2-8 小さな事件
そして事件が起こったのは昼食後であった。
相変わらず人通りの多い大通りは、休日ということもあって、自分たちも含めた学生らしい集団もちらほらと見かける。
おそらくは、お互いに気づかなかっただけで、午前中も清心高校の人ともすれ違ったりしたのだろう。
だから通りの向こうから知った顔がこちらに向かって歩いてくるという状況も、決して珍しい状況ではないのかもしれない。
(そりゃあ、あいつらがこのあたりを歩いていてもおかしなことではないけれど……)
視線の先にいるのは、秀人を含めた清心高校野球部の一年生の三人。
いち早く向こうから近づいてくる秀人の存在に気づいたのはもちろん大悟である。周囲の人間の様子に気を配っていたおかげもあって、すぐさま知人の顔を認識することができた。
後ろめたいことなんて何もないはずなのに、なぜかあいつらに岬と休日に二人きりで一緒にいるところを見られると非常にマズイ気がしたのだ。
人通りも多いおかげもあって、向こうはまだこちらの存在には気づいていないようだった。ただこのまま真っ直ぐ進めばあいつらとかち合うこととなり、そうすると当然、向こうもこちらの存在に気付くこととなるだろう。
(けれど、今ならあいつらに気づかれないようにこの場を離脱できる)
「おい、岬――」
とりあえず進路を変更しようと隣を歩いているはずの岬に話しかけようとしたが、なぜか岬の姿がなくなっていた。
「あっ、田上クンだ。おーい」
耳に入ってきた岬の声に反応してそちらを向くと、岬は気軽な調子で知り合いである秀人たちに右手を挙げて呼びかけていた。
(いや、まだ間に合う。ここで岬と一緒だと言うことさえ知られなければ――)
「うん。大悟クンも一緒なんだよ」
(――おい)
そんな大悟の浅はかな考えは一瞬で瓦解した。秀人たちと挨拶を交わした岬がこちらを向いて大きく手を振っていたのだった。
その隣にいる秀人一行は大悟に視線を浴びせており、すでに逃げられる状況ではなくなっていた。
大悟は小さく息を吐いて、観念して右手を挙げながら秀人たちへ近づいた。
「よう。こんなところで奇遇だな。部活帰りか?」
自分でもわかるくらい白々しく、そしてその声は若干上擦っていた。
「ま、そうだな。せっかくの休日なわけだから、練習終わりに街にでも繰り出そうと思ってな。そんで、お前らは……」
秀人は顎に手を置いて、観察するような目で岬と大悟を交互に見つめる。
「デートか……。いいご身分だな。俺たちなんて、汗水垂らして白球を追い回していたというのに」
「ちげーよ。俺たちはな、む――」
夢魔、と言いかけて、のど元までせり上がった言葉を飲み込んだ。
夢魔とか退魔士の事情をこいつらに話すわけにはいかないし、そもそも話したところで信じてもらえるわけがないだろう。
「む……? なんだ? 何か言おうとしたみたいだが、結局デートなんだろう?」
「それは……」
何か他に言い訳の言葉がないだろうかと必死に思考を巡らせる。
なんでわざわざ言い訳をする必要があるのか、という根本的な理由にも思い至ったが、引くに引けなくなってしまった大悟であった。
ただそんな大悟に無慈悲な一言が告げられる。
「まーね。そりゃあ、休日にこうして二人で出かけてるんだから、デートに決まってるでしょ」
弾むような声で言いながら、岬が大悟の腕に巻き付いてくる。
「――わっ、バカ」
大悟はすぐに岬の腕を引きはがそうとするが、予想外の力で巻き付いているため簡単に引きはがせない。
こんなどうでもいいところで、岬は男としての力を発揮していた。
「ヒュ~、二人は相変わらずだね~」
秀人は吹けもしないくせに、口笛を吹くフリをして冷やかしてくる。
「というわけだから、ボク達はデートに戻るね。それじゃあ、大悟クン、行こっか。秀人とクンたちも、まったね~」
もうどうにでも慣れという気分で、大悟は岬に引っ張られるままに、岬についていった。
背後で秀人と野球部の連中がどんな顔をしているのか気になったが、大悟は恐くて後ろを振り返ることができなかった。




