4-12 勝負の始まり
夢の中の薫は、はっきり言って無敵だった。
そもそもこの世界の現象は薫の思惑通りに動くのだから、たとえメジャーリーガーが打席に立とうと簡単に抑えることができる――はずだった。
あっさりと二球で大悟を追い込んだのだが、そこから大悟は粘り続けた。
またしても、薫が投じたメジャーリーガーも唸るようなボールに食らいついて、大悟はファールで逃れた。
「はあ、はあ……。どうした? やっぱり、引退してから一年近いブランクはきついのか?」
挑発するように、大悟が言ってくる。彼は息を切らしながらも、ボールに食らいついてきている。
ホームランを打たれて敗戦したあの日から、野球をやっていないのは大悟も同じはずだったし、そもそもこの世界において、ブランクだとかの概念は意味を成さない。
「前に飛ばすこともできないくせによく言うよ」
言い返す薫だが、久しく忘れていた胸の高鳴りを感じていた。それはこれまで自分の思い通りになる夢を見てきた中で、感じることのなかった興奮だった。
「オイ、何をしてやがル。オレが見せる夢ならば、オマエはどんなことだって可能なのダ。さっさとあいつをこの夢から追い出してシマエ」
これまではどんな夢を見ようと、何も口を挟んでこなかった影だが、どういうわけか少し焦り気味な調子で語りかけてきた。
「おいそこの。本当はそこに立っているだけでも俺は許せねえんだけど、それでも目を瞑ってんだ。さすがにこの勝負に口を挟むのだけは許さねえからな」
大悟がキツイ口調で、薫の横に漂っている影に話しかける。
「もういい、勝手にシロ」
言うと、薫の隣を漂っていた影の姿が、面倒くさそうに吐き捨てて見えなくなった。
それでも気配だけは感じるので、夢の中のどこかに避難したのだろう。
「それじゃあ、邪魔者もいなくなったことだし、続きをしようじゃないか」
楽しそうに告げる大悟。
――こうして二人だけの長い戦いが始まった。




