1-6 奇妙な夢
その日の夜、夢を見た。
いや夢なんて、覚えているか覚えていないかの程度の差はあるものの、いつもだいたい見ているだろうから少し言い方を変えよう。
――とても印象的な夢を見た。
それは影のような何かに追い回される夢。
やがて影に追いつかれ大悟の命は呆気なく奪われるのだが、意識が遠のいてゆく直前に駆けつけた岬が手を差し伸べてくれる夢。
それは入学式当日に見た夢とほとんど同じ内容だった。
起きたときに妙に生々しい感触が残っていることもあのときと一緒だった。
それでもそれはただの夢。
いろいろと思うことはあったが、あまり深く考えても仕方ないという結論に達し、その日の朝の大悟はいつも通りに学校へ向かった。
「大悟クン、なんか疲れてない?」
一時間目の授業が終わると同時に、前の席に座っている岬がこちらを振り返って首を傾げている。妙に愛らしい仕草だが、コイツは男だ。
「なんか少し寝不足っていうか……」
すでに自分の意識がどこかに旅立ちそうになりながらも、大悟は目をこすってその場に留める。
――どうも頭がぼーっとする。
(悪夢にうなされて寝不足って小学生じゃあるまいし……)
「夜更かしでもしたの? もしくは深夜にイケナイ遊びをしてたとか?」
岬が口元を指でなぞりながら、大悟をからかうような表情を作って聞いてくる。
「おまえは俺をどんな目で見てやがるんだ。別に普通に寝て普通に起きたはずなんだけどな。ま、たまには体調の優れない日もあるだろ」
「ふふっ、それもそうかもだね。そういえば、最近何かと物騒らしいから、深夜に出歩くときは気をつけた方がいいよ」
「だから深夜徘徊なんかしねえっての」
「だったらいいんだけどね。あっ、そうだ。寝付きが悪いんだったら、今日からボクが大悟クンの家にいって添い寝してあげよっか」
「お、おい、なに言ってやが――」
目が覚めるような岬の発言に、大悟は思わず席から立ち上がってしまった。休み時間とはいえ、その突飛な行動にクラスから視線が注がれる。
視線を下げると、心底楽しそうにニヤニヤと笑みを浮かべている。
入試のときに見かけた天使のような女の子はすでにいなくなってしまったようで、同じ顔をしている悪魔が大悟の純情な心を弄んでくる。
とりあえず周囲の視線を気にしないようにして席につく。
やがてクラスの面々もこちらへの興味が失せ、もとの雑談や予習へと戻ってゆく。
「大悟クン、そんなに飛び上がるほど嬉しかったの?」
内緒話でもするかのように声を潜めている岬。
「うるせー。そんなわけあるか……」
「もうっ、男同士なんだから、そんなに恥ずかしがることないのに……」
「言っておくけどな、男同士だからって添い寝は十分におかしなことだからな。というか、男同士のほうがよっぽどおかしいだろ」
言ってから、近しい友人の秀人と添い寝している自分を想像してしまい、気分が悪くなった。
だったら岬はどうだろうか。
岬は大悟の顔をのぞき込むように捨て、背もたれに肘をついて、手のひらに顎を乗せている。
口元を緩めてニコニコとしている岬は、次はどうやって大悟をからかって楽しもうかと考えているに違いない。
(岬と一緒の布団で――)
男だとわかっていても、その柔らからそうな頬、厚い唇。そしてほっそりとした腰周りを妙に意識してしまう。
「くっ、もういい。俺は次の授業に備えて一眠りする。邪魔すんなよ」
岬の反応を待たず、大悟は少し紅潮した自分の顔を隠すために机に突っ伏した。
すぐに意識が沈んでゆく。
岬は、そんな大悟を穏やかに微笑んだ表情で見下ろした。
「おやすみ大悟クン。いい夢が見られるといいね」
(そんな短時間で夢なんて見ないだろ)
声に出して言い返しても良かったのだが、一刻も早く睡眠を取りたい気持ちでいっぱいだった大悟は、一瞬のうちにまどろみの世界へと足を踏み入れたのだった。