008 ユーエッセイのイクス
「なんなんだよ、なんなんだよー! なんで湧いて出てくるんだよー!」
斜面の崩落で塞がっていた道もバジルと舞華の協力で、馬車が一台何とか通るくらいだけは土砂を片付けることができた。取り掛かってみれば崩落の幅は数キロにも渡っていたため、大層難儀な作業となった。
舞華とチャロ、ルチルが西側の復旧を、バジルとゴシェナイト、ウパロが中央から東に向けて、あざみや能生は周辺監視(という名のサボり)という風に分担していたのだが異変があったのば中央付近のバジルの居た場所であった。
バジルが悲鳴を上げたのは、片付けなくてはならない土砂に対してではない。
湧いて出たのは土砂ではなく、<不死者>だった。
バジルは土砂を駆け上がり、下ってきた<不死者>を退治する。
「何体だ! 何体現れた!」
「今ので四体です」
ウパロが叫ぶ。
ゴシェナイトがガチャガチャと鎧を鳴らしながら坂を登ってくる。
「ヨロイの介―! そこでオレ様が撃ち漏らしたのを仕留めろ!」
「畏まって御座候」
バジルが振り返るとジェット機のような風切り音が近づいてきたのがわかった。
「冗談じゃねえぞ」
<竜星雨>がやってくる。しかも、バジルは<不死者>を連続で四体倒したためヘイトがわずかながら上昇している。
「冗談だろ。オレ様が落下地点かよ!」
すでに崩落している崖にいては、下にいるものたちが危ない。バジルは慌ててまだ崩れていない森を目指して必死に駆ける。
あと十歩。音は間近に迫っている。ホラー映画か何かのようなタイミングで脇から<不死者>が現れる。ぶつかりそうになる体を交わすようにして、バジルは頭蓋にナイフを叩き込む。虹色の泡の中をバジルはダイブする。
バジルの努力むなしく、崩落した斜面に<竜星雨>は突き刺さり、第二の崩落が起きる。
土煙の中、咳き込みながら墜落した翼竜にとどめを刺すバジル。
「ちゃんとしたところに誘導しなさいよねー、オオカミ男ー」
あざみの野次が飛んでくる。
「うっせえよ、あざみの介! 竜か不死者かどっちか倒すの手伝えっつぅの。ってぃぅかどこだよ、けほ。ああ、いた。なんだ手伝いに来てたのかよ」
人影の肩にぽんと手を置いた瞬間、その手は食われかけた。
「うぎゃぉおおおおお! 不死者じゃねえかよ。あざみの介と思ったじゃねえかこんちくしょう」
その<不死者>の口と胸から二本の刀が突き出る。
「あっぶね!」
「何やってんのよ、アンタ」
「あざみの介! 今度こそ本物か!?」
「こんな奴らと見間違わないで。失礼オオカミ」
土煙と虹色の泡の向こうにはたんぽぽあざみと、片膝をつく能生の姿があった。
「向こうで二体倒しちゃったから。そろそろ出てくるわよ、あと八体。思い出さない? <ハイザントイアー峡>を目指したときのこと」
「まさか、そういうことなのか!」
バジルは舞華に念話で連絡をする。
「バジルさん、そっちに<竜星雨>降りましたけど、大丈夫でしたか?」
「ああ、オレ様ならなんともない。道はまた塞がったみてぇだけどな。小説家の姉ちゃん。竜にBS付けてる根源が見つかりそうだぜ」
「どこかにそんな施設が設置されてるってことですか?」
「施設ってえ訳じゃないな。埋まってるんだよ」
「埋まってる?」
「<ルークィンジェ・ドロップス>がな」
事情を知らない舞華はよく飲み込めなかったらしく、バジルに合流させてほしいと願い出る。
<ルークィンジェ・ドロップス>とは、未知の地下資源である。
<エイスオ>の図書館にその伝承が伝わっている。
「後の世に森羅変転と呼ばれし騒乱引き起こしたる六傾姫、本懐遂げることなく散りにける。零した涙は蒼き光放つ石となりてヤマトの各地に散らばりぬ。かの石のまわりあやしきことあまた起こりぬ。これを名づけて<六傾姫零涙雫>と呼ぶ」
それは大量のマナを放ち一種のバグを起こすことが知られている。ただし、この世界の一部の者においてである。
<エルダーテイル>では<ルークィンジェ・ドロップス>の名は存在しなかった。これは新規拡張パック<ノウアスフィアの開墾>で登場するアイテムであるのかもしれない。
舞華が<ナインテイル>にわたってくる際にかけていた<二姫の竪琴の糸巻き>にも付いていた。それ自体は拡張以前にあったアイテムであるので、元々は<ルークィンジェ・ドロップス>ではなく別の名の宝石であった。
しかし<大災害>後、<ルークィンジェ・ドロップス>の力を得、持ち主を飛躍的にレベルアップさせたり、<典災>の能力の影響を受け身につけたものを<変身>させる呪いをもったりした。
しかし舞華はその他の力については知らなかった。
「ああ、そうか。作家の姉ちゃんはまだ知らねえんだったよなあ」
【工房ハナノナ】が<大災害>時からどのようにこの石と運命を共にしてきたかを知らなかった。
彼らの<ルークィンジェ・ドロップス>の発見は、味覚の再発見よりも先だった。
まずは、はぐれサラマンダーの子どもが後の<P-エリュシオン>となる廃墟に住み着いたことから始まる。
桜童子は従者が簡単な単語レベルで発話したのを確認。そこから<ルークィンジェ・ドロップス>の存在に気づく。<エイスオ>の小手鞠に資料を探らせて、そのマナ異常の性質を理解する。
サクラリアとユイが、ヨサクという男に会い【工房】メンバーとの合流を開始したときに、<不死>属性エネミーのリスポーンを早めている現象を確認。<パンナイル>の龍眼に報告。
サクラリアが武器にこの宝石を転用することで、<楽器武器>を生み出すことに成功。ハギが式神ヤクモに持たせて長距離自律行動に成功。
<ハイザントイアー>では、混乱したイクスがヤクモから奪った<ルークィンジェ・ドロップス>で<不死>属性の敵を八体、また八体と蘇らせながら襲いかかってきた。
「そういえば、アイツはあの時もオレ様たちに迷惑かけてたよな」
「ハイ?」
バジルの呟きに舞華が反応した。もう見えるところまで登ってきている。
「狐侍! おめえがさっき倒したので何体目だ!?」
「悪いね。ポチがまた倒しちゃってまた一からだ。行くよ」
「あざみさまー! 小生もおともさせてはもらえませぬかー」
叫んだのは舞華の後を追って登ってきたルチルだ。
「ダメだね。あんた<カビ遣い>だろ。腐食するからアタシの刀と相性悪いの。ノラ四兄弟は下で道路整備! いいね」
「ハイでございます!」
直接命じられたのがよほど嬉しかったのだろう。スキップするようにルチルは崩落した斜面を降りていった。
「で、バジルさん。どこにその<ルークィンジェ・ドロップス>が埋まってるんですか?」
「今の<不死>の奴らは、<るーどろ>の元で高速再生されるんだ。走りながら話すぜ。リスポーンされるのは同時に八体。つまり奴らが密集しているところが発生源ってわけだ。こうやって、よ、倒して進んでいくわけだが、道の、選び方は、あー、邪魔くせえ敵だな。一発で倒されろっつぅの。出発点がひとつだから敵が多い方を選ぶんだ。右から三体出たろ、あっちだぁぁぁぁあああ、あざみの介―! オレ様にも残せって!」
「アンタ、おっそい!」
あざみが刀をバジルに向けてあざ笑う。
「くっそー! 作家先生! なんかブーストできる技はあるか!」
「<バトルコンダクト>か<ファイナルストライク>なら得意です」
「わんわん大集合とやさぐれシュートか! 使えねえな!」
「ご、ごめんなさい!」
舞華が平謝りするのでバジルが何とか取り繕う。
「ヘイト無視ボコり技と使い捨てナイフはもっとでっかい敵の時に使おう! よし、根性だ! 根性で狐侍を追い抜こうぜ! 待ってろあざみの介! 待ってろ<るーどろ>! 待ってろ小憎らしい猫娘―!!」
■◇■
バジルに小憎らしい猫娘と噂されたためか、イクスは「にゃふっ」っと可愛らしいくしゃみをした。
「息災でありますように」
そのくしゃみをしたイクスに、<ユーエッセイ>の歌姫は軽く祈った。どうやらくしゃみをした相手にかける挨拶言葉のようだ。
「夜も明けちゃったにゃあ。姫さまー、眠くないにゃ?」
「普段の私は、起きながら夢の中を揺蕩うているようなものなのです。あなたがここにいてくださるおかげで、ようやくこの部屋の内側に何が置いてあるのか、あなたがどんな方なのか、今世の中がどんな様子なのか知ることができるのです。あなたこそ眠くはありませんか」
「大丈夫にゃ。<猫人族>はお昼寝さえしっかりとれば平気にゃ」
イクスとアウロア姫は一晩中話して過ごした。といってもしゃべるのはもっぱらイクスの役目で、歌姫はゆったりとうなずくのが役目だった。
「姫様が起きていられるのは、この首飾りのおかげなのにゃね。一体何なのにゃ、<ルークィンジェ・ドロップス>って」
そういって首もとのふさふさの毛の中から<二姫の竪琴の首飾り>を引き上げる。青い光がぼんやりと部屋に満ちる。
「わかりません。でもとても懐かしい」
「イクスを<冒険者>として蘇らせる力を持つなんてすごいにゃね」
「あなたを蘇らせたのはたくさんの偶然の重なり。その石の持つ力ばかりではありませんよ」
「そういえば、ここに来たときこれがびかーっと光って、ぐらぐらーっと揺れたのって、あれからはないにゃねー」
「ありませんね。でもあなたがいらっしゃる前にも一度あったのです。いつものように意識が揺蕩っておりましたので、いつのことかははっきりとは分からないのですが、おそらく数日前のことと思われます」
時折ぼうっとした目をアウロラがしはじめた。<ルークィンジェ・ドロップス>の影響が弱まり始めたようだ。そもそもこの社殿はアウロラを幽閉するための部屋なのである。
「姫様やっぱり眠そうにゃね」
「意識が時のはざまにさらわれ始めました。あなたから聞いた<冒険者>の方々の話楽しかったです」
「うん。また来たらお話しするにゃ。イクスそろそろ行くにゃ」
アウロラが沈み込むように伏せて礼をするので、イクスも一緒に頭を下げ社殿を後にした。
「さーんたーん! 山丹お待たせにゃー」
境内で狛犬のようにおとなしく座っていた<剣牙虎>の山丹がトコトコと歩み寄ってくる。
よしよしと撫でながらイクスは山丹を褒めちぎる。そして腰から好物のキウイを取り出すと山丹に食べさせる。
「じゃあ、行くかにゃ。山丹」
山丹にひらりとまたがるイクス。早朝から境内を掃き掃除していたお葉婆に見咎められる。
「こりゃあああ、猫娘―! 神聖なる<エインシェントクインの古神宮>で獣にまたがるとは。度重なる狼藉! 姫さまが許してもこのお葉婆が許さんのじゃああ! トラから降りてこっちゃ来い猫娘―! きぇえええええ」
お葉婆の剣幕にイクスは山丹を急かす。
「行くにゃ、山丹! お葉婆ちゃん! 夕飯の差し入れありがとにゃー! また来るまで元気にしてるにゃよー!」
イクスと山丹はひらりと赤い柵を超える。振り返りながら大きく手を振る。
「ふぅ。最近の若い者は。しかし<冒険者>として最初の冒険になるあの娘。無事に帰れるといいがの」
お葉婆は表情を緩めた。
イクスは首飾りの力で<大地人>から<冒険者>に転身したのだ。その前途が多難であろうことは想像に難くない。しかしあの屈託ない笑顔の少女を見るとお葉婆もイクスを応援したくなってくる。
お葉婆は知らなかったがイクスは既に多難な道を選んでいた。
イクスが向かっている方角は、バジルたちが迎えに来ているのとは真逆なのだった。
もうずいぶん小さく見えるが、時折振り返って手を振っているのがわかる。
お葉婆もついに手を振って応援した。