのです」

「その『A』ランクの人はパンフレットで無敗とか見たよ。…ま、ジュールってヤツは、カタチだけの連勝記録で満足してたってことかっ」

「そう仰ってやりまするな。それほどまでにミカド様は格が違うのだと言うことでしょう。…そしてシレット殿の騎士様は、そんなお方と戦うことになるのです」

「あちゃあ、ちょっと分の悪い勝負挑んじゃったかな」


 シレットは頭をかいている。

 というのに、まったく困ったような表情はしていなかった。


「うん、じゃあアンフィ」

「はい」

「刺激的な試合を見せてくれよっ」

「仕方ありませんね。…ご希望に添えるように頑張りますので」


 アンフィリテはお辞儀をひとつすると、ジュレイドがそうやったように――吹き抜けからリング上に降りていった。


「カナちゃん、やっぱり不安かい?」


 シレットは、隣でぼんやりしているサカナに声を掛けた。


「だ、だって、アンフィリテさんは強いと思うけれど――あのミカドって人も、本当にすごかったし」

「それでもアンフィが勝つよ」


 シレットは屈託のない笑みで、そう言い切った。


「どうして、シレット様はそれを確信しているの」

「うーん、信頼してるからかなあ」

「そ、それだけっ!?」

「うんむ。…だってこれまで以上にアンフィ、私のこと信頼してくれてるからね」

「え、えと」

「だって、こんな場所に行くことを許してくれるなんて、以前のアンフィからは考えられないしさ。いんや、それよりも私をここに残したまま試合に出るなんて――それこそ護衛騎士としては失格でしょ」


 シレットはあれだけ豪快に、闘技場のオーナーに喧嘩を売ったのだ。

 この場所が貴族ばかり集まる貴賓席といっても、いつグラジオが実力行使に出てもおかしくはないわけで。


「私のこと信頼してくれてるんだと思うよ。…この前の一件で、私がいつまでも弱いワケじゃないって分かって貰えたしさ。子供扱いはまだまだ直らないけど、ようやく彼女と対等な友達になれたような気がして嬉しかったんだ。主従関係としてはよくないと思うけどね。…ま、それもあって私もアンフィのこと信頼しようと思ったんだ」

「う、うん」

「そもそもアンフィが首を縦に振らなかったら、こうしてカナちゃんたちがピンチだってことも分からなかっただろうしねっ。だから私がどれだけ駄目な女だったとしても、彼女のことはカナちゃんも信頼してあげてよ。だいじょうぶ、必ず勝つって約束してくれたからさ」

「わかった――でも」

「ん」

「必ず勝つって約束は、してなかったと思うんだけど」

「そうだっけ? まあいいや」


 二人は吹き抜けから闘技場を見下ろした。

 突如降りてきた騎士の姿に、観客たちはざわついている。

 次の試合がなかなか始まらなかったときに、そんな闖入者が上階から沸いてきたのだから、困惑するのも当然である。

 そんな出来事にも動じずに静かに座っていた和服の男性――ミカドのもとに、先ほどグラジオの連絡役を務めていた黒服が駆け寄っていくと、耳打ちで何かを伝えていた。


「そろそろ始まるみたいだねっ」


 ミカドはゆっくりと立ち上がると、リングの方へ向かっていく。

 同時に観客たちのざわめきは収まり、静寂が空間を支配する。

 地下闘技場カーストの頂点に君臨する者――その戦いの予兆を、誰もが感じ取っていた。

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