第4章 種明かし
唐突に覚醒した。まるで映画のワンシーンが暗転を挟んで転換するように、天宮の意識と記憶もほぼ繋がっていた。
しかし現状が理解できない。目を醒ました天宮が最初に見たものは、自分自身だったからだ。
「…………は?」
間抜けな声が漏れるも、それが人一人が収まってしまうほどの大きな鏡であることはすぐに理解できた。そしてデジャヴ。前にもこんなことがあったのを思い出す。あれは確か、彼が初めて里緒に会った時のことだ。あの時も意識を奪われ、まるで誘拐されたかのように運ばれたんだった。
そこまで思い出し、ここが今では見慣れた場所であることを、ようやく把握できた。
「ここは……『理容店KIRISAKI』?」
大抵の客がそうするように、天宮もまた椅子に座ってくつろいでいた。
しかし自分は客ではない。こんな場所でゆっくりとしている場合ではないと思い、立ち上がろうとして……失敗した。左腕と両脚に、椅子から伸びた鎖が絡まっていたからだ。
そういえば、この店の椅子には拘束具が備わっていたんだっけ。と、悠長なことを考えてしまった。右腕だけは拘束されていないが、手が無いので何もできない。そして右ふくらはぎも綺麗な包帯で応急処置が施されているとはいえ、肉がぱっくりと割れているのだ。満足に動けるとは思えない。
ぼんやりとした頭で、店内を見回す。左を見たところで、見知った顔があって少しだけ驚いた。
「おはよう、天宮君」
隣の席に座っている店主が、笑顔で挨拶をしてきた。
面を食らうも、敵ではないことに安堵する。次に浮かんできたのは疑問だ。何故自分は店にいるのか、あれからどうなったのか、自分はちゃんと長谷川を殺すことができたのか。しかしさまざまな疑問を押し退けて口から出てきた言葉は、小さな懇願だった。
「なぁ、里緒。この手錠とか、外してくれないか?」
「ダメよ。種明かしが終わるまでは外せないわ」
「種明かし?」
種明かしという言葉自体には、あまり良い印象を抱かない。昔、セナが読んでいた推理小説の犯人をポロッと漏らしてしまい、マジギレされたことがあったっけ。
天宮の不機嫌な表情も意に介さず、里緒は隣に座ったままの体勢で話し出す。
「私が天宮君の復讐に協力する理由よ。知りたくなぁい?」
「そういえば聞いていなかったな。善意とはいえ、無償とは思えなかったけど」
「そうよ。私が欲しかったのはこれ」
そう言って、里緒は空の小瓶を取り出した。中には何も入っていない。
じっくりと覗き込んでみたものの、理解ができず、天宮は訝しげに里緒を睨んだ。
「中に入っているのは、貴方の感情よ。貴方の憎しみを根こそぎ掘り返して、瓶で保管しているの。髪の毛でいえば、永久脱毛した感じね」
「はぁ? はぁ……」
まったく話についていけず、生返事になってしまった。
「私の目的はね、最初から貴方だったの。貴方の憎しみという感情ね。だから貴方と行動を共にし、復讐に加担してあげた」
「だったら最初から切ればよかっただろ? こんな回りくどいことしないでさ」
「それじゃダメなのよ。頭の奥に隠れている感情は切りにくい。貴方が復讐を果たすその瞬間こそが、憎しみという感情が爆発的に生成されるのよ。私はその瞬間を狙った」
「あぁ、なるほど。だから俺が長谷川を殺そうとする時、後ろにいたのか」
何か……変だ。何かが足りない。
天宮は自分自身の中の何か大切な物が無くなっていることに気づく。しかしそれが何か見当もつかない。何故こうやって落ち着きながら里緒の話を聴いているのか、理解ができない。
「でも私、嘘をつくのが嫌いだからちゃんと白状するわね。私はね、長谷川さんが連続殺人犯ってことは最初から知っていたのよ。貴方と出会う前から」
「…………は?」
コイツはイッタイ、ナニをイッテいるんダ?
「だって考えてもみなさいな。私は他人の感情を第六感で感じ取ることができるのよ。長谷川さんが呪家の私たちに向ける殺意なんて、とっくの昔から気づいていたわ」
「じゃあ……長谷川の能力は……?」
「呪家だってことは知っていたわ。呪われているのが脳だってことも。でも能力は分からなかった。とはいっても、殺人事件のあり方からして、大まかな予想はついていたんだけどね」
「…………」
驚きの連続で、天宮は声も出なくなっていた。里緒があまりに淡々と告白するもんだから、怒りすらも湧かない。
いや……そもそも、怒りってなんだったっけ?
「セナちゃんの話で、天宮宗太という男の子の怒りという感情にちょっとだけ興味があったの。で、セナちゃんが殺されたから、私は貴方に会いに行った。そしたらビンゴ。潜在的にものすごい憎しみを抱えた人だってことは、一目で分かったわ。だから私は貴方に復讐の協力をした。頂点に達した貴方の憎しみを刈り取るためにね。これが一連の流れ。何か質問はある?」
里緒の言っていることは一言も理解ができなかった。本当に日本語で喋っているのかすらも判断できなかった。だからすべてを放棄した。考えることは一つ。あれからどうなったかということ。
「長谷川は……あの殺人鬼はどうしたんだ?」
「安心して。ちゃんと後で警察に通報して、事情を説明するわ。呪家を狙った連続殺人はこれで終わり。これにて閉幕。きっと死刑になるでしょうから、貴方の復讐も半分は達成できたことになるんじゃないかしら? それと真理子ちゃんも無事よ。今は奥の寝室でぐっすり眠ってるわ」
「長谷川は……どこにいるんだ?」
里緒は無言で指を差す。場所は待合席の方向。観葉植物の隙間から、気絶している長谷川の姿が少しだけ見えた。
「でももう今の貴方に彼を殺すことは不可能よ。それは自分が一番よく分かってるんじゃないかしら?」
今一度長谷川の顔を見て、天宮は自分の中に殺意が存在していないことに気づいた。いや、殺意ではない。憎しみや怒りだ。殺意はあっても、実行に移すための原動力である憎しみが存在していないため、殺すことはできない。
なぜなら天宮は知っているからだ。倫理的に考えて、人を殺すことは悪いことだ、と。
今までは憎しみが暴走して倫理観を取っ払っていた。しかしその憎しみが無くなったとなれば……。
「ちなみに永久脱毛だから、二度と生えてくることはないわ。貴方は今後一生、誰かを憎んだり怒ったりすることはできない」
「う、うわ……」
眠っている殺人鬼の顔を凝視したまま、天宮は悲鳴を漏らす。
復讐は、失敗した。
「うわああああぁぁぁぁーーー!」
現れたのは恐怖だ。復讐を果たせないことによる恐怖の絶叫が、店の中でこだました。




