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第一章 王子と就職面接と実技試験 その二



 場所を移し、王子と筆頭騎士候補一行は訓練場にやってきた。


 訓練場は、兵士や騎士達が鍛錬する為の広い敷地であり、さらにおその敷地を囲うように観客席がある。

 なぜ観客席があるかというと一年に二度、春と秋に兵士や騎士達が王族や貴族の目の前で武芸を披露する武闘大会が開催される為である。武闘大会時、この味気のない石造りの観客席はとても華やかになるそうだ。

 武闘大会は兵士や騎士達の己の日頃の切磋琢磨を評価してもらう為の大会であり、本来なら部隊長どまりの兵士が騎士へと抜擢されたり、騎士が近衛騎士試験への考査にもなったりとする。また裏では貴族達の賭博場だったりもする。

 その武闘大会は国王、もしくは代理の王族が出席するのが習わしであり、末の王子であるハーシェリクは自由参加だった為今まで来たことはなかった。他国には闘技場なるものがあるそうだが、それはここの数倍は大きいというし賭博も盛んだそうだ。


 ハーシェリクは、武闘大会や賭博には余り興味がなかった。過去、腕に覚えのある王族が力試しに出場することあったそうだが、幼くまた剣技の才能のないハーシェリクは出場しようなど考えもつかない。

 賭博も前世では賭け事がからっきしだった為、興味もない。宝くじさえ当たったことがない前世。毎回購入しても一番下のしか当たらない。周囲には「宝くじは夢を買ったんだ……」と毎回言い、当たった時のことを妄想して楽しむのが恒例となっていた前世である。


 訂正しよう、興味がないわけじゃない。それは負け惜しみというものだ。


「では、今から実技を兼ねて一対一の模擬戦をして頂きますが……」


 教官の言葉は女性の黄色い歓声で遮られた。

 観客席には後宮や王城に勤める花のような侍女達が大勢詰めかけていた。彼女達の視線が集中しているのは、他ならないハーシェリクの筆頭執事であるシュヴァルツことクロである。


 彼は他の候補達と同じように訓練場の中にいた。


(いやはや、ほんとに人気あるな、クロ。)


 確かに彼はかっこいい。イケメンだし、スタイルだっていいし、外面はいいし、ちょっと影がある雰囲気は女子を虜にするだろう。かくいう己も前世なら、二次元的な意味で嵌っていたかもしれない。


 ただ彼女たちの中で、本当に恋愛としてクロの事を好きな人は少ないだろう、とハーシェリクは考える。彼女らがクロに向ける視線は、ファンがアイドルに向ける視線と一緒だ。

 ちなみに涼子は二次元にしか興味がなかった為、生身のアイドルや俳優、モデルには食指が動かなかった。名前を言われてもわからず、どんなドラマの何の役をやっている、というキーワードでやっとわかる程度の認識である。これが声優だと声を聴いただけでわかるのがオタク女の恐ろしいところだ。


「君達、観戦するのはいいが静かにしたまえ!」


 黄色い声を上げる侍女達に教官の叱咤が飛ぶ。彼女達はやや不満そうだが静かになった。

 他にも観客席には、兵士や騎士、貴族や役人達がちらほらといた。ハーシェリクは、仕事はどうしたとツッコミをしたかったが息抜きも必要だろうと考えなおす。何時間もぶっ続けで仕事するより、少し休憩を挟みつつ仕事に集中したほうが効率はいいのだ。


「さて、本来なら候補者同士の一対一が通例だが、殿下よりご指示があって……」

「後は僕が言うよ。」


 教官の言葉を遮ってハーシェリクは、観客席に急遽作られた特等席から立ち上がった。

 訓練場と観客席は段差があり、身長が低いハーシェリクでもクロと候補達を見下ろせる高さである。


「僕には騎士が必要です。でも弱い騎士はいりません。」


 ハーシェリクはきっぱりと言った。


「騎士なのに、僕の執事より弱い人はお帰り下さい。」


 にっこりと微笑むハーシェリクはとても可愛らしかったが、言っていることはさらりとえげつない。現時点でそのえげつなさを知るのはルークのみだったが。


(『影の牙』より強いってこの場にいるか……?)


 ルークは眉間に皺を寄せる。どうやらこの王子は、妥協もせず本気でふるいにかける気だ。


「ということで、シュヴァルツ。後は任せた。」

「かしこまりました、我が君。」


 主に優雅に礼をする彼の腰には、一振りの模擬剣がある。

 本来、クロの得手は体術で有り暗器だ。それでも一通り武器が扱えるのは彼の驚くべき戦闘能力の高さ故だろう。


 最初の相手は二十代中頃の騎士だった。


「おい、執事相手に負けるなよー。」


 観客席からの野次に騎士は手を振って応える。たかが執事に負けるとは、誰も思わないだろう。


「では両者前に出て。」


 騎士が剣を構えクロに対峙する。だが一方、対峙するクロは剣を鞘に納めたままだった。


「筆頭執事殿、剣を構えて。」


 教官が指示をするが、クロは首と横に振った。


「構える必要、ありませんので。」


 にっこり笑っていう二枚目。それは安い挑発だったが、相手には効果絶大だった。


「だが……」

「先生、始めて下さい。」


 躊躇う彼にハーシェリクが促す。教官はため息をついて手を上げた。


「始めっ!」


 手が振り下ろされ数秒も経たず、騎士の模造剣は固い音を立てて地面に突き刺さった。時間差で尻もちついた騎士の目の前には、クロが既に模擬剣を鞘に納めている。


 クロは開始と同時に距離を詰め、抜刀し、騎士の剣をはじいたのだ。


 あまりにも早い勝敗の決し方に、ハーシェリクとルークを除くみんなが息を飲み、数拍して女子の黄色い歓声があがった。


(これじゃあ試験にならない……)


 内心頭を抱えるルークはハーシェリクを盗み見る。彼が驚きもしないのは、この結果を予想していたのだろう。


 ルークは王自分の主である国王ソルイエの指示でそれなりの、将来有望そうな者を選りすぐった。しかも大臣一派側の影響がない人材をだ。ハーシェリクの身を案じてのことだったが、その意図を理解してない。もしくは理解していたとしても、この王子はその意図を無視し本当に必要な人選を始めている。


 ルークは視線を戻す。すでに三人目が負けているところだった。観客席からは女性達の黄色い歓声と、執事の異様な強さに疑問の声が上がっているが、当の本人は意に介さず淡々と候補達の夢を摘み取っている。

 まさに「ハーシェに近づきたかったら俺を超えてきな。」な無双状態だ。ほとんどが打ち合わずに一撃で、相手の剣を弾き飛ばし、もしくは相手の急所に剣を叩きこむ。


 そして最後の一人となった。ここまで二十人近く相手にしてきたが、クロは息も上げていない。もしかしたら汗もかいていないかもしれない。


「次はオクタヴィアン・オルディス、前へ。」

「はーい。」


 軽い返事に軽やかな仕草でオクタヴィアンが前に出る。

 最初の騎士が終わってから残りの候補達は、始まる前から油断なく剣を構えていたのに、彼は構えようとしない。前例を踏まえ咎めることをせずに、教官が手を上げる。


「始めっ!」


 金属がぶつかる音がした。


「……ほう。」


 重なりあった模擬剣の刃越しに、クロが相手を見て感心した。初めて、彼の剣が受け止められたのだ。

 受け止めた側、オクタヴィアンがにやりと笑うと同時に、剣を水平に薙ぐ。クロは一旦距離を開け、剣を構えた。今まで構えもしなかったクロが剣を構えたことに、会場が沸く。


「……やっぱり。」


 ハーシェリクの言葉に、ルークが反応し視線を向ける。その視線に気が付いてハーシェリクは資料を渡した。その資料はオクタヴィアンの騎士学科時代の成績だった。


「彼は卒業する二年前までは、騎士学科科目の全てが主席なのに、卒業がギリギリの成績なんておかしいと思ったんです。」


 ルークも教官も最終学歴だけ見て、次のページを見逃していた。


 確かに資料を見ると騎士学科の授業全てが二年前までは全て主席だった。剣術、槍術、馬術、弓術、戦術理論から兵術、軍学と騎士に必要なスキルや知識をなにからなにまで。そんな人間が、たった二年で落第ギリギリの成績に落ちるかと。普通は考えられない。

 また二年前から優等生だった彼の生活態度は一変していた。授業をさぼることは日常茶飯事、筆記試験は赤点ギリギリ、私闘を禁じている学院だが彼は喧嘩を売られれば、相手が再起不能直前の完膚無きまでにボコボコにしている。それが原因で何度か停学にもなっていた。ただその喧嘩自体も調査をすれば相手方にも問題があったため、退学とまではならなかったようだが……


 彼らが話している間に二人の闘いは白熱していった。どちらかが仕掛ければ片方はうまく捌き攻撃に転じる。逆も然り。観客も候補達も教官も誰も口を閉じ、その仕合に見入っていた。


 ただ一人、当事者であるオクタヴィアンは内心焦っていた。


(なんだよ、こいつ……これで執事だと!?)


 まるで元将軍だった父親を相手にしているような錯覚をするほど、熟練した剣技だった。


 最初は興味があり本気を出さず様子を見て、機を見て負けようと思っていたのだ。だが一筋縄ではいかない。


 オクタヴィアンがちょっと隙を見せて負けようとすると、執事はすぐさま距離をとる。まるでその手には乗らないとでもいう風に笑うのだ。


 その様子からオクタヴィアンは嫌でもわかる。彼も本気を出していないのだ。挑発的な笑みを作り、彼を誘うように翻弄する。それがオクタヴィアンの中の強者を求める武人の心を刺激した。


 だからだろう。いつしか負けようとしていた自分は消え去り、勝とうと剣を振う。相手の僅かな隙を突こうと模索したり、あえて隙を作り誘い込んだりする。


「二人で踊っているみたい。」


 剣の才能がないハーシェリクは、その凄さがどれくらいすごいのかが分からない。ただ二人の立ち会いや剣がまるで舞っているように見えた。


 だがその剣舞も突然終了した。初夏とはいえ暑い日差しの中、日光当てられ、だんだんと飽きて集中力も切れたハーシェリクが「暑い……」と呟いた時、クロの動きが一瞬止まった。その一瞬は本当に一瞬のことで、オクタヴィアンを除くその場にいるほとんどの者が、気付かなかった。


 だがオクタヴィアンはその隙を見逃さず、剣を弾き飛ばした。剣はクロの手を離れ地面に突き刺さり、喉元にはオクタヴィアンの剣が突きつけられていた。息を飲む攻防は、たった一瞬で勝敗を決した。たっぷりと一拍を開けて、教官が終了の合図を送る。


 執事は一礼をするとすぐさま主の所に向かい、その様子を上がった息を整えつつオクタヴィアンは見送る。


(……犬?)


 いそいそと主の元へ向かう執事は、まるで主に呼ばれて、尻尾をはち切れんばかりに振るような犬に見えた。もちろんそれは錯覚である。


 主のもとに戻った執事の手には、よく冷えた茶の入ったグラスを乗せた盆が持たれていた。


「どうだった、クロ?」

「さすがに剣では無理だった……あいつの才能は本物だ。」


 お茶を受け渡ししながらの主従の会話は、他の誰にも聞かれなかった。


 正直、クロは負けるつもりはなかったが、ハーシェリクの呟きに一瞬気がそれたのは確かだった。それを見逃さなかったオクタヴィアンの実力は本物といってもいいだろう。


(……貴族の坊ちゃんだと思って甘くみたか。)


 そうクロは心の中で付け加える。


 彼にとって騎士のような型に嵌った剣技は、とても窮屈だった。それでもオクタヴィアン以外の候補達の相手は造作もない。

 ただオクタヴィアンは、他の候補と同じように騎士のように型に嵌ってはいたがそれに捕らわれない、簡単には予想できない手で攻め、また守ることもできた。

 現に、この立ち合いは途中からはクロが防御する割合のほうが多かった。


(あれが天才というものか。)


 クロは納得せざるを得ない。彼の才能は一級品であり、クロが戦闘において得手の武器を使い、さらに不意打ち等の手を使ったとしても、彼に負けはしないが勝つことは難しい。密偵で培った後ろ暗いことを駆使すれば、勝てるかもしれないがそれは本当の勝ちとは言えないだろう。


(ちっ、ハーシェの言うとおりになった。)


 試合が始まる前、ハーシェリクは執事に言ったのだ。


「きっと彼はなにか隠している。だから探ってね。」


(……面白くない。)


 彼にとってハーシェリクのお願いは絶対だ。できる事なら何でもやる。

 だが、やはり面白くない。この後、自分の主の答えがわかっている為、本当に面白くない。


 ハーシェリクの筆頭執事は笑顔を顔に張り付けつつ、内心はとても不機嫌だった。







 結果については後日知らせるということで、その場は解散となり、候補達が帰宅する中、闘技場に残される一人の青年。先ほどまでクロと接戦を繰り広げていた彼だ。


 オクタヴィアンは立ち尽くしてした。負けるつもりだったのに勝ってしまったのだ。


「や、でも面接はダメだったし大丈夫だよな?」


 そう言い聞かせる彼。

 だが翌日には筆頭騎士への招集の通達が正式に届いたのだった。


 それをみた彼の絶望と、家族たちの当然という表情はなかなかの見ものだった。


 今まで無職だったオクタヴィアン・オルディスは、グレイシス王国第七王子、ハーシェリク・グレイシスの筆頭騎士を拝命したのだった。




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