呪われた子には旅をさせよ 〜倍返しにして返します〜
目前の山を睨みつけ、ジッと、少年ジーンは立っていた。
ジーンの前には、
「ここより先危険!許可なく立ち入らないこと!
もし立ち入った場合はシェリンガム家は責任を負いません」
という何とも物騒な看板が立てられている。
だが、そんな看板に臆することなく、ジーンは何かを探すように目前の山を見ている。
その一般的な茶色の瞳は理知的な輝きを放っており、瘴気を放つ山を冷静に観察している。引き締めた表情は、どこか大人びていた。
関節といった身体の節々からは青年への成長を感じられるが、腕の細さや身体の厚みの無さなど、まだ幼さの方が優っていると言えよう。
声変わりもようやく終わり、大人への成長の片鱗が見え始めてきたという感じで、まさにアンバランスというか、絶妙な均衡を保っているというか…、そんな年頃である。
そのような年頃の少年が、一人で山に対峙して入山しようとしており、また、並々ならぬ気迫や覚悟が滲み出ているのは、端から見れば異様である。
人気がないと思われた山の麓だが、一人少年に声をかける者がいた。
「おい、止めた方がいいぞ。ここら辺はここのところ強力な魔物達が巣食うようになった。そこからは高額な報酬目当ての退治屋くらいしか行かないが、戻ってきたのをまだ見たことがない。更にここを管理してるシェリンガム家もお手上げなようだ」
何の用があるか知らないが、とにかく止めとけ、と男は忠告してきた。
ジーンとは対照的に、背も高く屈強。同じ旅の身の上のようだが、こちらは大層な武器を携帯しており、魔法より武器による攻撃を得意としていそうだ。だが、見た目は爽やかな青年と言った感じで、実力は分からない。
ふむ…と、ジーンは男を見やった。ジーンにとっては、それはそれは一族にも、そして非常に個人的にも超が付くほど大事な用事があったりするのだが、それはそれとして。
「じゃあ、なんで貴方もここにいるの?」
「え?いやぁ…。
俺も報酬目当てだったんだが、こうも難易度が上がっては手が出せなくなってな!
せめて、シェリンガム家が採取した魔鉱が転がってたらなーって
そしたら、危険を知らずに入ろうとしている奴がいたから忠告しただけさ」
「何?じゃあ、盗みに入ろうと?」
詳しく聞かせてもらおうか、とジーンは黒いオーラを出して言った。
親切心から墓穴を掘ったらしい男は急な状況に、え?え?と連発していた。
男前が台無しである。
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先ほどの場所から町に下りてきて、シェリンガム家のマナーハウスのとある一室。
「いや、最近領主様がここに滞在してるらしいという噂はあったけど、まさか本人にあんな事を言ってしまったとは」
「無理矢理連れて来てすまなかった。
ちなみに私は現当主ではなく、次期当主で、ジーンだ」
「ジーン…、ジーンなら、ユージーン様か?それかシェリンガム様か?」
「ジーンでいい。それで、えっと」
「ラミネスだ」
「ラミネスか。それで、最近凶悪化したミレー山について、詳しそうだね?
いつ頃からかとか、教えてもらえるかな?」
凶悪化したミレー山…、つまりはさっきまでいた山のことだが、もともとここ数十年で山の治安は悪化しつつあったのだが、ここ最近ことに凶悪化したのだそうだ。
その悪化具合も急激。今まではまぁまぁ強い冒険者くらいなら撃退できるような、中の上くらいの魔物が出てくるだけだったが、今では一気にどの魔物も上くらいに成長してしまったそうだ。
しかもどの個体も性格は攻撃的で、迂闊に入れないとのこと。
このミレー山は魔鉱が産物であり、ミレー山を含む領地を所有しているシェリンガム家は、その魔鉱でかなりな利益を得ており、治安の悪化程度ならシェリンガム家の技術力や優秀な魔導師やら護衛やらで何とも無かった。
が、そのシェリンガム家でもこの凶悪化に、魔鉱を採取し運び出す従業員やその護衛すらの命を保証できないとして、採取を取りやめているのだ。
いくら魔鉱以外にも事業があるとはいえ、これは痛い。
そこで、たまたま近くに用事で来ていたジーンが急遽駆け付けたというところだ。
まぁ、個人的にもすごく因縁のある場所で、いつかは来ようと思っていたので、ジーンにとってはついででもある。
ラミネスも最近まで、ミレー山の魔物を狩って、爪やら牙やらその他諸々を売っていって資金稼ぎしていたらしいが、資金稼ぎにするにはリスクが高くなってしまって、どうしたものかと何か良い方法はないか探しに来ていたらしい。
ちょうどそのタイミングで二人は会ったようだ。
「原因には心当たりがあるよ。
シェリンガム家としても長引かせる訳にもいかないし、見たところ、ラミネスはかなり強そうだね?あそこに行くまでに1人では辿り着けないよ。普通。
私もあの看板から先はさすがに1人では骨が折れるし、一緒に来てくれないかな?」
えー、2人だけでもさー、と渋るラミネスに、
「あとどれくらい資金が必要なのかな?
あー、あとさっきシェリンガム家の資産を盗もうとしてたよね
いくら拾おうとしただけでも、色々ね、言い方というか表現の仕方だったり、誰が誰に言うかによってもね…」
「行きます!喜んでお供させて頂きます!」
とジーンが笑顔で言い続ければ、ラミネスはコロッと意見を変えた。
本望だー!、と何故か泣いている。
さて、どうしようかジーンが思案している時、廊下からバタバタと騒々しい音が響き、バタン!と誰かが扉を開けた。
「ジーン!久しぶりだな!」
長身で金髪のやけに見目の良い快活な青年が入ってきた。
しかも身に付けている服は質素で動きやすそうなものだが、よく見ると相当に質の良いもので作られており、ただの資産持ちか貴族かといったところで、彼は後者に当たりそうだ。
彼が携帯する剣の鞘には貴族の紋章があった。
「やはり、フィルか。相変わらずだな」
「2、3年ぶりか?ここんとこ、お前は社交会にも出ず、王都の屋敷で引きこもってたらしいじゃないか」
「まぁ…な。私も王都ではフィルの噂を聞いたよ
随分と遊んでるみたいじゃないか」
ジーンはげんなりとする。
そうだ、そういえば家人からフィルが訪ねてきたと聞いた。
隣の領地を納めるブラウン家とは昔から親交があった。それこそ子供の時は夏の休暇はお互いのマナーハウスを訪れて、一緒に遊んだものだ。
つまりは幼馴染のようなものである。
そして同年代である。
「遊んではいるが、やるべきことはやってるさ
だが、ジーンは相変わらず変わらないな!全然成長してないじゃないか!」
そのままの意味でな!とわははと言われてしまえば、ジーンはくっと唸る。
やはり、この休暇の時期を外すべきだったかと後悔した。
傍観しているラミネスは突然謎の事を言う訪問者にポカンとしている。
「いや、俺とジーンは同い年で幼馴染なんだよ!
あいつの家は変わっててな…なんてったって、呪われた一族だからよ、ジーンも呪われてて…」
と、ラミネスに何やら吹き込んでいるみたいだが、途中からは吹き出していて何を言っているのか分からない。
ちなみに、この短時間にお互いの自己紹介は済ませているようだ。
ジーンはフィルのこういった社交性というか、そういった手腕に驚かされる。
さすが、伊達に遊んでるだけのことはある
フィルも一緒に行くと聞かなくて、色々準備とか作戦会議をしていれば、いつの間にか夜になっていた。ジーンは2人に夕食を振る舞い、いつしか飲みの席となった。
フィルの実力は、同年代の中では右に出るものはいないと言われるくらいだ。この若さで近衛騎士団の副団長だったりするので、そこらへんの上の中くらいの魔物には負けない。
騎士副団長に伯爵という地位に、しかもこの見た目である。
さぞかし、モテモテであろうし、遊ぶなという方が無理である。
というか、副団長でも抜けてきて大丈夫だろうかとジーンはふと思ったが、とても頼りになる戦力には変わらないので、深く考えなかった。
どうやら、ラミネスとフィルは気が合ったようで、話が弾んでいる。
ぼんやりとジーンは脇の2人を見て、使用人の入れた紅茶を飲んでいた。
「ジーン、お前酒は飲まないのか?」
2人で話をしていたフィルが、紅茶を飲むジーンを見て聞く。
「いや…飲んだことがない」
「は?飲んだことがないって…」
フィルがボトルをジーンに渡そうとすれば、
「ちょっ!酒気を帯びて寄るな!」
と、ジーンはあからさまに飛び退く。
勢いで椅子がバターンと倒れた。
「そこまでされると、いくら男でも傷付くんだが…」
「おい、椅子が倒れたぞ
なんだか知らんが、落ち着け」
「あ、あぁ…すまない」
隣に座っていたラミネスが、椅子を起こすの手伝い、偶然だがジーンの手にラミネスの手が微かに触れた。
「!!」
ジーンはバッ!と手を引き込み、触れた手の甲を掻きむしっている。
見れば、ラミネスの触れただろう所が赤く、ボツボツが出来ていた。
ラミネスがポカンとしており、フィルは呆れている。
「ジーン…そんな、呪いもかかっていたのか」
「は、はは…。気にするな。
酒の振舞われる所に行かなければ良いだけだし、手袋をしているから支障はない」
「だから、引きこもっていたのか。酒の振舞われない社交会なんてないしな…
知ってたか?シェリンガム家の次期当主様は裏ではご令嬢から結構人気なんだぞ?
幼馴染のツテで紹介して欲しいって、頼まれることも多いんだが…」
「つまり、もしかしたら、成長を止めている呪いなんて気にしない令嬢もいるかもしれないな」
「そんな金の亡者のような相手こそ呪いのようじゃないか!
シェリンガム家にかけられた呪いを舐めないで欲しいね!
呪いはこれだけじゃないんだ!」
何故か胸を張るジーンである。
実際、ミレー山からの魔鉱やら他の事業やらで莫大な資産を持っているシェリンガム家は、その資産を得る中で、色んな所から恨みを買っている。
精霊だったり、はたまたどっかの土地を縄張りとする主からだったり…
代々、事業を拡張する度に呪いを受けていた。
だが、それはその時の当主がその時買った恨みを受けていたというだけで、せいぜい呪いは一つくらいである。
それが、現当主に子宝がなかなか恵まれなかった中に、やっとジーンという待望の子供が生まれた時。
「ちょうど更新時期だわい」
と、今まで呪いをかけた精霊やらが勢揃いで、シェリンガム家を訪れ、ジーンに今までの呪いをかけ直していったのだ。
訪れた精霊の数は、100を超えたとか超えなかったとか。
中には、
「更新なんていらん。自動更新だ」
と訪れもしなかった者もいるので、一体いくつどんな呪いがあるのか分かってないのだ。
先程のジーンの奇行も以下のような呪いあったからである。
呪いその39
酒気を浴びてはいけない。浴びれば…
もちろん飲むなんてタブー
呪いその17
家族以外の男に触れてはならない
それ以外にも呪いがあり、もはや日常生活に支障をきたすレベルである。
ボーン…ボーン…
その時、ちょうど時計が夜9時半を知らせた。
「もう、こんな時間!
と、とにかく明日は頼んだよ!私は明日に備えて寝る!」
その後、ジーンは脱兎の如くダイニングから飛び出し、自室へと駆け込み、風呂やら歯磨きやら支度をしてベッドに滑り込んだ。
呪いその61
夜10時までに就寝しなければ…
呪いに縛られた生活は、まるで戒律の厳しい修行のようである。
ジーンにとって、呪いはすでにアイデンティティであった。
ジーンがミレー山に来たのも、その呪いのうちの一つの為だった。
そして…
ミレー山のとある洞窟の前に彼ら3人は辿り着いた。
彼らは無傷であり、彼らの通った道には見るにも凶悪な魔物達が倒れ伏していた。
主にラミネスとフィルがバッサバッサと屠り、ジーンは魔法によるサポートをしていた。
ラミネスの実力は分からなかったが、フィル並みである。
「この中にいるんだな?」
「うん。ここから強力な魔力がダダ漏れだし、恐らくこの魔力に当てられて魔物が凶悪化したんだろうね」
「ということは、この後出てくるものは超ヤバイってことか」
「そうだね…
悪いんだけど、ここからは1人で行かせてもらえるかな?」
ジーンの言葉にえ?、は?とそれぞれが言った時には、ジーンはすでにいなかった。
洞窟の最深部にジーンは転移していた。
ジーンの頭の中には、王都の屋敷にある膨大な文献の記述があった。
ミレー山には主が鎮座し大暴れしており、領民の訴えを聞いてその主を封印したのがシェリンガム家の先先先先…代らしい。
その封印を定期的に観察する際、魔鉱がミレー山の産物だと知り、採取し始めたのが、シェリンガム家の魔鉱事業の始まりだと言う。
そして、そのミレー山の主が封印されているのが、ここ最深部である。ここ数十年のミレー山付近の治安の悪化は、封印が解けかかっているのでないかという見方があったが、ここ最近の凶悪化でそれは証明された。
その再度の封印をしようとジーンは来たのだ。そして、もう一つ重要な用事があるのだが。
ジーンは洞窟内だというのに広い空間があること、また手元の魔法による灯りに照らされ七色に輝く幻想的な景色に驚嘆した。
「ついに来たと思ったら、何を驚いている?
私を封印した時の戦いで出来た、私とお主の祖先による魔力焼けよ。
1人で来たことは褒めてやるが…どうやら連れがいるな?」
現れたミレー山の主、文献によれば山の名前の由来となった、ミレーというらしい。
邪悪な見た目かと思えば、意外と人型であった。
だが、その肌の色は緑がかったグレーで、身体の節々には鉱石か何か突起が出ている。
ちなみに、ジーンが生まれた時に姿を現さなかった存在のうちの一つである。
「やれやれ。
ジーンには追跡がバレなかったが…」
「ラミネス、お前やるなぁ
よく、あのジーンに追跡素子を忍ばせたな」
後ろの岩陰からラミネスとフィルが出てきた。
「な…、どうやって?」
「やっぱり呪いのことになると途端に見えなくなるな
それはいいとして、実はここの問題は王宮でも問題になってて、隣の領地持ちだし、ジーンと親しい俺が派遣されたんだ
だから、何もせずには帰れないんだ」
フィルはいつもの調子とは変わり、隙のない真面目な顔になる。
「分かった
だけど、これは私の問題で」
「1人より3人でやった方が勝率は上がるだろ」
ラミネスが被せるように言った。
それにジーンが仕方ないとばかりにため息をついた。
「ふん、面倒だからな
3人まとめて同時にかかってくるがいい
だが、その前に忌々しいシェリンガム家の者よ、本当の姿になったらどうだ?
私はシェリンガム家に男は生まれない、という呪いをかけたのだが?」
「「は?」」
当然、ラミネスとフィルがジーンを凝視してくる。
そう、その重要な目的というのは、シェリンガム家の超重要な問題であった。
いつからか、生まれてくるのが全て女となっていた。ジーンも例に漏れず、女であった。
「だから、1人で来たかったんだけどね
仕方がない、貴方相手には全力を出さないと勝てなそうだし」
少年のものではなく、女性の声で紡がれた。
驚愕。ラミネスとフィルにはその言葉しか浮かばない。
先程までの少年の身体からは、「男」を感じさせる関節の太さや喉仏といった物が一掃されており、まさに少年ジーンをそのまま女にしたような、姉がいたらこんな感じか、と思わせる女性がいた。
「ジーン…お、お前女だったのか」
「ま、色々後継者とか、他の呪いのことを考えるとあの姿が妥当でね
とりあえず、えっと、確か貴方はミレーでよかったかな?
私が勝ったら、代々かけられてるその呪いを解いて欲しいんだけど」
シェリンガム家にしては、相当な死活問題である。
今まではどうにかこうにか、ある代は婿養子を取ったり、ある代はジーンのように男として生きたり。
しかし、それは後継が女だとしても生まれていた間の話。
次第に子供すらも生まれにくくなったのだ。
現当主の代でやっと…どうにかこうにかジーンが生まれたのだ。
後継者がいないとどうなるか。シェリンガム家は国家の中で相当に資産の面で大きな存在となっている。国民の数%がシェリンガム家のいずれかの事業に携わっている。
つまりは数%の国民を養っているのだ。
後継者がいなければ、つまりは未来がないということであり、最悪、融資が受けられなかったり、協同者が減ったり…、色々起こってくる。
これだけ巨大化したからすぐにどうにかなるものではないが、極端に言えば、国民100人のうち数人が失業者となる可能性、鍵を持っていると言えよう。
だから、ジーンにとっては、ミレー山付近の凶悪化云々より、呪いを解く方が非常に大事となってくるのだ。
「勝てたら、話くらいは聞いてやろう」
ふんと興味なさげに吐き捨てた主、ミレーに、ジーンは不敵な笑みを見せた。
結局、結果はジーンが1人でミレーをボッコボッコにして、嫌々言うミレーに呪いを解かせた。
実は無理矢理でもなく、ミレー山での魔鉱採取を続けられるよう、ミレーにとって美味しい交換条件をチラつかせたからなのだが。
ついでに、凶悪化の問題も解決させたあたり、ジーンの手腕には恐るべきものがある。
ジーンが正体を明かした辺りから、強大魔法を連発しミレーをボコボコにし降らせるまでの間、ラミネスとフィルは事態を飲み込めずにいた。
次の日、ミレー山が元に戻ったとして、シェリンガム家のマナーハウス庭園にて祝賀会が催された。ただのパーティである。
美味しい食事、酒が出され、賑わいを見せている。
その中、酒から遠く離れている所に見慣れぬ女性がいた。
それこそが昨日まで少年だったジーンである。
今では女性の正装、ドレスを纏っている。ジーンは一応何回か着たことがある。
ジーンにとって久しぶりのドレスだが、着替えと化粧をして次第に女性に仕上がっていく様は、何とも言えないものがあった。
最後の仕上げに口紅を塗った瞬間なんか、私も女だったんだな、と感じた。
が、慣れないものは慣れない。
「はぁ、めんどくさ」
ちらちらと見てくる近隣住民やら知り合いやらもいる。
一応、先程参加者に事の経緯を話し、呪いが解かれたので、これからは女だが次期当主として生きていくと宣言したのだ。
なぜ、今更女として生きていくことにしたのか等、理由は色々あるのだが、これから王都に戻って、手続きや挨拶等々考えると、非常に、非常に面倒臭い。
「やっぱり、男でした、と言ってしまおうかな」
「いや、案外いいんじゃないか?
シェリンガム家は何でも有りだからな」
そんなものだろうかと近くに来ていたフィルに言おうとするが。
「ジーン、でいいのか?」
ラミネスがマジマジとジーンを見ながらやって来た。
「女としての本名がジーンだから、ジーンでいいよ。
まぁ、男としての名前ユージーンでも、ジーンって呼ばせてたから変わらないけどね」
「そうか…
せっかく音楽もあることだし、どうか一緒に踊ってもらえないだろうか?」
「え」
ジーンの瞳の奥深くまで見つめてくるラミネスの目にギクリと身体が固まってしまったジーンは、手袋越しに手を握り、あまつさえ手に唇を寄せようとしてきたラミネスに対応が遅れた。
「「あー!」」
呪いその9
家族以外にキスをされると…
「ちょっ!ちょっと待ってね!
踊るだけなら、大丈夫だから!お酒飲んでないしね!
だけど、それは危ない!」
「いや、踊るのもダメだ!」
「はあ?」
ラミネスの頭を抑えつつ、必死に取り繕うジーンに、何故か踊るのもダメだと慌てるフィル。
訳がわからないというラミネス。
そして、やっとお嬢様にも春が、と涙を浮かべる訳知り顔の執事。
優雅な音楽の合間に騒がしい声が聞こえるが、何とも楽しげである。
ジーンが日常生活を送るにはまだまだ解かねばならない呪いがあるが…
「あ!もうこんな時間!!寝なきゃ!」
おわり
2017.02.05