015 フェートフィアダ・イーリオス
「〽お天道様もその身を焦がすぅ
尾頭日の字の日曜日ぃ
ハア花散る満ちる人影絶えぬ
一目見たいがまだ見えぬぅ
騒ぐ子どもも大人も孫も
見ずに帰れば水の泡ぁ
ソーネソーネソリャソーネ
テケレケテンテンテレツクテケテン
姫が駆ければ坊主は踊るぅ
夢の通い路みなで舞う
踊る阿呆とそしらばそしれ
踊りdream見てmeeting」
そーねそーねそりゃそーね、と子どもたちのはしゃぐ声がする。おひょうの名調子につられて、子どもたちがわらわらと群がってついて歩いているのだ。
「とざいとーざい東西声を
あげる坊主は経読まず
今日はよいよいあちらをござれ
歌姫様のお通りじゃ」
指先からパンと音の出る火球魔法を飛ばし、衆目を引きつけながらステージに巻かれた蔦の階段を駆け上がる者がいる。高さ五メートルのステージに上がるともう一度空に花火を打ち上げる。<妖術師>にして<歌姫>イングリッドだ。
イングリッドはローブを脱ぐ。大歓声が上がる。
「みんなー、元気ねー!」
わーっと盛り上がる。
「仕事はよかとー!?」
なんもなかー、という観客の声援が聞こえて場内に笑いと歓声が満ちる。
「だったら、ウチの歌ばききんしゃーい!」
ステージから一斉に煙が吹き出し、幕が降りると楽団と大型スピーカーが登場し、大音響があたりを包んだ。
「HEY! HEY!」
イングリッドは腕を振りながらステージを巡る。
楽団に混じって、うり坊を抱えた櫻華も立っている。もこもこふわふわのプードルのような衣装に身を包んでいる櫻華の手を、水着姿のイングリッドが取ってステージの前面に連れて行く。再び歓声が湧き上がる。
櫻華は腹をくくったつもりであったが、足元にたくさんの観客を見ると足がすくんでしまう。八百人を越えているのではないだろうか。うり坊もただならぬ様子にぴぃと鳴いた。
三味線のような楽器、ハープのような楽器、ドラムのような楽器、セルデシアの楽器に詳しくない櫻華には名前は分からなかったが、七人の奏でる楽器の音は激しく心を揺さぶるようだった。
短くしかし深く息を吸って歌声を紡ぎ始めたイングリッドにも圧倒される。普段と違って下ろしたイングリッドの金色の髪まで歌声の熱気にあわせてふわりと揺れているようだった。
これが<歌姫>の力なのかと櫻華は思った。
ただならぬ雰囲気に気圧されしているのは櫻華だけではなく、胸に抱いたうり坊も同じで、逃げ出そうとじたばたと暴れだした。
間奏の間に櫻華はステージを降りるとイングリッドに告げる。頷いて握手するとイングリッドは櫻華の頬にキスをする。
蔦の螺旋階段を降りていくと、それもイベントのうちだと思った観客はいよいよ盛り上がる。消化不良の感を残した櫻華は、ため息混じりに言葉を漏らした。
「私はやっぱり会場警備の方が落ち着くわー。ねえウリちゃん」
周辺警備に回しておいた<南国白熊>や<白魔狂狼>たちもステージ下の櫻華の元へ集まってくる。
「もしかして<八体姫>じゃないですか!」
観客の一人が握手してくれと蔦の柵の向こうから手を伸ばしてくる。櫻華はもふもふ系従者を同時に八体使役できることから、<八体姫>の愛称もある。自分のことを知っている者がいたことに驚いていた櫻華も、手を伸ばし握手に応えた。
「ありがとうございます! やったよ、<もふどるマスター>の櫻華さんに握手してもらったよ」
「きゃー! 私も握手お願いしますー! きゃー!」
そこからは握手責めだったが、櫻華はひとりひとりに対応していった。
「盛り上がってるねー!」
「いやー、<ビッグブリッジ>向こうから宣伝した甲斐がありましたよ」
<ナカス>側の森の入口に立っているユエとスプリガンの二人は会場警備担当だ。時折切れた蔦の補修に回っているが、主に招かれざる客が来るのを見張ることが目的だ。
この森には屋台や露店のようなものを設置するのを禁止している。火災予防の他に実は大事な理由があるのだが、ユエやスプリガンが阻止しようとしているのはそういった業者の侵入だ。
もうひとつが<ナカス>からこのライブイベント自体に損害を与えようとするものへの対応である。その点についても警戒の目を光らせている。
<醜豚鬼>の襲撃で傷んだステージや会場を一日で立て直したユエの苦労は大きく、みんなからは休んでもいいと言われていたのだが、警備を希望した。
「やっぱり来てよかったよ。みんなの笑顔がこんなに見られるんだもん。あ、そうそう。気付いたんだけどさ、スプさん」
「なあに?」
「<冒険者>はこのノリに慣れてるじゃない? ちょっとそのノリに慣れない<大地人>さんたちもいるわけですよ」
「<大地人>のみなさんは楽しめてないって事?」
スプリガンが武術服の袖の中で腕を組んで首をひねった。
「ううん。さっきね、こんな<大地人>さんがいたのよ。『ああ、<ナカス>にも<四十三>が生まれた』って泣きながら拝んでるの。それも一人じゃないよ。結構な数。だから私が気づいたのは、ここの楽しみ方には二種類あるなって。それにしても<四十三>ってなんだろうね」
ユエの疑問にスプリガンも「なんだろね」と返した。
「ちょっとは考えてくださいよ、スプさん。じゃ、ハイ」
「どうぞ、名探偵ユエさん」
「四十二だったら二、三、六、七の倍数だから、割り切れる。あまりない。でも四十三は素数。『あまりないのひとつ上」ということかもしれませんねー。めったにないということでしょうか」
「じゃあそれで」
「ちょっとは考えてくださいってばー、スプさんも」
ユエはスプリガンの胸ぐらをポカポカと叩いた。ちょっと思案顔を浮かべてスプリガンは言った。
「じゃあ、四十三曲目ってことじゃないですか」
「そんな馬鹿なー」
「馬鹿って言われても知りませんよ。探偵じゃないんですから」
実際はスプリガンの言うとおり、セルデシアにはこれまで四十二曲しか音楽はなかったのだ。しかし、<冒険者>の登場により少しずつ新しい音楽が増え始めている。<ナカス>にもその流れがようやくやってきたのだ。ここで初めて新しい音楽に触れた<大地人>の多くが感動して涙を流しているのだった。
答えが分からず推理漫才を続ける中、イングリッドの一曲目が終わろうとしていた。
その時である。招かれざる客がやってきた。
「誰だ! ああーん! 午前中から労働を放棄して浮かれまくっているやつらは!」
「ふひゃひゃひゃひゃ、ありゃあ去年流行った『なんもなかー』の姉ちゃんだろ。何やってんだっつうの」
「そこいらの<大地人>締めあげて誰がこのバカ騒ぎの首謀者か聞き出そうぜ」
柄の悪さでいえば<廿鬼夜行>を越える<plant hwyaden>の警備兵七人である。彼らはギルドの威光をかさに着た増上慢で、彼らのために苦しめられる者も多い。
「ただいまの発言、聞き捨てなりませんね」
ユエとスプリガンは躊躇なく彼らの前に立ちはだかった。
「マナーの悪い客は入場を御遠慮願おう」
スプリガンが言い放つと、警備兵も色めき立って戦闘体制を取りはじめた。
櫻華の<南国白熊>と<白魔狂狼>もユエとスプリガンの横に立つ。
距離を詰めようとした七人の脚がピタリと止まる。
背後に眼鏡をかけた僧形の男が尺八を吹きながら立っていた。
「こ、この音色。い、移動阻害か!」
「良き笛の音は鬼をも動かすというでしょう。まあ、それは篠笛の話なんですがねえ。合掌」
おひょうだ。後ろを向いて森の外に向かうと七人も引き寄せられる。
「ちょうど幕間ですし、広い場所まで参りましょ♪
〽ハアお月様さえ泥田の中へ
落ちてゆく世の浮き沈み
井戸の蛙とそしらばそしれ
花も散り込む月も見る 」
「移動阻害だけじゃねえのか! 引きずられる!」
「坊主! 何やりやがった!」
口々に喚く警備兵におひょうはひょうひょうと答える。
「言うじゃありませんか。『A secret makes a human human』」
「それwomanだから! おひょうさん!」
「秘密を着飾って<ヒューマン>は人間らしくなるって、意味通じないですよ」
ユエとスプリガンのツッコミを肩で笑いながらおひょうは笛の音で七人を誘い出す。
「ホントにひょうひょうとしてるんだから。まあ、いいわ。スプさん。出番よ。地上最強の戦闘術見せてあげて!」
「了解」
■◇■
<ナノツ>の市は、<クェダ・ブラエナ号>の登場で、大幅に開催が遅れていた。市を取り仕切る<商業系>グループの代表は昼食頃の巻き返しを図っている。
市がある日は朝から多くの人々がやってくるのだが、南側で祭り騒ぎがあるらしくほとんど人影もない。準備の遅れを取り戻すには好都合だが、何か手を施さなければまるで人の流れを呼び戻せないだろう。
「<筆写師>だ! <筆写師>を探してチラシを作るんだ! <料理人>も呼べ、屋台村を作って人を呼ぶぞ。そうだ、ナカスワングランプリだ! みんなー! 聞いてくれー」
甲板に立って港を眺めながらヴェシュマ姫は右近に話しかけた。
「あの兎耳はどこまで見抜いてんのかね。昼過ぎたら宴を開けるっつってたけど。もう行っちゃダメかなあ」
右近は耳打ちして答える。
ヴェシュマ姫はふしゅーっと息を吐いて、途端にしおしおとした表情を浮かべた。
「昼まで我慢かよー。つ、ら、すっぎー」
■◇■
「あの、<猫妖精>、レベル高すぎるんじゃないのか! あの光輝の魔法のせいで全く近寄れない!」
「お前のレベルが低いんだばばばばっ」
「ほら見ろ、言わんこっちゃない」
「う、うるさい! あんな高い所にいちゃおれたちの魔法が当たらない! せめて<天空庭園>に上がらなければ」
<ナカス>から派遣された二十四人の<冒険者> のうち、三つの部隊はほとんど手の打ちようがない状態である。唯一飛行能力をもった騎乗生物に乗る部隊だけが戦果をあげているという状況だ。
戦果といっても、塔にダメージを与えたことで塔の建設を一時中止させることに成功したという程度である。
「増援だ! 増援を要請してくれ」
■◇■
「確かにお預かりしたにゃっす。それにしてもみなさんフル装備で、狩りにでも出かけるにゃっすか」
<飯店>の一階で、クロネッカ=デルタはサタケから青いバッグを受け取った。
「そうだな。狩りといえばこの上ないものを狩りに行く」
「へぇ、そいつはお気をつけにゃっす」
「君もだ。デルタ君」
「うへへ。ありがとにゃっす。では毎度!」
クロネッカは預かったバッグを器用に風呂敷で包み、背中に背負った。さすがに預かり品がバッグだからといって、それを直接背負うわけにはいかない。
サタケは、クロネッカの背中に念を押すように、確認する。
「デルタ君。二階の廊下の途中に置いたら君自身は一度そこから立ち去って外に出るんだ。数分でいい。それが大事だ」
「了解にゃっす。盗難防止のため、できるだけ物陰に置け、にゃっすね。でも、変な所に置いたら茶色のバッグを置く人は見つけられるにゃっすか?」
「それは問題ない。それよりも茶色のバッグを置く際に君と鉢合わせになることの方を危惧しておられる」
「了解。時間までしばらく待ってから行くにゃっす」
クロネッカは敬礼の真似をして見せると、サタケも手甲を見せて応えた。
■◇■
おひょうとスプリガンは難なく七人の警備兵を縛りあげた。森の奥に連れて行ったのは櫻華のもふもふ従者たちである。周辺警備の妄想屋みずっちと風神スズに引き渡すのだ。
「おうい、おひょうさん! ステージの方はどうなってる?」
そう聞いたのは妄想屋である。
「それはもう聞いて極楽、見て眼福。一切の煩悩が昇華するかの如き恍惚のステージ」
合掌するおひょう。
「何やら凄すぎて伝わってこねえ! そうだ、ユエさん。女性目線で見てどうなのよ」
「あの揺れ、許せませんね。同性として」
胸の前で手を上下させるユエ。
「ぐおー、見てぇなあ! いいなあ会場警備」
羨ましがる妄想屋に、うり坊で肌色部分を隠した櫻華は言った。
「周辺警備の方が一番苦労するだろうから、ライブがはねたら最後まで頑張った人にはハグしないとねってイングリッドさん言ってたなあ」
「うおー、最後まで頑張ろっと! な、スズノシン」
「まあ、俺ァ下心なしにがんばるけどな」
「裏切りかよ、こんにゃろー!」
櫻華は後ろを向いてベロを出す。もちろんデタラメである。
「まあ、いいや。こいつらどうすんの?」
「ライブが終わるまで木にでも縛りましょう」
妄想屋の問いにスプリガンが答える。
「拘束する蔦に関しては、私に任せてください」
ユエは自分の胸を叩いて言う。
「じゃあ、おひょうさんと櫻華っちは会場に戻ってくれ。そろそろ三曲目も終わる頃じゃないのか?」
「ああ、そうでした。<ナカス>の<美女十二楽坊>と<パンナイル>の<ふまねきフリューゲルス>につなぐところは拙僧の仕事でした。では♪」
スプリガンが七人を引き起こし、ユエが器用に縛りあげていく。
そのうちのひとりを捕まえて妄想屋は脅す。
「おめえらにゃあ、かぶりつきで戦闘シーンを見せてやんよ。兎耳が近くにいるのか、またエンカウント率があがってるらしい。運が良ければ経験値が入るが、悪けりゃ奴らのエサだ。あんまりじたばたしねえでくれよ。流れ弾に当たってもらっちゃ寝覚めが悪い」
■◇■
クロネッカは<ナカス>の入り口にいつもの警備兵たちがいないことを怪しんだ。いつもは彼らに金貨一枚握らせなければ、入場許可が得られないばかりか、目的まで根掘り葉掘り聞かれて、挙句には次の入場者が現れるまで暇つぶしに付き合わされてしまう。今日はそれがない。
「もうすぐ昼にゃっすから、昼ごはんにでも出たにゃっすかね。まあ、そんなはずもないか。それにしても<ナカス>の入り口ってこんなに広々としていたにゃっすね。警備兵がいないだけで気分がいいにゃっす」
<ナカス>の街のデザインは、ジャングルの中の奇岩城といった趣がある。緑の隙間には、奇岩から流れ落ちる滝も見える。その水は飛沫を上げて周りの堀に流れ込む。<カンモンビッグブリッヂ>も奇岩の絶景となっているから同じ魔法技術によるものかもしれない。
プレイヤータウンである<ナカス>の周囲は、ライブ会場のような密林であったり、<天空庭園>のような神代の建造物が残っていたりと様々な様相を見せるが、<ナカス>内部に入ると南国風の白壁の家で統一されている。街には緑と花が豊かに茂り、清らかな水が街の中にも張り巡らされている。
街の中では、人々が慌ただしく走り回っていた。装備を着けて<猫妖精族>の討伐に向かうもの。チラシを持って駆け回るもの。食材を港の方へ運ぶもの。
「活気あるにゃっすねえ」
ギルド会館はどこのプレイヤータウンにもあり、おおよそ似たデザインを持っている。ただしプレイヤータウンのコンセプトデザインに寄せているため、<ナカス>のギルド会館は水と緑に覆われた白亜の外観を持っている。
いくつかの視線がクロネッカにまとわりついてくるが、彼は気にせず軽やかに階段を駆け上がる。エントランスホールには左手奥に銀行、ホール事務局、ギルド手続きのカウンターがある。中央奥にすすめば右側には七階まで通じる階段がある。クロネッカはカウンターには目もくれず、二階へと足早に進んだ。
「誰もいないにゃっすね」
二階にはAランクやBランクの部屋の扉がいくつも並ぶ。エントランスに続く階段だけでなく、最上階につながる階段や外部につながる非常階段もある。非常階段は普段使われることがないので、常時施錠されている。クロネッカは少し奥まったこの非常階段の扉前に荷を置くことにした。
「ここに置いておくにゃっすからね」
置いたという証に片っ端から扉をノックしてまわろうかと思ったがやめた。依頼主は顔をあわせるのがひどく嫌いだからこのように奇妙な注文をしたのであろうと思い直した。<冒険者>の中にはそういった性格の者も中にはいると聞く。
外で待っておくことに決めて、クロネッカは階段を降りる。エントランスホールで無遠慮にクロネッカを見ている目がある。どうやら傭兵のようだ。表の大階段に腰を掛けるとやはりジロジロと見られている。そのうち一人が近づいてきてクロネッカに質問を始めた。
「<Plant hwyaden>じゃないようだが、何者だ」
その男は、エルフであるにも関わらず蓬髪で髭まで蓄えていた。しかし、その雰囲気からただ者ではないことは容易に感じとれた。
クロネッカは商人気質を発揮して、できるだけ明るく返答した。
「<パンナイル>の黒猫宅配サービス:ニャン急便のクロネッカ=デルタにゃっす。あ、そうそう、最近名刺というものも作ったにゃっす。えーっと」
「必要ない。今日は何用だ」
「お届け物を預かるのもうちのサービスの一つにゃっす。まだご準備されてないようなのでここで待たせてもらうにゃっす」
「来る時には何か荷を持っていたようだが?」
「ああ、それはもう終わったにゃ。お届け終了にゃっす」
「どこに運んだ」
「にゃ?」
「どこに運んだと聞いている」
「こういった業務には守秘義務というものがあるにゃっす。依頼主様とお取り引き先さまが安心して取り引き出来るよう秘密を厳守する必要があるにゃっす。ご理解いただきたいにゃっす」
傭兵は残念だ、と言わんばかりにためいきをつくと、クロネッカにこう言い放った。
「ならば、ギルド会館に不審物を運んだ疑いで君を連行させてもらう。我々の詰所に来ていただく」
「ちょ、ちょっと待つにゃっす。どこに運んだか言えばいいにゃっすか。二階にゃっす。ギルド会館の二階で受け渡しするよう言われたにゃ」
「それは奇妙だな。二階は有事の際に備え、我々のようなものが休息できるように全室空室にしてあるはずだ。虚偽の申告をするとあらば・・・」
「ちょ、ちょっと、そ、それは誤解にゃっす。早とちりにゃっす。二階の部屋に入ったわけじゃないにゃっす。三階の人かも知れないし、もっと上の階の方かも知れないにゃっすよ。とにかくお届け先のお客様はどうにも気難しい方で、顔を合わせたくないらしいにゃっす。だから二階に置いておくように言われたにゃっすよ」
「置いてきた? ますます不審物だな。改めさせてもらうとしよう」
傭兵が一歩踏み出すのを、身体を使って遮るクロネッカ。サタケに言われたことを思い出した。数分間、顔を合わせないために外で待ってろと言われたのだ。
「困るにゃっす。顔を合わせないのが約束にゃっすよ。今行ったら、受け取り証の認印をもらえないにゃっす」
傭兵は一瞬考える。
「中身は何だ」
クロネッカの沈黙はわずか数秒分の抵抗にしかならない。
「青いバッグにゃっす。ただの青いバッグにゃっす」
「十分不審物だ」
クロネッカを躱して一歩踏み出す傭兵。身体を滑り込ませて前に歩ませないクロネッカ。
「今行って御破算にされては商売の迷惑にゃっす。仕方がないにゃっす。今から自分が行ってみるにゃっす。まだ受け取り先さまが荷物を受け取ってないようだったら、それを持って引き上げるにゃっす。そしてギルド会館なんてところで受け渡ししないようにもう一度連絡し直してもらうにゃっすよ」
クロネッカは後ずさりしながら、ギルド会館に戻っていく。
「何分必要だ?」
蓬髪の傭兵はもしゃもしゃと髪を掻きながら聞く。
クロネッカは緊張した面持ちで答える。
「三分」
「じゃあ二分待つ」
クロネッカは大急ぎでエントランスホールを駆け抜ける。階段も三段飛ばしだ。二階に顔だけ覗かせる。誰もいない。忍び足で非常階段までたどり着く。
「いつの間に」
そこには既に青いバッグはなく、茶色のバッグに置き換えられていた。
外ポケットをまさぐると認印が本当に入っていた。腰から受け取り証を抜き取り認印を押すとポフンと音を立てて煙があがる。ちょっと辺りを見回して、認印と受け取り証の控えを床に置くことにする。
傭兵が来るまでもう少し時間がある。クロネッカは考えた。
自分には新たな使命がある。この茶色のバッグを間違いなく<飯店>に届けることだ。
目の前の扉を見た。非常階段。
クロネッカは懐を叩いた。ある。
龍眼から預かった<小悪党の万能鍵>である。
レベルの低い鍵なら回しながら叩くだけで開けるという優れた鍵である。魔法で封じられているようではないから、目の前の扉も開きそうだ。
(君はたくさんの街を巡る旅をするのだ。君が出会う者たちが善人ばかりだとは限らない。利益のために君を閉じ込める者だって現れるかもしれない。そういうときにこれを使え。名前は良くないが君のお守りになるだろう)
三十秒後、傭兵は床に落ちている受け取り証と認印を見つけた。だが、クロネッカを発見できなかった。
「非常階段か!!」
クロネッカは口元を隠すようにして急ぎ足に進む。裏道を抜けながら歩いていく。賑わいが近付いてきた。ライブが昼休憩に入り、観客たちが<ナカス>の街になだれ込んできているのだ。この流れに紛れれば逃げのびられる。
「中身を見せるんだ! そこの猫人族!」
傭兵に肩をわしづかみにされる。
クロネッカ=デルタは驚愕の表情を浮かべて振り返った。
蓬髪の傭兵はもうそこにいた。
傭兵に剣を突き付けられる。
「なんにゃっすか、なんにゃっすか」
「いいからその抱えている風呂敷を開いて見せるんだ」
逆らって戦闘行為にでもなれば、<ナカス>の治安を守る衛兵に殺されるのはクロネッカの方であり、<Plant hwyaden>の一員である傭兵の方ではない。
クロネッカはしぶしぶ肩の荷をほどいて、傭兵の前に置く。
「開けろ」
「ただの預かりものの荷物にゃっすよ」
しゃがむクロネッカの顎に傭兵の剣の刃先が触れる。
開けろ、さもないと……。そういう意味だ。
クロネッカは桜童子から聞いたラオコーンの話を思い出していた。
(トロイの木馬作戦において、もっとも障害となるのがラオコーンだ)
クロネッカはこの髭面の傭兵がラオコーンだったかと観念し、包みを開いた。
「茶色? 君は青いバッグと言っていなかったか。また嘘をつく気か」
傭兵は剣を逆手に持ち替えるとバッグに突き立てようとする。身を呈して守る。
「宅配業者にとって、預かり品は命と同じくらい大事なものにゃっす。傷を付けるならばそれ相応の覚悟をするにゃっす。たとえ弁償したとしてもその品には商品価値以上の思いが詰まっているかも知れないにゃっす。品を傷付けるということは思いも傷付けるということにゃっす。とにかく許さないにゃっすよ!」
傭兵はクロネッカをやすやすと剥ぎ取って祈る。
「我が名は、エフライム=ラオコーン。<紅き月のダクテュロス団>の長の名において、命ずる。罪があるなら裂けよ。なければ刃を通すな」
ラオコーンはクロネッカを剥ぎ取ると剣を突き立てる。
茶色の革のバッグに刃は深々と刺さる。
「何か聞こえたぞ。うめき声か。中の物を出すのだ」
ラオコーンという髭面の傭兵はクロネッカに命じる。
クロネッカは涙まじりにラオコーンを手で払う。バッグの中に手を突っ込み震える手で中身を取り出す。
「あんたは、ただバッグを傷付けたんじゃない。信頼と誇りを汚し配達人の魂を踏みにじったんだ!」
蓋を開けると、それは「いってえ! キャッハハハハ、ごほ、ごほ、ぐうっ」と場にそぐわぬ陽気でふざけた声を出した。我々はこの箱に見覚えがある。そう、それはディルウィードの作ったボイスレコーダーである。
「無罪放免にゃっすよね」
荷物をまとめると、クロネッカは悔しそうな声で言った。
立ち去るクロネッカの背中を見送ったラオコーンは、ふと何かに気付いてギルド会館に踵を返した。
「受け取り証の認印。猫の手形のような印影。見覚えがある!」
ギルド会館エントランスホールに入ると、そこに腰掛けている<冒険者>の胸ぐらを掴んで引き起こす。
「貴様、まさか居眠りしていたのではあるまいな」
「エ、エフライム様?」
「兎耳の男がここに現れただろう!」
「は、ハイ。確かに」
「いつだ」
「先程、エフライム様が入っていらした数分前に」
ラオコーンは<冒険者>の部下を揺さぶる。
「兎耳の男は【工房ハナノナ】の桜童子にゃあだと言っておいたはずだ! 何故捕縛命令を出さない!」
「いえ、そんな男は来ていません」
「何だと!?」
「その男は<plant hwyaden>のサジクラウドという名でした!」
ラオコーンは部下の男を突き飛ばす。
「どういうことだ」
ラオコーンは、ギルド会館にそのサジクラウドを名乗る男が潜伏していないか全員で虱潰しに調べるよう命じると、自分は駆け出して先程クロネッカを捕らえた場所を目指す。
そして自らの失策を悔いた。有能なスポッターたちを港と<天空庭園>とライブ会場の三箇所に分散させていたのだ。
「やはり兎耳の男は、ただの画家ではなかった! 猫の手形マークの印を残しただけではなく、我々の目をくらます何かを仕掛けていたのだ!」
ラオコーンは焦りと後悔と怒りに満ちていたため、自らの安全確認をすっかり忘れていた。
クロネッカを捕らえた小路に飛び出した瞬間、世にも奇妙な交通事故に遭遇する。
<衛兵>との衝突事故。
猛スピードで移動する衛兵に弾き飛ばされてラオコーンは宙を舞う。
建物に激しく身体を叩きつけられた。気を失う瞬間、大柄な女が近寄ってきて治癒魔法をかけられるのが分かった。
「堪忍やで」
女の声はもうラオコーンの耳に入らなかった。
<ハカタ南娘飯店>のテーブルの上に茶色のバッグを置いて、クロネッカは悔やみ続けた。
「預かり品に傷をつけられおめおめ帰ってくるなんて、配達人失格にゃっす。どうやって詫びたらいいにゃっすかー」
バッグが揺れて、中から声がした。
「そんな自分を責めないでよ。おかげで<フェートフィアダ・イーリオス>侵入作戦は成功したんじゃない」
クロネッカは仰天して、腰を抜かす。
怪奇趣味のマジックショーを見ているような光景である。テーブルの上に置いたバッグから眼鏡の少女が這い出そうとしているのである。
「カーネリアンさんにゃっすか!?」
クロネッカは、ようやく声を吐き出した。
上半身を出したところでカーネリアンは、クロネッカに声をかける。
「受け取り証くれる? 私たち、すぐ移動するから」
反射的に受け取り証を抜き取ったクロネッカは、少女の手を見て再び驚く。
「どうしたにゃっすか、その手。血まみれにゃっすよ」
「え?」
カーネリアンは自分の手を見る。自分の血ではない。そういえば桜童子が出て来ようとしない。
「ちょっと、大丈夫!? にゃあ君? にゃあくん!!」




