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夢の守護者は男の娘  作者: ぴえ~る
3章 僕の夢、僕の思い
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3-8 練習試合

 ――日曜日。

 大悟と岬は秀人の練習試合を観戦するために、休日にもかかわらず清心高校のグラウンドへと足を運んでいた。

 今にも雨が降り出しそうな空模様で、お世辞にも天気がいいとは言えなかったが、雨さえ降らなければ、もしくは雨が降ったとしても小雨ならば野球の試合は行われる。

 天気予報を見る限り雨は降らないとのことだったので、このままの空模様が続くか、もしくはもう少ししたら晴れ間が顔を覗かせることだろう。

「……九曜のヤツ、来てないみたいだな」

 大悟はグラウンドの横にある土手に座りながら周囲を見渡した。

 周囲には大悟たちと同じように、野球部の練習試合を観戦しようとしている人がちらほらいるが、薫の姿は見当たらない。

「九曜さんも女の子だし、きっといろいろあるんだよ。ボクにはそういうのはないけどね」

「ま、おまえは男だからな」

「なんかそのツッコミも定番化してきたちゃったよね。そろそろ新しいパターンを考えた方がいいんじゃないかな」

「ツッコミが定番化してきたんじゃなくて、岬のボケがマンネリになってきてるんだろ。そんなことよりも見舞いをした日の夜ことだけれど、九曜の夢に入ろうとしたけどダメだった。そっちはどうだった?」

 近くに人がいるわけではないが、夢魔や退魔士関連の話になると自然と声を潜める癖がついている。

「ボクのほうもダメだった。だから、きっと九曜さんは夢魔とか関係なしに、普通に体調を崩してるんだろうね。早く良くなってくれるといいんだけれど……」

 心配そうな声言いながら、岬は三角座りをしている膝の間に顔を埋める。

「ま、そうだな――おっと、そろそろ試合が始まるみたいだぞ」

 両チームのベンチから選手がホームベース付近に集まってくる。

 練習試合の相手は、上北高校といって、確か秋の大会では地区ベスト十六に入った中堅校だ。一回戦負けの清心高校からすると格上の相手といえるかもしれない。

 礼を済ませると、まずは後攻めの清心高校の守備陣が散らばっていく。

「聞いてはいたけど、やっぱり秀人のやつ、本当にスタメンなんだな。まだ入部してひと月も経ってないってのに、さすがだぜ」

 扇の要である捕手のポジションには、一年生である田上秀人が入っている。

「へえ~、田上クンはキャッチャーなんだね。ボク野球はあんまり詳しくないんだけれど、キャッチャーって重要なポジションなんだよね」

「まあな。チームの司令塔みたいなもんだからな。普通は一年坊主に任せられるようなポジションじゃねえよ。それにキャッチャーってのは、ピッチャーを引っ張っていかなくちゃいけないんだ。先輩のピッチャーを引っ張るってのは、なかなか大変だろうさ――いや、くくっ、あいつなら大丈夫か」

 在りし日の秀人の苦労を思い出して笑いを堪える。

「急にどうしたの?」

「いや、アイツは昔、先輩なんかよりももっと扱いの面倒なピッチャーとバッテリーを組んでたことを思い出してな。そう考えると、相手が先輩ってだけで狼狽えるヤツじゃねえと思って」

「その面倒なピッチャーって、九曜さんのこと?」

「ああそうだ。九曜のやつは絶対に自分から退かねえヤツだからさ、例え試合に勝っても負けても、試合中のあそこの配球はおかしかったとか。ミーティング中ずっと、二人で言い合いしてるんだ、しかも秀人も負けず嫌いで、きっちり言い返すもんだから、余計に話がややこしくなってな。高石中じゃちょっとした名物になってたんだよ。ちょっとそれを思い出してさ」

「ムキになる九曜さんかあ……。ちょっと想像できないなあ」

 そりゃあそうだろう。

 野球が絡まない普段の薫はただの寡黙な美少年だ。中身は女の子なのだけれど。

 おそらく岬にとっては、そちらの薫の印象しかないのだろう。

 薫は極度の負けず嫌いだから、普段からしょっちゅう秀人とは言い合いになっていた。もちろん喧嘩とかそういう険悪なものではなくて、お互いに自分の意見を真っ向からぶつけ合っている感じだったが、会話のキャッチボールというよりはドッヂボールに近かったかもしれない。

「結局、秀人はかなり振り回されていたみたいだが、それでも上手いこと九曜の手綱を握ってたと思うよ。いや、もしかしたら逆に九曜が秀人を引っ張ってたのかもしれないけどな。まあそのへんはよくわかんねえや。とにかく二人の呼吸みたいなものが合ったんだ」

「二人はいいコンビだったんだね」

「まあな。傍から見てる分には楽しいコンビだったよ。実際なんだかんだ言いつつも、かなり息が合ってたしな」

 そんな話をしているうちに試合は進んでいる。

 秀人は先輩相手に、一年坊主と思えないほどに堂々としたリードをしていた。

 先輩の投手も秀人を信頼しているのか、サインに首を振ることもなく思い切り秀人のミットに投げ込んでいる。

 結局、初回の攻撃を三者凡退に凌ぎ、守備に散っていた清心高校ナインが、五分足らずの守備時間でベンチに帰ってくる。その際に、大悟たちの存在に気づいた秀人がこちらに視線を向けたので、大悟は手を上げて応えておいた。

 すると、秀人のとなりにいたピッチャーを務めていた先輩も、いきなりこちらに向かって手を上げてきた。

 その先輩は大悟とは面識がないはずなので、どんな反応をすればよいか困って横を向くと、岬が笑みを浮かべて手を上げながら先輩に応えていた。

 そんな岬の反応に満足したのか、先輩は満足そうな表情でベンチに腰掛けた。

(――もしかして)

 以前、岬を紹介しろ、と秀人に言っていた先輩があの先輩なのだろうか。

 そんな考えが大悟の脳裏に過ぎる。

「あの人、岬に手を振ってたみたいだけれど、知り合いなの?」

 できるだけ素っ気なく、白々しくならないように岬に問う。

「うん。前にちょっとね――」

 奥歯に物が詰まったような言い方で濁そうとする岬。

(ちょっと、ねえ……)

 追求したい気持ちはあったものの、追求することができなくて、試合に集中することにした。しこりのような黒い何かが、心の中をチクリと指してきた。

「……あっ、大悟クン、もしかして嫉妬したの?」

 口元に手を当てながら、岬は意地悪をするように薄い笑いを浮かべる。

「んなわけあるか。なんで男が男に手を振った場面を見て、俺が嫉妬しなきゃいけないんだよ」

「はいはい、そうですね。でもホントに何もないから心配しなくていいよ。だってボクは大悟クン一筋だもん」

「……っ!!」

 ねっ、と言いながら、首を傾げる岬を見て、一瞬本気で可愛いと思ってしまった。

 顔が赤くなっていることを自覚して、返す言葉を完全に失った大悟は、視線を逸らして試合に集中して誤魔化すことにした。

 ――大悟クン一筋だもん。

「――――――」

 横から岬が言葉を掛けてきたが、自分の鼓動の音が邪魔して何も聞こえなくなっていた。

 真っ昼間のグラウンドの隅でイチャイチャする男二人は、はっきり言ってこの空間で浮いていた。

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