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調査と伝説の六話

よろしくお願いします。

 漆黒の騎士がルヴォルフの研究室を調査するにあたり、知りたい事は二つある。

 一つは岸野恭司として再生するための手段。

 そしてもう一つは、元の世界へと帰還する方法だ。

 前者はともかく、後者はこの研究室でも可能性が有るように漆黒の騎士は思う。

 ルヴォルフを殺した事で直接問いただす事は出来なくなったが、恭司が召喚された場所には、召喚に使用された法陣がそのまま残されている。

 研究室に散らばる書物に、召喚魔術関連の物があれば、なんらかのヒントにはなるだろう。

 手近な机に杖を立てかけ、目に入る書物を手当たり次第に確認していくと、この場にある書物は、全て魔術の研究日誌のような物だという事が分かった。

 他者が読む事を前提にされていない為、この世界の文字を情報として知っている漆黒の騎士にも非常に読み難い。

 古めかしい羊皮紙のような紙に、インクが滲んでいて読めない部分も多く、湿気にやられたのか本としての形が崩れている物もある。

 それでも読める部分を読み進めて行くと、ルヴォルフ・ファウストが心血を注ぎ、成そうとしていた事が、僅かながら見えてくる。

 やはり彼は、召喚魔術によって、何かしらの存在を呼び出すつもりだったようだ。

 恭司が召喚されたのも、その目的に端を発した結果なのだろうが、肝心の目的や魔術名称には一切触れられていなかった。

 ただ実験の結果が愚痴と共に書き殴られているという、レポートとしては非常に粗末な、ただの日記の様なものであったのだ。


 「コ、ン……ナ、モノ、カ……」


 その後、残された書物を一通り調べ終えた漆黒の騎士だったが、有益な情報を得る事はできなかった。

 多少なり落胆はしたが、調べる場所は他にもある。

 漆黒の騎士は気を取り直すと、この場での調査に見切りをつけ、実験道具の散乱する研究室を後にし、別の部屋へと向かうのだった。






 ルヴォルフ・ファウストの研究室は、地中深くまで広がる蟻の巣の様な洞窟の一部を、豊富な魔力にモノを言わせて改修した隠れ家的住居の一室だ。

 大きく開けた空間を部屋として用い、狭い場所を通路として繋げ、魔力を浴びる事で一定期間光を放ち続ける性質を持った『魔照石(ましょうせき)』を光源として確保している。

 壁面や床は大地系統の魔術によって綺麗に加工、整備されており、一見しただけでは天然の洞窟だと思えないほどである。

 家具や備品の多くも魔術によって製作、もしくは魔術を用いて運び入れたのであろう事を思えば、ルヴォルフが習得していた魔術の幅広さと技量が、一体どれ程のものかを嫌でも理解する事になるだろう。


 主要な部屋は五つに分けられている。

 先ほど調べた『研究室』に、ルヴォルフがこれまで収集した武器や道具を保管してある『倉庫』と、身体を休めるための『寝室』。

 加えてそれら三部屋へと、外への道を繋ぐ『エントランス』に、恭司の召喚にも使われた『実験室』だ。

 実験室には研究室を経由する事でしか向かう事が出来ないが、他の三部屋には、エントランスを通って入る事になり、外へと繋がっているのもエントランスだけとなっている。


 漆黒の騎士は殺風景なエントランスを経由し、先ずはルヴォルフの寝室へと向かう事にする。

 漆黒の騎士は護衛としての性質上、ルヴォルフの側を離れる事は少なかったが、寝室を利用する際は部屋の前で待機していた為、寝室の中に関しては情報が無い。

 部屋の用途的に、得られる情報は少ないと思われるのだが、念のため一度は調べておいたほうがいいだろう。

 そう考えて訪れたルヴォルフの寝室は、存外大したものだった。

 精々ベッドが置いてあるだけの空間かと思いきや、そこは台所や浴室などがある、要所ごとに区切られた居住空間だったのだ。

 洞窟内にも関わらず、魔術によって水源を確保し、浴室まで作るとは大した力の入れようである。

 意外な生活感に、軽く呆れながら周囲を見渡していくと、小さく区切られた場所に机と書架があった。

 恐らくは書斎の様な役目を果たしていた場所なのだろう。

 机には蝋燭のかわりに魔照石が置かれた台座と、古めかしい書物が開かれたままの状態で放置してある。


 「セ、カイ……ノ、デン……セツ……?」


 そのルヴォルフが読み進めていたと思われる本には、この世界における伝説の類についてが記されていた。

 この広い世界で、特定の地域限定で語られている伝承の信憑性から、世界全土で語り継がれる歴史上の伝説的英雄について。

 更にはその英雄が手にしていたとされる希少な武器の所在や、既に世界から失われてしまった魔術についての事までもが、著者の見解とともに綴られている。

 以前の世界であれば、それこそただの伝説だと、空想の産物だと切って捨てられる様な内容が、この世界では現実のモノとして真剣に捉えられている様だ……と、その時―――――


 「……! イ、セカイ……ノ、ユウ、シャ……?」


 書物を読み進めた先に見つけたその文字に、蒼い魂が震えた。






 とある国家で史実として語られる、『異世界の勇者』の物語。

 それは異世界より召喚された勇敢な若者が、この世界を救ったと語られる英雄譚だ。

 かつての小国、『ヴァルハート』の宮廷魔術師達によって召喚された勇敢な若者は、国王の要請に応じ、かつての大帝国、『レガリア』による侵略の手から王国を護り抜いたとされ、同国の歴史学者の見解によれば、この侵略をヴァルハートが食い止めきれなかった場合、レガリアは更なる暴虐の限りを尽くし、世界全土を征服したであろう……との事である。

 結果的に、異世界より召喚された勇者が、世界を救ったのだ……と。

 そんな話に、思う所が有るには有る漆黒の騎士だったが、今は正直どうでもよかった。

 勇者としての成り立ちや、世界からの評価に興味は無く、有るのは本当に異世界から召喚されたのか、その後どうなったのかである。

 著者の調べによると、異世界からの召喚は事実なのだろうとされている。

 当時の記録には、目立った活躍こそ無いが、異世界から召喚されたとされる人物の記録が、世界各地に残されているそうだ。

 それこそ各地域で限定的な伝承として語られ、その結末は志半ばで倒れたり、仲間だった人物の裏切りにより殺害されたり、召喚した国家へ反逆して討たれたり……と、悲惨な最期を迎えたとされている者も多い。

 だが、それらの人物に共通しているのが、膨大な魔力と、特別な能力を秘め、この世界の言語が通じず、後に自らを異世界の住人だと主張している点だ。


 「コレ……ハ、アタ、リ……カ?」


 それら共通点とされている部分は、自らにも共通しているように思う漆黒の騎士。

 ルヴォルフには見向きもされなかったが、それなりの魔力と特別な能力『魂喰らい』を備え、最初は言語も理解できなかった。

 そして何より、現に自分自身が召喚されているのだ。

 これだけの共通点が有る以上、信憑性は決して低くない。

 漆黒の騎士は、これらの伝承を一先ず信じる事にして調べを進める。

 同書によると、異世界召喚という大魔術は、ヴァルハートの勇者がレガリアを退けた後、徐々に世界から失われて行ったという。

 これには諸説理由が挙げられているが、一般的には消費する魔力が尋常では無く、召喚できる魔術師が減っていき、後世に伝授できる者が居なくなっていった為とされている。

 しかし著者が推している説は、他ならぬヴァルハートの勇者自身が、この異世界召喚魔術を隠滅していったという説だ。


 『ヴァルハートの勇者』


 世界を救った英雄とされながら、その本名すら知られていない一人の若者は、レガリアの侵略からヴァルハートを救った後も、この世界に留まったとされている。

 理由は分からない。

 一説にはヴァルハートの姫君と恋仲になり、後に結ばれたためとされているが、現実問題として彼はレガリアを退けた後、元の世界に帰ったという記述が無いまま歴史から姿を消し、そのまま現代に至ってしまうためだ。

 漆黒の騎士の心情的には、単に記述が残されていないだけで、元の世界に帰ったからこそ、その後の歴史に現れないのではないか?

 ……と、思いたい漆黒の騎士なのだが、著者の推す説は、彼と時を同じくして歴史から消えていった異世界召喚魔術との関連を伺わせるものだった。

 根拠は無く、著者の推論の域を出ないものだったが、元の世界に帰ったのであれば史実にそう記されない理由が無く、彼以外にも存在したとされる異世界の人物達も含め、誰一人として元の世界へ帰ったとされる人物が居ない事から、帰らなかったのでは無く、帰れなかったのではないか?

 ……そして自分の様に勝手に召喚され、そのまま帰れない等といった悲劇が繰り返されない様に、世界各地における異世界召喚魔術を悉く闇に葬っていったのではないか?

 ……等と、漆黒の騎士には有り難く無い説が記されていた。

 何故ヴァルハートの勇者は忽然と歴史から姿を消したのか?

 帰れなかったのか?

 それとも帰らなかったのか?

 漆黒の騎士にとっての問題は、真実がそのどちらなのかという点に尽きた。

 ヴァルハートの勇者は、国王の要請を受け入れ、見事応えてみせたという。

 その上、姫君と結ばれたとの説が有る以上、王国との結びつきは相当に強固なものだったはずだ。

 一国家のバックアップに加え、召喚した宮廷魔術師達が居て帰れなかったのだとすれば、これは漆黒の騎士にとって、非常に厳しい事態となる。

 それは召喚した本人達でさえ、帰る為の術を用意出来なかったという事になるのだから。


 「ヴァ……ル、ハァ……ト……カ」


 漆黒の騎士にとって、決して朗報とは呼べないものではあったが、僅かながら手がかりを得る事ができた。

 これ程の伝承が残っている地なのだ、現地で直接調べる事が出来れば、より詳しい情報が手に入るかもしれない。

 一通り読み終えた『世界の伝説』という書物をそっと閉じ、表紙に記された著者、『ヘレネ・ウェルテル』の名を、漆黒の騎士は指先でなぞった。


ありがとうございました。

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