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ダンジョンブレイカー/ザッツ  作者: 暮内薄野
第一章 お姫様の刺激的な夜
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「ま――終わりよければ、全て良しってな」


 過程はともあれ、ダンジョンの入口を封殺できたのだ。

 ここが未調査の中迷宮となれば、コアを破壊しに行くだけで時間がかかってしまうのは予想できるし、楽な仕事だったとザッツは思う。


「これでダンジョンは息絶えたのでしょうか」

「迷宮の規模から考えるなら、一週間程度でテラが尽きてコアは窒息――自然消滅すると思うぜ。そもそもこの場所が唯一の入口だったなら、姫さんの道楽も止まるとは思うけどな」


 そんなんで諦めるタマかは知らねーけど、とザッツは付け加える。


「諦めないでしょうね、このダンジョンの代替物を探すだけです」

「ほんとに冒険者の方が向いてるんじゃねーの」

「おそらくは。…しかし、これでしばらくは危険な真似をさせずに済みそうです、感謝いたします」

「おうよ、報酬を楽しみにしておくぜ――って」


 屋敷の建っている方角から、魔力の流れが変化していることに二人は気づく。


「ありゃ、姫さんに気付かれちまったか」


 術者を中心に効果範囲が及ぶ、魔力結界が移動し始めている。目には見えないが、肌で感じ取ることのできるそれは、こちらに向かっているようだった。

 それは『ヘルメスの聞き耳』であると推測するが、屋敷から離れていくその結界の規模は、徐々にだが狭まっていく。


「私の指示なしで屋敷の外を出歩かぬように、と言いつけているのですが――おかしいですね」

「何がだ」

「館内に、結界の効果範囲を広げる魔法陣が多数描かれているのには、お気づきになられましたか」

「いんや、悪趣味な家具に目を奪われてたからなあ」

「では、そこから離れてしまうと結界の大きさが縮小してしまう――というのは分かりますね」

「ああ。…それならおかしいことはないだろ?」

「"小さくなりすぎているのです"」


 魔力結界というのは、術者の出力魔力の強さによって強度や範囲が変化する。

 シレット姫という人物と対面していない以上、魔術師として秀でているのかどうかザッツに判じることはかなわないが――要人として自己防衛術を長年学び続けていることは容易に想像でき、魔法陣による補強があるとはいえ館内にあれだけの結界を貼れるのだ。一朝一夕で魔術を学んだ素人では決してないはずだ。


「屋敷で何か起こったのか、もしくは」


 あまりにも小さすぎる魔力結界は、すぐそこの茂みまで近づいてきていた。

 反射的にザッツとアンフィリテは得物に手をかける。


「そこで止まれ」

「きゃっ」


 ザッツに聞き覚えのある悲鳴だった。


「きゃっ、じゃねーよっ――どうしてお前がここに来るんだよ」


 魔力結界の術者――それは魔術知識の希薄なはずのサカナだった。

 みるみるうちにその結界の範囲が狭まっていくと、維持が不可能となったためか消滅してしまった。


「だ、だって大きな音がしたんだもんっ、シレット様も部屋に戻ってこないし、二人も屋敷の中に居ないから」

「ま、待ってください、姫は屋敷に居ないのですか!」

「まずいって言った後、なにか急に慌てだして――わたしに待機を命じて、部屋を出て行ってしまったの」


 急に慌てだした?

 サカナの淹れた茶が不味かったわけではあるまい。

 考えられるセンは――やはり、あれしかないだろう。


「まさか――聞かれていたのか」


 『ヘルメスの聞き耳』を妨害する魔力結界が、いつの間にか書き換えられていたという可能性。ダンジョンを破壊しようと目論む、二人の会話が聞かれていたのなら――シレットの突然の行動にも説明がつく。


「姫さんがオレちゃんたちの会話を聞いて動き出した、って判断するには早計すぎるが――ダミーの魔力結界を展開し、サカナを術者に仕立て上げて誤認させてきたのは間違いないと思う」


 ザッツの言うとおり、シレットはサカナを利用して部屋を脱出したのは確かだ。

 サカナに気づかれないように彼女に対し何らかの魔力結界を張り、『ヘルメスの聞き耳』とすりかえることでアンフィリテに気づかれないようにする。

 そして屋敷内に点在する魔法陣が出力を助けることで、術者を誤認させることに成功した――というわけだ。


「結界が維持できなくなったのは、魔法陣のない外に出たから――か」


 と、腕を組んだザッツが言った。


「い、いったいどういうことなの」

「オレちゃんの商談が漏れていた可能性があるって話さ。ねーちんが姫さんのダンジョン探索を辞めさせたいって依頼でな、ここを殺しにきたんだが」

「それわたしも聞いたよっ、ダンジョンを潜るのは刺激的だって」


 サカナは胸に手を当てる。


「きっとその話が聞かれてたのなら、ダンジョンを壊されたくないって気持ちになるとおもう――あのときのわたしとおんなじだよ」

「いや、おんなじじゃねえな」


 同じだとするなら。


「だったら、件のお姫様はどこに行っちまったんだ。ダンジョン殺しを止めたかったら、真っ先に商談中の――こいつの部屋に来るはずだ」


 外に出てまで、待ち構える必要などない。

 屋敷の外に出るなどという危険を冒す必要なんてない。


「も、もしや」


 無表情を崩すことのなかった、アンフィリテの顔が青ざめている。


「その万が一、今回こそはあるかもしれねえな」


 ザッツもまた、思い至った。

 交渉する以外にシレットの取るだろう選択肢――それは。


「オレちゃんたちより先に此処に来て――ダンジョン攻略をしている可能性がな」




 ★ TIPS ★

「滝の洞窟」――中迷宮/ランクB


 滝の裏に巨大な入口を持つ、大陸ギルド未発見のダンジョン。

 文字通り前人未到であり、中規模なダンジョンながら難易度は高く見積もられる。

 水源が多い土地のため、ダンジョン内には水没箇所がいくつか見られる他、低層には亜人たちの集落も見られる。




「そ、そんな、ひとりでダンジョンに行くわけないじゃないっ」

「そう思うか?」


 お前という前例があるじゃないか、というザッツの一言にサカナは閉口した。


「姫様ならやりかねない――私は長い付き合いだから分かる」

「で、でも、『テセウスの蜘蛛糸』を持ってればっ」


 ダンジョン脱出アイテムの『テセウスの蜘蛛糸』さえあれば、どれだけ危険な迷宮だろうとも抜け出せるに決まっている――と。

 それを聞いたアンフィリテは安堵の表情を浮かべる。その道具は常備するようにと口を酸っぱくして言いつけているからだ。


「だめだ」


 しかし、その一言をザッツは否定する。


「『テセウスの蜘蛛糸』は、入口までの空気の流れを読み取って脱出経路を割り出すもの――その入口はオレちゃんたちが塞いじまった」


 それは打つ手がない、ということではないのか。

 ダンジョン内に居ると決まったわけではないが、最悪ばかり想定されてしまう。

 自分の仕事で、人的被害を出さないと決めていたつもりだったのに――ザッツは奥歯を噛み締める。


「だ、だったら、水の中から繋がってないかな」


 こことか――と、サカナは近くにある池を指さした。

 この近くには水場が多く、深さがそれなりにある場所も少なくない。


「そうかっ」


 それを聞いたザッツは顔をあげて。


「どうしてその可能性に頭が回らなかったんだ――ダンジョンコアが空気を求めて穴を掘っているなら、間違って水辺に開けちまった場所もあるかもしれないな!」

「だが、闇雲に探すわけにもいかないだろう」


 そうだ。

 可及的速やかにダンジョン内に居るかどうかを確認し、その場合は助け出さなくてはいけない。


「そこはオレちゃんの波状槌にお任せあれ」


 手始めにサカナが指で示した深そうな池にやってくると、その湖面をザッツは波状槌で叩き始めた。


「どうやら、最初っからあたりみてえだな。…この先から別の空間を感じ取れるぜ」

「エコーロケーションか」


 ザックは笑みを浮かべた。

 サカナを散々苦しめたケイブバットと同じように、音波を使って周囲の状況を探る方法である。

 人の手でそれをこなすのは、相当な訓練が必要だろう――ザッツの手腕にアンフィリテは感嘆の声を出す。


「すごいな、器用な真似をする」

「オレちゃんはすごいのよ――んなことよりねーちん、『ハイドラの泡沫』は扱えるか」


 ハイドラの泡沫。

 人一人を包める大きさの泡を纏わせ、水中でも呼吸を可能にする魔術式である。


「分かってます、すぐにいきますよ。…『治水』の勇者ハイドラよ――御身の名の元に、高潔なる水の衣を彼の身に纏わせ給え」


 ザッツに向かって放たれた小さな泡は、命中すると彼の体を取り込もうと膨張し、すっかり囲んでしまった。泡の中は非常に不安定なのか、地面から足が浮き上がってしまい、バランスを取るのに必死そうにしている。


「まさか本来の使い方をすることになるなんて」

「だよな。これって基本的にはモンスターの足止めとかに使われるんだろ――と、無駄話してるわけにはいかないな、先に行くぜ」


 ザッツは意を決して、水の中へと飛び込んでいった。

 アンフィリテは自らに術式をかけると、サカナの方に向きなおって。


「サカナさんは残っていますか?」

「ううん、わたしも一緒に行くっ――なんだか放っておけなくて」

「そうですか、…なら行きましょう」


 サカナに魔術的知識はないと聞かされていたし、武道を嗜んだことがなさそうな女の子らしい体つき。アンフィリテはそこに一瞬戸惑ったが――ザッツが連れているのだからダンジョン知識はあるのだろうと判断し、彼女にも『ハイドラの泡沫』をかけてやると、一緒にダンジョンへ繋がるらしい水の中へと潜っていった。




 水を抜けた先の空間は、なかなかの広さだった。

 ザッツはランタンに火を灯して地形の確認を始める。苔のびっしり生えた床が続き、無数の鍾乳石が天井から垂れ下がっている。耳をすませば水の滴る音と、遠くからコボルトの小さな唸り声がする。


「集落にぶち当たらなくてよかったぜ――と、そろそろ来たか」

 

 パチンッ、と泡の弾けた音が鳴る。

 それを聞いて振り返ると、アンフィリテが水の中から上がってくる。


「すまない、遅くなった」

「よし、さっさと調べちまうか――って」


 二つ目の泡が弾ける音に、ザッツの表情が曇り始める。

 水から上がってきた少女に目を剥く――サカナが来るとは思わなかったからだ。


「なんでお前付いてきてんだよっ」

「だ、だって、屋敷に戻れとは言ってなかったじゃないっ」

「それぐらい自分で判断しろよっ、このダンジョンは護りきれる自信ねーぞ! おいねーちん、アンタ止めなかったのかよ!」

「……すまない、私が責任持って護衛しよう」

「はぁ」


 こうなっては仕方ない。

 覚悟を固めたザッツは、手に持ったランタンを地面に置き――アンフィリテから事前に受け取っていた、このダンジョンの地図を開く。シレットの探索したであろう、三階層途中までの構造しか書かれていないが、それだけの情報があればしめたものだ。


「どうやら此処は第二階層みてえだな――余計な時間を使ってる暇はない、まっすぐ下の階に行くための通路に向かうぞ」


 そこで探すべきは、足跡だ。

 新しいものがあれば、それはシレットのものだと推測できるからだ。


「こっちだ、急ぐぞ」


 広間はいくつかの通路が掘られていて、そのひとつにザッツは入っていく。

 通路は木材で補強されており、入口を破壊した衝撃で崩れていないことに感謝した。


「こればかりは、コボルトのおかげだと言わざるを得ないな」


 アンフィリテがふと漏らす。

 ダンジョンで生息するコボルトが自分の意思でやったのか、コアによって扇動されてやったのか定かではないが――整備された通路は、確実にシレットの命を救っていると言えた。さらに段差や遮蔽物の一切がなく、まっすぐで、素早く移動するには最適だった。巡回中のコボルトもたまに見ることになったが、アンフィリテが先の先を取り、一瞬で首を刎ねてしまうので危機に陥ることもなかった。

 しかし、ハイペースであったが故に――そこで問題が発生する。


「ふぅ、ふぅ」


 サカナは必死だった。

 早足で進むザッツとアンフィリテの後ろを、気力を振り絞って追いかけている。

 徐々に吐く息は荒くなり、辛そうな表情を浮かべ――果てには転倒してしまった。


「も、もうだめ」

「おいぃ、だから付いてくんなって言ったのによ、…しょうがねえ、一分の休憩を取るぞ!」


 アンフィリテは少女を壁に寄りかからせ、荷物袋から取り出した水筒の中身を飲ませ始める。


「ところでよ、シレット様ってのはどれだけ強いんだ?」


 ふと疑問に思ったことを、ザッツはアンフィリテに聞いてみる。

 ダンジョンを攻略するということは、ダンジョンボスを倒すということ。

 コアを破壊するだけでいいダンジョンブレイカーと違って、強さを伴っていなくてはいけないのが冒険者なのだ。


「……」


 アンフィリテは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。


「シレット様は風属性の魔力を利用した、系統としてはダンジョン探索に有利でかつ護身に有用な術式を多く習得しておられる。特に『狡知』の勇者ヘルメスの固有術式ブランドを愛用しているが――その多くは、敵の位置を感知したり、地形を明らかにしたりするもので、戦いを制するものでは決してない。それ以外は飛び道具を弾くしか用途のない、防御用の魔力結界『イージスの守護方陣』だけ」


 そう。

 道中のモンスターを駆除するのは、アンフィリテの役割だったのだ。

 だから、


「ダンジョンボスに挑むことがあれば、シレット様が撃破できる要素など――万に一つも有り得ない」


 そういう結論に至る。


「そうか――なら、急がねえといけねえな」


 ザッツはそう言うと、サカナの手を取って立ち上がらせると、


「ちょ、なにすんのっ」

「うんしょっ」


 そのまま少女を背負ってしまった。


「わ、わたし、歩けるってば」

「うるせえ、荷物は荷物らしくおとなしく背負われてやがれっ――よし、ねーちん休憩は終わりだ、階段はあっちだな!」


 アンフィリテは無言で頷くのを確認すると、ダンジョンの奥を目指して一行は先を急ぐのであった。

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