終章1 休息の時間
夢魔騒動が一段落したものの、すぐに定期テストが控えていたため、大悟たちはその後もしばらくは気の抜けない生活を送っていた。
とはいえ、そのテストもようやくつい今しがた終わり、大事を成し遂げた大悟は大きく身体を伸ばしていた。
「う~、終わった……」
唸りながら、大悟は溶けてしまうかのように机の上に崩れ落ちた。あまりの開放感から思わず口から魂が漏れそうになった。
「お疲れ様、大悟クン。あの後、大悟クンは大変だったし、余計疲れたよね」
そう言って、岬が大悟を慰めるように頭を撫でてくる。普段なら大悟からなんらかのリアクションがあるはずだが、精根尽き果てているせいで、とくに文句を言うこともなく、大悟はその行為を受け入れていた。
薫の夢の中で夢魔を退治したあの日、夢魔にこっぴどくやられた大悟はその影響なのか、現実世界に戻ると高熱を出して二日ほど学校を休んだのだ。
「大悟、キミは少しだらけすぎではないか?」
近くまでやってきた薫が相変わらずの無表情で言う。その肩には野球道具が一式詰まったエナメルバッグがかけられている。
「薫は今日から野球部に参加するんだね」
岬はあの日以来、薫を下の名前で呼ぶようになっていた。
薫は少し戸惑ったような表情をしていたものの、その呼び名をすぐに受け入れていた。
それを見ていた大悟は、岬に便乗して薫を下の名前で呼んでみたのだが、いつものように冷たくあしらわれた。
そんなやりとりを眺めていた秀人も、薫と仲直りした後に、薫を下の名前で呼んでみたのだが、結果は、大悟と同じように返り討ちにあっていた。しかし秀人に怒るときの薫は、大悟の時とは違って、顔を真っ赤にして、珍しく感情を剥き出しにしている様子だった。
どちらも根底には怒るという感情があったのは間違いないのだが、この微妙な対応の差はどういった意味があるのか、大悟には気づく由もなかった。
「マネージャーっていう身分だと、当然試合に出れないが、練習には参加できるからな。せっかく入部を決意したのに、定期テストに水を差されてしまった。そんなわけで、今日からようやく始動できる」
そんな話をしていると、秀人まで大悟の机に集まってきた。
「ま、春の大会までもうすぐだからな。テスト期間中は練習できなかったから、まずはなまった身体を元に戻さないとな」
秀人が自分の肩をもみほぐしながら言うと、
「ふふっ、心配するな。僕がマネージャーとして、徹底的に扱いてやる。覚悟するんだな」
薫が言うと、秀人は苦笑いを浮かべるしかなかった。この一瞬だけは、秀人も薫をマネージャーに誘ってしまった自分を後悔しているかもしれない。
いや、秀人のことだから、こんな小言すら楽しんでいる節があるかもしれない。
「ふふっ、なんだか楽しそう。ねえ大悟クン、あとで野球部の練習見に行こっか」
「あっ、ああ、そうだな」
まったく行く気なんてなかったし、今日はさっさと家に帰りたい気分だったのだが、口答えするのも面倒くさくなって、適当に返事をしてしまった。
今さら取り消すと、後から薫にいろいろと文句を言われそうなので、ここは自分の発言に責任を持つことにする。
「それじゃあ、俺たちは行くから。見学待ってるぞ。ついでに練習に参加してもいいからな」
手を振って去って行く秀人の後ろを薫がついて行く。
すでに今後の練習方法などをぶつぶつと話ながら去って行く二人の背中は、中学のときとまったく同じ後ろ姿だった。
「ま、たまには悪くねえか」
その光景を眺めて、二人がどんなふうに野球部に溶け込んでいくのか見てみたくなった大悟であった。




