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夢の守護者は男の娘  作者: ぴえ~る
1章 夢の中での再会
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1-7 夢を脅かすモノ

 目が開いた瞬間に周囲を見渡してみるが、周囲一帯が真っ白な濃い霧に包まれているせいで、何も見えなかった。

(これは夢……?)

 大悟は直感でそう考えたが、身体中にまとわりついている現実感のなさを考えると、その直感はあながち的外れでもなさそうだった。

(だったら、とりあえず歩いてみるか)

 そう思って、無闇に霧の中を歩いてみるが、どれだけ歩いても、霧は一向に晴れる気配はなく、真っ白な空間がどこまでも続いていた。

 気味が悪くなって、光を求めて自然と大悟の足が速まる。

 なんとなく、この状況が本当に夢だったとしても、この場に立ち止まってはいけない気がした。

 嫌な予感を振り切るように、走るようなペースで霧の中を進んでいると、ゆっくりと霧が晴れてきた。

 そして良好になった視界を見渡してみると、周囲に広がっている風景には見覚えがあった。

(これって、家の近くだよな……)

 大悟の目に映ったのは、近所の集合住宅や公園、そして小さな通り。それらは数時間前に学校からの帰り道で通った場所だった。

 けれど見慣れた景色のはずなのに、あたりに充満する空気感から異質なものを感じ取り、初めてこの地を訪れたようで落ちつかない気分になる。

(――ったく、どうなってやがる)

 周囲に視線を巡らせて、自分が今置かれている立場を分析しようとしたが、こんな状況に陥ること自体初めての経験なので、それらしい分析結果が導けるはずないとして、結局分析は諦めた。

(いや、初めてじゃないかもしれない)

 咄嗟に思い浮かんだのは、これまで二度も見た、変な影に襲われる夢。

 その感覚が正しいならば、この状況は最初の直感通り夢を見ているだけということになるが、確証を持てない以上は結論を急ぐべきではない。

 普段から夜になると閑静になる住宅街だが、それに増して今の周囲は静かだった。まるで人間という存在ごと消滅してしまったかのように。

「――っ」

 全身に嫌な予感が張り巡らされた瞬間、通りの角から禍々しい気配が伝わってきた。身構えると同時に、曲がり角から、その気配の主がのっそりと姿を現す。

 全身が真っ黒で、運動会などで見かける大玉のような大きさと形をした、得体の知れない何か。身体全体が霧とか煙のようなもので構成されていて実体がなく、身体の中央には一対の目と、そして口がある。

 目と口とは言っても、球体の外側に切り込みを入れただけの簡素なものであり、その目と口が本来の役割を果たしているのかは疑わしい。

(こいつは……)

 目の前にいるのは地球上の生物とは思えないほどに、得体の知れない物体だった。だけど大悟はコイツに見覚えがある。

(散々夢で俺を追いかけ回してきたヤツだ……)

 この影が登場したということは、自分は今夢を見ているということで間違いないだろう。

 これまで二回も煮え湯を飲まされてきた相手が目の前にいる。前回と前々回はその気味の悪さに恐怖して逃げ出すことしかできなかったが、今日の大悟はひと味違う。

 夢であるとわかった以上、恐れることは何もないからだ。

「くくっ、散々俺の夢の中に登場して好き勝手俺を痛めつけやがって。今日という今日は、俺の手で撃退してやるからな」

 悪人のように口元をつり上げながら、恐いものがなくなり気が強くなった大悟は、人差し指を突き立てて影に宣言する。

 すると、飾り物みたいな影の口が不敵に歪められた。

 それを見た瞬間、大悟の背中に冷たい何かが滴り落ち、全身に鳥肌が立ったが、夢の安寧と自身のプライドを守るためにもここで退くわけにはいかない。

 地面を踏みしめてファイティングポーズを取る。ちなみに格闘技経験は小学校のころに空手を多少嗜んでいた程度だ。

 当時のことを思い出しながら、じりじりと影との間合いを詰めていく。

 影のほうはこちらの様子を窺っているのか、今夜に限ってはいきなり襲いかかってくような気配はない。

 もしかしたら、これまで襲ってきた影とは別物なんじゃないかという予感がよぎったが、ここで後ろに退くわけにはいかないだろう。

 やがて影との距離が大悟の間合いに入った瞬間、大悟は地面を蹴り上げて影へと詰め寄った。

 右腕を引き絞って、弓矢を放つかのように渾身のストレートをお見舞いする。

 それに対して、影は避ける素振りすら見せず、ただ突っ立っていた。

 大悟の拳が影と身体に直撃したが、空気を殴ったかのように手応えがなく、影の表面を覆っていた霧をすり抜けただけだった。

 すかさず、大悟は一旦距離を取って影を睨むと、その様子に変化が現れた。

「う、ぐご――」

 影は苦しそうにうめき声を上げると、身体をよじらせて質量のなさそうな身体が変形していく。

「……効いてたのか?」

 手応えはまったくなかったものの、影の苦しみようを見る限りさっきの一撃は、それなりにダメージを与えていたと考えるべきだろう。

「うががががああああああ――」

 静寂に包まれていた住宅街で発せられる奇声。

 それはまさしくこの世界の異物といっても過言ではないだろう。

 苦しそうに呻いている影は、その形をぐにぐにと変形させて、やがて人間のような形を形成したところで、悲鳴とともに変形が止まった。

 球体のときと同じように、顔にはカッターで切り開いたような簡単な口と目が残っており、そのシルエットの大きさ的に、影の眼前に立つ大悟を模したもののようだった。

 球体だったときは、実体がなく存在感が希薄だったが、変形したことにより影は実体と存在感を得たかのように感じる

 影の周りには、瘴気のような靄が渦巻いていた。

「いいぜ、今日は受けて立ってやる」

 そんなことを言っても目の前の物体が言葉を理解するとは思えない。ただその言葉は相手に向けて、と言うよりは自分の気持ちを引き締めるために放った言葉なのだから、相手が理解していなくても何も問題ない。

 大悟は手のひらに拳をたたき付けて、改めて改めて気合いを入れ直す。

 大悟が身構えると同時に、今度は影のほうが音もなく接近してきた。

 大悟はずっと影を視界で捉えていたはずなのに、闇に紛れたほんの一瞬だけ、影を見失ってしまった。

 影が眼前まで迫ると、大悟は勇気を振り絞って一歩前に踏み出し影との間合いを詰める。反れと同時に影が攻撃を繰り出すよりも先に右手を突き出した。

 ただ、影の方もほぼ同じタイミングで、右手を突き出して攻撃動作に入る。

 そして、二つの拳が交錯し合い、大悟の拳が影に触れるよりも一瞬早く、影の拳が大悟の頬へと衝突した。

 衝撃が頬を中心に衝撃が襲い、吹き飛ばされた大悟の身体は、近くの塀にたたき付けられた。

「ぐっ――」

 肺から空気が漏れ、口から涎が溢れた。

 夢の中なのに、リアルすぎるほど痛覚があった。しかしこれまで二回も見た、同じように影に襲われる夢でも、痛いとか熱いとか感じたりしたのだから、きっとそれと同じことなのだろうと結論づけて態勢を整える。

 起き上がると激痛が走ったが、これまでのように一撃でやられるような致命傷にはなっていないようで、しっかりと地面に足をつけて影を見据える。

「オマエノカラダ、オレガモラウ」

 切り口みたいな口から、影はたどたどしい言葉を並べた。どうやら飾りものじみていたその口は、とりあえず言葉を話す機能はあるらしい。

「やらねえよ。俺の夢は俺のもので。俺の身体は俺のものだ。さっさと失せろ」

 影が発した言葉の意味はまったくわからなかったが、とりあえず売り言葉に買い言葉の要領で、大悟は思い浮かんだまま言葉を返した。

 すると、影の持つ空気が変わった。空っぽの瞳から、敵意や殺意が浮かび上がり、大悟の肌を突き刺してくる。

(集中しろ。集中しろ)

 相手からの重圧を感じながら、自分が一番集中しやすい場面を思い浮かべてみる。

 それだったらと、想定する場面は一打サヨナラの最終回。そんな場面で打席に立つ自分を思い浮かべればいい。

(ああ、それで十分だ)

 集中状態に入った大悟の視界は、打席で投手しか見えなくなるのと同じように、目の前の影しか捉えていない。視界の隅に移っていた、空っぽの住宅街や塀は、もはや大悟には見えていない。

 影が奇声を上げながら迫ってくる。さっきは闇に紛れて見失ってしまったその姿も、今度ははっきりと目に映っている。

 だからこそ、大悟の顔面目がけて跳んできた拳も、最小限に身体を捻るだけで容易に躱すことができた。

 そしてすぐさま影の横へと回り込み、お返しとばかりにがらあきの頬を目がけて力任せに、拳をたたき付けてやった。

 今度ははっきりとした手応えがあり、ものを殴った感触が手に伝わってきた。

 影の顔面に大悟の拳が接触した瞬間、影は宙を彷徨って電信柱へと思いっきり衝突した。

 自分の拳の威力に自分で驚いてしまったが、夢の中ならこんなこともあるだろうと勝手に納得することにした。

 やり過ぎたかな、と思いながら、大悟は右手に残っている、影を殴った感触を見つめる。

「クッ、マサカ、タイマシダッタトハ……」

 影は恨みがましそうに、謎の言葉を残して、影は闇に染まってしまうかのように空気中に霧散してしまった。

「おい、今なんて言った?」

 駆け寄ってその言葉の真意を確かめようとした大悟たったが、すでにそこには影の気配すら残っていなかった。

「ま、いっか。さて、夢なんだから、そろそろ別の場面に切り替わるのかな。それとも目覚めかな」

「残念だけど、もう少し続くよ」

「――!」

 声のした方を振り返ると、電柱を背にしながら、まるでスポットライトのように街灯を浴びた岬がそこに立っていた。

 突然の岬の登場に大悟は一瞬だけ驚いたが、よく考えればこれまでの夢にだって岬が出てきたのだから、今回だって岬が出てくることに不自然なことは何もないはずだった。

「ああ、そういえば、夢の最後はいつも岬が出てきてたな。そんなところも再現されるのか」

 それはほとんど一人ごとのような呟きだったため、岬には届いていなかったようだ。

 無言で大悟を見据えたまま、岬がゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。

 恐怖とかではないのだけれど、なんだろう、岬から言い知れない奇妙な何かを感じた。

「岬、なんかおまえの様子おかしくないか?」

「ふふっ、さてどうだろうね。残念だけど、そろそろ行かなくちゃだから、その質問は後回しにして、要点だけ伝えるよ」

 暗がりの中にいても、はっきりと眩しさを放つ岬の笑顔が大悟を捉えていた。

 そのまま大悟の手が届くまで近づいてきた岬は、大悟の耳元にそっと口を近づける。

「もしキミがここでボクと出会ったことを覚えているようだったら、明日の放課後、学校の屋上に来て。キミが望むならボクの秘密を教えてあげるよ」

 岬の甘い息が大悟の鼓膜をくすぐり、背筋がゾクゾクと震えた。

「おい待――」

 岬を呼び止めようとしたが、最初からその場には誰もいなかったかのように、岬の姿は消えてしまっていた。

 そもそも最初から岬なんてこの夢には登場していなかったのでないかと思ったが、耳をそっとおさえると、岬がさっきまでそこに立っていたことが現実であることを実感できた。

 そして間もなくしてこの世界の崩壊が始まり、大悟の意識は机の上に突っ伏している大悟の身体へと戻ったのであった。


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