死と新生の二話
よろしくお願いします。
終わったはずの人生は、次の瞬間新たな展開を迎えていた。
それは夢のような感覚だった。
気がつくと恭司は蒼い光に包まれ、暗闇の中に佇んでいたのだ。
身体の感覚がなく、まるで宇宙に浮かんでいるかのようだった。
自身の胸を剣で貫かれるという、これまでの人生からはとても予期しえぬ最期を迎えた直後、気がつけば暗闇の空間に漂っている。
本当に夢のような感覚で、次の瞬間にはいつものベッドで目が覚めるのではないか?
そんな淡い期待を抱いた時、突如眼前の空間から滲み出る様に紅い光が現れた。
それは炎の様な光だった。
それは見覚えのある光だった。
恭司を貫いた漆黒の剣が、その刃が纏っていた紅い光。
その紅い炎の様な光は、恭司という存在を焼き尽くそうとするかのように迫り、彼は覚悟を決めた。
このまま死にたくないと思いはしたが、どうしても体が動かなかったのだ。
やはり剣で貫かれた時、自分の命運は尽きていたのだと、どこか他人事のように、幻想的とも思える光を見つめていた。
恭司の体は、紅い光に飲み込まれるや否や、一瞬にして崩れ去った。
熱さも冷たさも感じず、痛みも無い。
一体どういう事なのかと疑問を抱いたその瞬間、恭司の意識を強烈な衝撃が襲う。
その衝撃は情報の奔流だった。
何者かの記憶や知識が、強烈な勢いで恭司の意識に押し寄せたのだ。
恭司の意識を侵食するかのように押し寄せる情報の奔流。
だが恭司は決して、その意識を手放さない、途絶えさせない。
迫り来る紅い光を前に、諦めるように覚悟を決めた恭司だったが、押し寄せる情報の奔流の中で、ある衝動に心を支配されたからだ。
その衝動の名は復讐心。
押し寄せる情報の中には、決して捨て置けない記憶があった。
知らないはずの知識を思い出すかのように学び、何者かの記憶を映画でも見るかのように辿ったその先。
そこで恭司は、自分があの場所に居た理由、そして自分を殺した存在が何者なのかを知ったのだ。
情報の持ち主、その知識と最も新しい記憶。
その知識には魔術師の男が召喚魔術によって異なる世界から人々を召喚する事が可能であり、召喚には恭司が最初に居た石造りの部屋が用いられる事が。
そして記憶には、漆黒の剣でとある人物を背後から貫いた瞬間のものが確かにあった。
後ろ姿ではあったが、その人物に恭司は覚えが有る。
毎朝玄関を出る前に、鏡の前で見かける少年、岸野恭司だ。
そう、この紅い光……恭司を殺害したその存在は、悪魔の様な角を持つ、漆黒の騎士だった。
魔術師の研究室に入った時に目を奪われた漆黒の甲冑。
それは魔術によって創造された、一種のゴーレムだった。
中身の無い空の鎧に、この世を彷徨う魂を宿らせ、擬似的な生物として創られたモノ。
契約を用いて縛り、主従を誓わせた人形。
そんな人形が、主である魔術師に対して敵対行動を取ったと見なされた恭司を殺害した。
その事実を知った時、自らの死が確定した。
剣で貫かれたのは実は夢だったのではと、心のどこかで期待していた。
現実味が無い出来事に立て続けに見舞われ、どこか半信半疑だった自らの死。
そんな淡い期待が粉々に打ち砕かれた瞬間、恭司の心を満たしたのは、今まで感じた事も無い憎しみと破壊衝動。
そして漆黒の騎士と魔術師に対する復讐心だった。
―――――憎い。
自分を殺した漆黒の騎士が憎い。
自分を召喚した、元凶たる魔術師が憎い。
憎いから壊したい、憎いから殺したいと、生前の恭司では考えられないほどに短絡的な思考に支配されていた。
この紅い光……漆黒の鎧に宿った魂に、恭司の魂が飲まれ始めていたのかもしれない。
だが事実を知ったからには、大人しく消えてやるつもりなど恭司には無い。
先ずは漆黒の騎士を。
自分を殺したこの魂を。
自分意志で……殺し返す。
決意してしまえば一瞬だった。
理屈など分からない。
だが決意したその瞬間、漆黒の鎧に宿った魂は消滅した。
そして紅い炎の様な光が消え去ると、恭司は自らの形を取り戻していた。
相変わらず真っ暗な空間だが、眼前には漆黒の鎧が残されているのが分かった。
どういう訳か、自由に動くようになった腕を鎧に向かって伸ばし、その胸部装甲に触れた瞬間。
恭司と漆黒の鎧は、蒼い閃光によって包まれる。
そして、漆黒の鎧に宿った魂が所持していた魔力と、全ての情報を引き継ぎ、岸野恭司は新生する。
ありがとうございました。