017 サンライスフィルドの工房ハナノナ
「いいから、ユタカさんはうどんだけに集中して! 大丈夫、オレたちが水配るから!」
栴那は厨房に向かって叫ぶ。うどん屋の主人であるユタカは、非常に不器用であるからその辺りは客に任せた方がいいのだ。
「ハイ、<パンナイルの天然水>です。ただの水という意味ですけど。な、なんか緊張してすいません。ギルドマスター」
栴那は初対面である桜童子に水を配って頭を下げる。
「ありがとよー。君が栴那くんだね。ディルから聞いてるよ。よろしくなー」
「よろしくお願いするっす! あの、オレからみんなを紹介していいっすか」
栴那はどうやら上下関係というものを叩き込まれてきたらしい。傍から見ればぬいぐるみにペコペコする美少女という妙な図だが、中身だけ見れば年長至上主義の男子社会においてよく見られる光景だ。
「こちらオレたち<機工師の卵たち>のリーダー、ディルウィードです」
「おれはいいでしょ。元から【工房ハナノナ】だし」
ディルウィードはくすくす笑う。だが、栴那に任せておいた。成り行き上、ギルドマスターに会わぬままにギルドに登録することになってしまったのだ。栴那に任せる方が親しくなるのも早まるかも知れない。
「で、こちらがツルバラくん。ツルちゃんと呼んでやってください」
「だから俺はにゃあさんと<フォーランド>とか<フィジャイグ>に行って戦ったんだって。そうすよね、にゃあさん!」
ツルバラは<フィジャイグ>では文句タラタラだったが、今では自慢話に変わる良い思い出となったようである。
「ねえねえ、私聞いた方がいい? 聞かない方がいい?」
喋る機会を奪われて拗ね気味なカーネリアンが口を挟む。
「あの、にゃあさん。こちらの女の子は?」
栴那は、同じギルドの者であった場合失礼があってはならないと言葉を選んだつもりだったが、まだ配慮が足らなかったようだ。
女の子呼ばわりされて、カーネリアンはあからさまに拗ねた。
「こちらは<アキヅキ>の天才参謀カーネリアン殿だよ」
桜童子の紹介でちょっと機嫌を治す。
栴那によってあやめ・スオウ・エドワードの紹介が終わるころ、九杯のうどんが出来上がるが、ユタカは誰から配るべきかどの器から配るべきか悩んでいるのかおろおろとしはじめた。
これも客が配るのが良いらしい。
「あの人大丈夫なの?」
カーネリアンはずけずけと言ったが、<機工師の卵たち>にとっては日常茶飯事である。
「リーダー。【工房ハナノナ】にみんなを入れてもらっておいてなんか申し訳ないのだけど、<機工師の卵たち>は<P-エリュシオン>を出て独立しようかなって思ってるんです」
「<サンライスフィルド>に戻る前に気の早い話だ」
ディルウィードの提案に桜童子は苦笑した。
「リーダーがそんな命がけでギルドに入れてくれたことを考えると、後になるほど言いにくくなるかなと思って」
「お前ぇら六人で? つれねぇ話だなー」
「はい、すいません。やっぱりまずいですか?」
六人の顔が曇る中、桜童子は唐突に別の話をはじめた。
「あ、そうだ。お前ぇのおかげで命拾いしたぜー」
桜童子はディルウィードにボイスレコーダーを見せた。
「え? それ!」
驚くディルウィードに桜童子は答える。
「これ、ドリィが必死においらに渡すように言ったらしい」
「何かを悟ったようだったにゃっす。それでいて水に溺れたかのような慌てぶりで必死に桜童子さまにお届けするよう頼まれたにゃっす」
桜童子からのおごりのうどんをふうふうと吹いて冷やし続けているクロネッカは、その時の状況を詳しく説明した。それを受けて桜童子はディルウィードに語る。
「お前ぇの最良の生かし方を考えて選んだ相棒のこと忘れてんじゃないのかい? 一緒に連れてけよ。<P-エリュシオン>じゃあちょっと手狭になってくるから、<アオウゼ廃墟>を買い取って学習施設を作る予定だったんだ。新居にはちょうどいいんじゃねえの?」
「花純美さんも一緒でいいんですか?」
「おいらたちはまたハギのエプロン姿を拝まなきゃなんねぇけどな。まあ、スープの冷めない距離ってやつだ」
<機工師の卵たち>はますます盛り上がる。そんな折り、桜童子はハギから目的を達して<P-エリュシオン>へシモクレンと帰投する報告を念話で受ける。
「ごちそうさま! さあ、私は<アキヅキ>に帰るよ。いい? にゃあ君、うどんじゃ借りは返せないんだからね。って、クロネッカ君、いつまで食べてんの。早く私を姫さまのところに届けてよ」
「申し訳ないにゃっすけど、猫舌にゃっす」
明くる朝、桜童子は<機工師の卵たち>を連れて領主の娘ネコアオイに謁見することを許された。
城下では早くも「わっかなどぅーあぁぃむじゃったしーりーがーる ほっしぞーらきゅーあぁいじょーがかそーくしてー ねつをはーなつー」と、手毬歌を歌う子どもたちの声が響いている。
よくよく聞いていると、昨日イングリッドが歌った歌詞であることが伝わってくる。どれだけ彼らにとってセンセーショナルな出来事であったかということを物語っている。
「龍眼から聞いてるにゃん。兎耳の策士がうちの若者を連れ去っていくって」
ネコアオイは忙しそうに、謁見の最中も何かを読んでいる。
「ディルウィードたちを預かって頂いてありがとうございました」
「他にも聞いてるにゃん。<ナカス>に潜入するためだけに、戦術級の手を打ったんだって?」
丸眼鏡をくいっと押し下げてネコアオイは桜童子を見た。
「龍眼はこう言っていたにゃん。桜童子は<ナカス>の<冒険者>の潜在的な差別意識を上手く利用したんだって」
「買いかぶりですよ」
「我は算盤巫女ネコアオイにゃん。目利きは正当にゃん。<冒険者>は<冒険者>と戦うことを忌避する。<冒険者>の侵入には<大地人>である衛兵に戦わせればいい。<大地人>が相手ならもの申そう。<猫妖精族>なら躊躇せず殺してしまえ。我から見ればそれは十分<冒険者>の差別意識に見えるにゃん。そして主はその心理を利用して、<ナカス>中心部から<冒険者>や有力な<大地人>を遠ざけることに成功した。どうにゃん? 我の目利きに狂いは無いにゃん?」
「あなたが敵じゃなくてよかったと心底思いました」
「にゃふふふふ。それはそうと腹の傷痛むのかにゃん?」
「ええ、かなり。<罪があるなら裂けよ>という呪いはおいらが罪の意識から逃れない限り、傷口を開きっぱなしにするのでしょうよ」
「何か罪の意識があるのかにゃん?」
「<猫妖精族>を招けば、<大地人>が誘拐される可能性がある。おいらはそのことについては、全く言い訳できないのですよー」
「にゃふふふふ。意外と繊細だにゃん。しかしそう気に病むな。主は他人より大きな絵を描いただけのこと。その先で起きることには己の責任に他ならぬにゃん。さあ、商談に入るにゃん。<機工師の卵たち>の育成費用を考えてこの子たちを、紫木蓮作の刀一振りと、桜童子作の新作赤絵の壷ひとつで譲るってのはどうにゃ?」
「ええ!? オレたち六人って刀と壷と同じ値段なの!? 安!」
桜童子の背後では栴那たちが小声で喋っている。
「相変わらずバカっすね、栴那くんは。シモクレンさんの刀一本で、船一隻が買えるし、<パンナイル>の最強戦力もおまけで借りられるっすよ」
「おれたち一介の中級<冒険者>の移籍金だと考えれば、とんでもない額だよ」
ツルバラとディルウィードがひそひそと答える。
「バカっていうな」
栴那とツルバラは小突きあう。
「値切ることは無いと思って吹っかけましたね」
「我は算盤巫女にゃん」
「では、了解しました。ただし納期は無期限で」
「噂通り、食えない男にゃん。ますます気に入った。この子たちが持ってる<ルークインジェ・ドロップス>込みの値段だったけど、まあいいにゃん。若き者たちへの美人巫女様からの餞別ということにするにゃん。君たち恩に着るように」
■◇■
桜童子は金の翼竜を駆り、一足先に<P-エリュシオン>に戻る。エンカウント異常の桜童子がいては、<機工師の卵たち>にとっては重荷であろうという計らいだ。
「にゃあちゃん、大丈夫なん?」
帰りついた途端、シモクレンが状態異常を解除しようと必死の看病に当たる。
「エンカウント異常と一緒で治せねぇような気がすんだよなぁ」
「何弱気なこと言うてん。治さなあかんよ」
シモクレンの悲鳴のような声に仲間たちが駆けつける。
「お、無事だったみたいなー」
もじもじしている珍しい表情のイクスが立っている。あざみが背中を押して桜童子の前に連れて行く。
「イクス、<冒険者>になったにゃよ」
「おう」
「イクス、【工房ハナノナ】に入れたにゃよ」
イクスの声は震えている。
「おう。もう、居候なんか言わせねえぞ」
イクスが大粒の涙を流しはじめた。
「イクス、居場所出来たにゃよ」
「ああ、そうだな」
「南の街から旅して、ミケラムジャのお姉さんのところまで必死にたどり着いて、でもここが気に入って図々しく居座ってたにゃ。でもでも、大好きなみんなのいるここから追い出されるのが本当はずっと怖かったにゃ。イクスにもお家出来たにゃよね? イクスいていいにゃよね? ありがとにゃ、ホントにありがとにゃ」
「泣きすぎて何いってんのかわかんねえっつうの」
後ろに現れたバジルがイクスの頭を叩く。
「にゃ!!」
「忘れんじゃねえよ。<冒険者>は自由だ! どこだろうと住みたいところに住む! やりたいことをやる! 居候だろうがギルメンだろうが住みたきゃ住めばいいんだっつぅの。水くせえこといってんじゃねぇつぅの! なあ、うさ耳の介」
「ハハハ、<オレたちは家族だ>。だろう? ユイ」
サクラリアの横で、照れたように鼻の頭を指でこするユイ。
和やかな雰囲気の中、鈍い音が響く。あざみがバジルの頭を手刀で叩いた音らしい。
「いだー! なんだ、狐侍! 唐突に」
「いや、アンタの正論に多少ムカツキマシタ」
「なんでカタコトなんだよ、最後の方」
まぁまぁ、と舞華が仲裁に入る。舞華もすっかりと【工房ハナノナ】らしくなったきた。
「さぁ、ディルたちが帰ってくるぞ」
「にゃあちゃんは寝てなさい」
シモクレンに寝かしつけられる桜童子。
「ユイ、にゃあ様にメッセージ届いたみたいね」
定位置となったロビー椅子に座るユイとサクラリアは、桜童子を見て微笑んだ。
「ねえちゃんが字を教えてくれたおかげだよ」
その言葉に照れくさそうな笑みを浮かべるサクラリア。
「てひひ。ギルドに入ってまずしたいことはなんですか、【工房ハナノナ】のヴィバーナム=ユイ=ロイさん」
「オレはねえちゃんの歌が聞きたい」
<ナカス>の野外ライブの話題は近所でもすでに噂になっているくらいだ。ユイの口からそのような言葉が生まれたのには、噂を耳にする機会があったからかもしれない。
「てっひー、恥ずかしいですな、こりゃ」
ひとしきり恥ずかしそうにしていたが、決心したらしく目を閉じて深呼吸をひとつ。
サクラリアは静かに歌を紡ぎはじめる。優しい春小雨のような歌声は【工房ハナノナ】の面々を癒すように降り注ぐ。
<サンライスフィルド>の西端では、ハギとイタドリが<機工師の卵たち>を出迎えに行っている。
馬から降りたディルウィードにイタドリはとびついた。そしてディルウィードを力強く抱きしめた。ディルウィードは背中をぽんぽんと叩く。しばらくして周りの視線に気付いたイタドリは、ディルウィードから離れ照れ笑いを浮かべる。
二人で馬に跨ると、イタドリの持ってきた傘を開く。柔らかい雨が降り始めたところだ。ハギは他のメンバーにも傘を渡したが、受け取ったのはエドワード=ゴーチャーだけだった。そもそもこのくらいの雨で傘を開く習慣がないのだ。
ハギに念話が入る。イングリッドからだ。おひょう・スプリガンの広報班、櫻華・ユエの会場班、妄想屋・風神の警戒班とのライブの打ち上げを終えたらしい。<ミナミ>に帰るという連絡である。
前日に<廿鬼夜行>と会っていたことから、<衛兵右腕装備紛失>との関連を関係部署から追及されるらしい。ハギはサタケの居場所を知っているため、ほとぼりが冷めるまでは会わぬ方が良いかもしれない。そう伝えるとイングリッドは泣いていた。
ハギは空を見上げて、傘を閉じた。少し濡れて歩くのもいいだろう。
花散らしの風雨のせいで、緑の川は一面薄桃色に染まっている。川面を埋め尽くす花びらを指差して喜ぶ七人を見てハギは微笑んだ。
季節は新しいページをめくろうとしている。
中心を担う<冒険者>も世代交代していくのかも知れない。
ハギの前に訪れた光景はその象徴であるように思えた。
春の午後の夢のように甘く柔らかいサクラリアの歌声は、みなの心に優しく響く。新たに仲間としての証を得た者にも。しばしの別れに心を痛める者にも。予期せぬ傷に憔悴しつつある者にも。治せぬ傷に戸惑う者にも。
時を経て、この場にはいない戦友たちにも届くであろう。
ユイはサクラリアの歌声を間近で聞きながら、もう一度照れくさそうに鼻の頭を指でこすった。
もうすぐ<ナインテイル>に常蛾の眠りの季節が訪れる。
未知のモンスターである<常蛾>が現れて、鱗粉を撒き散らし人々を異常昏睡状態、いわゆる<脱魂病>に陥らせるようになるのは、これよりもう半月ほど後のことである。
【工房ハナノナ】にも、常蛾の眠りは訪れる。
その眠りに落ちるのが、これまで彼らを精神的な面で支えてきた桜童子であることをまだ誰も知らない。
-『フェートフィアダ・イーリオス』完-




