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理容店KIRISAKI  作者: 秋山 楓
第3話 決別
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第3章 アンダーグラウンド

 再び夜の街へ繰り出した天宮は、怜生から借りた会員証のネットカフェへ一直線に向かっていた。


 地道な捜査が解決への近道。この前言っていた里緒の言葉を思い出し、何か一人でできることはないかと考えはしたものの、唐突に体力が限界に近いことを自覚してしまった。むしろ眠気がマズイ。気絶している間はずっと夢と現実を意識していたためか、脳が休んでいないようだった。


 店に到着し、できるだけ右腕を隠しながら会員証を店員に見せる。特に怪しまれることもなく、個室を借りることができた。


 思った以上に狭かったものの、備え付けの椅子は妙に座り心地が良い。これなら疲れることなく眠れそうだと、天宮はぼんやりとPCの画面を眺めた。


「そういえば王子探偵事務所の事件は、世間ではどう報道されてるんだ?」


 気になってしまっては、眠気も醒める。眠ることなどいつでもできるし、ネットカフェの個室を借りてネットをしないのは、何かもったいない。寝る前の読書のような感覚で、天宮はマウスを取った。


 右側にあるマウスを左手で扱うので時間はかかったが、記事は簡単に見つかった。


「特に……目新しいことは書いてないな」


 手前の通りから撮られた、窓ガラスの割れた事務所の画像が一つ。記事の内容も簡素で、所長である王子創平の遺体が発見されたことや、意識不明の少年少女二名が発見されたこと。そして連続通り魔事件の関連性が示唆されているだけだった。当事者である天宮が知る以上のことは、何も書かれていない。


 少しの間、別のサイトも見て回ったが、どこも似たようなものだった。


 しばらくして飽きたのか、両腕を挙げて身体をほぐす。ふと、『呪い』という単語が無意識のうちに視界に入った。


「呪家……か」


 その言葉を使う人間は少ないが、呪われた家系があることを知る人間は結構いる。と、里緒は言っていた。天宮は今の今まで知る機会はなかった。では、どれくらいの人間が呪家のことを認知しているのだろう。興味はある。


 それに今回の殺人事件は、すべて呪家の人間を狙ってのもの。調べておいても損はなかった。


「呪い……だけじゃ駄目そうだな」


 呪い、家系、で検索をかける。想像通り、ヒットした件数は軽く五ケタを超えた。全部調べるわけにもいかないので、上から順に見ていくとする。


 当然だが、オカルト関連が非常に多い。明らかに作り話と分かる小ネタから、有名芸能人が原因不明の病で死んだのは家系の呪いだったとか、本格的な創作物だったりとか、果てには古臭いFLASHゲームまで。あとは掲示板やブログで、呪いという単語が引っかかっただけのようだった。


 呪家に関連するようなサイトはない。諦めかけたその時だった。

 サイトの説明文に『王子』という単語が目に入った。


 迷わずクリック。ブログ……というよりは有名掲示板のまとめサイトのようだ。背景が黒いため、閲覧することに少しだけ後ろめたくなる。管理人はそれを狙ってやっているのだろうか。

 一番上の書き込みには、こう書かれてあった。


『(朗報)王子家の長男、死んだってよ』


 王子創平が殺されたことが、すでに掲示板で取り上げられている? いや、待て。そもそも朗報ってなんだ?


 続いて下へ一気にスクロールする。


『ざまぁwwww』『連続殺人犯GJ』『他に殺された人も全員呪われた家系だったんでしょ? マジで神だわw』『このまま社会の害悪を絶滅させてくれや』


 意味不明な文章の羅列に、天宮は思わず頭を抱えてしまった。


 なんだこれは。どうして人が殺されたのに、こいつらは喜んでいるんだ? どうして殺人犯を称賛するコメントがほとんどなんだ? これが……世間の本音?


 いや、違う。侮辱されているのは、亡くなった人が呪家だからだ。


『絶滅は無理だろ。今の日本にどれだけ奴らがのさばってると思ってんだよ』『ただの願望だよ。みんな奴らがいなくなればいいと思ってるだろ?』『同意』


 みんな表だって口に出しはしないが、呪家は嫌われている。天宮はそう判断した。


 その真実が……天宮には許せなかった。


 匿名の掲示板で中傷するのは構わない。特別な家系を毛嫌いすることも、人間としては当然の感情だ。一ミリたりとも賛同はしたくないが、理解はできた。


 けど、殺された人間を悪く言う? 殺人犯を称賛する?


 吐き気がした。そんな理不尽なことが許されてたまるか。悪意のない人間が無慈悲に殺されて、しかもそれを喜ぶ人間がいる。そんなこと……あっていいはずがない。セナだって……幸せに生きる権利はみんなと同等にあったはずなんだ!


 怒りのあまり、危うくマウスを握りつぶすところだった。


 胸糞悪い書き込みから目を逸らす。しかし嫌でも目に入ってしまった。右端の欄に並ぶ、カテゴリメニューの文字を。


『呪いの家系一覧』


 恐る恐る、天宮は『あ行』の文字をクリックした。


 表示されたのは苗字、部位、そして呪いの解説。聞いたことのない苗字が並んでいるのを無視し、天宮は迷わず下へスクロールし……見つけた。


『王子家。呪われた部位……眼球。

 長男、王子創平。目を視た人間の視界を反転させる。体験した人の証言によれば、視界の上下左右、明度や色彩も反転するらしい。直接命に関わるものではないが、徐々に正常に向かっていくその光景は、吐き気を催すとのこと。

 長女、王子真理子。不明』


 唖然とした。個人情報が、こうも簡単に漏えいしているとは。


 いや、里緒と天宮に接触してきた時も、王子創平は自らの能力を勝手に説明してきた。相手の油断を誘うためだ、と。人と接することの多い探偵業なら、信用を獲得するために自らの能力を教えてしまったのかもしれない。それが呪家を嫌う、心無い人間だとも知らずに。


 創平には悪いが、真理子の能力が知られていないことは不幸中の幸いだった。

 震える左手で、次のページへ進む。『あ行』に『青山』の苗字はなかった。

 それはつまり……と、そうであってほしくないと願いながら、『か行』の欄を見る。


『霧咲家。呪われた部位……右手。

 長女、霧咲里緒。他人の感情を切り取る。自らの呪いを売りにして、商売も営んでいる。本人の容姿性格も合わさり、常連客の人気も高い。許せない。

 長男、霧咲怜生。不明。ただし小学生の頃、友人数名の皮膚が抉られ死亡するという事故(事件?)が発生した。現場の状況しか証拠がなく、謎の現象として未解決のまま警察は処理したが、おそらく呪われた右手で何かをしたのだと思われる』


 さらに下へスクロール。


『青山家(旧姓が霧咲なのでこちらへ記述する)。呪われた部位……右手』


 心臓が嫌な弾み方をした。

 大量に発生した唾液が、胃の中へと落ちていく。

 瞼を閉じられず、眼球が渇いた。

 セナの母親と姉の名前を飛ばし、その下へ。

 そして――あった。見つけてしまった。


『次女、青山セナ。右手で描いた絵が勝手に動く』

「な……んで……」


 信じられなかった。見ているものが夢なのか現実なのかすらも、判別できなかった。

 PCに映し出された文章を、何度も何度も読み返す。しかし文字は無慈悲にもそこに存在するだけで、天宮が願うような変化をすることはなかった。


「そんな……だって……」


 だってセナの能力は、天宮とだけの秘密なんじゃなかったのか? どうしてこんな無法地帯に露見している? 一体誰が書き込んだんだ? セナの家族……そんなバカな。呪家の人間がこんな馬鹿げたサイトを見るはずがない。


 いやそもそも、セナが右手で絵を描けると知っている人間すらいないはずだ。授業や部活では、いつも左手で描いていると言っていた。放課後一緒に描いていた絵も、帰る際には単一色で塗りつぶして破り捨てていたし。


 いったい誰が? どこで知った?

 どうやって、セナが描いた動く絵を目撃した?


 最初に浮かんだのは、マネキンのような姿をした『犯人』という言葉だった。


 書き込みをしたマネキンは、じっと見つめている。どこを見つめているかといえば、美術室だ。そこには天宮とセナの二人しかいない。


 では、どこから?


 美術室内でないのは当然だ。だったら外からしかない。雑に閉められたカーテンの隙間から覗く瞳。そのマネキンの正体は――。


「あ…………」


 思い出した。思い出してしまった。

 マネキンが人の身を被っていく。形作ったその人は、川添慎吾だった。


「あいつ、なんで……俺とセナが絵を描いていること……知ってたんだ?」


 竹刀を譲り受けた時のことだ。慎吾は美術室の方を一瞥しながら、そう言っていた。それにあの時と同じく、昇降口から武道場に向かう際はいつも、美術室の側を通っていたのだろう。もし不注意でカーテンを閉め忘れていたことがあり、その側を通った慎吾が中に友人を見つけて覗き込んだとしても……おかしくはない。


「…………」


 信じられなかった。どうして慎吾が、セナを晒すような行為を……?


 無論、すべては天宮の憶測でしかない。慎吾なら可能だったという状況証拠だけだ。しかし混乱した頭では、それ以外の可能性を模索することすら奪われていた。真実がどうあれ、天宮の中ではすでに慎吾が書き込んだものだと確定していた。


 そして書き込んだ人物=犯人という図式も、自然と受け入れていた。


 爪が手の平に食い込むほど、左手を強く握りしめる。全身が震えた。それが慎吾に対しての怒りだったのか、友人に裏切られた悲しみだったのか、ようやく犯人を討てるという歓喜の震えだったのか、それは本人すらも分からなかった。

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