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「ダンジョンがあるからって、それだけの理由で接収できるの?」
「リーヴァルト迷宮法っていう、私のためだけに制定されたらしいヤベーヤツがあってさ――私有地だろうとダンジョンがあった場合、問答無用で公的資産になるっていう大迷惑な法律だよ」
「よ、よくそんな法律がまかり通ったね」
「ほんとだよっ、ソレのせいで時間があるときは遠出してさ、ダンジョン探しに精を出したものさ」
「付き合わされるこちらの身にもなってください」
「勝手に付いてきたんじゃないかよお。…ま、この法のおかげで国内にあるダンジョンはすべて把握してるんだけどね。まさかこんなところにあるなんて盲点だったけど」
シレットは、立ち尽くしているジュレイドに視線を移した。
「それで、ジュレイド先輩なんでこんなところに居るの?」
「そんなの決まってるじゃないですか、お金稼ぎですよお金稼ぎ」
「うそつけ。先輩なら真っ当な手段でいくらでも稼げるっしょ。困ったときは国家予算に手をつければいいし――ってこれはできないか」
アンフィリテが睨みつけてきたので、私はしてないよっ、とシレットは弁解する。
「で、先輩はギャンブル狂いというよりはオンナ狂いだし――というかカナちゃんにヒドいことしたよね、許さないからね」
「貴女はあっちこっち話が脱線するので、もう切り上げていいですか」
「ちょっと、『面倒な人を相手にした』ってときの顔やめてよ」
「あ、分かりますか」
「あんまりその仮面意味ないね、より変態性が増してるように見えるし」
「……」
「何の話してたっけ?」
「そのまま忘れてくださるとありがたいのですが」
「冗談に決まってるでしょ、ちゃんと覚えてるよ――ええと、ジュレイド先輩があまりにも節操がないから国を追い出された話だよ!」
そんな話してたっけ、とサカナは思う。
「鎌をかけている――のではありませんね。貴女は知ってて言ってるのでしょう」
「うんむ」
ジュレイドがリーズローズ領から追放処分を受けたのは真実らしい。
「だから貴女は苦手なんです」
「できればずっと、そうあって欲しいものだね。…じゃあ、単刀直入に聞くけどさ」
シレットは眼鏡のふちを指で押し上げた。
「ジュレイド先輩は、どんな画を描こうとしてるんだい?」
「ふっ、先輩想いの良い後輩だ。…そんな大層なことは画策していないよ」
「別に想ってはないけどね」
「あえて言うなら、今は奴隷身分の救済に尽力しているといった感じかな」
ジュレイドの言葉に、サカナは目を丸くした。
明らかに奴隷のバイヤーであり、衆目の前でニナを辱め――自分にもまた狼藉を働いたこの男が、そんなことを考えるはずはないと。
「リーヴァルト領は、他の先進国に比べ人権に関連する法整備が薄い。巷間では人目を憚らずに売買をしている商業区もあります。それを鑑みて、商品として貶められている民を買い取り、野に放してやることが――今の私の務めですよ」
「うわっ、息をするように嘘っぽいこというなあ」
「なら、訊かないでくださいよ」
「それもそうだ」
「話を戻しますと、この地下闘技場は私にとって都合が良い。奴隷を直接買い付けることができますし、そのための購入資金も調達できる。同時に活動を自国に報告することで人徳の証明にもなる。国外通報の処分も取り消してくれるかもしれない。…ま、打算的なところは否めませんが、それが全てですよ」
「だ、だったら」
サカナが口を挟む。
「ニナちゃんを、闘技場で『あんな目』に遭わせることはなかったんじゃないの」
その言葉は震えていた。
しかし、サカナの感情を汲み取ることなく、ジュレイドは悪びれる様子もなく話し始める。
「『見せしめ』は必要でしょう? 奴隷という存在がいかに劣悪であるかを訴えるには手っ取り早い。…それに一度辱めを受ければ、二度とリーヴァルト領の国境を跨ぐことはないでしょうし」
「どういうことだい?」
「私は買い付けた奴隷を、ドラゴン便で北西の国家――キルドライグ領に送っているのです。あそこは社会福祉が充実してますからね」
「……先輩は、リーヴァルトを悪い国のように言うね」
「事実でしょう。指導者の娘の顔が見てみたいものだ。さぞかし出来が悪いに違いありません」
「むきーっ、なんで私なんだよお!」
「娘が不出来だからこそ、迷宮法などというものの制定に現を抜かしてしまう。そんなものの前に整えるべき法はいくらでもありますよ。例えば、この地下闘技場の場所を告発するだけで奴隷売買の罪で解体できる、人権的な法律とかね。そんな国の仕組みだったら、どれだけ良かったか」
「分かった、分かったよ。リーヴァルトの名誉にかけて奴隷制度を早急になくしてみせるさ。…手始めに此処を潰すよ、クソ親父の迷宮法でね」
「好きにしてください。やると言ったらやるのが貴女の恐ろしいところですから」
だからこそ、ジュレイドは扉を開けたのだろう。
開けなかったとしても、この結末を予期していたのか――はたまた、他の何かを狙っているのか。
いずれにしても、サカナは思う。
(どれだけ取り繕っても、…このひとはきっと悪人だ)
ニナを辱めたとき、サカナに触れたとき。どちらも善人からは程遠い邪悪な笑顔で、ジュレイドは楽しそうだった。言葉通りに善事を成そうとしているのだとしても、手段を選ばないやり方は褒められるものではない。
もしかしたら、善意を持ちながらも誤った人事を繰り返したから、国外追放を受けたのかもしれない――ともサカナは考える。無自覚の悪がこの世にあるとするならば、彼はその一人である可能性も十分ありえる。
「カナちゃん、いくら考えても仕方ないよ。コイツはこういうヤツなんだって」
サカナの思いつめた様子をみて、シレットはぽんぽんと肩を叩いた。
「そういう生き方しか知らないものでしてね。…カナさんと言いましたか、気を悪くしたのなら申し訳ないです」
「カナって呼ぶな、それで呼んでいいのは私だけだ!」
「……、そんなことより、貴女たちの来訪は恐らくオーナーの耳に入っていると思いますよ。シレット君ほどではないですが、この地下闘技場には優秀な風術師の番人が居ますからね」
「火術師もでしょ。…これだけ完璧にダンジョンの隠蔽ができるのは、火の魔術式に秀でてないといけないはず」
火の魔術式は風属性に優位性を持つので、探知術式の妨害に秀でている。
ダンジョンがこの地下闘技場に存在するならば、国の目を欺くだけの能力を備えた火術師が居てもおかしくはない。
「問題はダンジョンの気配にしては異質なこと、地下闘技場との繋がりがよくわかんないことだけど――とりあえず、出たとこ勝負で行ってみよう」
「そ、それって何も考えてないってこと?」
「大丈夫だってば。…ま、もし地下闘技場に落ち度がなかったら、私がカナちゃんのお友達を買って助けてあげるからさ」
「でも、買取優先権っていうのがあって」
「なにそれ」
サカナは地下闘技場のルールを、掻い摘んでシレットに説明した。
「なるほど、オーナーのお得意様にはそういう権利があるんだねっ」
シレットは、ジュレイドに視線を移した。
「ジュレイド先輩は、買っちゃ駄目だからねっ」
「やはり、それを言いますか――しかし、地下闘技場に違法性が認められなければ、シレット君に私の商取引を妨げる権利はありませんが?」
「そのときは合法的に嫌がらせするけど、いいよね」
「相変わらず面倒くさい人です。学内に居たときも貴女はそういう人でした。分かりました、ニナさんのことは好きにしてください。…もっとも、接収すると仰った以上は、絶対にそれをするのでしょうけどね」
「もちろん。…じゃあ、さっそく行ってみよっか!」
ジュレイドは大人しく引き下がると、シレットは闘技場に続く扉に手をかける。
別世界の扉が再び開かれると――二人の黒服の男たちが立ちふさがった。
右側に位置する長身の男が口を開く。
「これはシレット様、本日はようこそお越し下さいました。こちらはオーナー『グラジオ・ディアス』様が経営致します複合商業施設兼、地下闘技場『鮮血注ぐ黄金の湖』でございます」
「おっ、まさか出迎えてくれるとは思わなかったよ」
分かっていたくせに、当たり障りのない驚きの言葉をシレットは口にする。
「こちらは客席に防御結界が張られておりませんので上の階へご同行願います。そちらの騎士様と給仕様、そしてジュール様もどうぞ」
「……っ」
サカナは、ジュレイドの言葉を思い出していた。
オーナーはサカナの体が目当てである、と。
それがどのようなニュアンスを含んでいるのか皆目検討も付かないが、ろくでもないことなのは確かだった。
「ふーん、カナちゃんのカレシ、なかなかやるじゃん」
サカナの意識が引き戻される。
今の試合はザッツが戦っているのだ。おそらく運営の刺客である紫髪の女性と互角以上にやりあっている。
「ザッツ……」
声援のひとつでも飛ばしてやりたかったが、ここからでは観客の熱気に押されて声がかき消されてしまうだろう。少女には祈るしかなかった。
「あのあたりから、ダンジョンの気配がするんだよなあ」
シレットは、リング上の試合を眺めながら独り言を零した。
「それにしては場所が定まらない――まあいいや、とりあえずオーナーと会って話をしてみよう」
屈強な男たちに守られた闘技場奥の扉をくぐり抜けて、絨毯の敷かれた通路を歩いていくと上に続く階段があった。踊り場まで上がると進行方向には悪趣味な絵が飾ってあった。二股に折れた左側の階段を登って、高そうな壺をかわして闘技場の方角へ戻っていくと――リングがある階とは違って煌びやかな、それでいて試合を一望できる貴族の客専用の広い空間へと案内された。招かれていた客たちの全員がマスクをつけており、中央のソファに座り込んでいる小太りの男――オーナーも例外ではなかった。シレットが彼に近づくと、対面の席を勧められてシレット、サカナ、アンフィリテは腰を下ろした。
「我が屋敷にようこそシレット様。…まさか貴女が迷いこまれるとは予想外でしたよ。また父上様の目を盗んでダンジョン探しをしてましたかな?」
絶望的に似合わない蝶ネクタイを直しながら、オーナーの男性――グラジオ・ディアスは歓待の挨拶を述べた。
「ダンジョンの気配があるとこ我はありってね。…私の勘はけっこう当たるよ?」
「その天性の勘も、今回ばかりはよろしくないようですなあ。リーヴァルト宮殿のお膝元、閑静な住宅街のど真ん中にダンジョンなど存在致しませんぞ」
「そうかもしれない。…でも、こんなところに地下闘技場や奴隷売り場をこっそり構えているのは怪しいと言わざるを得ないよ。リーヴァルトの現行法だと違法性はないのだから、堂々としてればいいのに」
「リーヴァルトはそうでしょうが、宗主国アースアルムや先進諸国はそうではありません。賭け試合や奴隷売買は法で厳しく管理され、民の総意を得て社会規範のレベルで忌むべきものとされているのですぞ。いずれこのリーヴァルト領も、国交から文化的影響を受けてそれらの批判が高まるでしょう。その時にクリーンな商売をしているという体面を保つことは、我がディアス家の繁栄と生存戦略に一役買っているのですな」
「うーん先見的で合理的だ。その手の法整備が出遅れていることに関しても胸が痛むよ。…あのクソ親父さ、頭固いからそういうことに頭回らないんだよね」
「あんまりお父上のことを悪く言ってはなりませんぞ。この国が豊かなのはグレイアル様のお陰なのですからな。…ワインでもいかがですかな?」
「せっかくだし一杯貰おうかな。…ま、とりあえず忠告しておくけどね」
グラジオが侍らせている護衛の一人が、真っ赤なワインをグラスに注いでそれをシレットに渡した。
「迷宮法に引っかかったら、この闘技場も接収されちゃうからね?」
「そんなことは絶対にございませんよ。我が私有地にダンジョンは無いと神に誓って言えますとも」
「ん、分かった。じゃあ、せっかくだし今日は試合を楽しんでいくことにするよ」
「そうですか。心ゆくまで楽しんでいただければ幸いですな」
シレットはワインの匂いを嗅ぎながら、それを手に立ち上がると――吹き抜けから見下ろして試合の様子を眺め始める。アンフィリテとサカナはそれに倣った。
(こんなところに、ダンジョンなんて存在するのかな……)
サカナは背後から妙な視線を感じながら――嫌な汗を吹き出し続けた。




