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005 シトリンウェルスのノーラフィル

「お、お、おお? なんでおめーら、こんなトコにいるんだ?」


 バジルは路面の被害状況を知ろうと辺りを探索しているおり、四つのテントと馬のいない一つの荷馬車を発見した。

 不審に思い周囲を歩いていると、そのテントから甲冑の脚部が出ているのに気付かずバジルはつまずいて転んだのだ。「ちゃんと片付けとけよ」と毒づいて蹴飛ばしたところ、それは置き忘れのただの甲冑ではなく中の人がちゃんといた。



「何事に御座候! 襲撃!? 皆の者、まさに起床すべし! 皆の者―!」

「なんじゃわりゃあ、せせろしいのぅ! なんじゃい!」

「小生寝たばかりゆえ、起きませぬぞー! 絶対起きませぬぞー」

「ゴ、ゴシェナイト! ひぃいいい! 一体何があったー!? 毛虫か!?」



 もぞもぞとテントから出てきたのは<アキヅキ>の領主親衛隊<ノーラフィル>だった。

 数か月前、バジルたちが根城にしている<P-エリュシオン>に逃げ込んできため、非常に迷惑を被ったのでバジルの記憶にもよく残っている。


「狼が出たで御座候――――――!」

 叫ぶゴシェナイト。吠えるバジル。

「うるせえよ! オレ様だよ。誰もおめえら取って食わねえよ」


 チャロが眠い目をこすりながら確認する。

「おんしゃあ、……バジル氏やんけ、ゴシェ卿」

「ぅおぶぅ、おおかみおとこだあああ」

 寝ぼけているウパロに、チャロの声は届かなかったらしい。


「だぁ、もう。リーダーだろおめえ。もちっとしゃきっとしろぃ」

「は! <サンライスフィルド>のバジル=ザ=キッドさん!」

「バジル=ザ=デッツな。人の二つ名間違えねえでもらえるかな」


「小生、起きませぬぞー」

 テントからかすかにルチルの声がする。

「起きてんなら出て来いよ。ていうか不用心だな。あんなところに荷馬車を放置しといてよー。中に入っているの、<アキヅキ>産のアンティークと米だろ。夜盗が取り放題じゃねえか」

 のっそりテントから顔を出すルチル。

「ぎゃん! オオカミ!」

 貝のように首を素早く引っ込める。



「チャロの介! おめえしか頭が回ってるやついねえじゃねえか。いいのかって言ってんの。あんな不用心で!」

「そこらへんはリーダーが話すわ」

「めんどくせえ奴らだなあ。じゃあ、ウパロ! おめえらこんなところで何してんだ。なんで野宿してんだよ」


 ウパロはマントを巻きなおすと、白い息を吐きながら答えた。さすがに南国といえど、三月の夜の山間部は寒い。


「それが、実はこの数日、立ち入り規制がかかっているんですよ、この辺り。そもそも東から<大地人>がやってくることはめったにないんです。来たとしても、下の道に降りてから<ユフインの温泉郷>に避難してもらうことにしているんです。<冒険者>は逆に来てもらいたいくらいなんですけどね。手伝ってほしいですし。でも、バジルさん。看板が立っていたでしょう。『飛竜飛来による法面崩壊につき通行禁止』って」


「いや、なかったぜ?」

 バジルが首をひねると、ゴシェナイトがポンと手を打った。

「あ、それがし、道具を運搬するために撤去いたしたで御座候」


「まったおめえは、いつもいつもいらんことを!」

「ハハハ、もうこれはゴシェ卿のキャラクターのようなもんですからね。ぼくらあきらめてますよ」

 怒るバジルに、ウパロがフォローを入れる。

「大らかだなあ、おめえ」



「おーい、オオカミ男ー! そっちどうだった?」

 バジルを探すあざみの声がする。

「あれ? あざみさんも来てるんですか?」

「そうなんだよ。実はオレ様たち、イクスを……」

 ウパロの質問にバジルが答えかけたところで、またもや飛来音が聞こえてきた。


「どこだ!」

「空襲ー! 空襲ー!!」

「うるせえ! ヨロイ男!」

 バジルが叫んで周囲を見る。

「小生起きませぬぞー! 小生おーきーまーせーぬーぞー!!」

「くっそ! どこだ! 見えねえ」

 パニックが周囲に広がる。


「あっちや! 三体! 近いで!!」

 チャロが気づく。バジルがテントに叫ぶ。

「三体!? こっちに来てやがる! ルチル! 出て来い!」

「ふえ? 終わったでありますか」

「のんびりしてんじゃねえ! ま、まにあわねえ!」

 バジルがナイフを空中に投げる。



「どきな! オオカミ男!!」


 既にあざみが飛び込んできていた。その姿は真っ赤な旋風に見えた。

 <口伝:紅旋斬>を発動している。


 一閃でテントを吹き飛ばす。

 ルチルを抱えて飛ぶ。その瞬間テントのあった位置に飛竜が一体降ってきて、地面に大穴が開く。

 ルチルをチャロに投げ渡し、電光石火の速さで、降ってきた飛竜を切り払った。

 虹に変わる寸前の竜の足を蹴って空に跳ね上がる。


「ポチ!!」

 呼ばれた能生寧武も空に飛びあがる。

 二体の竜を二人が同時に切り払う。

 口伝持ちのあざみならまだしも、竜を一撃で切り払える能生は、瞬間的な火力を上げる装備や特技を併用しているに違いない。



「ともかく助かったー! お疲れ、あざみの介」

 腰を下ろしたバジルとあざみは無言でハイタッチを交わした。


 <ノーラフィル>の四人は声も出せずに立ちすくんでいる。

 今までいたテントのあったところにはクレーターのような穴が開いている。


「バジルさーん! あざみさーん! ポチさーん! 大丈夫でしたかー?」

 どこかに避難していたらしい舞華が手を振って現れた。

「アンタ、そのタイミングで登場するのは、ミステリだと黒幕っていうのが定石だからね」

「ぼ、ぼくはミステリを書く方で、く、黒幕じゃないやい」

 あざみはポンポンと優しく舞華の頭を叩く。口伝発動後はかなり体力を使ってしまうらしく体を休めにみんなから離れるようだ。


「はうあー、かっこいー」

 危ういところで命を救われたルチルはチャロの腕に抱えられたままつぶやいた。外見は可愛い少女だが、中身は男の子だ。あざみの後姿はルチルの目に鮮烈に焼き付いたことだろう。


「なんや、われ。我らがエレオノーラさまに一途やなかったんやないかい」

「何? 小生の魂はすでにエレオノーラ様に捧げてしまっているのです。それをお疑いかね、チャロ氏。ただし美しいものを愛で強きものに敬意を払う心は捨てておりませぬぞー。それは審美心に等しい感性といっても過言ではありませぬぞ? そもそもチャロ氏、小生の尻を撫でてはおりませぬか?」

 どさりとルチルを落とすチャロ。

「虫唾が走るわ」

「いったーい、ひどいよ。チャロ氏」

「<冒険者>が何を言うか」



「バジルさん。何ですか、この穴」

 舞華は近寄って聞く。もうそこには当然のように、能生の姿はない。

 舞華は手を伸ばしてバジルを立たせる。

「また、竜が降ってきたんだ。今度は三体な」

 バジルの話をウパロが継いだ。



「ぼくらはこの現象を<竜星雨>現象と呼んでいます。原因はまだ謎ですが」




■◇■



 バジルはこの<竜星雨>現象を、鳥がガラスにぶつかる現象と同様の現象ではないかと推理した。


「ホラ、よくあったじゃねえか。窓ガラスにバーンってぶつかったと思ったら、またバーンってぶつかってよ。あの原因って寄生虫かなんかじゃなかったか。狂っちまってどーんどーんって」



 ぼくは著作の中でそのことを書いたことがあるので、その言葉を否定した。

「鳥がガラスにぶつかるのは目と脳の問題です。寄生虫やウイルスによるものはおそらく原因としては少ないはずです。ではクイズです。鳥が飛びながら見なければいけないのは何でしょう」


 ルチルは勢い良く手を挙げる。

「敵です! 舞華先生」

「よろしい。ルチルちゃん」


 眼鏡のツルをくいっと上げるふりをしたぼくは、ちょっと調子づいて講釈を始める。

「ですから、鳥の目は頭部の横に張り出すようについています。これにより、上方空間、下方空間、後方ももちろん前方も視界に収めることが可能です。ただしそれは人間と違って前方への注視する力が弱まってしまうことも意味しています。じゃあ、他に見なければいけないものは何でしょうか」


 ゴシェナイトがガシャリと鎧を鳴らして手を挙げる。


「風にて候!」


 しーんとしてしまった。この講義は自分たちのものの見方で判断しては、物事の真相は見えてこないという結論のためのものだったが、彼の思考はあまりに突飛すぎてかえって結論から遠ざかった。


「え、見えるの?」

「見えないとこわいよねえ」

「見えなくてもわかるって感じじゃない??」



「ちょ、ちょ、ちょっと待って。それよりもっと見るべきものあるでしょう。見えないと死んじゃうもの。風とかにおいとかじゃなくて、ホラ、ホラ」

 手をワシの爪のように動かすヒントも与えて、ようやく「獲物」という答えをみんなから引き出した。



「高速で飛行しながら、地面をかける小動物や一瞬だけ空中を横切る虫をとらえるには、どんなものの見え方が必要か考えて。どう? 想像できた? 動いているものに対して正確に照準が合う動体視力。どの位置で獲物を捕らえることができるか把握する空間認識能力。それが秀でていないと獲物を効率よく捕らえられないわ。そんな能力が突出していたら、障害物はしっかり見えている必要はないのよね。ただ避ければいいだけだもの」


「目の位置のせいで前方の認識が弱くなり、獲物を捕らえる能力のせいで障害物の認識が甘くなるということですね」

 さすが<ノーラフィル>リーダーのウパロ。上手にまとめた。


「ありがとう、ウパロさん。そもそもガラスの板なんて障害物、本来自然界にはないものなのだもの。それに加えて大多数の鳥は鏡像認識ができないことが挙げられると思うんです」


 人は鏡を見てそこに映るのが自分であると認識できる。これを鏡像認識と呼ぶ。

 犬が鏡に向かって吠えたり、ペンギンが鏡を見て群れだと思って安心したりするのは、鏡に映った自分を自分だと理解できないためだ。


「じゃあ鳥が鏡面にぶつかっちまうのは、ガラスがよく見えないし、そこに自分が映ってても避けようがないからってわけか」

 バジルは狼面の顎を撫でながら言った。

「避けようと思ってもガラスに映った鳥は自分なわけだから向こうから突っ込んでくるわなあ。鏡に映ってるのが自分だっててわかんないから避けられないのか。じゃあ、作家の姉ちゃんよぅ。竜が降ってくるのは鳥の場合とはわけが違うってのかい?」



 鏡像認識には脳化指数が関係しているといわれている。竜は体重に比べて脳の容量が小さすぎる。でも竜が鏡に向かって攻撃を続けたなんて話は聞かない。だから、人間の常識や鳥の例を当てはめてもきっと意味はないはずだ。


「おそらくは。ですからぼくは、原因を考えるにはまず生態をよく考えればいいということが言いたいのです」


「竜の生態か。何かを守護しているってイメージだなあ」


 そこでバジルはあたりを見た。<ノーラフィル>のメンバーは火を囲んだまま眠ってしまっている。説明に漢字が増え始めたあたりからついていけなくなったのだろう。ウパロだけはかろうじて目を覚ましている。


「守護しているものの周囲をテリトリーにして、入ってくるものを襲うイメージがありますよね。また敵意を持つ者にはテリトリー外まで先手を打って攻めて来る獰猛さもあります」


 ぼくの言葉にウパロはなんとかうなずいた。


「まあ、竜って言っても、多種多様、千差万別ではあるのだろうが、そのあたりが<竜星雨>の原因かも知んねえな。何か竜が敵意をここら辺で感じているっていうならあれだけの勢いで飛び込んで来るっていうのもわかるな」

「ええ、目の問題でも脳の問題でもなく、敵意を感じたからここに飛来してくる。飛来してみると<冒険者>がいた。だから突っ込んだっていう理由でどうでしょう」


 ぼくがそうまとめると、バジルが付け加えた。

「あとは、<凶暴化>だな。あの竜の目、狂ってやがった。なんだかこの辺、嫌な感じがするんだ。敵意を感じてこの辺りに来たら<凶暴化>のBS付けられて、見境なく突っ込んじまうって筋書きな気がする」

「誰がそんなことを」


 ぼくのつぶやきをウパロが拾う。

「誰かがやっているってよりは、あの山に何かあると思うんですよね。駆け出しですけど<付与術師>ですから、ぼく。なんとなくあの山から北の方角に変な力が流れ出てるように見えます」


 背後の<シトリンウェルス峯>を振り返る。うっすらと山肌が明るくなってきた。もうじき夜明けだ。


「でも、ここ数日なんだよね? <竜星雨>がひどくなったのは。ウパロさん」

「え、ああ、はいはい、そうです。ここ数日です。以前からこの辺りは<フォーランド>から竜が飛来してくるので問題ではあったそうなんですけど、ここまでひどいのはこの数日で」

 ウパロは必死に眠気に抗って答えた。



「謎の答えははっきりしねえが、そろそろオレ様たちは出発するぜ。かなり時間費やしちまったからなあ。じゃあな」

「え、待ってくださいよ」

「なんだよ、ウパロ。竜が来たらちゃんと避けろよ」


「じゃなくて、手伝ってくださいよ。道の復旧」

「おめえらがやれよそんなの。オレ様たちはイクス救出で忙しいんだって」

 バジルが立ち上がって明るくなってきた空を指さした。


「イクスさん、何かあったんですか」

「死んじまったよ。生きているかどうかも定かじゃない。でも生きてたらきっと困ってるはずなんだ。だからオレ様たちは行かなきゃなんねえ。だから急いでんだ」

「それは、大変だ! 一体何が」

「話してる間に夜が明けちまうぜ」


「で、でも人数が二倍になれば復旧も明日中には終わると思うんです。ですから何とか。か、必ずイクスさんの救出には加勢しますから」


 バジルはグウと言って黙った。彼は情に厚い男なのだ。

 桜童子ならばきっと悩むことがなかったに違いない。リーダーさんならば間違いなくイクス救出を優先する。数日の付き合いだが、ぼくでもおそらく間違いないと言える。

 ただ、バジルはリーダーさんとは全く違う行動を選択した。自分の納得した方法で救出に向かわねばイクスに顔向けできないと考えたに違いない。


 しばらく考えてサクラリアに念話したようだ。


「いや、すまねえ。もう起きてるかと思ったんだ。スマネエスマネエ、ホントゴメンナサイ。わかった、わかった。<円刀>のメンテナンス無料でやるから。まて! ユイ坊との温泉旅行だぞ! そう、落ち着け。ユイ坊と二人旅をして欲しいんだ。そうそう、ただな、その前にちょっと<ユフインの温泉郷>を通り過ぎて欲しい。<ノーラフィル>いるから。ああ、あの天然バカ四人衆。詳しいことはそいつらに聞いてくれ。きっといい温泉を紹介してくれるはずだ。おう、任せとけー。え? 朝の買い出し? 芋? ああ、じゃあそれが済んだらでいいわ。じゃあな、頼んだぞー」


 やれやれといった表情をするバジル。

「リア嬢ちゃんに連絡しといた。ユイと一緒に夕方にはここに来るだろうよ。それまでだからな。いいか、それまでだぞ。手伝ってやっからよー、なんか温泉情報仕入れとけよ」

「あたしは寝るかんねー! オオカミおとこー」

 あざみの声がする。

「くっそー! とにかくてめえらは起きろ! さっさと始めるぞー」



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