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緑の車

作者: きつね

この街の、駅から離れたところに、自動車屋があります。自動車屋は、お父さんのお店です。

お客さんは、あまり来ることはありません。けいた君は、四月に小学校に上がりました。

校庭の桜は、まだたくさんの花をつけて、迎えてくれます。

けいた君は、とても恥ずかしがり屋で、あまり友達に話しかけることができません。

一人でいるときは、楽しいこと、嬉しいことを想い描いています。


家の外には、楽しみがあります。そこには、緑色の車が置かれています。

車は、ピカピカではありませんが、お客さんが来るのを待っています。

学校から帰ると、宿題を終えて、お父さんのもとへ向かいます。車を開けてもらいます。


席について、扉を閉めます。すると、目の前の光景が、先ほどとはとても違って見えてゆきました。

毎朝向かう道、隣の家、空、明るさ、みんな新鮮に見えてゆきました。

けいた君は、ハンドルをにぎるたびに、いつも感じました。

今日はどこへ行こうか。海へ行こうか。山へ行こうか。それとも、大きな都会へ行こうか。

緑色の車は、どこへでも旅行へ行くことができます。



けいた君には、しゅんすけ君という友達がいます。しゅんすけ君とは、幼稚園の頃からの友達です。

けいた君は、恥ずかしがり屋ですが、しゅんすけ君とはお話しすることができます。

しゅんすけ君もまた、けいた君のように、色々な場所を想い描くことが好きな男の子です。

二人は、毎日のように、この家から旅行へ出発しました。

二人が車に乗って進みだすと、さらに遠くへ行くことができました。


見渡す限りの砂漠では、ほこりを巻き上げながら、まっすぐに進みました。

ピラミッドに着いたときは、二人とも汗いっぱいになっていました。


吹雪の強い山の中では、前は見えなくても、不安はありませんでした。

空が明るくなると、雪を背負った車は、小さな街で一休みしました。


植物にすっぽり覆われたジャングルでは、葉っぱにこすられながら、根っこを乗り越え、ぐにゃぐにゃと進みました。

車は泥だらけになりましたが、大雨で洗い流されました。


穏やかな広い海では、魚やくじらを追いかけて、海の底をどこまでも行きました。

車のずっと上では、輝く水面がゆらゆらと揺れて、うみがめが泳いでいました。


二人にとって、行けないところはありませんでした。

想い続ければ、雲の上にも行くことができるでしょう。



三学期の放課後。

しゅんすけ君がいつものように遊びに来ました。今日は、お父さんとお母さんも一緒でした。

けいた君は、車の中で、どこに行くか聞きました。

しゅんすけ君は、どこにも行きたくないと答えました。もう一度、どこにも行きたくないと答えました。

しゅんすけ君は、春休みに、引っ越しをしてしまうそうです。

けいた君は、今まで、二人で行ったどこよりも、とても遠くに感じました。

車も、もう二度と走り出すことはないのではないかと、二人は思いました。


夜、二階の窓から車を見ると、車も旅の思い出を振り返っているように見えました。

星のきれいな夜です。


春休み。

しゅんすけ君が、お別れのあいさつに来ました。

けいた君は、車に近づくことなく、もう一度、どこに行きたいか聞きました。

しゅんすけ君は、笑顔でまたどこへも行きたいと答えました。けいた君も、その笑顔につられました。


さよなら。さようなら。


きみがどこへ行っても、僕もきみも遠く離れるなんて、今は不思議と感じないね。

やっぱり僕らは一緒に、世界中を旅して回ったんだよ。

僕ときみの間なんて、この車があれば、きっと…。


さようなら。またね。さようなら。


しゅんすけ君とお父さん、お母さんを乗せた自動車は、そろそろと動き出して、そしてすぐに道の向こうへと、止まることはありませんでした。


ピカピカではない緑色の車は、今もお店の外で、お客さんが来るのを待っています。

今も、けいた君の想いを乗せて走ります。けいた君も、しゅんすけ君も、四月から二年生です。

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