1-4 自己紹介
「九曜薫だ。中学時代は野球部でピッチャーをしていた」
ア行の相川から始まった自己紹介は、薫の番まで進んでいた。
「男用の制ブレザーを身に纏っているが、生物学上は女に分類されることになっている。そのため、女である僕は高校では野球の公式戦に出られないのだ。そういうわけだから、高校では野球ではなく、新しい部活を始めようと考えている。以上だ」
薫は何事もなかったかのように、爆弾発言を残して平然とした調子で椅子に座った。
――教室内が沈黙に包まれた。
おそらくは、薫の言葉の意味をクラス全体が吟味しているのだろう。
そしてその沈黙が弾けると同時に、クラス中から声が上がった。
なんでもない顔をしているのは大悟と秀人、あとは本人の薫くらいで、教室中が騒然とした空気に包まれた。
「ああ、でも言われてみれば……」
一人の男子の声。
「なっ、俺は可愛い感じの男の子だと思って目を付けていたのに」
意味不明な発言をして、落胆している男子の声。
「そんなあ……。私、一目見て格好いいなって思ったのに……」
王子様だと思っていた男の子が実は王女様であったことを知り、残念そうな表情をしている女子の声。
「いや、むしろアリ。そっちのほうがいい」
妖しく燃える瞳で、薫の顔を凝視して拳を握りしめる一人の女子。
何人かおかしな反応を示している生徒もいたが、大悟はあまり気にしないことにした。
騒動の中心にいる薫は、自分がなぜ騒がれているのかということも理解できずにただ真っ直ぐに前を向いていた。そんな彼女には、天然とか、マイペースとかいう言葉がよく似合う。
ただ天然ということを薫に指摘すると、鬼のように怒り出すので、絶対に言ってはいけない。
やがてクラス全員が彼女を単なる美少年という括りから、美少年の格好をした美少女という括りに変更が受け入れられたところで、教室内の空気も落ち着いて、自己紹介が続けられた。
その後はこれといって、衝撃的な事件もなく、自己紹介が順調に続き、やがて岬の番に回ってくる。
照れくさそうに頬を赤らめながら席を立った岬に、男子連中が熱っぽい視線を向けているのがわかった。
どういうわけか、大悟はその視線に嫌悪感を覚えた。
「えーっと、四谷岬と言います。ボクは越境入学なので、この学校に知り合いもいないので、みなさん仲良くしてくれると嬉しいです。せっかくの自己紹介なので、ボクからもひとつ発表したいことがあります」
コホン、と勿体ぶるように岬は咳払いをした。
美少女である岬の秘密、そんな甘美な響きにクラス中の視線が岬を貫いた。もちろん大悟も熱を帯びた視線で岬を見つめている生徒のひとりである。
「こんな格好をしていますが、実はボクは男なんです。以上です」
岬はスカートの裾を持ち上げて、ぺこりと頭を下げて椅子に座った。
それから一瞬の間を置いて、
『は、はーーーーーーーーっっっっっっ!!!!!???????』
教室中の声がこだましたが、岬の自己紹介に衝撃よる強すぎたあまりに茫然自失の状態に陥った大悟の耳にはなんの音も入ってこなった。
振り返った岬が、大悟の方を向いていたずらっぽく舌を出したが、それすらも大悟の目には入っていなかった。
それからのことはあまり覚えていない。岬の後に続いて、自己紹介のトリとなる大悟も自己紹介をしたはずなのだが、自分がどんな自己紹介をしたのかは何も覚えていなかった。
気づいたときには自分の部屋のベッドで横になっており、すべてを忘れるように夢の世界へと逃げ込んだのだった。
だって自分が恋に落ちた人間が男だと知れば、誰だってショックを受けるだろう。だからこそ、これくらいの現実逃避は許してほしい。
――その日の夜、六宮大悟は悪夢にうなされた。