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夢の守護者は男の娘  作者: ぴえ~る
4章 夢の終わり
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4-9 夢の舞台

 夢に見ることすらできなかった光景が、今まさに薫の目の前に広がっている。

 焦げるような肌の熱さ、地鳴りのような熱狂、薫にはそれらすべての感覚が現実的に感じられた。テレビでしか見られなかった光景の中に、自分は今こうして立っている。

 それらを身体全身で感じ取っているだけで、心が躍るようだった。

「オマエが選んだ世界はこれでいいんダナ」

 孤独なはずのマウンドのすぐ隣には、相変わらず正体不明の影が漂っていて、気軽な調子で話しかけてくる。

「ここは野球小僧が誰でも夢見る場所。夢の世界としては、これ以上相応しい場所はないだろう」

 高校野球の聖地「甲子園」。

 大舞台特有の大きなプレッシャーが薫の全身を包み込んでいた。

(狼狽えるな――。空気に呑まれるな)

 目の前には、信頼できるパートナーの秀人がいる。背後には大悟を始めとした自分を支えてくれる仲間がいる。そして何より、ここまでくるために努力し続けた自分がいる。

 性別というのは確かにハンデになるのかもしれないが、そんなものは努力次第で何とでもカバーできる。

 薫はそう信じているし、それを裏付けるようにこれまで結果として示してきた。

「終わらない夢を満喫するがイイ。もはや、それは現実となんら変わりがないのダカラ」

 影の呟きも、客席から沸き上がる大歓声にかき消されて薫の耳まで届かなかった。

「最高の気分だよ。僕はこの場所で、ようやく輝くことが出来る」

 両手を広げて、薫を押しつぶすようなプレッシャーを身体全体で受け止める。

 このゾクゾクするような感覚が最高なんだ。この感覚を味わいたいがために、薫はピッチャーという一番目立つポジションで、野球を続けてきたんだ。

「ああ、こんな夢ならば僕は永遠に見続けていたいと思う」

「心配するナ。その願いはもうすぐ叶ウ」

「なに……?」

 意味がわからず眉を潜めると、影はゆったりとした口調で返してきた。

「オマエはそのまま夢を満喫していればいいのダ」

「それも悪くないかもな」

 現実世界でどれだけ努力をしても、性別という些細な問題のせいで、どうにもならないことが多すぎる。だったら融通の利く夢の中で過ごすというのも悪い選択肢だとは思えない。

「クキキ。それじゃあ、契約――」

 影が口元を歪めて言葉を紡ごうとした瞬間、新たな人影が割り込んできた。

「悪いけど、そんなことはボクが認めないよ」

「岬? どうしてキミがここにいる?」

 自分が今立っているこの場は岬とは直接関係ない場所だが、薫の友人である岬が薫の夢に登場するのは決して不自然なことではない。

 ただ目の前に現れた岬は、夢に登場する他の登場人物とは、なんとなく身に纏っている雰囲気が異なっていた。

「ボクは言ったはずだよ。何があっても九曜さんを現実世界に引っ張り出すと。こんなところで『夢』というまやかしの中に溺れさせるつもりはないと」

 バッターボックスの辺りに立っていた岬が、薫が立っているマウンドに歩み寄ってくる。

 薫の脳裏を掠めたのは屋上での会話。

 よく見ると、岬の表情は、あのときと同じように迫真に近いものがあった。

 岬という異分子をこの場に放置していてはいけない、薫がそう判断すると同時に薫の隣にいるに影が囁いた。

「キキキ、オマエの夢にあの人間は不要ダ。オマエが夢を楽しみたいのなら排除する必要があるゾ」

 目の前の岬が、一歩こちらに近づいてくる度に、嫌な予感が強くなり、郁の背中に冷たい汗が背中を滴り落ちる。

 よく見ると、岬の手にはこの場には不釣り合いな二本の短刀が握られていた。

 もし現実世界でそんなものを携帯して神聖なグラウンドに立ち入れば、たちまち警備員に追い出され、次の日の朝刊の一面を飾るような事件となることだろう。

(……僕の夢を邪魔するヤツは許さない)

 神聖なグラウンドに土足で踏み行っている人間には、一刻も早くご退場願う必要があるだろう。

 岬に向けられている薫の目は、すでに友人へ向けるものではなく、自分の世界を邪魔する敵に向けるような厳しいモノへと変化していた。

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