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夢の守護者は男の娘  作者: ぴえ~る
1章 夢の中での再会
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1-3 本当の再会

「はっ――、夢か……?」

 窓から漏れる太陽の光に視覚が刺激され、大悟の意識は現実へと呼び起こされた。

 ベッドから勢いよく飛び起きた大悟は、まず自分が今どこにいるのかを確認した。

 視界に広がっているのは、いつも通りのベッド、いつも通りの白い壁、そこは間違いなく大悟の部屋だった。

 ――それは無事清心高校への合格を果たし、入学式を当日に控えた朝のことだった。

(ホントに夢だよな……)

 さきほど見た奇妙な夢は、その感覚すら思い出せるほどに脳裏に焼き付いていた。

 恐ろしくなって自分の身体を確かめてみるが、刺されたはずの腹部にはなんの傷痕もなく、昨夜ベッドに入る前と変わった様子はない。やはり夢で味わった死の感触は、所詮は夢にしか過ぎなかったようで、ほっと安堵の息を漏らす。

「ふう……」

 安心したところで手のひらを見つめながら、最後の瞬間に夢の中に登場した彼女のことを思い出す。

 あの出会いからひと月以上も経っていたにもかかわらず、その感触は鮮明に大悟の手のひらに刻まれていた。刺されたときの痛みなんかも妙に現実感があったが、それ以上に彼女の手を握った感触ははっきりとしていた気がするのは、きっとそのせいだろう。

 夢というのは不思議なもので、そこに出てきた異性の存在が妙に気になるという特異な性質がある。ただでさえ彼女に関しては、また会える日を待ち焦がれるほど気になっていただけに、夢を通して彼女を見てしまったせいで余計にその思いが強くなった気がする。

(あの子も受かっているかな……?)

 いくら大悟が合格を果たしていても、彼女が合格できていなければ、この一ヶ月間何度も夢見てきた高校生活を送ることは叶わない。

 不安と期待が混じり合った入学式の朝、六宮大悟はそれだけが気がかりだった。

 いつまでも夢のことを引きずっているわけにもいかないので、ベッドから飛び出して、さっさと新品の制服に袖を通し洗面所へと向かう。

 鏡に映っているのは、黒い髪のツンツンヘアーで、身長は一七五センチ程度の男。つり目がちな瞳は悪人くさいと友人間では専らの評価をいただいている、間違いなく六宮大悟の顔だった。

 洗面所で身だしなみを整えてから、手早く朝食を済まし学校へと向かった。

 空はぽつぽつと小さな雲が渦巻いているくらいで、太陽の光が地面を照らし春の陽気が包み込む、爽やかな天気だった。

 大悟の住む滝原たきはら市は、五つの区域で形成されており、この五つの区域はそれぞれの機能によって、住み分けがされている。

 まずは大悟の住む北区とそれから南区は住宅地が並んでおり、中央区は学校などの公共施設が連なっている。これから大悟が通う清心高校も中央区に位置している。

 それから繁華街の東区に、それとは対照的にまだ緑が多く残っている西区。

 これらが集合した都市が滝原市なのである。ちなみに大悟は生まれたときからこの滝原市で暮らしている。

 家から近くの駅まで十分ほど歩いて、そこから電車に乗って学校の最寄り駅で降りる。

 さらに駅から十分ほどかけて、大悟は校門の近くの並木道で舞い散る桜の花びらを眺めながら歩いた。

 ここまでの道のりで、何度か見かけた清心高校の制服に身を包み、緊張した面持ちをしていた生徒は、間違いなく自分と同じ新入生だろう。声を掛けたりはしなかったが、勝手に親近感を覚えながら大悟は歩いていた。

 清心高校の校門を通り抜けると、昇降口近くの連絡掲示板の前で人だかりができているのが見えた。

 なんの人だかりなのだろうか、と一瞬だけ疑問に思った大悟だが、その原因はわかりきっている。この一年間を左右するといっても過言ではないクラス編成を我先にと確認しようとする生徒で埋まっているのだ。

 人だかりの先頭のほうでは、手を取り合いながらはしゃいでいる集団もいた。おそらくは中学から続く気の合う友人たちと同じクラスになれたのだろう。

 これから、自分もその人だかりに突入してクラスを確認しなければいけないことを考えると、若干の嫌気を覚えた。入学式初日にいきなり気落ちするのはどうかと思ったが、嫌なものはいやなので仕方ない。

 しかし自分のクラスがわからないことには教室にも入れないので、腹を括ってその人だかりに近づくことにした。

(あの子の名前はあるかな……、とはいえ、名前知らないんだよなあ……)

 クラス編成を確かめようとして、大悟の頭に真っ先に思い浮かんだのは、中学までの友人達の顔ではなく、入試の直後に見かけた彼女の顔だった。

(ま、名前を知らないあの子の名前を探してもしょうがないし、とりあえず自分のクラスだけでも確認しておくか)

 人だかりの最後尾までやってきて、背伸びをしながら掲示板を眺めようとしてみたが、そこからでは張り紙の文字がまったく見えなかった。仕方なく人垣を分けて進もうと決意した瞬間、人垣から吐き出されるようにして一人の少女が飛び出してきた。

 少女はそのままバランスを崩して、地面に尻もちをついて後ろに手をついた。

「っつ――」

 顔をしかめてお尻をさする少女。

 クラス編成に夢中な生徒たちは、人だかりの背後で尻を負傷した少女のことを気に懸ける様子はない。

「……大丈夫か?」

 どこかデジャブのようなものを感じながら、大悟は反射的にその少女の元へ駆けよった。

「すみません。あっ――」

 顔を上げた少女と目が合った瞬間、大悟の頭からクラス編成のことはすっぽりと抜け落ちてしまっていた。

 整いすぎていると言っても過言ではないくらいに、整った美貌を持った美少女がそこにいた。

 そんな彼女も大悟のことを認識して、口元を綻ばせた。その仕草が相変わらず可愛らしくて、大悟の心がかき乱される。

「えへへ、また助けられちゃいましたね」

 いたずらっぽく、舌をぺろりと出して、彼女は大悟の腕を掴んで立ち上がる。

 彼女の手のひらの感触は、入試のあの日と昨夜の夢でのものとまったく同じものだった。

「あ、いや……」

 待ち焦がれた彼女との唐突な再会に、大悟は継ぐべき句を思い浮かばず言葉を詰まらせてしまった。

 彼女の身長は一六〇センチ程度だろうか、ちょうど大悟の鼻のあたりに彼女の頭があった。小動物っぽい顔立ちの彼女だけれど、女子の中ではそれなりに身長が高いほうに分類されるだろう。

 咄嗟に思い浮かんだのは、月の光を背景に佇む彼女。それは昨夜の大悟の夢に登場した彼女の姿である。

(いやいや、夢の中の彼女は彼女ではなくて俺の想像した彼女に過ぎないんだから、言わば別人なわけで……)

 頭を振って今朝見た夢の内容を脳内から追い出そうとする。

 そんな大悟を不振に感じたのか、岬は覗き込むようにして見上げてくる。

 くりくりした瞳に、柔らかそうな頬、ふっくらとした唇をはっきり見ることができる。

「……どうしたの?」

 上目遣いで顔を近づけてくる彼女に、大悟の心臓が的確に射抜かれた。どこまでも深い彼女の瞳に吸い込まれそうになる。

 それに加えて春の陽気を含んだ風が岬の香りを運び、甘くて柔らかいその香りに大悟の全身の血液が沸き立った。

「いやなんでもない」

 必死に誤魔化そうとする大悟だったが、それでも彼女は不思議そうに首を傾げている。だからここはこちらから話題を提供することにした。

「そ、そういえば名前聞いてなかったよな。俺は六宮大悟っていうんだ。お互い合格できたみたいでよかったな」

「あ~、そういえばそうだったね。忘れてたよ。ボクは四谷岬よつやみさき。こちらこそよろしくね」

 ――四谷岬。

 その名前を脳内で何度も反復する。これで記憶を失ったとしても、彼女の名前だけはきっと忘れないでいられるだろう。

「ボク、越境入学だから、知り合いが一人もいなくてかなり不安だったんだけど……。大悟クンがいてくれるなら安心だね」

 無邪気な笑みを浮かべる岬。

 その笑顔を見れただけで、清心高校に通うために費やした受験勉強がすべて報われたような気がする。

 ただその笑顔があまりにも眩しすぎて、大悟は彼女のことを直視できなかった。

 たくさんいる清心校生の中で、岬に頼りにされているのが自分ひとりだと思うと、胸が躍るような気分だった。

「そっか。なんにせよ。これからよろしくな。そっちは何組だった?」

 大悟はぎこちない笑みを浮かべて聞いた。

「ボクはB組だったよ。大悟クンは?」

「俺はまだ見てない」

「そっか。同じクラスになれたらいいね。それじゃあボクは先に行ってるね。また会おうね~」

 スカートを翻して、踊るような足つきで岬は校舎の中へと入っていく。

 それを見届けてから、小さく息を吐いてから、人だかりを進んだ。

 気合いを入れたところでどうなるものでもないのだが、人だかりの前までやってきた大悟は、自然とその目に力が込められていた。

 張り紙には、A組からE組まで五つのクラスに関する振り分けが記されている。

(四谷さんと一緒のクラスになれますように)

 それこそ呪いを掛けるかのように強く念じながら、まずは岬が所属するB組のクラス割から確認した。

 五十音順に名前が連なっているので、名字が「六宮」である大悟は必然的に最後のほうに名前が書いてあることになる。だけど敢えて大悟は前から順にその名簿を確認した。

(あっ、九曜くよう秀人しゅうともB組か)

 B組名簿の中に、見知った友人の名前を発見しつつ、視線を動かしてゆく。

 視線がどんどん進み、その中に岬の名前も発見し、いよいよ自分の名前が近づいてくる。

(あっ、あった……)

 B組の名簿一覧の最後に、間違いなく「六宮大悟」という名前が記されていた。

 その名前が本当に自分を指し示しているのか、三度ほど確認した。その結果、やっぱりそこに記されている「六宮大悟」こそが自分の名前であることを自覚し、大悟は小さく拳を握りしめた。

 この瞬間、大悟は高校生活のスタートに大きな弾みを付けられることを確信したのだった。

 そんな感動に浸っていると、聞き覚えのある声が背後から聞こえてくると同時に、肩に重りがのしかかった。

「おい大悟。おまえも同じクラスじゃねえか。これからよろしくな」

 振り向くと、中学からの友人である田上たのうえ秀人が大悟の肩に巻き付いていた。

 逆立てた金髪をヘアバンドで包み込んでいる秀人は、楽しそうに笑みを浮かべている。

「秀人か。おう、よろしくな」

 普段よりも数段他界テンションで、大悟は秀人に答えた。

 まさに秀人と喜びを分かち合いたい気分だったが、周囲には相変わらず人垣ができている。

「とりあえずここでたむろするのは迷惑だ。避難しよう」

 秀人を引きずったまま、とりあえず昇降口のほうへと移動しながら会話を続ける。

「いやいや、まさか高校でもこうして大悟と同じクラスになるとはな。なんかもう偶然を通りこして運命みたいだな」

「気色悪いことを言うな。それよりも九曜のやつも同じクラスだったよな。これで高石中学野球部関係者はB組に集められたわけだ」

「九曜かあ……」

 どこか遠い目をして、共通の友人の名を呟く秀人。

「僕に何か用かい?」

 突然横から挟まれた声に反応して顔を向けると、そこには話題の中心に上がっていた九曜薫かおるが立っていた。

「やあ二人とも、高校でも同じクラスになるとは奇遇だね」

 中性的な顔立ち、そして切れ長の瞳ときっちりと引き結んだ瞳からは意志の強さを感じる。腰に手を当てて憮然とした表情で立っている薫は、それだけでも絵になるような雰囲気を身に纏っている。

 事実、通り過ぎる生徒たちが、男女分け隔てなく、薫に視線を注いでいる。当の本人はその視線をまったく気にしていないようだが。

「九曜は高校に入ってもそのスタイルで行くのか?」

 大悟がため息をついて問いかける。

 大悟たちと同じ新品のブレザーに袖を通している薫は、傍から見るとなんの違和感もなく、大悟達よりもその制服をよく着こなしている。

「当然だ。人は自分に一番似合っているものを身につけるべきなのだ。僕にはあんな軟弱でひらひらしたものは似合わないのだから、必然的にこっちの制服を身につけるしかないではないか」

 生物分類上、九曜薫はれっきとした女性である。にもかかわらず、彼女は中学時代もこうして男子用の制服を着用していた。

 薫は格好の通り、異性ということを感じさせないくらいに気軽に接してくるから、大悟たちもそういう方面で気を遣うことなく、気の合う友人として、薫とはしょっちゅう行動を共にしていた。

「ふふっ、生徒手帳を見たのだが、この学校は女子が男子用のブレザーを着ることを禁止してはいない。だから僕の格好は、何も問題はないのだよ」

 胸を張って得意そうにいう薫。

(いや、わざわざそんなことを明文化しねえだろうよ)

 そのツッコミは胸中だけに留めておいた。どうせ反論したところで薫が折れないことはわかっているので、余計な時間を取られたくなかったからだ。

「そういうわけだから、もしキミたちがスカートを履いて登校しても、なんの問題もないのではないか。望むならば明日からは女子用の制服で登校するといい」

「いやいや問題はあるだろう。間違いなく見苦しいし……」

 言い切った薫に対して、冷静な冷ツッコミを入れたのは秀人だ。

「ふむ、確かにそこは盲点だったな。だがそれならば、なおのこと僕のような人間がスカートを履くわけにはいかないな。なぜならば、見苦しいものをみんなに見せてしまうことになるからね。そういうわけだから、僕が男子用の制服を着ることはむしろ必然と言えるだろう」

「ま、別に文句はねえし、やりたいようにやるのが一番だわな」

 秀人が両手を挙げて降参のポーズを取る。

 いい意味でも悪い意味でも適当なのが、田上秀人という人間の美点なのだ。

「納得してくれて何よりだ」

 薫が満足そうに頷く。

(別にスカートも似合うと思うんだけどなあ……)

 中性的な顔立ちの薫だからこそ、男装もかなり様になっているが、基本的な顔立ちは美人というか美少女に分類されるほうだと思うので、女の子らしい可愛い格好だってきっと着こなせることだろう。

 中学時代に一度そのことを指摘してやったことがあったが、薫に顔を真っ赤にして反論された経験がある。マシンガンのように理屈を並べられてコテンパンに言葉を並べられて、挙げ句はなぜか大悟の人間性まで否定されるような始末になり、それ以来彼女にそのことを指摘しないようにと誓ったのだった。

 さらに薫という名前も女の子っぽいという理由から、彼女を呼ぶ際には名字で呼ぶようにと本人からきつい厳命があったほどだ。

 まあ世の中には、薫という名前よりも、悪口としか思えないようなあだ名で呼ばれることを好む人間――キャラクターがいるくらいだから、薫の言い分にも一理あるのかもしれない。

「とりあえず教室に行こうぜ。三人とも同じクラスなんだから、教室でも話はできるだろ」

 大悟は教室にいるであろう岬の顔を思い浮かべながら、中学時代と同じように秀人と薫との会話に花を咲かせながら一年B組の教室へと向かった。

「せっかく高校生になったんだから、高校生らしいことしたいよなあ」

 校舎に入って、見慣れない廊下を歩きながら、めんどくさそうに後頭部で手を組みながら、秀人が唇を尖らせている。

「しかし、高校生らしいとはどういうことになるのだ? そこに具体性がなければ、間違いなくその目標は達成できないぞ」

 薫が平坦な調子で返す。

「青春と言えば、色恋沙汰だろうよ。『わたしを甲子園に連れてって』とか言われてみたいもんだ……」

 秀人のため息からは、すでにその願望を夢物語として諦めているようだ。

「だが現状、うちの野球部が甲子園に行くのはほぼ不可能といってもいいだろう。我が校は進学校であり、部活動にはそれほど力は注いでいない。さらに我が県には、全国からも強豪と呼ばれる高校がひしめいている」

「そんなもんは九曜に言われなくともわかってるさ。ただせっかく環境が変わったんだ。甲子園の話は無理だとしても、ぜったいに彼女は作ってやるぜ」

「やれやれ、まったく秀人には呆れた。恋愛とは相手がいて初めて成り立つものなのだよ。それなのに、ただ漠然と恋人が欲しいなんてのは、人としてどうなのかと思うけどね。大悟はどう思う?」

 呆れたように肩を竦めながら、大悟に同意を求めてくる薫。

「まあ確かに九曜の言うとおりだと思うよ。それにしても――」

(恋人かあ……)

 当然最初に思い浮かぶのは岬の顔であり、彼女のことを思うと自然とため息が漏れる。

「むっ、どうしたんだい大悟? なんだか物憂げな顔をしているが……。もしやキミ、今まさに誰かに恋をしているな?」

「なっ――」

 鋭い薫の指摘に、大悟は思わず狼狽えてしまう。

「おいおいマジかよ……」

 秀人が信じられないものを見るように目を見開いている。

「く、九曜は何を言ってるんだ……」

 否定する大悟の目は、完全に泳いでおり、もはや泳ぐを通りこして溺れているという状態だった。

「ふむ。新入生の中に、大悟が目をつけた生徒がいるとみた」

 心の中を読み取っているとしか思えない、薫の鋭い指摘。

「おいおい、大悟。おまえ、抜け駆けしようってんじゃねえだろうな」

「ははっ……、二人とも何を言ってるかさっぱりだな」

 乾いた笑いで誤魔化すも、二人からの疑いの視線が収まる気配はない。

 そして額に汗をながしながら、二人の口撃を躱しているうちに教室までたどり着いた。

 教室内は、大悟たちのように中学からの顔見知りが集まって雑談に興じているグループもあるみたいだが、大半の生徒は自分の席についたまま所在なさげにしていた。

 そんなふうに教室を見渡していると、端っこのほうに固まっている女子のグループに岬の姿を発見した。岬は大悟の姿に気づくと、こちらに向けて小さく手を振ってきた。

 大悟も遠慮がちに手を振って返すと、岬は微笑を浮かべて女子たちの会話に戻っていった。

「おいおい大悟クン。これは詳しい話を聞く必要がありそうですな」

 青筋を浮かべた秀人が、尋問するように顔を近づけてくる。

「ところで大悟。あの子のことなんだが……」

 なにやら薫が顎に手を当てて考え事をしながら、岬のほうを見つめている。

「どうした? 何か気になることがあるのか?」

 大悟が問い返すと薫は顔を難しい顔をした。

「いや、なんでもない」

 気になる言い回しだが、どうせ追求したところで何を考えていたのか教えてくれないのが薫だ。ここは引き下がるほうがいいだろう。

 結局、その後、入試のときに岬と出会ったことなどを、秀人たちに白状することになり、そうしているうちに入学式の時間が近づいてきて、クラス全員が体育館へと大移動した。

 ――入学式の最中、大悟は完全に浮かれてきっていた。

 なんといっても、しばらくは出席番号で席順が決まるため、「四谷岬」と「六宮大悟」では席が前後になるのだ。これを幸運と言わずして何を幸運というだろうか。

 大悟は自分の先祖に、「六宮」という名字を付けてくれたことに感謝すらした。


 このとき、大悟は高校生活の勝利を確信していた。何を持って勝利とするのかは大悟自身もわかっていなかったが、そんな細かいことなんてどうでも良くなるくらい有頂天になっていた。

 ただそんな幻想は、クラス全員が顔を合わせて自己紹介をするときに、一つの事実が判明するとともにあえなく崩れ去ることとなったのだった。

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