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まくらもり  作者: 羽月
8/10

【8】

 営業所に行き、今日限りで辞めると告げた。

 寝癖放題の髪と、きっと、真っ青な顔をしていただろう俺を、誰も引き止めなかった。


「田舎に帰るのか」


 名越さんがそういったので、頷いた。


「いろいろ、ありがとうございました」


 肯定するように頷き返してくれたので、お礼を告げ、営業所を出た。


 ジーワ、ジーワと、蝉の声が響き、駅舎の影でタクシーの運転手が汗をぬぐいながら立ち話をし、日傘を差した女性が歩いていた。

 ふらりと、枕森を目指して歩いた。


 バスのフロントガラス越しに見慣れた景色も、歩きで通ると、また違った風に見える。

 枕森前のバス停に立ったが、あの石畳の路地はなかった。

 なんとなく、納得した。やっぱり、そうか、という思いがどこかにあった。

 バス停の少し先に、昔からやっていそうな、古い和菓子屋が見えた。店内を覗くと、老婆が一人で店番をしていて、俺を見て一瞬ぎょっとして、すぐに、いらっしゃい、と声をかけてくれた。

 店内を見回し、ショーケースの中に並べられているものの中から、


「きんつばを、5個ください」


 と、告げると、うれしそうににこにこと頷いて、白い紙の上に並べ、包んでくれた。


 代金を支払い、戸惑って、思い切って聞いてみた。


「あの、枕森って、なにがあるんですか」


 老婆は表情をこわばらせ、俺をじっと見て、周囲をうかがうようにし、諦めたようにため息をついて口を開いた。


「淵があったんだよ、あそこには」


「淵? 川? 池、ですか」


「池、というより、沼、かねえ」


「沼、ですか」


 そんなものは、見当たらなかったが。

 さらに突っ込んで聞こうとすると、老婆は慌てたように遮った。


「話さん方がいいよ、気に掛けるとね、道ができちまうから。

 聞かれん方が、いいのよ」


 道。

 つながり、と、理解していいのだろうか。聞かれん方が、というのは、何に?

 これ以上は、ここでは何も聞けない。おずおずと頭を下げて店舗を出た。

 ビルの合間に、こんもりと濃く葉を茂らせる樹が見える。


「お兄さん」


 呼び声に振り向くと、老婆がショーケースの向こうから、わたわたと手招きをしていた。

 俺が戻るのを見て、レジの近くの引き出しから何かを取り出し、メモをしているようだった。手元を覗き込むと、さっき辞めてきたバス会社の名刺があり、西谷という、聞き覚えのない名が記されていた。紙は少し黄色く変色し、手書きで電話番号が書き足されていた。


「前にもね、枕森の事を聞きに来た人がいたんだよ。

 何かあったら連絡をくれ、ってね、調べているんだって言っていたんだよ。

 バスの会社の人で。この人と、話してみるといいかもしれないよ」


 老婆は、名刺の人の名前と、書き足されていた電話番号を写したメモを俺にくれた。突然の展開に驚きながらも、丁寧に礼を言って店から離れた。


 何度見ても、やはりあの石畳の路地はなかった。

 バス停の前、あの路地があったはずの場所は、少なくとも10年以上は経っているだろう建物に遮られていた。俺も、バスでこの前を通るとき、確かに、この建物があるのをみていた。昨日今日できたものではないし、不自然な感じもない。

 駅まで戻って、ケータイを取り出し、老婆からもらったメモにかかれた番号をコールした。




                 挿絵(By みてみん)

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