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理容店KIRISAKI  作者: 秋山 楓
第3話 決別

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12/22

第3章 アンダーグラウンド

 再び夜の街に繰り出した天宮は、怜生から借りた会員証のネットカフェへ向かっていた。


 地道な捜査が解決への近道。以前に里緒が言っていた言葉を思い出し、何か一人でできることはないか考えてみたものの、唐突に自分の体力が限界に近いことを自覚したのだ。むしろ眠気がマズい。気絶している間はずっと夢と現実を行き来していたためか、脳が休んでいないようだった。


 ネットカフェに到着し、できるだけ右腕を隠しながら入店する。時間も時間だし、店員に見咎められるかなと思ったが、セルフレジだったので安心した。


 個室は想像以上に狭かったものの、備え付けの椅子は妙に座り心地が良い。これなら苦もなく眠れそうだと、天宮はぼんやりとPCの画面を眺めた。


「そういや王子探偵事務所の一件って、世間ではどう報道されてるんだ?」


 気になってしまっては、眠気も覚める。眠ることなどいつでもできるし、ネットカフェの個室を借りてネットをしないのは、なんだかもったいない。寝る前の読書のような感覚で、天宮はマウスを取った。


 マウスを左手で扱うのは慣れなかったが、記事は簡単に見つかった。


「特に……目新しいことは書いてないな」


 表通りから撮られた、窓ガラスの割れた事務所の画像が一枚。記事の内容も簡素なもので、所長である王子創平の遺体が発見されたことや、意識不明の少年少女二名が現場にいたこと。そしてガラス類がすべて割れていたことから、警察はガス爆発の可能性も視野に入れて捜査を進めているとのことだった。


 いくつか他のサイトの記事を見て回ったが、どこも似たようなものだ。連続通り魔殺人事件との関連性を示唆している、鋭い指摘があったくらい。


 しばらくの間ネットを巡回した天宮は、肩こりをほぐすように腕を回し始める。すると不意に『呪い』という単語が目に入った。


「呪家、か」


 その言葉を使う者は少ないが、呪われた家系が存在していることを知っている人間は、それなりにいるという。では、どれくらいの人間が呪家を認知しているのだろう。興味はある。


 それに今回の殺人事件は、すべて呪家を狙ったもの。調べておいても損はない。


「呪い……だけじゃダメそうだな」


 その程度なら前にも調べた。


 呪い、家系、で検索をかけてみる。予想通り、ヒットした件数は軽く五ケタを超えた。全部調べるわけにもいかないので、気になったものを上から順に見ていく。


 当然ながらオカルト関連が非常に多かった。明らかに作り話と分かる小ネタから、有名芸能人が原因不明の病で死んだのは家系の呪いだったとか、本格的な創作物だったりとか、果てには古臭いFLASHゲームまで。あとは掲示板やブログで、呪いという単語が引っかかっただけのようだ。


 呪家に関連するサイトはない。そう結論付け、諦めかけた――その時だった。

 サイトの説明文に書かれた『王子』という単語が目に入った。


 迷わずクリックする。ブログというよりは有名掲示板のまとめサイトのようだ。背景が黒いため、閲覧することに少し後ろめたくなる。管理人は狙ってやっているのだろうか。


 一番上の見出しには、こう書かれてあった。


『(朗報)王子家の長男、死んだってよ』


 王子創平が殺されたことが、すでに掲示板で取り上げられている? いや、待て。そもそも朗報ってなんだ?


 続いて下へスクロールする。


『ざまぁwwww』『これ絶対ガス爆発じゃねえよな。例の通り魔殺人事件だろ? 殺人犯GJ!』『他に殺された人も全員呪われた家系だったんでしょ? マジで神だわw』『このまま社会の害悪を絶滅させてくれや』


 意味不明な文章の羅列に、天宮は思わず頭を抱えてしまった。


 なんだこれは。どうして人が殺されたのに、こいつらは喜んでるんだ? どうして殺人犯を称賛するコメントがほとんどなんだ? これが……世間の本音?


 いや、違う。侮辱されている理由は、被害者が呪家だからだ。


『絶滅は無理だろ。今の日本にどれだけ奴らがのさばってると思ってんだ』『ただの願望だってば。みんな奴らがいなくなればいいと思ってるだろ?』『同意』


 みんな表だって口には出さないが、呪家は嫌われている。天宮はそう判断した。

 その真実が……天宮には許せなかった。


 匿名の掲示板で中傷するのは構わない。特別な家系を毛嫌いすることも、人間としては当たり前の感情だ。一ミリたりとも賛同したくはないが、理解はできた。


 けど、殺された人間を悪く言う? 殺人犯を称賛する?


 吐き気がした。そんな理不尽が許されてたまるか。罪のない人間が無慈悲に殺されて、しかもそれを喜ぶ人間がいる。そんなこと、あっていいはずがない。セナだって、幸せに生きる権利はみんなと同等にあったはずなんだ!


 怒りのあまり、危うくマウスを握り潰すところだった。


 胸糞悪い書き込みから目を逸らす。しかし嫌でも目に入ってしまった。右端の欄に並ぶ、カテゴリメニューの文字を。


『呪いの家系一覧』


 天宮は恐る恐る『あ行』の文字をクリックした。


 画面に表示されたのは名前、呪われた部位、そして異能の解説。聞いたことのない苗字が並ぶ中、天宮は迷わず下へスクロールし……見つけた。


『王子家。呪われた部位……眼球。

 長男、王子創平。目を合わせた人間の視界を反転させる。体験した人の証言によれば、視界の上下左右、明度や色彩が反転するらしい。直接命に関わるものではないが、徐々に正常に戻っていく光景は、吐き気を催すとのこと。

 長女、王子真理子。不明』


 唖然とした。個人情報が、こうも簡単に漏えいしているとは。


 いや、自分たちに接触してきた時も、王子創平は自らの能力を勝手に説明してきた。相手の油断を誘うためだ、と。人と接する機会の多い探偵業なら、信頼を獲得するために最低限の能力を開示するのかもしれない。それが呪家を嫌う、心無い人間だとも知らずに。


 創平には悪いが、真理子の能力が知られていないことは不幸中の幸いだった。


 震える左手で、次のページへ進む。『あ行』に『青山』の苗字はなかった。

 それはつまり……そうであってほしくないと願いながら、『か行』の欄を見る。


『霧咲家。呪われた部位……右手。

 長女、霧咲里緒。他人の感情を切り取る。自分の呪いを売りにして、商売も営んでいる。本人の性格や容姿も合わさり、常連客の人気も高い。許せない。

 長男、霧咲怜生。不明。ただし小学生の頃、友人数名の皮膚が抉られて死亡するという事故(事件?)が発生した。現場に証拠らしい証拠は残っておらず、謎の現象として未解決のまま警察は処理したが、おそらく呪われた右手で何かをしたのだと思われる』


 さらに下へスクロール。


『青山家(旧姓が霧咲なのでこちらへ記述する)。呪われた部位……右手』


 心臓が嫌な弾み方をした。

 口の中で大量の唾液が分泌される。

 瞼を閉じられず、眼球が渇いた。

 セナの母親と姉の名前を飛ばして、その下へ。


 そして――あった。見つけてしまった。


『次女、青山セナ。右手で描いた絵が勝手に動く』

「な……んで……」


 信じられなかった。見ているものが夢なのか現実なのかさえも判別できなかった。


 画面に映し出された文章を、何度も何度も読み返す。しかしデジタルの文字は、天宮が望むような変化をすることはなかった。


「そんな……だって……」


 だってセナの能力は二人だけの秘密だったんじゃないのか? どうしてこんな無法地帯に晒されている? いったい誰が書き込んだんだ? セナの家族……そんなバカな。呪家の人間がこんな下劣なサイトを見るはずがない。


 いや、そもそもの話、セナが右手で絵を描けると知っている人間すらいないはずだ。部活や授業では、いつも左手で描いていると言っていた。放課後に描いていた絵も、帰る際に単一色で塗り潰して破り捨てていたし。


 いったい誰が? どこで知った?

 どうやってセナの描いた動く絵を目撃した?


 最初に頭に浮かんだのは、マネキンのような姿をした『犯人』だった。

 書き込みをした『犯人』は、じっと見つめている。美術室の中で、天宮とセナが絵を描いている光景を。


 では、どこから?

 美術室内じゃないのは間違いない。だったら外だ。雑に閉められたカーテンの隙間から覗いている瞳。そのマネキンの正体は――。


「あ…………」


 思い出した。思い出してしまった。

 マネキンが人の皮を被っていく。形作られたその人間は――川添慎吾だった。


「アイツ、なんで俺とセナが絵を描いていること……知ってたんだ?」


 竹刀を譲り受けた時のことだ。慎吾は美術室の方を一瞥しながら、そう言っていた。


 あの時と同じように、昇降口から武道場へ向かう際は、いつも美術室の側を通っていたのだろう。もし不注意でカーテンを閉め忘れていたことがあり、美術室の中で友人の姿を見つけた慎吾が窓から覗き込んだとしても……なんら不思議ではない。


「…………」


 信じられなかった。どうして慎吾がセナを晒すような行為を?


 無論、すべては天宮の憶測でしかない。慎吾なら可能だったという状況証拠だけだ。しかし怒りで沸騰した頭では、それ以外の可能性を考えられなかった。真実がどうあれ、天宮の中ではすでに慎吾が書き込んだものだと確定していた。


 そして書き込んだ人物=殺人犯という図式も、自然と組み上げられていく。


 爪が皮膚に食い込むほど、左手を強く握りしめる。全身が震えた。それが慎吾に対しての怒りだったのか、友人に裏切られた悲しみだったのか、ようやく犯人を討てるという歓喜だったのか、本人すらも分からなかった。

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