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012 ハカタ南娘飯店の廿鬼夜行

 桜童子たちは、<廿鬼夜行>に会うために彼らの本拠地近くまできた。

 日はとっぷりと暮れ、辺りは夕飯時のいい香りが漂っている。


 <リューゾ>家には、先に<アキヅキ>の二人と<エイスオ>のカリステアが行って接見の手はずを整えるので、一日猶予が欲しいとのことである。


 そこで、桜童子とシモクレンは、<ナカス>の街にほど近い大地人が営む料理店街の一角にやってきた。<ハカタ南娘飯店>と書かれた看板が目印だ。堂々とした印象的な字なのできっと<書道家>などのスキルをもった人物の手によるものに違いない。

 <廿鬼夜行>のとある人物にアポイントを取ったところ、この店に来るよう指示されたのだ。


 既にハギが店の前に立って待っていた。

「隊長。イクスちゃん、無事保護されたそうです」

 ハギは嬉しそうに報告した。

 桜童子とシモクレンはハイタッチを交わした。と言ってもシモクレンはしゃがまないと桜童子とはタッチできないが。

「あとはこっちがちゃんと仕事をするだけだな」

 桜童子が振り返ると、ハギの横に並んだ美しい金髪の女性が頭を下げた。<Plant hwyaden>のイングリッドである。


「やあ、正月以来だね、イングリッドさん」

「リーダーさん。話、聞きましたよ」

「ん?」

「私は【工房】に入れてくれないんですか」

 悪戯っぽいまなざしでイングリッドが聞く。


「何言ってんだい、元<PINK SCANDAL>のリーダーが。イングリッドさんは片田舎の生産系ギルドにおさまるタマじゃないでしょ」


「そんなことないですよー。わたしね、何でも手伝いますよ。それに、ハギしゃんね、全然会いに来てくれないから私行くしかないじゃないですか。ギルド一緒ならぁ、いつでも会えるっていうかー」

「そんなことなら、<ミナミ>にハギをつれてけばいいぞー」

「え、それも魅力的な話」


 ハギがおいおいという表情で、イングリッドと桜童子を交互に見る。

 シモクレンが助け舟を出す。

「インちゃん、いつでもこっち来たらええやん。【工房ハナノナ】やのうてもインちゃんならいつでも大歓迎やで」

「レンちゃんありがと」

 イングリッドは肩をすくめて口を蠱惑的な笑みに変える。


「とにかく、アミさんは<ナカス>じゃ有名人なんだから。静かにしといてください」

 ハギはイングリッドを本名の下の名前で呼んでいた。ずいぶん親しくなったらしい。


 イングリッドは「ほ」と発音するような唇の動きをしたあと、瞬間的に笑顔を作る。

「桝中アミといいまーす。みなさんもアミってよんでくださーい」

 笑顔でそう言っておきながら、イングリッドはヒジでハギを突いた。


「おいらはイングリッドさんでいいや」

「あ、ウチも遠慮しとくわあ。だって、なあ」

「ほらー、もう、こういう空気になるでしょー。だから二人きりの時以外、下の名で呼んじゃダメって言ったのに―」

 イングリッドは明るく笑う。

 置かれた状況と言っている言葉と表情や態度が少しずつ違うように桜童子は感じた。

 そんな部分もイングリッドのもつカリスマ性の発露の一つなのだろう。



「インちゃん。ハギさんのことはなんて呼んどるん?」

 言っていい? という顔でイングリッドはハギを見上げる。

 そのとき、店の中から<廿鬼夜行>のメンバーが顔を出して中指と人差し指で小さく手招きした。

 ハギは助かったという顔で「さあ、行きましょう」と急かす。



 内部は質素ではあるものの、店内には中華料理のにおいが立ち込め食欲をそそる。

 足に大きなスリットの開いた服装の少女が「いらっしゃいませ」と挨拶した。彼女は店で雇われた<冒険者>で、先ほどの<廿鬼夜行>のメンバーの姿は既に見えない。

 <大地人>少女に比べれば<冒険者>は強いので夜間のアルバイトに向いている。ただ、日が暮れれば<大地人>の活動はおしまいなのが一般的なので、この店は<冒険者>向きなのかもしれない。


 奥の方に案内される。

 途中のテーブルに何人かの<冒険者>が座っている。

 奥まったところまでくると、少女は衝立で仕切られた向こう側の空間を示して「どうぞ」という。


 中には仮面の男が座っていた。

 その背後に<武闘家>と<武士>と<暗殺者>が控えている。

 仮面の男は<廿鬼夜行>リーダー、UGシュテンドである。

 丸テーブルを囲むようにして、シュテンドの向かいの椅子に桜童子とイングリッドが座る。

 ハギとシモクレンは壁際のソファに腰を掛けた。


「お料理お持ちしますね」

 少女の言葉にシュテンドは軽く手を挙げて答えた。

 しばらく無言が続いた。 


 口火を切ったのはシュテンドの方だった。

「どうして裏切り者がいるんだ」

 イングリッドのことだろう。彼女は<ナカス>の有名人だ。


 イングリッドは<Plant hwyaden>からヘッドハンティングされた者の一人である。影響力のある彼女がいち早く<Plant hwyaden>に入ったことで、<ナカス>から<Plant hwyaden>に移った者だって多い。


 このことは、「<Plant hwyaden>の<ナカス>占領」を許してしまった遠因であるともいえる。有力冒険者が<ナカス>にもっと残っていたら、電撃的な占領劇はまったく違った形になっていたかもしれない。

 


「ごめん! こげんこつなっとか思わんかったと!」

 開いた膝に手を突いてイングリッドはがばっと音がしそうなほど頭を下げた。

「あんころは、なんもなかーなんもなかー言うて裸ぶらぶらぶら下げておどっとっただけだったってー。なんも考えとらんかったとよ。こん通りばい、許したってー」



 イングリッドは方言丸出しで猛烈に謝るが、それが相手の胸中に一足飛びで迫る方法であることに本人は無自覚であるかもしれない。イングリッドはいたって真摯な表情だ。

 シュテンドの後ろに立つ三人は思わず顔を見合わせた。


「シュテンドさん。ギルドも志も違うイングリッドさんだが、<ナカス>がこのままではいけないと思っているのは一緒なんだ」

 桜童子は仲立ちした。


 本来は、桜童子の目的のために<廿鬼夜行>に協力を得られるよう助力を申し出るのがイングリッドの役目だ。これではまるで逆だが、物事には天の時というものがあると考えて、桜童子は流れに身を委ねてみようと思った。


 話は妙な方向に舵をきり始めた。


「イングリッド嬢さんよう。何をもっておれ達に信頼させるつもりなんだ? ここでしゃべったことが<Plant hwyaden>に筒抜けだなんてオチはなしだぜ」

「うーん、私脱ぐくらいしか能がないよ?」


 イングリッドのとぼけた返答にハギが口出ししようとしたが、イングリッドは気配を察し、軽く手をあげてそれを制した。



「じゃあ、【工房ハナノナ】が金貨二十万枚出すと言ったら信頼してくれる?」



 出せなくはない。だが地味に痛い出費だ。<大災害>当初でも、<サンライスフィルド>にいた四人の全資金をかき集めたらそのくらいになったはずだ。

 桜童子の絵つけやシモクレンの刀剣などが貿易品として高く売れることから、現時点で資金にはずいぶんと蓄えができてはいる。それでも四十万と言われていたらおそらく躊躇する。

 桜童子はシュテンドと目が合った。

 桜童子はうなずく。

 その様子を見てシュテンドは語り始める。


「おれ達の目的は、<ナカス>の混乱。イングリッド嬢が昔のように踊ってくれれば、その間におれ達は<衛兵>から<動力甲冑>を奪える」


 このような展開を全く想定しなかったわけではない。イングリッドをこの会議に参加させると決めた時点である程度予測はしていた。


 話が合わず門前払いや喧嘩別れだって十分にありえた。それを回避するよう事前に、出費できる上限として金貨二十万枚という額をイングリッドに提示しておいたのだ。まさかイングリッドが第一のカードとして切ってくるとは思っていなかったが。



 それにしてもまったく意味のない投資だ。<動力甲冑>は奪えない。桜童子が何度もシミュレートして出した結論だ。


「失礼します。麻婆でございまぁす」

 店の少女が現れて、大皿に乗せた料理と取り分け用の小皿や箸を置いていく。

 シュテンドがすすめる。

 イングリッドがこまめに働いてさっさと取り皿に取り分け、配る。シュテンド背後の部下の分まで取ってやっている。そしてハギに一人分を手渡す。実に甲斐甲斐しい。


 その間桜童子は考えていた。

 彼ら<廿鬼夜行>のアイディアは理解した。<動力甲冑>さえ手に入れば、勝負は中の人の能力差となる。UGシュテンドが<動力甲冑>を着て<ナカス>を出ることができれば、その後は恐ろしい襲撃者となりうる。<衛兵>は信頼を失い街は恐慌状態に陥るだろう。以降は多数の鎧を手に入れられるようになる。対抗策は<動力甲冑>に動力を送る都市結界の停止。そこまでいけばモンスターたちを使って<ナカス>を包囲する。これがシュテンドの描く<Plant hwyaden ナカス放棄>のシナリオだ。


 だが最初の一手目が無理筋なのだ。

 桜童子が下策として位置付けたこの作戦を実行に移せ、成功できるというならば見てみたい。ただ、UGシュテンドがこの時点でどのくらいの勝算なのかも知りたい。はじめから無謀というのであれば二十万の金貨は騙し取られたも同然だ。



 しかし、UGシュテンドから強気の提案が出た。

「金貨五十万枚だ」

「なんやて!?」

 振り返るとシモクレンがうっかり反応してしまったという表情で口を押さえている。財布係にしてみれば、成功するかしないか分からない、どちらかというと失敗する公算が大きい無茶な計画に金貨五十万枚も投資できないと言いたいところだろう。


 シュテンドは心配には及ばない、という表情をした。

「こちらとしても出資してくださる方に迷惑をかけるわけにはいかない。先に大金がこちらに流れ込んでいながら、このシュテンドの作戦が万が一にも失敗に終われば、首謀者としてこちらのお方に嫌疑がかかる可能性もある。だから、成功報酬を金貨三十万。そうすれば<動力甲冑>によって得られる利益も還元できるだろう」


「じゃあ、二十万は?」

 イングリッドが尋ねる。最初に切り出した手前、責任を感じているのかもしれない。


「イングリッドさん、あんたのステージを成功させること。そのために使ってくれよ」


 ガタっとイングリットが立ち上がる。なんだか感銘を受けたらしい。次々と握手して回っている。

 シュテンドも簡単に握手を済ませてから、桜童子に聞いた。

「後ろのサタケから聞いたが、実行は日曜日を希望しているそうだが、なにか理由があるのか」


 <決戦は日曜日>と、桜童子はサタケという男に伝えておいた。

 サタケというのは、髪を短く切った<狼牙族>の男だ。<不退狂狼>の仇名をもつ<武闘家>で、桜童子が<火雷天神宮>で最も厄介に思った相手だ。

 今回<廿鬼夜行>につなぎを取ったのも彼を通じてだ。


「今日が水曜日、イングリッドさんにライブをしてもらうなら三日は準備が必要だからねえ」

「それだけじゃなかろうもん」

 シュテンドが少々短気な様子で聞いた。

 桜童子はやれやれとため息をついた。


「目的として<ナカス>の混乱ってのは、おいらたちと<廿鬼>さんで一致はしてるんだ。だけど、武闘派戦闘系と生産系の違うところだろうねえ。おいらたちが混乱を与えるのは人の流れだ。日曜には市場が開かれる。それを見える形見えない形、様々な方法で阻害する」

「ふうん、その方が、都合がいいってわけだ」


 シュテンドはあっさり了解した。

 「生産系の考えることなぞ興味はない。せいぜいおれ達の邪魔にならないようがんばってくれ」と心の声が聞こえそうだった。

 桜童子の言った作戦は嘘ではない。

 ただし全てをしゃべっているわけではない。

 シュテンドはきっと生産系だから<ナカス>に物流面でダメージを与えたいのだという先入観を持ってしまったに違いない。それは桜童子にとっては好都合である。同一歩調を要求されたらそれはそれで厄介なことになる。


 だがシュテンドは警戒しているのか、ふたりの加勢を要求してきた。すなわちハギとシモクレンの二人を作戦前日からともに行動させろというのだ。こちらに不審な動きをさせないつもりだろう。


「えー、そしたらハギしゃん、ライブ見られんと? ぶぅぶぅ」

 腹を立てるイングリッドをなだめるハギ。

「それにライブは一人では開けんよ? ストリートやないっちゃけん。ハギしゃんおらんとスタッフも足らんとよ」


 そんなイングリッドの声を聞いて、「待ってました」と言わんばかりに都々逸とともに現れた人物がいる。

「〽ハア 猫にだまされ狐にゃふられ、ニャンでコンなにもてないの ソーネソーネソリャソーネ おぬし見たさに千里も一里 見ずに帰ればまた千里」

「おひょうさん!」

「ソーネソーネお久しぶりね。誠に忝く候。平身低頭」


 度のきついメガネをかけた旅の姿の法師は、元<PINK SCANDAL>の一員である。名調子でステージのはじまりを告げると、大人たちまでがハーメルンの笛吹にさらわれるかのようについていったという伝説の<吟遊詩人>で、ハギにも見覚えがある。

「おひょうさん、あれからどうしてたの」

「長らく旅に出ておりました。そして今は食客としてこちらにお世話になっている次第♪」


 さらに数人現れた。店内に一陣の風が吹き抜けたと思うと、いつの間にか麻婆の味をちゃっかり確かめている仮面の青年がいる。

「いつの間に!」

 シモクレンが声をあげると、「風神スズ」という名の<盗剣士>が顔を上げた。

「風はどこにでも入り込むもんだぜェ。オレのできる仕事があったら教えてもらおうか」



 衝立の向こうのテーブルに座っていたのも食客のひとりだったらしい。その男の腰にはベルトが巻かれ<付与術師>として似合わぬ拳銃のようなものをホルダーに収めている。名前は「妄想屋みずっち」。

「シュテンドの旦那は成功報酬しかもらわないっつってたけど、ここの飯代ぐらいは払ってくれるよな」


 そのテーブルから次に立ち上がったのはふわふわとした素材でできている装備をまとった<森呪遣い>だった。

「イングリットー!」

「きゃー! 櫻華ちゃーん! どうしたの、何でここにいるのー!!」

 イングリッドの友人であったらしく再会を喜んで両手をつなぎあっている。

「うーん。いろいろあったんだ!」

「そうなの! いろいろー!? っていうか今日のもこもこ装備超かわいいー! こがんとばり好いとうよ!」

「でしょー! ありがとー! ふわもこ好きすぎて、<もこどるマスター>とかあだ名ついちゃったー。ねえねえ、あそこに座ってる従者さん触ってもいいかなあ」

「あーは従者やなかと! 【工房ハナノナ】のリーダーさんよ!」


 桜童子はここまでの履歴をいろいろの四文字で片づける会話のスタイルに驚きあきれながら眺めていた。


「イングリッド、ゲリラライブやるんでしょ。スタッフだったら任せといて。ね、おひょうさん」

「ソーネソーネ任せてね。やるんだったら全盛期超えたいわな。<アキバ>の天秤祭は越えられなくとも、深夜の決起集会は越えないとねえ。合掌」

「おひょうさん、<アキバ>おったと?」

「おりましたなあ。レイネシア姫可愛かったなあ。さて、心当たりに当たってみましょ」


「ぼくステージ組める人連絡しておきますね。ゆえきちさんとかスプリガンさんとか来ないかなあ」

 法師と拳銃遣いの二人は一斉に念話を始める。


「みやむーに連絡つく?」

 <もこどるマスター>は、過去<ナカス>を沸かせたイングリッドの相棒の名を挙げた。

「全然相方念話出てくれんっちゃん」

 麻婆を頬張りながらイングリッドは泣いてみせる。

「オレも連絡つかないんですよね」

 仮面の<盗剣士>もイングリッドを囲んで会話している。



 この会見にイングリッドを呼んだのは大成功だった。

 ただし桜童子は意外に思った点がある。<廿鬼夜行>がこんなにも血肉の通った連中だったとは。


「この人たちは<廿鬼夜行>のメンバーなんですか」

「いや、それこそそこのサタケが食客として呼んだんだ。おれ達は武闘派をもってなる<廿鬼夜行>だからな。方向性が違うさ。飯代のことなら気にしなくていい。うちの客だ」


 UGシュテンドは鼻で自虐的に笑っていたが、桜童子はそれを聞いて悩んでいた。

 自分の目的のためなら<廿鬼夜行(かれら)>は切り捨ててもいいとさえ思っていた。

 彼らにとって、目的達成は闘争の理由でしかないと思っていた。

 笑い声が聞こえてくる。

 やはり捨てられない。捨てるわけにはいかない。

 

「悪いな、ハギ、レン。この人たちを全力で生かしてやってくれ」

「え?」

 ハギが不意を突かれたように間の抜けた返事をした。

 桜童子はふらふらと立ち上がると近くの安宿に戻ると告げた。


「シュテンドさん。飯代は成功報酬に上乗せして請求していいよー。突入組については前日からと言わず、ハギをまじえてじっくり打ち合わせしておいてくれー。ハギとレンには安全確保を全力で行わせてもらうよ。ライブ組はイングリッドさん中心でいいかい。じゃあおいらからまたサタケさんに明日相談の念話を入れるよー。今日はどうもありがとう」

 桜童子とUGシュテンドは握手した。


「大丈夫? にゃあちゃん」


 <ハカタ南娘飯店>を後にした桜童子をシモクレンが追ってきた。



「平気だよー。夕飯食べて来なー」

「ええわ。ウチもしんどくて食べれへん」


「<エイスオ>でエルフの老媼と菫星さんに会って、<トヨタマ千山>で<黄紋豹鬼>と戦い、<猫妖精>のマスカルポーネ卿を動かし、<ハイザントイアー峡>で龍眼さんに会い、<アキヅキ>に行ってそして今ここにいたると」

「同じ日に起きた出来事とは思えへんね」

「まったくだ」


 あまりにふらふらしているので心配したのだろう。シモクレンは桜童子を背負った。鞄を背負うような乱暴さで持ち上げたが、桜童子はおとなしく背負われていた。背負った時にはすっかり気を失ってしまっていたらしい。

 シモクレンも部屋に戻ると桜童子をソファに寝かせつけて、風呂を浴びる間もなく同じ部屋で眠ってしまった。


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