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ダンジョンブレイカー/ザッツ  作者: 暮内薄野
第三章 運命集うは千尋の闘技場
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 リングを眺望できる、貴賓が招かれるフロアにて。

 シレット並びにその護衛騎士とサカナは、ザッツが行う試合の決着を見届けていた。


「うんうん、一時はどうなることかと思ったけど、カナちゃんのカレシはやっぱ男だね。…やっぱりそういうところに惚れちゃったりしたワケ?」


 シレットはいつものように軽口でサカナを煽りながら、少女の顔を見た。

 そこで気付いてしまった。


「あ……」


 サカナは――泣いていた。


「そ、そんなにカレシのコト、心配だったのかなっ」

「ううん、そうじゃないの」


 給仕服の少女は、人差し指で涙を拭う。


「なんだか、あの人かわいそうだったな――って」

「ああ」


 サカナの視線は、医務室に運ばれているだろうルディオラに向けられていた。

 自身と同じ鉱血病ヒュムライトであることにか、それとも先ほど口走っていたダンジョンシードによる人体実験の被害者モルモットであることにか――どちらかにサカナは同情しているのだろうと、シレットは慮った。


「できれば、助けてあげたかった。あんなに苦しそうだったのに、誰にも理解されなかったんだから」

「ん……」


 シレットは、サカナの言葉にちょっとだけ違和感を覚えながら、


「大丈夫さっ、カナちゃんのお願いは、私が叶えてあげるからさっ」


 そう言って、後ろのソファへと戻って腰掛けた。


「……」


 サカナはしばらく虚空を見つめた後、アンフィリテに促されてソファに戻ることにした。



 地下闘技場のオーナー・グラジオは、ふつふつと怒りが沸いてくるのを感じた。

 右手の中で弄んでいた二つのくるみを、力強くすりあわせている。

 先ほど行われた試合結果に満足していない様子なのは一目瞭然だった。 

 黒服の男性が急ぎ足で駈けてくると、彼にそっと耳打ちをしている。


「『E』の狩人が標的《E27》にやられました、いかがなさいますか?」

「そんなことは言わなくても分かることでしょうっ」


 グラジオは小声で、しかし語気を強めて叱りつける。


「まったく今宵は調整中の狩人が多すぎるっ。…『C』がまだ不安定ですが、調整を切り上げてぶつけさせてもいい」

「ですがランク差という問題が」

「頭を使いなさいっ、ランクの移動権はこちらが握っているのを忘れるな。狩人を『E』に移すなり、標的を『C』に切り上げるなり方法はあるだろうが! あの青年は虫の息なのだから、会場入りした『E』の闘士客を買収してもよいだろう! とにかく、どんな手を使っても――」

「ちょっとそれ、フェアじゃないんじゃない?」

「なんですかその言い方は――って」


 こそこそと話していたところに、割って入ってきたのはシレットだった。


「ルールで公平性を謳っておいて、運営側が積極介入していくなんて詐欺もいいところだと思うけどなあ」


 シレットの言葉に面食らっていたグラジオは、ポケットから取り出したハンカチで汗を拭っている。彼女があらゆる感知能力に優れた、風術師エアリストとして秀でていることを、彼は失念していたようだ。


「それはそうですがシレット殿、我々商売人というものは騙し騙されの世界に生きておりますゆえ。金銭のやり取りが生じている以上は、闘士だろうと最低限の洞察力は必要で、それを備えていないのは――わたくし共としましては、お粗末と言わざるを得ませんぞ」

「ま、それがリーヴァルト人の嗜みではあるからね。…純粋に戦いを望んでいる武人気質には合わないかもしれないけどさ」


 シレットはワインを一口含んだ。


「ああ、この渋さが分かるようになってきちゃった。…齢なんて取りたくないものだな、ずっと子供で居たいよ私は」

「左様でございますな。…ですが、大人にならなければ分からないことも多々ありましょう」

「うんむ、大人にならなきゃ守れないものもあるって、よく分かってるからね――ああ、そこの人まだ動かなくていいから」


 シレットは、先ほどグラジオと話していた黒服の男を呼び止めた。


「私とオーナーの話が終わってからでいいんじゃないかな」


 グラジオが二の句を継いだ。


「と、仰いますと?」

「ずいぶんと『E27』の総取りに執心みたいだけど――そんなに赤髪のお兄さんが欲しいのかな?」


 シレットはサカナを隣に引き寄せる。


「きゃっ」

「それとも、カナちゃん――私の友達を手に入れたいってことになるのかなっ?」

「……だとするなら、どうするおつもりで?」

「もし『E27』グループで強制的に試合を組まれて、支払う賞金が発生したとしても、全部私が肩代わりしちゃうよん」


 グラジオは明らかに不機嫌そうな顔になった。

 その様子をみていた屈強そうな黒服たちが、どこからともなく集まってきてシレットたちを包囲する。殺気を捉えたアンフィリテは己の得物に手をかけ、サカナは恐怖から身を縮こませた。

 そして、一触即発の事態が起きてしまう――前に、グラジオは右手をあげて一同を制止した。


「待ちたまえ待ちたまえ。今回ばかりは運が悪かったのだと諦めるしかないでしょう。…わたくしの負けでございます、シレット殿」


 周囲の賓客は、ホール中央での険悪なムードにざわついている。


「ここで刃傷沙汰を起こしてしまっては、来賓の方々の信用を失いかねない。それに伴い経済的損失も発生してしまう。…と言うよりは、領主様の娘に危害を加えようとした大罪人に、わたくしはなりたくありませんからね」


 グラジオは左手に持ったハンカチで、しきりに額の汗を拭いていた。

 先ほどの表情と打って変わって、柔和な笑みを浮かべて。


「それで、いくら払えば良いでしょうか。…どうでしょう、先ほどの奴隷を返還することで、手打ちというのは」


 それを聞いたサカナは顔を明るくした。

 先ほどの奴隷とは、ニナのことを言っているのだろう。

 彼女を取り戻すには絶望的な状況から、一気に好転することになるのだから。


「うんむ、貨幣で解決しようとするのは、リーヴァルトの商人として非常に正しい」


 しかし、シレットの答えは良い返事ではなかった。


「ただそんなことじゃ解決できないほど、グラジオさんはとんでもないことをしてしまった」

「な、何がご不満なのですかな」

「私の不満なんかじゃないよ」


 シレットは眼鏡を直しながら、語気を強めて言う。


「アナタがやってしまったことは、法に抵触することなんだ」

「なんでございましょう。人体実験を行っているということですかな。…そんな法は聞いたことがございませんが」


 人体実験。

 それは奴隷などより、ずっと人権を蔑ろにしているものだ。

 しかし、リーヴァルトでは未だにその手のものに関連した法は存在しない。


「もちろん、私のクソ親父が制定したダンジョン法に決まってるじゃん」

「ダンジョン法ですと」

「うんむ」

「生憎ですがシレット殿、こちらの屋敷にダンジョンなどございませんぞ」

「ないね」

「でしたら――」

「ま、あんな法なんてきちんと把握してるヒトなんて居ないと思ってるよ。問題になっているのはダンジョン法第三一条さ」


 そう言ったシレットは、持っていた荷物袋からずっしり重そうな書物を取り出した。袋に絶対に入りそうにない荷物だが、それについてサカナは覚えがある。ニナが大剣を持ち運ぶために使用していた――荷物の総量を減らすために物体の圧縮する術式のことだ。本のタイトルには『リーヴァルト国憲法』と綴られている。


「議会で法ができるたびに国立図書館はてんてこ舞いさ。なにせ国中のこの本が集まって、更新部の魔法文字を加える術式を次から次へと掛けていくんだからな。ちょっとだけ手数料を多く取ってるっていうのもアレ悪意の塊ではあるんだけど――と、そんなことはどうでもいいや」


 次にシレットの取り出したのは、変わったところのない鳥の羽だ。

 念じながら魔力を与え、それを放り投げると――閉じたままの書物の、ページとページの隙間へ入り込んでいった。シレットは本を手にすると、羽が挟まっていたページを開き、指で必要なことが書いている文字列を探していく。


「パンフレットみたいに薄くなればいいんだけどなあ。情報が膨大になると逆に該当項目の探索に時間がかかるって言ってたし。…ええと、あったあった。『ダンジョン法ノ第三一条』」


 机に本を置くと、淡々と当該部分を読み上げる。


「第一項、ダンジョンシードを所有する者、またそれを拾った者、もしくは見かけた者は、可及的速やかに迷宮管理局へ届け出なくてはいけない。『六十七条』次の各号のいずれかに該当する者は、保有期間と保有数から算出される罰金を支払うこと。『第三一条』一項の該当者でかつ、ダンジョンシードを保有していると認められる者」


 つまり、とシレットは続ける。


「もし人体実験のために、ダンジョンシードたくさん持ってたりしたら――グラジオさんにそれが支払えるのかな?」


 あからさまにグラジオの表情が曇っていた。

 仮にダンジョンシードを大量所持していた場合だが、試算するととんでもない金額にでも行っていたのだろうか。


「ははっ――」


 グラジオの汗でびっしょりなその顔は、すぐに笑顔を取り戻した。


「それは仮定の話ではないですか。…あれは元々が鉱血病ヒュムライトである者を飼い慣らしただけに過ぎませんぞ」

「それなら問題ないけどね。…鉱血病ヒュムライトとダンジョンシードが関係してていることは私も知らなかったし、公にもされていないから法案にもなってない」


 ただし! とシレットは人差し指を立てた。


「此処を出たらすぐに直属の部隊を使って、私はグラジオさんのお屋敷を調べさせるよ」

「は?」


 グラジオは笑顔を顔に貼り付けたまま、口をぱくぱくさせている。


「なっ……、なんて横暴な」

「火のないところに煙は立たないってね。法治国家の責を果たすために私頑張っちゃうぞ。それにグラジオさんが潔白なら、別に大したこともないよね」

「ですがそれは著しく法治国家のやり方から乖離してますぞ! ええ、ええ。もちろんわたくしは潔白ですとも――それを踏まえた上で、強制的に家宅捜索に乗り出すのこそ違憲ではございませんか! このことはシレット殿の立場を危うくするでしょうし、お父上の権威を下げることにも繋がるでしょう! 馬鹿なことはおやめなさい!」

「そんなの知ったこっちゃないね。これで勘当されても痛くも痒くもないし、むしろ私の方が望んでやっちゃうぞ。あのクソ親父にダメージを与えられるなら、あえてやっちゃう!」

「ば、ばかな……」


 圧倒的な理不尽を目の前に、グラジオの営業スマイルは完全に崩れ去っていた。

 しかし、


「でもそれじゃあ面白くないっしょ。権力というイニチアシブを活かしてそんなことしちゃったらさ、それこそ私だってフェアじゃないと思うし。それに『スリルが足りない』しさ」


 シレットは狂気の笑みを浮かべた。

 アンフィリテは急に頭痛が来たのか、頭を片手で押さえてため息をついた。


「だから対等に行こっか、私とグラジオさんでやる――代理戦争を用いた、史上最大の賭け試合をね!」

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