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ダンジョンブレイカー/ザッツ  作者: 暮内薄野
第三章 運命集うは千尋の闘技場
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「わたしは――」


 ザッツの何者なのかという問いかけに対し、


「わたしは、だれなの……?」


 現在ルディオラの体を支配しているだろう、その人物はそう答えた。


「これが姫さんのいってた、鉱血病ヒュムライトの二重人格ってやつか? ダンジョンシードってのは意識を有していて、ルディオラはそれに乗っ取られた――とでも言うんかね」

鉱血病ヒュムライト、ダンジョンシード。…おまえは、何を言っている?」

「分かんなくていいさ。…それよりその物騒なモン仕舞ってくれよ」


 そう言ってザッツが指をさしたのは、ルディオラの背に生えた翼だ。


「オレちゃん本能的に分かっちゃったよ。…そいつはやべえってな」

「……」


 ルディオラ?は、顔を傾けて自らの背に存在する、鉱石の翼に目をやった。


「ぐっ、ああ……っ!?」


 それを見た彼女は、頭を抱え込んで苦しみ始めた。

 同時に鉱石の羽が怪しく発光している――力が収束しているのが見て分かる。


「わたしが誰か…なんて…、どうだっていい……っ! どうして…、こんなところにいるの…かも、存在する理由だって、どうでもいい……!」

「ちっ」


 光が危険だと判断したザッツは、咄嗟にその場に伏せた。


「すべて…滅ぼす……っ、命という命を…殺してやる! 『そうしろ』とわたしの心が叫んでいるから……!」


 ルディオラの翼が軋んだ音を立てながら最大まで展開された。

 収束された力が解き放たれ――無数の極光の刃となって全方位に放たれる。


「ぎゃああああっ!」

「ぐわああああっ!」


 放たれた刃に触れてしまった観客は、次々と爆発を引き起こして絶命した。

 客席は阿鼻叫喚に包まれており、会場内を吹き荒れる暴風によって、吹き飛ばされている観客も存在した。


「あははははっ、死ねっ、死んでしまえ……っ!」


 ルディオラの顔には、狂った笑顔が貼り付けられていた。

 ザッツは彼女が放つ突風に抗いながら、何をするべきか考えを巡らせる。


「コイツが暴走してる間に、ニナをさらってトンズラっていうのもアリだが」


 波状槌を握る手に、力が入る。


「見殺しにするわけにもいかねえだろうな。…できればダンジョンシードの呪縛から解放してやりてえよ」


 そこで自嘲気味にザッツは笑った。

 自分と関係のない誰かを護ることや、人助けをしようとすることは、サカナと出会う以前のザッツなら考えようとすることもなかっただろう。自分の生を駆け抜けることで精一杯だったし、『中途半端な救いは救われたことにならない』と割り切っていたところもあるからだ。

 しかし、一度は見捨てたサカナを助け、瀕死だったニナの命を救ったことで――考え方が少しずつ変わってきたのだと、ザッツは実感する。


「すまねえな師匠、アンタの教えは裏切ることになりそうだが」


 ザッツはリングの上で直立する。

 ルディオラの殲滅攻撃は止み、次弾の装填に入っているようだった。


「少しぐらいは誰かの為に――好き勝手に生きてもいいんじゃねーの」


 ザッツはルディオラに向かって飛び出していった。

 『アレスの怪力式』は既に解けていた。維持に回すだけの余力マナはない。


「あははははっ…、誰も彼も何もかもみんなみんな死んじゃえっ……!」

「うるせえっ、ルディオラ気をしっかり持てや! ダンジョンシードごときに乗っ取られてんじゃねえぞおおお!」


 鉱石の翼に光が収束する前に――ザッツはルディオラまで到達すると、両手から波状槌に魔力を注ぎこんで、


「歯ぁ食いしばれ!」


 それを思いきり彼女の腹部に叩きつけた。

 キーンと波状槌の出す振動音が、闘技場内に響き渡る。


「がああああッ――!?」


 波状槌のインパクトと同時に、ルディオラは夥しい量の血液を吐いた。

 それは間を置かずに鉱石に変化すると、リング上に転がって鈍い音を奏でた。


「ゆ、許さない……っ、こんなもので…、わたしを止められると思ってるわけ!」

「へっ、思ってねーよ!」


 最高点まで収束された鉱石の翼が、先ほどと同じように――凄まじいエネルギーを四方八方に撒き散らす。

 ザッツはその勢いに押されて後退しつつ、自分に飛んできた極光の刃を波状槌で捌きつつ凌いでいく。爆風までは防ぐことができず、致命傷には至らないものの、ザッツは無数の火傷を受け、頭からは流血していた。


「まだ死んでないんだ。つぎこそは、殺してあげるから……っ!」


 極光の衝撃波と暴風が収まり、ルディオラは鬼の形相のまま最収束を始める。


「……さっきお前を叩きつけたのは、別に攻撃を止めようと思ってやったわけじゃねえ」


 ザッツは朦朧とした意識を根性で繋ぎ止め、ルディオラに向かって一歩踏み出す。


「さっきぶっ叩いたのは、お前の体内を調べるためだ――エコーロケーションってやつだな」


 波状槌にエンチャントされた特性――音狂打。

 叩きつけたときに発生する音波を使い、反射してきた音の速度から物体を割り出すエコーロケーションで、ザッツはルディオラの体内情報を得ていた。


「……」

「それをしたことで…、何の意味があるのかって?」


 ザッツは訊かれてもいないのに、にやりと笑って言う。


「ルディオラの体内にいる、お前の位置が分かったってことだよ」


 ルディオラがダンジョンシードを取り込んでいる、または植えつけられているのならば、体内にそれは存在するはずである。


「あとは…、オレちゃんがそれを打ち抜けば――お前が死ぬんだよ」

「わたし、わたしが…、死ぬって、いうの……?」


 ルディオラの顔は悲しそうな表情になった。辛そうな顔になった。苦しそうな顔になった。

 そして、


「いやだっ…、いやだいやだいやだ死にたくないっ……! わたしは…っ、死ぬために生まれてきたわけじゃない……っ!」


 またしてもその顔は、怒りと憎悪に染まっていた。

 そして鉱石の翼に対しての、不気味な光が収束するスピードが早まっている。


「その前におまえをころす…っ、完全に完璧に完膚なきまでころすっ……!」

「くそっ…、さっきのアイツと同じく弾幕を張るつもりかよ! あれに弾切れはねえみてえだし」


 ザッツはそれでも前進する。

 次のルディオラが放つ、鉱石の翼の攻撃を受けてしまえばそこで終わりだ。

 勝ち目があるとするならば、今しかない。


「ルディオラてめえっ…、いつまでそんなヤツにいいようにされてやがる!」


 ザッツはルディオラに呼びかける。

 それに対して彼女の瞳孔が、わずかながら大きくなった気がした。


「ルディオラさんよ…、アンタ奴隷としていいように扱われて…、実験台にもされちまって…、闘技場の犬として首輪もつけられてよお――その上ダンジョンシードとやらにも、束縛されたままでいいのかよ!」

「ぐっ…、わたしをそんな名前で呼ぶなっ……!」

「てめえはすっこんでろや! てめえはオレちゃんが心を込めて殺してやるから、覚悟しておけや。…なあルディオラさんよ、少しぐらいは抗ってみせろや、…アンタのその病気は、オレちゃんが治してやっからよ!」

「よ、寄るなっ……、わたしに近寄るんじゃないっ……!」


 ルディオラは頭を抑えて蹲った。


「ぐっ…、ああああああっ……!」


 鉱石の翼への光の収束が、目に見えて分かるほどに遅くなっている。

 それを確認したザッツはにやりと笑う。


「へっ…、やれば…、できんじゃねーかよ……」

「……ふっ」


 ルディオラは自らの体を抱きしめ、必死で己の中に巣食っているナニカを押さえ込んでいる。


「アタシだって……、やられっぱなしは…、性に合わない…、からねえ」


 視線を合わせることなく、俯いたまま――肩で息をするルディオラは、そう言った。


「さっきの…、聞いてたか」

「ああ、アタシの病気…、治してくれるんだろう?」

「壊したとこで、無駄かもしれねえがな」

「少しぐらい逆らってみるのも…、一興さ」

「一応言っておくがよ、…死ぬほどいてえからな」

「ハッ…、上等だよ。…こんな得体の知れねえモン、さっさと壊してくれ。もうアタシ疲れちまったからな」


 ザッツは波状槌を両手で握って、彼の持つ残り少ない魔力を注ぎ込む。


「『破壊』の勇者アレスよ――御身の名の元に、我これよりひとつの命終わらせたり」


 詠唱するは、ダンジョン殺しの魔術式。

 しかし、今回は堅牢な外殻を備える、ダンジョンコアを破壊するのではない。ザッツには、ダンジョンシードを破砕できる魔力量さえあればいい。


「顔上げろ」


 ザッツがそう言うと、ルディオラは顔を見上げた。

 その表情は、今まで見せたこともない――穏やかな、表情だった。


「行くぜダンジョンシードさんよ――ひと思いにぶち殺してやる」


 エコーロケーションで探知した結果は、ダンジョンシードはルディオラの心臓からちょうど右隣。

 ザッツはそこを狙って波状槌を構え、


「オレちゃんの一撃を喰らいやがれええええええッ!」


 豪快に振るわれたそれが、彼女の体を打ち抜いた。


「――――ッ!」


 ルディオラは、絶叫しているように見える。

 それ以上に波状槌が奏でる爆音が、彼女の声をかき消していたのだ。


「……ぅ」


 音が静まり返る頃に、ルディオラの体はリングに倒れ込んだ。

 彼女は完全に気絶している。体中に纏わりついた鉱石と――背中から生えていた翼はみるみるうちにヒビが入っていき、粉々に砕け散って、虚空に溶けるようにして、消えた。


 観客はざわついている。

 決着がついたのは明らかで、それ以上にルディオラは死んだのかどうかで物議を醸していた。ザッツの一撃は心臓を狙ったようにしか見えず、それが致命傷になったのではないかということだ。ルールに照らし合わせれば、対戦相手を殺したのであればザッツの負けである。それはそれで観客たちにとってはどうでもいいことだったが、それよりも試合の決着がつくことこそ、彼らにとって重要だった。


「音と音の重なる場所ってのは…、衝撃力も増えるんだ……」


 ザッツはうつ伏せになって倒れたルディオラを仰向けにしながら、淡々と体の様子をチェックしながら話し始める。


「それを計算して、ピンポイントにシードだけ音波が集中するように波状槌を放った――重厚な見た目に反して、そこまでの攻撃力をこのハンマーは宿してねえんだ」


 ルディオラは――誰が見ても、一目瞭然で呼吸をしていた。

 鉱石が消えることによる大量出血だけザッツは心配していたが、やはりダンジョンシードがもたらす生命力の活性化は目覚しいもので、彼女の体に外傷は見られなかった。それを確認して、ようやくザッツは安心することができた。


「ええ、ただいまの試合結果を申し上げますッ」


 運営側の刺客が負けてしまったことに戸惑いながらも――試合結果が判明したことには、ジャッジも決着をつけないわけにはいかない。


「長き死闘を制した栄えある勝者の名は――ザッツ・ニルセンッッッ!」

「「「おおおおおおおっ」」」


 彼が勝ちを宣言したことで、観客たちは大きな歓声を闘技場内に響かせていた。まさかの狩られる側だった、ザッツの大金星。これには会場も沸かないわけにはいかない。


 気絶したルディオラは、屈強な男たちによって医務室へ運ばれていく。これから彼女がどうなるかザッツには分からないが、できれば闘技場の呪縛からも解いてやりたいと思っている。

 その為には。


「さて――」


 ザッツはよろめきながらリングから降りると、吹き抜けの二階部分――貴族たちが集まるフロアに目を向けている。


「もしかしたら、勝ちの目が出てきたかも……しれねえな」

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