召喚と死の一話
初投稿となります。
至らない作品ですが、よろしくお願いします。
その時は、突然訪れた。
「―――――……は?」
いつも通りの朝、いつもの様に学校へと向かう為に開いた玄関の先にあったのは、いつも通りの日常では無かった。
玄関のドアを開いたその瞬間、世界はその姿を変えていた。
そこはもう、既知の場所ではなくなっていたのだ。
『異世界召喚』
一変した状況下で、彼はそんな事を考えていた。
漫画や小説ではよくある出来事だ。
英雄譚や冒険譚として書かれた物語に、幼い頃は夢中になっていたのを覚えている。
だが、それが実際に起こってしまうとなると、正直な話……迷惑この上なかった。
岸野恭司。
十五歳。
学生。
僅か十五年の人生。
たったそれだけの人生でも、一人きりでは決して生きてこられなかった。
例えば家族、例えば友人、例えば――と、数えていけば相応に、大切な人たちが、帰らなければならない理由が恭司にはあるのだ。
いきなり見た事も聞いた事も無い場所へ連れてこられては、困るのも当然だ。
「ここは……?」
玄関の先にあった世界、そこは小さな部屋だった。
周囲を石造りの壁に囲まれた薄暗い部屋。
床には見た事も無い複雑な紋様が刻まれ、仄かに光を放っていた。
他に目につくものといえば、正面の壁にある扉だけだったが、この部屋には恭司以外にもう一人の人物が存在していた。
「っ! 貴方は……?」
黒いローブを身に纏った、白髪の老人だった。
魔術師を絵に描いたようなその男は、髭を蓄えた顔に落胆の表情を浮かべ、聞いたことも無い言語で一言呟くと、突然の出来事に立ち尽している恭司に興味を失ったのか、そのまま彼に背を向けて部屋から出ていこうとする。
「あの! 待って下さい!」
このままでは、訳も分からないまま放置されてしまう。
そう考え、現状を把握するためにも決して無関係では無いであろうその男に声をかけたが、男はブツブツと意味のわからない言語で呟きながら、振り返りもせずに部屋を出て行ってしまう。
「無視!? ちょっと待って下さいよ!!」
慌てて男の後を追うと、そこは洞窟のような狭い通路だった。
壁面には光を放つ水晶の様な物が散りばめられ、まるで電球の様に狭い通路を照らしている。
通路の傾斜は緩いが上り坂になっており、足元は切り出した石で綺麗に整備され、まるで階段の様になっていた。
「……!(一体どこなんだよ……ここは!? とにかくあの人を追わないと!)」
男の後を追い、恭司は通路の先に繋がっている場所へと入った。
そこは正に魔術師の研究室といった様な場所だった。
決して広くは無く、学校の教室程度の場所だ。
壁面の書架には大量の書物が並び、何らかの実験に使うと思われる器材や、不思議な輝きを放っている鉱物等が周囲の棚や机の上に所狭しと並んでいる。
恭司はそんな部屋の中を見渡して行き……そこで、目を奪われた。
「……!」
それは漆黒の甲冑だった。
室内全体を監視しているかのように、直立不動の姿勢で部屋の片隅に飾ってある、剣を携えた鎧兜。
ゲームか何かに登場する、悪役の騎士が身につけていそうな漆黒の剣と、同じく漆黒の全身鎧。
兜には悪魔のそれを模したかの様な角飾りが施され、関節部を覆う鎖帷子の隙間からは、紅い炎の様な光が溢れ出していた。
「かっけー……って、そうじゃねぇ! あの! 話を聞いて下さい!」
あまりに異質な雰囲気に魅了され、より近くで見てみたいという衝動に駆られた恭司だったが、先ずは現状の把握が先決と考え直し、恭司は男に向かって声をかけ続ける。
しかし……男は恭司の方を見向きもしなかった。
この部屋に入るなり机に向かい、頭を掻き毟りながら何事かを呟き続け、全くの無関心である。
その態度に、次第に恭司は冷静ではいられなくなっていく。
「おいアンタ! 話くらい聞いてくれよ!」
ついに声を荒げ、男に向かって一歩を踏み出したその瞬間―――――
その時は訪れた。
明確な死が訪れた。
痛みは無かった。
恐怖も無かった。
感じている暇が無かった。
ただ、自らの死を確信した。
確信せざるを得なかった。
紅い光を放つ漆黒の剣が、突如眼下に現れたからだ。
背後から恭司の胸を貫き、出現したからだ。
その時、岸野恭司の人生が終わった。
ありがとうございました。