第十章 武闘大会と筆頭騎士と密談 その二
武闘大会の会場は騒然となった。裏では極秘裏に賭けが行われている。もちろんその賭けの対象となる兵士や騎士の情報も開示されたが、誰もが予想しなかった事態が起こっていたのだ。
烈火の将軍であるオルディス侯爵の三男、ギリギリの成績で学院を卒業し、コネで第七王子の筆頭騎士となったと噂される青年が、開始と同時に相手をなぎ倒していく。二度打ち合えばいいほうだ。ほとんどのものが打ち合うこともできず、その場に倒れる。
大穴も大穴、誰がこんなことを予想できたであろうか。あっという間に決勝戦に立つ彼は息一つ乱れていない。
そして決勝戦も、滞りなく彼の圧勝で終わった。格が違う。誰もが思った。
そんな中彼の勝利を確信していたのは三組。
一組目は軍の関係者の為に設けられた席で観戦をしていたオランの兄達である。兄達はこの程度の輩にオランが負けるはずがないと解っていた。むしろ負けたら負けたで、恐怖の特別トレーニングメニューが待っている。
兄達もオランの才能が自分達よりも上だと解っていたが、そこに嫉妬はない。オランがそれ以上に努力を惜しまないと知っていたからだ。
だがそんな努力家な彼が二年前、婚約者を失うと同時になんに対してもやる気を失わせていた。唯一、鍛錬のみは疎かにはしなかったが、目に見えて生きることに意義を見いだせなくなっていた。
いくら兄二人が発破をかけようと、弟はなにも変化を示さなかった。だがそんな弟が、やっと自分の力を発揮できる場所をみつけたことを兄達は自分のことのように喜ぶ。
「これで大丈夫そうだな。」
「そうですね、むしろこれからですよ、兄さん。」
観客の歓声の中、初の晴れ舞台にたった弟を見つつ二人は笑う。いくら才能があろうと、成人しようと、彼は自分たちの大切な弟なのだから。
二組目は一般客の席にいる彼の両親と妹だ。ただこちらは兄とちがって手厳しい。父親は妹と一緒に今の踏込が甘いとか、剣の繰り出すタイミングが遅いと批評をしている。その横で母親は息子の晴れ舞台を微笑んで見守っていた。
(もう大丈夫だな。)
ローランドは歓声を浴びる自分の息子に安堵の笑みをこぼす。
ローランドが旅に出たいというオランの言葉を退けたのは理由があった。長女のように己を鍛えることに喜びを見出す性格だったら止めはしなかっただろう。だが彼は誰かの為に強くなる、騎士向きの性質だ。逆に誰かがいなければ彼は弱い。それは武力ではなく精神面だ。同等の力を持った武人と対峙した時、また己より強者と対峙した時、勝敗は精神面で決する。もしオランがそのまま旅に出てしまったら、彼は旅先で命を落としていた可能性があったのだ。
それは横で微笑んでいる妻もわかっていた。むしろ、彼女のほうが、息子が旅に出ることを強く反対していたのだ。長女の時は渋るローランドを宥め旅立たせたというのに。
「これからが楽しみですね、あなた。」
心を読んだかのように妻が夫に話しかける。その言葉にローランドは頷いたのだった。
最後は貴賓室にいる王子たちである。
「倍率千キター!」
ハーシェリクはその場でガッツポーズを決める。
「……ハーシェ、もしかして私からお金を借りたのって……」
今まで見たことないくらいテンションを上げている弟を、マルクスは訝しげに見る。
大会が始まる前、彼がお金を貸してほしいといってきたのだ。絶対返すからというので、五十銀貨ほど貸したわけだが。
「はい。クロに代理で賭けてもらったで大丈夫です。これでなんとか資金面は工面できました。あ、父様にはナイショにして下さいね。」
そうハーシェリクは言う。そして眼下にいるオランに身を乗り出して手を振る。そんな彼にオランは見上げ騎士の礼をした。
(これくらい容易くやってもらわねば困る。)
そんなハーシェリクの背後で、嬉しそうな主を眺めつつクロは思う。もちろん表情には一切出していない。
そもそもクロがオランをこの武闘大会に出したのは、二つの意味があった。
一つ目はもちろん彼に説明した通り、世間に彼の存在を知らしめること。兵士や騎士達を赤子の手を捻るかの如くなぎ倒す彼は、民衆の記憶に焼きついただろう。
二つ目は牽制だ。ハーシェリクは後ろ盾もなく他の王子達と比べて弱い立場。だが弱い立場だからこそ付け入りやすいと考える人間もこれから先出てくる可能性がある。だからオランが表の王子の防波堤となり、自分は裏方に徹することができる。
(ハーシェは自分の価値に無頓着だからな。)
クロは内心ため息をつく。だからこそ守らねばとも思うのだが。だが彼は出生の怪しい元密偵。守るにしても限界がある。そんな時に現れたのがオランという存在だ。
(不良騎士自身は気に入らないが、実力はあるからな。)
決して信頼するとは言わない、言いたくないクロであった。
「オクタは知っているのか?」
ふと気になってマルクスが問う。
「いえ、知りません。でも私は、オランが絶対勝つって信じていましたから。」
問うマルクスに、ハーシェリクは曇りのない笑顔で答えた。
そこは薄暗い部屋の一室だった。
その場所は手順を正式に踏まねば入れぬ、密談の場所である。
部屋にある明かりは蝋燭の明かり数か所であり、薄暗く顔の判別も不可能であった。
「……で、王家の輩に邪魔されたと?」
男の声が響く。そこに感情は籠ってなどいなかった。淡々と事実確認をするのみである。
「はい、あれは末の王子です。配下の者も他のものと一線を画しております。」
答えたのも男の声だった。最初の声よりも年上だろう予想できる声音だ。
「末の王子、まだ五歳だと思ったが間違いないか。」
「はい、遠目でもわかりました。小柄な体に金の髪、お付の者がハーシェと呼んでおりましたし、間違いない、かと……」
「……どうした?」
彼が言い淀むのが珍しく、男が聞き返す。
問われた者は一瞬ためらったが、言葉を続けた。
「王子は、気配を完全に絶った私の存在に気が付いたようです。」
「おまえの存在を?……それは興味深いな。」
その言葉には非難は一切なく、まるで子供が玩具をみつけた時のような声音だった。
「我々の存在に気が付かれたかもしれません……よろしいのですか?」
「問題ないだろう。」
叱責を覚悟していた男が問いに即答し、言葉を続ける。
「改良した薬の情報は大分集まった。もう情報収集は終わりにし、次の段階へと移ろう。だがそうだな……」
彼はにやりと笑う。だが暗闇だったため、その表情は誰にもみられなかった。
「王子の情報は流しておくとしよう。どう料理するかは奴ら次第だ」
そこで話は終わり、室内の蝋燭の火は消えた。




