4-7 宿主の正体
「例の夢魔の宿主と接触しただと? 岬、それは本当なのか?」
大悟は思わず大きく目を見開いて、岬の言葉に反応した。
放課後の教室はすでに、生徒たちの姿はない。部活に入っている生徒は部活動に勤しみ、部活に入っていない生徒はさっさと帰宅を済ましているからだ。
「うん、まあね。本当は昨日のうちにお母さんに教えてもらってたんだけれど、ボク自身、その人と接触して確信を持ちたかったから、あえて大悟クンには黙ってたんだ。ゴメン」
「いや、謝る必要なんかねえよ。俺に知らせないほうが最良と、岬は判断したんだろう? それよりも、さっき接触したってのはどういうことだ? その宿主はこの学校にいるってことか?」
「そうなるかな……」
「なんだよ、勿体ぶりやがって、それで、そいつは誰なんだよ」
岬は気まずそうに目を逸らしたが、観念したように口を開く。
「大悟クンもよく知っている人……九曜さんだよ」
「は? あいつはこの前違うって――いや、そんなことはどうでもいい。それじゃあ、今夜あいつを助けに行くぞ」
焦る大悟とは対照的に、岬はどこまでも冷たい顔で言葉を返す。
「やめたほうがいいよ。本当は九曜さんに憑かれていると言うこと自体、大悟クンに伝えるかどうか迷ったんだ。けれど、せっかく大悟クンにはここまで手伝ってもらったんだから、それくらいは知る権利があると思ってね」
「どういうことだ……?」
「前にも言ったと思うけれど、九曜さんは夢魔を受け入れてしまっている状態なんだ。それがどういうことかわかる?」
大悟が無言で岬の目を見つめていると、岬は説明を続ける。
「夢魔に見させられている夢に、彼女はなんらかの意味を見出しているということだよ。もしかしたらその夢自体に救いを見出しているのかもしれない。辛い現実よりも、甘い夢のほうが好ましいと考える人は少なくないからね。そんな人から夢魔を取り上げるということがどういうことかわかるかな?」
少し吟味してから、大悟が口を開く。
「拠り所がなくなるってことか……。最近急に元気になったあいつだったけど、そんな裏があるのなら、まあ納得がいくかもな。あいつも普段は気丈に振る舞ってはいるが、そういうのに騙されそうだもんな。だけど大丈夫なのか? こっちのほうが正しいことをしているとは言え、あいつから恨まれるんじゃないのか?」
「かといって、放って置くわけにはいかないからね。それに、正しいかどうかなんて当人には関係ないんだよ。そのへんって宗教とかと近いものがあるかもしれないね」
そこで一旦言葉を句切って笑みを浮かべる。それは大悟を安心させようとする優しい笑みだったが、大悟は岬にそんな表情をさせてしまった自分を情けなく思う。
「でも心配しないで。ボクはこういうのには、もう慣れてるから大丈夫だよ。大悟クンも退魔士を目指すのなら慣れる必要があるかもしれないけれど、いきなり大切な友人を相手にする必要はないよ。だからここはボクに任せてくれればいい」
「それは先輩命令か?」
「そうだよ」
「それならしょうがないな。先輩の心使いをしっかりと受け取るとするか」
素直に命令を聞き入れた大悟は、不満そうな表情を浮かべていたものの、結局何も言い返さなかった。
直近の問題を整理したことで、二人は夕日の差し込む教室を後にした。




