秘密
しっかり上に伸びた腕に反比例して、手はだらんと力なく下を向いていた。
その手をみると、あのひとは死んでいるんだと確信した。
なぜその腕があのひとのものだとわかるのか自分でも不思議だった。
でもあのなめらかな肌、白い肌、きれいな指はまぎれもなくあのひとのものだと思った。
不思議と周りの風景は今までと変わりがない。
野球部は何かしら同じ掛け声で、ゆっくり走っている。
サラリーマンはお弁当こそ食べていなかったが、ゆっくり歩いている。
犬の散歩をしている人は、遊歩道をいつもと変わらず歩いている。あのひとまで一番距離が近いのはその人がつないでいる犬だ。犬はかわいらしい顔をしてクンクンと土や草に夢中だ。少し顔を上げればあのひとの臭いがわかるはずなのに。
犬の嗅覚もそれほどでもないのかもしれないな。
いや、死体を嗅いだことのない犬は、そんなものなのかもしれないな。
死体よりも草の匂いのほうが実利に合っているんだろう。
ああ、この瞬間にあのひとを発見できているのは自分だけなんだ。
そう考えると、この状況を誰にも教えたくない気持ちでいっぱいになった。
明日まで、明日また見たときに状況が変わらなければ、明日、私が通報しよう。
それまでは、そのままでいてくれ。
その日は興奮して寝付けなかった。「自分しか知らないあのひと」を想うと、感極まって他に何もいらない気分にさせられた。同時に罪悪感も感じるのだが、その時の私にとっては、罪悪感も興奮のためのスパイスにしかならなかった。




