3-7 夢から覚めて
「――秀人ッ!」
布団から勢いよく起き上がって周囲を見回したところで、薫は自分が夢を見ていたことに気がついた。
「…………」
全身から滝のような汗が流れており、一眠りしたというのに最悪の気分だった。
(もう終わったことなんだ……)
夢では薫を責めていた秀人だが、現実ではそんなことはなかった。自分も相当悔しかったはずなのに、彼は涙一つ見せずに人一倍落ち込んでいた薫を慰めてくれた。
ただそんな秀人の気遣いが、薫には余計に辛かった。
(でも夢の中の秀人の言葉には、現実の秀人が抱いていた思いもあるんじゃないだろうか)
疑心暗鬼に陥ってしまうと、あの日の秀人の慰めすら信用できなくなってしまう。
もしかしたら、秀人は自分とのコンビが解消されて清々したのではないだろうか。そんな想像が頭に浮かんできて、心臓がきゅっと締め付けられる。
正直に言えば、思い当たる節はいくつかある。
秀人の要求に納得がいかない場合、薫は遠慮なく首を振っていた。それは気の許せる秀人相手だったから、というのもあるのだが、そんな薫を秀人は煩わしく思っていたのかもしれない 。
自分の思い通りに動かないピッチャーほど、キャッチャーにとって扱いにくい存在はないだろう。
(いや、こんなことを考えるのはやめよう)
物事を悪い方向にばっかり考えてしまっている自分に気づき、気分を落ち着かせるためにとりあえず時計を見る。
(まだこんな時間か……)
時計の針は八時を示している。母は昔の知人と会いに行くと言っていたし、父はまだ仕事をしているのだろう。家の中からは物音一つ感じない。
(だるいけど、眠くないし起きるか……)
あんな最悪な夢を見た後だ。身体がだるくてももういちど寝るような気分にはならない。
――ベッドを降りようとした瞬間だった。
「…………!!」
薫の脳内に直接語りかけるような声が聞こえてきた。
『オマエが望む夢を見せてやろうカ』
慌てて周囲を確認する薫だったが、視線の先には誰もいなかった。
(幻聴か……、本当に疲れてるみたいだな)
それから少し遅めの夕食を食べ、風呂に入ってさっぱりした後に布団に入ったものの、さっき見た夢がちらついて、この日の薫は結局一睡もできなかった。




