2-5 倦怠期?
「それじゃあ、今日はデートをします」
放課後の昇降口で、靴を履き替えた岬が敬礼をしながら言った。
「調査だろ。いろいろと誤解を生むからその言い方はやめろ」
慣れというのは恐いもので、岬のこのノリにも大悟はすでに慣れつつあったので、いちいち狼狽えたりはしない。
「むむ~、なんか反応が淡泊だなあ。これが倦怠期というやつなのか。およよ~」
岬は手の甲を目に当てて、泣いているフリをし始めた。いちいち相手にしていると、文字通り日が暮れるので、その茶番には付き合わない。
「アホなことやってないでさっさと行くぞ」
岬を置いて昇降口から出ると、岬が犬のようにトコトコと大悟の背中を追いかけてきた。
「あっ、待ってよ~」
それはここ数日続いたいつも通りの日常。
ただ一つだけ違うのは、昼休みのときから消えないもやもやと渦巻いている鬱屈とした感情だけ。
それでも普段通りの岬を見ていると、やり場のない不安な気持ちも少しは和らいでいた。
「どうしたの? 大悟クン、ひょっとして疲れてる?」
隣に並んだ岬がこちらの顔をのぞき込んでくる。急に岬の顔が目の前に現れたせいで、鼓動が少し早くなった。
「いや別に。そんなことはないぞ。とくに疲れるようなこともしてないからな」
当人を目の前にして、本当のことなんて言えるわけがない。そもそも当人を目の前にしていなくても言えるわけがないのだけれども。
「だったらいいんだけど。疲れたら遠慮なく言ってね」
「ああ、心配するな」
改めて岬の顔をよく見てみる。
長い睫毛にパッチリ二重の目、柔らかそうな頬に形のいい唇。女の子どころか、見た目だけならとびきりの美少女だろう。
(だけどコイツは男だ)
清心高校は共学なのだから、当然男子と同じくらいの割合で女子もいる。しかし秀人の先輩はそれでも女子ではなく岬を選んだのだろう。性別を知っていながらも。
「大悟クン、どうしたの? そんなにボクのこと、まじまじと見つめちゃって。もしかしてボクに惚れちゃった?」
岬は恥ずかしそうに赤く染めた頬に、手を当てながら身をくねらせる。
「そんなわけあるか」
気の抜けるようなやりとりに、わだかまっていた黒い気持ちがゆっくりと溶けていく。
それでもやっぱり昼休みのことを、心のどこかで引きずっている大悟であった。
その気持ちを岬に悟られないようにして、大悟たちは夢魔に取り憑かれている人がいないかを探すために、放課後の街中を歩き回ったのだった。
結局それらしい人はおらず、日が暮れるとともに、明日の休日も同じように歩き回ることを約束して別れた。