4-6 逃げ道
教室を飛び出した薫は、脇目も振らず階段を駆け上がって、屋上を目指した。
屋上へと続く金属製の重い扉を開けると、柔らかい風が薫の頬を撫でた。
昼休みということもあって、屋上で昼食を食べている生徒もいて、勢いよく扉を開けた薫に対して驚いた表情を浮かべている者もいるが、薫はそんなことを意に介した様子も見せずに、近くのフェンスにもたれかかって天を仰ぐ。
「九曜さん……」
「ははっ、岬、キミは可愛らしい顔をしてはいるが、やはり体力は男の子なのだな。あの距離を僕についてきて、息一つ切らしてないとは……」
三階分も階段を上ったせいで、薫は息が上がってしまっているが、岬は平然とした顔をしている。
「あの、ボク……」
ここまでついてきたはいいものの、手をモジモジとさせている岬は、何を話せばいいのか困っているのようだった。
「心配かけてすまない。忘れてくれとは言わないが、少しばかり感情的になってしまっただけだ。岬、キミが気に病む必要はない」
自分自身でも、なぜあんな言い方をしてしまったのか理解できない。確かに、実力とは関係なしに選手としての道が断たれた薫に対して、マネージャーというポジションを薦めてきた秀人の無神経さに腹を立てたが、あんな言い方をする必要はなかったはずだ。
あれじゃあ、まるで野球を続けている秀人を妬んで、責めているみたいだった。
――そんなことはまったく思っていないはずなのに。
「でも、九曜さん、このままでいいの?」
「良いとか、悪いとかじゃなくて、世の中にはどうしようもないことがたくさんある。だから僕はそれを受け入れて生きていくだけさ」
口に出すだけでもきゅっと胸が締め付けられる。
でも大丈夫だ。
今の薫には逃げ道が用意されているのだから。
「そっか……。でもね。一つ忠告しておくけど、悪いけど、夢の世界に逃げ込むなんてことは、ボクが許さないから」
まっすぐとこちらを見据える岬の瞳は、意志の強さがはっきりと感じられ、普段の小動物のような可愛らしさが一切なくなっていた。
そんな岬の変わり身に薫は困惑してしまう。
「唐突にどうしたんだ? 言っていることの意味がわからないな」
「とぼけるのなら、それでも構わないよ。でもこれだけは忘れないで。夢の中に救いなんてないからね」
薫は直感的に理解した。
目の前の美少女のような男の子は、薫の夢に現れる影のことを知っている。それだけではない。あの影を薫の中から追い出そうとしているのだ。
それだけはさせない。あの影こそが薫にとっての救世主であり、現実では仲違いをしてしまったアイツと自分を結ぶ接点になるのだから。
二人の間に奇妙な沈黙が続いたが、それを破ったのは昼休みの終了を告げるチャイムだった。




