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016 宴の始末

 三月ではあるが、<ナカス>の街ではハイビスカスや月桃が彩りを添えている。地球世界ではもっと南の地の植物だが、<ナカス>を含む<トオノミ地方>は南国のデザインを持っている。他にもカナリーヤシやソテツなども南国の装いを濃くしている。


 デザインの上で、<アキバ>と<ナカス>で違う部分を挙げて行くと、景観の他にも衛兵詰所が挙げられるだろう。


<アキバ>は最初にできたプレイヤータウンであるため、衛兵詰所は警察署を模して地上に建てられた。しかし、衛兵は衛兵詰所の機能によって瞬間移動することができるのだから、地上に出入り口は必要ない。むしろ留置所同様地下にある方が都合良いことだってある。


 後発都市の<ナカス>は一見どこに詰所があるか分からないようにしてある。どこからともなく治安維持のために現れるのはヒーローのようで人気がある。ゲーム時代、衛兵は実は<アキバ>からやって来ているのではないかなど様々な憶測が飛び交った。


 <大災害>後、都市間移動が出来なくなったが、衛兵は依然として<ナカス>にも現れた。ということは、どこかに衛兵詰所があるということである。


 UGシュテンドたちが、衛兵詰所を発見したのはずいぶん前のことであった。

 <ナカス>の街中で衛兵沙汰をわざと起こしたのだ。<廿鬼夜行>の<狩人>に衛兵の装備にマーカーを設置させ、追跡したのだ。 桜童子がやって来るよりもっと前から、侵入計画はあったのである。


 シュテンドは桜童子が現れたとき、波乱の予感を味わった。追い風を待っていたのだ。予定通り、あの兎耳は波乱を起こした。実に静かだが、嵐のように大きな動きだ。

 シュテンドたちは侵入作戦を実行する。


 ライブが昼休憩に入り、観客たちがなだれ込むのに紛れてシュテンドたちは街に侵入した。

 逃走経路を確認しながら衛兵詰所の入口を探す。


「君たちはここでいい」

 シモクレンとハギは打ち合わせ通り小路で待機させられた。

 既にハギは式神のヤクモとハトジュウを先行させている。その情報によれば、詰所の入口は一見民家に見える建物の内部にあるようである。シュテンドやサタケたちが侵入していくのがハトジュウの目を通じて見えている。


「シモレンさんは一般の人たちに犠牲が出ないようにお願いします」

「結構それ難儀やわ」

「ぼくも無鉄砲な彼らを助けなきゃなんですよ」

「健闘を祈っとるで」


 ハギはシモクレンと離れ、配置につきながらヤクモからの情報を受け取っていた。ヤクモの潜入能力は非常に高い。今もシュテンドたち六人の後について隠し坑道に潜っていく。


 扉を開けると、どうやら二手に道はわかれるらしい。片方は詰所で、片方は装備などが置いてある倉庫であろう。六人は迷いなく進んでいく。マーカーで追跡した結果であろう。



「誰かが面倒起こさなければいいんですがね」

 ハギはつぶやいた。街に人が溢れている。何か争いが起きて衛兵が出動する事態が起きたとしたら、今、倉庫が無人であったとしても、そこに<衛士>たちが殺到するであろう。そうすれば彼ら六人は袋のネズミだ。


 不安は的中するもので、<Plant hwyaden>の<猫妖精族>討伐組と<大地人>観客組が接触して諍いが始まった。

 そこに割って入ったのがおひょうだ。あと数秒遅ければ、衛兵登場のインシデントとなるところであった。

 

「おい、シュテンド! 持って出るだけだろ」

「着て出れば最強だろ」

「ひとりこっち来てるぞ。急げ!」

「くそ、どうやって着てんだ、こんなもん」

「急げ!」

「仮面は諦めろ! 俺が持つ」


 坑道を引き返す五人。ヤクモは殿の前を走っているらしい。身を呈して道を塞いでいる殿の背中が見える。その向こうに、もう衛兵の姿が見える。


 作戦はシンプルで、できるだけ力を使わず衛兵の装備を持ち帰るというものだ。力を使用すれば、衛兵が次々と投入されてくる。それを防ぐ目的だが、こちらが手を出さなければ向こうも手を出さないというわけではない。


 殿の姿が消え、衛兵が猛然と迫り来る。


 衛兵は違反者を殺傷するだけではない。拘束という手段を持っている。拘束された者は、一時間は異次元へ閉じ込められ、その後地上に帰されるはずである。消えた殿はそこへ送られたのである。


 ハトジュウの情報がハギに送られる。もうシュテンドは地上に出たらしい。鎧を着て走って逃げている。仮面を持つサタケが後ろに続く。


 その後出たのは衛兵で、気付かれなかったヤクモ以外はもう出て来なかった。中に入った六人のうち四人は既に拘束されたというわけだ。

 シュテンドはついに、仲間の待っている路地までたどり着く。サタケが路地に入ると、追ってくる衛兵をブロックするために<武士>や<武闘家>が前に進み出た。


 ついに二人は特技を発動した。そうすれば衛兵は足止めされ、シュテンドを逃がすことができるという予定だったが、そうはうまく行かない。そこに複数の衛兵が同時に出現したのだ。


 他の<廿鬼夜行>のメンバーも駆けつけるが、全く意味がない。そんな非力な衛兵ではない。バッファローのように突進するだけで<廿鬼夜行>は紙くずのように吹き飛ばされる。衛兵はその勢いのまま、シュテンドとサタケを追った。


 <武士>と<武闘家>も倒された。ヤクモが近寄ったがまだ息がある。衛兵たちはシュテンドとサタケに目標を絞ったらしく、とどめまでは刺さなかったようだ。


 衛兵に追跡能力はない。そこがこの作戦の肝だったようだが、先行する衛兵は正確にシュテンドを追っている。途中身を潜めているサタケを無視してシュテンドを追う。続いて現れた二体の衛兵の前にサタケは姿を現した。


「こっちは引き受ける。来な」


 二体の衛兵にタウンティングを行うサタケ。

 電光石火の勢いで踏み込み、右の衛兵にほぼ同時に三発の拳が入る。重い音がしたが、もうそこにはサタケの姿はない。

 次の瞬間、左の衛兵の頭部に後ろ回し蹴りがヒットしていた。


 着地した瞬間を狙って、右の衛兵のランスが繰り出される。サタケはそれを踏み付け、足場に変えコマのように身を捻る。左足のハイキックが入ったと思った瞬間、右のハイキックも叩き込んでいる。

 左の衛兵の突き出すランスを左脇に挟むと、それを支えに右の衛兵にドロップキックを放つ。

 さらに左の衛兵の頭部に再び回し蹴りを浴びせる。


 二体の衛兵は大きく身体を仰け反らせたが、HPはほとんど削れていなかった。むしろサタケの左脇や拳の先には血が滲んでいた。


 衛兵はとてもHPが高い。その装備は防御性能が高い。そもそもレベルが高い。荒れ狂う象に徒手空拳で挑むような戦いである。

 だが、サタケは勝つつもりで戦っている。

 相対して数秒間生き延びることさえ難しい相手に、微小なダメージを蓄積させて行動不能に陥らせ、最終的には全HPを削りとるつもりなのである。


 その証拠に右の衛兵にはボディを中心に攻撃を加え、左の衛兵には頭部だけを狙っている。

 今度は衛兵の凄まじい突進。バックステップで躱す。

 躱した先に伸ばされるランス。いなして攻撃に変える。

 攻撃が届く前にランスが振り回され、壁に叩きつけられる。


 ミシリと背が音を立てる。歯を食いしばる。

 その顔面を拳が襲う。サタケは額で拳を受ける。

 膝から崩れ落ちたかのように見えたが、サタケは先程潜んでいたところから何か拾うと、衛兵の頭部に叩きつけた。


 盗んだ衛兵の仮面である。大きく振り抜いたので衛兵はよろめいた。素手で同じダメージを与えようとしたら拳の方が砕けるかも知れない。

 サタケは額から鮮血を滴らせながらも攻撃に転じる。衛兵同士で死角になるように動き<タイガーエコーフィスト>を放つ。クリーンヒットしているにも関わらず、衛兵は何事もなかったようにランスを突き出す。

 サタケは頭部装備で槍の先を受けながら、後ろに吹き飛ばされることで威力を削ごうとした。

 予想外だったのは、三体目の衛兵が現れたことである。


 三体目のランスが背中からサタケを刺し貫いた。回復職も支援職も付けずここまで戦闘を継続させていることが奇跡に近いことである。それでもサタケの闘志は消えない。


 身体からランスを引き抜くと、現れた衛兵に組み付き、そして投げた。衛兵は受身も取れず頭から落ちる。サタケはその頭部を蹴り抜く。回転する身体に<ワイバーンキック>。衛兵同士で衝突する。


「悪く思うな。俺の二つ名は<不退狼>だ」

 蹴った足の甲は砕け、腹部に大穴があいて、残りHPも乏しくなったにも関わらずまだタウンティングを繰り返す。


 衛兵三体同時攻撃にはさすがのサタケも数秒と耐えられなかった。それでも一体に膝をつかせるダメージは与えられた。仮面は奪い返されたが、シュテンドを逃すには十分な時間を稼いだはずだ。


 ジャリジャリする奥歯を噛み締めながら、サタケは笑顔でランスを受けた。

 HPが0になった瞬間、サタケの姿が消えた。


 衛兵はキョロキョロと辺りを探す。探索能力があれば、建物の真上にハギがいて、その足元にサタケが横たわっているのに気付いただろう。

 ハギは<魂呼びの祈り>で、サタケを蘇生しながら、呼び寄せたのである。


「隊長から、死なせるなと言われてるもんでね」

 サタケを重そうに背負いながら、ハギはその場から離脱する。



 シュテンドは衛兵と戦っていた。ランスを受け、シュテンドの右腕が吹き飛んだ。

 先程、路地で人を弾き飛ばしたにも関わらず、衛兵は執拗にシュテンドに追いすがった。

 弾き飛ばされた男を心配する余裕などシュテンドにはない。衛兵にとっても余裕は全くなかったのだろう。もうすぐで衛兵の装備をつけたシュテンドは<ナカス>を出てしまう。


 シュテンドはHPが回復しはじめたことに気付く。傭兵の治療を終えたシモクレンの回復魔法が届いたのだ。

「この日が来るのを待ってたんだ。まだ終わらせないぜ」

 戦闘狂の血が騒ぐのであろう。シュテンドは右腕を失い、頭部の装備もないのに笑っていた。笑いながら次々と攻撃を繰り出す。その様は鬼神のようであった。ついに追跡者を圧倒的しはじめていた。



 離れた位置で見守るシモクレンの背後に、サタケを抱えたハギがやって来た。

「行こう、レンさん」

「でもまだ」

「欲をかいて装備を着込んでしまったんだ。あれじゃ救えない」

「せやけど」


 ハギは<口伝:金鶏暁夢>を発動し3Dミニマップを視界に展開する。

「撤退します」


 ミニマップ上ではシュテンドを表す青い点の周りに、四つの赤い点が現れた。

 しばらくして青い点が消えた。

 赤い点は散り散りになった。

 一つはハギに近付いてきたが、人の波にハギを見失ったのだろう。それ以上近付いてくることはなかった。


 <ナカス>を出て、待機させていた幌馬車に乗り込む。ヤクモが何か抱えてシモクレンの横に座った。

 ハトジュウは幌の上にとまって街を見ていた。



「オレたちは、負けたのか」

 目を覚ましたサタケは呟いた。ゆっくりと身を起こす。

「四人は<拘束>、君とシュテンドが<死亡>。ただし君は復活できた。他の連中は、何とか街の中を逃げているようだよ」

 御者台からハギが答える。


「止めてくれ。行かなければ」

「いや、君はぼくに別のアジトを教え、逃げなければならない」

「仲間を見捨てるわけにはいかめえもん!」

 サタケは吠える。


「せっかく目的の一部を遂げたのに、戻ってしまえば苦労も犠牲も水の泡じゃないのかい」

 ハギの声にサタケは眉をひそめる。


「ハイ」

 ヤクモが腕の中に抱えていたものを、サタケに差し出した。

「これは」


 シュテンドが身につけていた衛兵の右腕装備であった。



■◇■



 港側ではヴェシュマ姫の<クェダ・ブラエナ号>も着岸し、係留していた八隻の積荷も下ろしたことで、大バーゲンのような状態になった。

 咄嗟にナカスワングランプリを企画したリーダーは盛況っぷりにほくほくの笑みだ。


 屋台村は大いに賑わっている。うまい食事が人を惹き付けるのは間違いない。

 ただし、準備も何もなくその場の勢いではじめたので、珍妙な創作料理が多い。

 ところどころピンクに染まった淡黄色の液体に麺が沈んだ<明太マヨラー>はまだ料理の体をなしている方で、<逆バーガー>などはとにかく焼き上げた肉の間に生野菜を挟むだけのものである。持って食べづらい上に、肉も野菜もその場にあるもの次第といういい加減なものなのだが、意外と人気である。


 お好み焼き、たこ焼きといった屋台村の王道は小麦粉不足で早くも店じまいしてしまった。握り飯も飛ぶように売れて、米が炊きあがるのを待つ人たちで行列ができている。リゾット風の食べ物も客の要請に耐えきれず半ば生米の状態で売り始めている。


 そうなると、ヴェシュマ姫たちの<海賊鍋>にも人が群がりはじめる。シーフード満載の激辛鍋だが、器が足りない。一口だけでも食べたいとみんなで器を使い回すようになった。「うまいものの前に<大地人>も<冒険者>も種族の垣根もない」、という見出しの元、美談として語られることとなったひとコマである。

 それとともに、ヴェシュマの名は港の安全を守った姫君として広がることとなる。



「宴だぁぁぁああああ!!」

 ヴェシュマが甲板から叫ぶ。

 こちらの大盛り上がりを受けて、ライブ会場は夕暮れからの再開となった。


 会場ステージには、元<PINK SCANDAL>のもう一人のアイドルみやむーが到着した。

「ごめんよぅ、おねえちゃん。ロストブリッジの先で連絡取れなくなっちゃってぇー」

 みやむーの茶色の髪をイングリッドは撫でる。

「妹分がおらんとウチもさみしかったったい。さぁ、魅せるっちゃん、バリ盛り上がりのステージを。一夜限りの<PINK SCANDAL>復活ライブばい!」

「<歌姫>と<舞姫>の相乗効果、みんなに魅せるもんね!」


 夕暮れの森に歌声が響き渡る。午前中のライブ以上に多くの人が集まった。<召喚術師>の召喚した美しい生物たちの掲げる灯りや、<妖術師>たちの放つ魔法の輝きが森を美しく照らす。


 妖艶な歌声と踊り、幻想的な魔法と生物の舞い、人々の歓声と熱気で<ナカス>に訪れた華の日曜日は最高潮を迎える。



 周辺警戒と会場警備の役を入れ替わり、ステージを堪能した妄想屋みずっちと風神スズが森に戻ってきた。

「おい、お前らも見てこいよ。もうすぐグランドフィナーレだぜ。これに懲りて威張り散らすんじゃねえぞ」


 そう言って木に縛りつけた七人の戒めを解いていった。

 たった半日ではあったが、周辺警戒組が自分たちを守りながら必死に戦う姿を見ているうちに、自分の生き様を振り返ることができた者が多かったらしい。多くはすっかりうなだれていた。

 彼らは最大規模のギルドにおいて排他的に動くことを旨とする役割演技を長期間強いられていたのである。そう簡単に染み付いたものはぬぐえはしないだろうが、それでも自分の意義を見直し<ナカス>警備のあり方を考え直すきっかけにはなったのかもしれない。


「みんなー! ありがとーう!」

「気を付けて帰らなばーい!」

 夜空に花火が打ち上がる。


 アンコールに二度応えたイングリッドたちはステージを降りた。観客の熱はなかなか去らなかったが、おひょうのアナウンスや、ユエ・スプリガン・櫻華の誘導に従って、次第に宿や家路へとついていった。



■◇■



「いい? にゃあ君、これ貸し一つだかんね。私、命の恩人よ」


 クロネッカが操縦する荷馬車の荷台は、不思議な光と花の香りに包まれている。<ハートビートヒーリング>と<キュアブルーム>の併用中だ。


「ちゃんと感謝してるよ、あてててて」

「中身、綿じゃなかったんだね。まずそこでびっくり」


 桜童子の腹の傷はなかなか塞がらなかった。

「あの傭兵、ラオコーンって言ったねえ。妙な呪文唱えて刺すもんだから、なんか呪いにかかったみたいね」


 回復中にもかかわらず、手の隙間から血が染み出す。

「こういうの、レンの方が得意なんだがな」

「悪かったわね、っていうか普通言う? 命の恩人と他の人比べる? あーりーえーなーいー」

「ははは、すまねえ。いてててて」


 馬車が弾むたびに桜童子は顔をしかめる。

「ねえ、もし私が手伝ってなかったら、どうしてた?」

「今日は、もしも話が多い日だねえ。おいらは同じ結果が得られるように努力するのみだが、これだけは言える。君が君自身の意思で手伝ってくれなかったら、打てる手は全て悪手だった。だから、君には感謝してるよー」


「ふふふ。私が裏切るとは思わなかった?」


 カーネリアンは、キラキラした目で聞いた。彼女が答えて欲しがっている言葉は、間違いなく分かる。正解は「全然! 君のこと信じていたよ!」だ。何故なら彼女は<詐欺師>だからだ。<詐欺師>の心理的な本質は「信用されたい」の一念である。

 だが、そう言ってしまえば、ここ一番のところで裏切られることになるだろう。それが<詐欺師>というものだ。逆に否定すれば、彼女の善意そのものを疑うことになる。今日一番の難問だと桜童子は悩んだ。


「なんだか自分の行動を語るのは、受けないジョークの解説をするようで気が進まないね」


 桜童子は誤魔化した。結局はそれが正解ではないにせよ、一番間違いない解答だったのかも知れない。

「成功した時くらい、全部語っちゃいなさいってば! そうだ、カウンターで何話してたか、聞かせてよ。私のところまで声聞こえなかったのー!」


 答えなくてよかったと桜童子はホッとした。


 桜童子たちの侵入手段は、実にシンプルだった。<何でも入る>というフレーバーテキストをもつ魔法鞄の中に潜んで運んでもらうだけだった。


 まずはクロネッカが<ハカタ南娘飯店>に到着するより先に、桜童子とカーネリアンの二人は<飯店>に到着し、サタケに計画を詳しく伝えておいた。そして、まずは青いバッグの中に茶色いバッグを入れ、その中に潜んだ。茶色いバッグを横倒しにすれば、バッグの隙間から見破られることもない。


 クロネッカは無事、ギルド会館の二階に桜童子たちを運んだ。バッグから抜け出したのは、クロネッカが二階にいる最中からである。顔をあわせてはいけないと言われれば、クロネッカが振り返りもしない性格であることは、桜童子もカーネリアンも見抜いていた。


 桜童子はクロネッカを追うように階下に降り、カーネリアンは、バッグを入れ替えてから、階段脇にひそんで様子を見ていた。


 桜童子は大胆にも、飛び上がって受付のカウンターに腕の力でぶら下がった。とても目立っている。カーネリアンは、ハラハラしながら見守ったが、声までは聞こえなかった。


「まさか、堂々とここに現れるとは思いませんでしたよ。【工房ハナノナ】ギルドマスター桜童子殿。いや、大魔導ウサギ殿」


「徽章の色から見るに、<エイスオ>の菫星さんで間違いないようだねえ。直々にいらしてくださるとはねー」

「あなたは約束を守る方だと思っただけですよ」


 桜童子はカウンターによじ登りながら苦笑いを浮かべた。

「正直に言うとあのときの会見では手応えを感じられなかったのでねー。おかげで随分と策を労しましたよ」

「表情が伝わりづらかったですか?」

 菫星は真顔で聞いた。


「お互い緊張していましたからねー」


 <冒険者>と<供贄一族>の間には大きな隔たりがあって然りである。緊張したのはクエストを発生させた会見の時ばかりではあるまい。指定の時間に指定の場所に訪れるという約束はそれだけでも緊張を招く事態であったのだろう。桜童子の行動によっては責任を問われるようなこともありえたのかもしれない。そういう視点で菫星の表情を見れば、あの時より幾分か安心しているかのように見える。


「でも、ここで申請を認められないということもありえますよね」

 いつもの笑顔にほんの少しのいたずらな表情を混ぜて菫星は言った。


「実はこの作戦で一番上手くいく確率が低いところなんだよ。菫星さん。あなたが申請を認めるか認めないか、まだ五分五分だと思ってるよー」

「言ったじゃありませんか。取るべき行動を取るとね。でも万が一ここで認められないという状況になっていたらどうしたんです?」



「もしもの話だから、答え合わせなんて大したもんでもねえけど」

 桜童子は頭を掻きながら言った。

「こいつは、可能性として最も低く、うまくいく保証もないし、ウチのサブマスに禁じ手にされているんだけどねー。ひょっとすると菫星さんにも大迷惑をかけるかも知れないから言っておくよー」


 桜童子は大真面目に言った。

「おいらは、<ログアウト>してこの世界の外側から申請するよ」


 菫星も真剣な表情で聞き返す。

「概念を正確に理解したとは言い難いですが、イメージは伝わります。ですがそのアイディアは手法として確立しているのですか?」


 桜童子は首を横に振って答えた。

「全く。人によっては荒唐無稽と言って一笑に付すような話ですよ。でも、必ずできるとおいらは信じているよー」


「それが本当なら恐ろしい話ですね。でも、あなたにますます興味が持てました。さあ、加入させる人をここに書いてください。お時間がないのでしょう?」


 カウンターにちょこんと座って十一人分の名前を記入用紙に書き込む。

「おや? 十人だったのでは?」


 前に宣言した名前に、ヴィバーナム=ユイ=ロイの名が付け加えられている。


 桜童子は封筒から手紙を取り出して菫星に見せた。

 自分の名前も書けないユイが、サクラリアに習った文字で、拙いながらも隆々とした筆致で懸命にしたためてある。


(オレたちは 家 族 だ)


「やっぱり家族は外せねえっしょー」


 桜童子と菫星はお互いに微笑み合った。

 菫星によって判が押される。


「【工房ハナノナ】十一人の加入をここに認めます」


 菫星はごく小さな声でクエスト達成を宣言した。


「偽<Plant hwyaden>のおいらはここらで退散するよ」

「では、お気をつけて。ご利用ありがとうございました。またお会いしましょう」

「無事に帰れたらねー」


 カウンターを飛び降りると桜童子は足早に立ち去る。ポンとカーネリアンを叩いて二階に上がる。

 それからクロネッカが再びバッグを取りにくるまでは、わずかな時間しかなかった。クロネッカが身を呈してラオコーンを説得した時間は、全て無駄ではなかったのだ。


「おふたりさーん。まずどちらに向かえばいいにゃっすかー!」

 今回の作戦における最大の功労者は、自分の功績も気付くことなくのんびりと御者台から声をかける。



「クロネッカ君、君の働きに感謝して夕飯をおごらせてくれー。何でも<パンナイル>に新しくうどん屋ができたそうだ」

「あ、それ、ユタカさんが出した店にゃっすねー! まだ行ったことないにゃっすよー。でも、こんな時間で開いてるにゃっすか?」

「ディルに言って開けてもらってる。カーネリアンくんもうどんでいいかい?」


 桜童子の耳を二つ編みにするいたずらを施しながらカーネリアンは答える。

「私は早いとこ姫さまのもとに帰りたいんだけど、賛成しとくー。お腹ペコペコだもん。あ、うどんで貸しが消えるような安い女だとは思わないでよね!」


「にっしっし、いて、腹の傷が開くから笑わせるなよ」

「いい加減治りなさいよ、私の腕が悪いみたいじゃない」


 空を見上げれば青い夜空に月が輝きはじめた。花びらが一筋夜空を舞った。

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