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004 エイスオの小手鞠

「ウチこの子乗るの、よく考えたら初めてやわあ」


 シモクレンは桜童子の召喚した金色の<鋼尾翼竜>の手触りを確かめる。

 頭部から背中にかけて<鋼尾翼竜>には珍しく毛が生えており、どことなく鳥のようにも見える。

 <エルダーテイル>創始期にはしばしば見かけられたデザインだったが、今ではこんな<鋼尾翼竜>はあまり見られなくなってしまった。イグアナやコモドドラゴンが光沢を持ったような質感の肌をもつ<鋼尾翼竜>をよく見かける。


 桜童子の<鋼尾翼竜>は毛や色ばかりでなくフォルムも若干違っていて、恐ろしいドラゴンというよりは金ピカやもりと揶揄されるのが仕方ないデザインである。どこか愛嬌があるのだ。


 シモクレンがそれを再認識したのは、<鋼尾翼竜>の群れにすっかり囲まれてしまっているからだ。右を見ても左を見ても上を見ても下を見ても、恐ろしい姿の<鋼尾翼竜>がいる。

 シモクレンの下腹部に埋もれるように座っている桜童子の異常エンカウントに引き寄せられるように集まっているのだ。

 ただ<鋼尾翼竜>は相手の敵意に反応して獰猛になるが、時折シモクレンの髪の毛をついばむいたずらものがいるくらいで、実は大人しい生き物である。


 <鋼尾翼竜>に護衛されるようにして、桜童子とシモクレンは無事<エイスオ>にたどり着くことができた。

 街の上空を旋回しているうちにようやく<鋼尾翼竜>たちは桜童子から去っていった。

「あー、ヒヤヒヤした」

 地面に降り立ち、<鋼尾翼竜>をしまうと桜童子はやっと息をしたような声で言った。

「レン、お前ぇ度胸あるなあ」


 桜童子は人間の会話すら敵意とみなされてしまうかもしれないから、黙って息をひそめていたのだという。

「にゃあちゃん、それで黙り込んでたの? ユイのことで悩んでんのかと思うたわ。大丈夫よ、あの子たちみんなオスやもん。金ピカちゃんは女の子だからみんな気に入られようと紳士的に振舞っとって可笑しかったわあ。ウチの髪飾りが餌に見えて啄んでくる子はおったけど」

「メスなのか、おいらの<鋼尾翼竜>は。初めて知ったよ」

「ええ! 嘘やろ。ひと目でわかるやん」

「分かんねえよ。<黒狸族>の時といい今回といい、お前ぇはすげえなぁ」


「うぇーい。ちなみに髪飾り突っついてきた子は、ホラ、まだあの辺り飛んどるよ。草とか花とかが好きな子なんよ」

「なんでわかるんだ」

「皮膚青みがあるやん」

「じゃあ大概肉食だったんじゃねえか。茶色がかってたぞ」

「そうやねえ。そんな肉食の子の革を植物系の薬品でなめすと美しい茶色になって、草食系の子の革を金属系の薬品でなめすと美しい青色になるって銀梧桐クン言ってはったよね」


「ギンゴかあ、懐かしいなあ。腕のいい<革細工職人>がこの世界に来てたら、そりゃあみんなから引っ張りだこだったろうなあ」

「ホンマにねえ、元気にしとるんやろか」

「鉄道写真でも撮りに行ってんじゃねえか? アップデートの日も撮影に行くって言ってたからなあ」


 背の高いシモクレンと、伸ばした耳まで含めても彼女の太ももくらいの背丈にしかならない桜童子が並んで歩くときは、若干桜童子の方が前を歩くというのが暗黙の了解だ。桜童子の視界の問題である。普通に歩いていてはスカートの中しか見えない。


「そういや、ギンゴと小手鞠がつきあっているって話があったなあ」

「ちょ、にゃあちゃん、前」


 桜童子は振り返り気味に歩いているので、そこに小手鞠が立っていることに気づかなかった。

 ただでさえ怒っているようなのに、桜童子の発言が火に油を注いだようだ。



「あなた方はそうやって【工房ハナノナ】を脱退した者や、ログインできていない者たちを笑いものにしてきたのですか? 訳知り顔で実は勘が鋭いだけの何も知らない無知ウサギさん」


「お前ぇの前じゃ誰もが無知になっちまぅよ。久しぶりだな、小手鞠」

「莫迦なの? 挨拶より先に謝罪はないわけ?」


 普段静かな人間が怒り出すと手がつけられなくなる典型だ。シモクレンは、下手に声をかけると矛先が自分に向くのは分かっていながら、仲裁に入らずにはいられなかった。


「ま、まりちゃん。ウチらそんなつもりじゃ」

「莫迦でしょ。あなたがついていて何このざま。サブならギルマスの暴走止めなさいよ」

「暴走って」


「本当に莫迦ね! 気付きなさいよ! あなた方、<エイスオ>の領空を大量の<鋼尾翼竜>を引き連れて旋回するなんて、正気の沙汰じゃないわ! エルフの魔法砲の消し炭になるところだったのよ!」

「小手鞠ぃー」

 桜童子はいつもの飄々とした調子で声をかける。

「なに!?」


「お前ぇが発射を食い止めてくれたんだろう? ありがとうな」

 桜童子はぴょこんと頭を下げて感謝した。


 小手鞠は瞬間的に真っ赤になったが、それで怒りのピークを越えたらしくストンと冷静な表情になった。


「ひょっとして脳みそまで綿が詰まってるんじゃないの? 勘だけで生きてるぬいぐるみさん」

 小手鞠は背中を見せた。

「付いてきなさい。あなた方を紹介するわ。これが莫迦の正体ですって」


 桜童子はシモクレンを振り返るとおどけて踊ってみせた。

「さすが元【工房ハナノナ】のネゴシエーター。迫力が違うわぁ」


 そう言いながら、シモクレンは魔法砲の照準があっていたことを想像して身震いした。撃たれていたら一瞬で蒸発していたに違いない。


「撃たれていたら、バジルたちより先にイクスの元に行けたかもしれんなあ」

「ややわ、そんなの」


「まあ、そんな手は他に方法がないときしかしねえさ」

 桜童子は歩き出したが、シモクレンは立ち止まっていた。


「レン?」

 桜童子は振り返る。

「……手やからね」


「え?」

「禁じ手やからね。にゃあちゃん、死んだらあかんよ」


 小手鞠が楼閣の門を門番に開かせながら、怒りの声を上げる。

「莫迦なの? あなたたち。罪人のようにあなた方を縛り上げてもいいんですよ。早くいらっしゃい」




 広い応接間には、エルフには似つかわしくない巨漢の戦士が銅像のように立っている。桜童子はソファに腰掛けたまま戦士に声をかける。

「アンタ、強そうだけど<火竜のすり鉢>の方には行かないのかい?」

 じろりと目だけ動かして戦士は何も答えなかった。


 桜童子は目を細めて言う。

「その腕の傷を見ると、行ったには行ったが最初のアタックで失敗。度重なる失敗を目の当たりにして撤退を決意ってとこかい?」


 戦士は左腕の火傷のある裂傷痕を押さえた。

「真新しいアイテムを腰につけているねえ。報酬は手にしたから撤退の言い訳も出来らぁね。エルフの戦士はクリアを目的とはしないのかな」

「にゃあちゃん」

 わざと怒りを誘っているように見えてシモクレンは桜童子をたしなめた。


 その声に少々落ち着きを取り戻した戦士は冷静に喋った。

「クリアを目的としていないのは<パンナイル>の軍師の方だ。合同戦線から我々は兵を退いた」

「じゃあアンタは将軍クラスか。どうりで強そうだ。と、いうことは、目の前のその椅子に腰掛けるのは相当な身分の方ってこったな」

 また戦士は目だけでじろりと桜童子を見た。




「コールドリーディングで自分の価値を上げようとするのは占い師か詐欺師のすることよ。よしてよね、インチキぬいぐるみ」

 小手鞠が入ってきた。

「将軍。気にしないで。この人形はあなたが強そうだから将軍じゃないかと見当をつけたの。豪華な応接間に通されて大した身分でもない人物が対応するわけもない。こういうのを<冒険者>の言葉で<バーナム効果>っていうの。要するに当てずっぽう」


 桜童子はため息をついた。

「さっすが、おいらたちの智将小手鞠サマ。なんでもお見通しだ」

「もう、あなたたちの、じゃないわ。それに私はただの本の虫。大したものじゃないのよ」

 向かいの椅子の斜め後ろに立って小手鞠はすまし顔で言う。


「帰ってくればいいじゃないか。【工房ハナノナ】に」

「望んで飛び出したの。戻る気なんかないわ」

「髪型変わった?」

「遅っ! そういうこと言うなら出会った時に言いなさいな」

「そういうのはギンゴの役目だったろう?」

「苛立たせて情報を引き出したいのだったらもう私は口をつぐむわよ。そろそろお黙りなさい。長老様がいらっしゃるわ」


「その前に将軍さんの腕、<ヒール>かけさせて」

怒りに任せて撤退を決めた時に、きっと<ヒール>も断ったのだろう。あまりに痛々しいのでお節介とは知りながらも、シモクレンは回復魔法をかけた。

将軍は何も言わずシモクレンの目を見て、ごくわずかに頭を下げた。


 

 若いエルフに手を引かれて老エルフが入ってきた。不老長寿のエルフがかなり年老いて見えるのだから、気の遠くなるようなほど齢を重ねてきたに違いない。

「ひょひょひょ。この<カルファーニャ>の老媼を見て相当な年寄りが出てきたなとお思いなさったのじゃろう?」


 とすんと椅子に腰を下ろす。膝がこわばって曲がりにくくなっているのだろう。

 老媼はまた笑った。

「しかし、小手鞠に味の秘密を教えた御仁が来たというからどなたかと思えば、そなた様じゃったか」

「長老様、彼をご存知なのですか? 桜童子というぬいぐるみ男です」

 小手鞠のざっとした紹介に、老媼は相好を崩して頷いた。


「そなたのその姿、わしが乳飲み子の頃に流行った呪いの飲み薬によるものじゃろう。金色の<鋼尾翼竜>を見て気づいたわい。その中でも最後まで呪いにかかっておる方じゃのう。<火竜のすり鉢>も三度ほどクリアしたのを覚えておるぞよ。呪いのかかる前のそなたが<フォルモサ>に渡る時に立ち寄ったのも母から聞いて知っておるぞ。ひょっひょっひょ」

「長老様のお母さんに会った? にゃあちゃん、どういうこと?」

 シモクレンは目を白黒させた。


「おいらのエルダーテイル歴は伊達じゃあないってこったろ」

 桜童子は<エルダーテイル>が英語版しかない頃からのプレイヤーだ。

 しかし、決して桜童子は有名なレイダーではない。

 <幻想級>アイテムをかけたレイドでは、他のギルドに先を譲っていたし、時折大規模戦闘に駆り出されて戦果を重ねていただけだ。


 桜童子は素直に感動した。<エルダーテイル>は自分を受け入れ認めてくれる。注いだ時間が答えてくれる。身を粉にして働いても、結局「利益を損なう存在」として切り捨てた元の世界とは随分と違う。この世界には優しさがある。


 だからこそこの世界で強く生きようと決心できるのである。


「なんだ。長老様もお人が悪い。彼の竜を見て気付いていたのでしたら、魔法砲の発射を必死に止める必要はなかったじゃありませんか」

「小手鞠。そうしたらこの大魔導師殿は粉微塵じゃったわい」

「え?」


「長老会にもいろいろな派閥がある。人間を嫌うもの。<冒険者>を嫌うもの。近づく者を嫌うもの。様々じゃわい。わしが代表して止めれば、わしが彼らに借りを作ることとなる。じゃがお主がお主の判断で、止めろ止めろと皆に牙を剥けば、それを諌めるわしの株も大いに上がるというものじゃ。ひょっひょっひょ」


 身の内に発言力の大きな<冒険者>を置けば、政治的な力も上がるということなのだろう。<リーフトゥルク>とも<アキヅキ>とも違う<冒険者>との関わり方だといえる。


「さて、この老媼は珍しいものが好きでの。お客人とはいくらでも長話がしたいのじゃ。しかし大魔導師様はそうもいかんのじゃろ。本題というものがあるなら聞こうかの。小手鞠を返してくれというのは勘弁しておくれ。わしはこの娘を大層気に入っておるのじゃ。ひょっひょっひょ」


「じゃあ本題に入るよー。<エイスオ>の街は、銀行を保有しているんじゃあないかい?」

 一瞬老媼の表情が固まったが、すぐにニコニコとした笑顔になった。


「ひょひょひょ。さすがは大魔導師様にはお見通しということですかの。わしも以前より銀行は<冒険者>の方々のためにも開かれるべきものと思うとったのじゃ」



 冒険をすれば十中八九何らかのアイテムが手に入る。銀行が<ナカス>だけにしかないのでは、<ナカス>を出発した<冒険者>は、いくら<魔法鞄>を持っていてもいずれは許容量を超え帰還せざるを得なくなる。


 <ナインテイル>東部の街、<ビグニミッツ>には銀行がない。手に入れたアイテムや金貨を預け入れる銀行がないため訪れる<冒険者>が少ない。PK集団が後を絶たないことも銀行がないことと無関係ではない。大型レイドが組まれにくいのも原因の一つであるが、<ビグミニッツ>の街はよく言えば定住してスローライフを志向できるが、悪く言えば街に活気がない。銀行というのは<冒険者>の生活に大きく影響を及ぼしているのだ。


 <アキヅキ>や<パンナイル>は、<ナカス>に対して一部恭順の意を示し、朝貢の形をとることで<ナカス>の銀行を使うことが可能になっている。


 <エイスオ>は、<火竜のすり鉢>という大型レイドゾーンを目と鼻の先に持つ街だ。銀行がないのではとても不便だ。でもここにはないとばかり考えられてきた。だが実際には銀行があったのだ。古エルフたちに人間を嫌うものが多く、銀行を開放していなかったに違いない。桜童子がレイドに挑んだ時も、馬車にコンテナ級の<魔法鞄>を積んでいた。


「それで、大魔導師様は、銀行を使うためにわざわざここに?」

 老媼は眉を寄せて問うた。



「いやー、おいらは<供贄一族>に会いにきたんだ」



 そして桜童子は、老媼に<供贄一族>への接見の約束を取り付けた。

 桜童子とシモクレンには、大書庫堂の横にある小手鞠の隣の部屋があてがわれた。

 さすが<九商家>。小さいながらも豪華な部屋だ。


「いちゃいちゃしないでね。筒抜けだから」

「するかよー」

 小手鞠が冷たい目をして冷ややかに言うのを、桜童子は手をひらひら動かしながらあっさりと躱した。


「あら、相棒はまんざらでもないらしいけど」

 シモクレンは真っ赤になった顔を隠しながら、叫ぶ。

「まんざらでもないこととかあらへんよ! ウチもせえへんで、そんなこと」


「ふうん、どんなことかしら。ちょっと、ぬいぐるみ男。こっちきて」

「いちゃいちゃはしねえぞ?」

「莫迦じゃないの? 書庫に用があるの。いいから早く」

「ちょ、ひとりにせんといてー」


 小手鞠は書庫堂に桜童子を招いた。シモクレンは部屋に置き去りだ。

 小手鞠には告げねばならぬ大事なことがある。


 幻想図書館ともいうべき雰囲気をもつその書庫の一角に歩んでいくと一冊の本をすっと抜いて言った。

 

「ねえ、桜童子。これは知ってる? <ナインテイル>の終末時計は、まだ進んでいないわ」



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