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第十章 武闘大会と筆頭騎士と密談 その一


 木々が紅葉し、秋風が吹くグレイシス王国の王城の一角にある訓練場。

 兵士や騎士達が鍛錬する場所だが、本日はいつもと異なっていた。本日は年に二度の武闘大会である。客席には貴族のみならず城下町の人間も詰めかけ、今か今かと開催を待っている。


 武闘大会は希望する兵士と騎士達が参加できる国公認の大会だ。この大会で好成績を残せば出世の道が開けるのだ。

 兵士だったら騎士に、騎士だったら近衛騎士に、将軍職へも夢じゃない。控室では希望を抱く者どもで溢れる中、一人場違いな人間がいた。彼はつい先日、王子の筆頭騎士として就任したばかりの青年だった。


 すでに引退したが、烈火の将軍と異名も持つローランド・オルディス侯爵の子息である彼は、軽く癖のある金のメッシュが入った橙色の髪の毛を揺らし、垂れ気味の青玉のような瞳は不安げな光を宿らせていた。そして周りからの突き刺さる嫉妬の視線に辟易していた。


(なんで俺はここにいるんだろう……)


 オクタヴィアン・オルディスは軽く現実逃避をする。

 事の始まりは、王子が体調不良で倒れた日の夜ことだった。彼と同僚である筆頭執事のクロが言いだしたのである。


「ハーシェの筆頭騎士でありながら、世間から学院卒業ギリギリのダメダメ不良騎士だなんてずっと思われているなんて、主の名誉に関わる。とっとと世間にわからせてこい。」


 という一方的な説教により、オランは年に二度行われる武闘大会に放り込まれた。

 目立つことを嫌うオランは断固拒否しようと思ったが、後日体調不良から復活したハーシェリクがそのことを聞くと、


「オラン武闘大会でるの? じゃあ見に行く。頑張ってね!」


と、事件後沈みがちだった表情を一転させ、子供らしく笑う彼に追い打ちをかけたため、オランは引けなくなったのだ。


「ち、なんでお坊ちゃんがこんなところにいるんだ。」


 聞えよがしの陰口も、一時間この場所にいれば慣れるというもの。オランは小さくため息を漏らす。


(別に俺だけがお坊ちゃんじゃないだろうが……)


 慣れはするが気分は悪くなる。オランは聖人君子ではないのだ。

 現にここにはオランの実家であるオルディス家よりも、資産持ちの貴族の出の者もいる。それにお坊ちゃんと言われるほど箱入りでもない。むしろ幼い頃より、烈火の将軍と異名を持つ父にそこら辺の兵士より厳しく鍛えられている。


「どうせ第七王子とかいう、いるかいないかわからない王子の騎士だろ? すぐに消えるさ。」


 その言葉に反応しオランの鋭い眼光を声のした方向へ向けた。なにを言われても反応をしなかった彼が、初めて反応したことに陰口を叩いていた兵士や騎士はたじろぐと、バツの悪そうな顔をしてそそくさとその場を去っていく。


(睨んだだけで逃げるなら、最初から喧嘩売ってくるなよ……だいたい、王族に対して不敬だろう。)


 面接の時の自分の対応を棚に上げし、オランは内心毒づく。そしてクロが言いたいことを理解した。

 彼が言うと自分への評価は著しく低く、それは主であるハーシェリクへの評価にも直結していた。

 

 彼の主であるハーシェリクはまだ五歳。

 後ろ盾もなくとても幼い彼は、普通の人間がみればその存在は無きにも等しい。


 だがオランは知っている。


 彼がどれほどの覚悟で理想を掲げているか

 心を砕き他人を思いやることのできる人物か

 なにも知らない人間が、軽んじていい存在では決してない


 オランは瞳を閉じ剣の柄を握る。自分の試合が始まるまで、彼がその場から動くことはなかった。





 場所は変わりここは武闘大会会場の貴賓室。武闘大会で設けられた席の中で、一等席でありここに入れるのは王族とそのお付の者のみである。すでに訓練場に設置された会場では試合が行われており、激しい剣戟が交わされていた。

 貴賓室にいるのは三人。開会の挨拶を終え退室した王の代理として第一王子マルクスと、今回初めて参加する第七王子ハーシェリク、そして彼の筆頭執事のシュヴァルツである。


 シュヴァルツことクロはお茶の準備と簡易な食事を用意し、サイドテーブルに用意し終えると、観戦の邪魔にならぬようハーシェリクの背後で控えていた。


「さて、オクタは勝てるかな?」

「余裕ですよ。」


 楽しそうにいうマルクスにハーシェリクは自信に満ちた声で答える。クロと互角以上の戦いができる彼が、簡単に負けるはずがないのだ。


「……ハーシェ、ありがとう。オクタとも橋渡しをしてくれて。」


 事件後、オランはマルクスを避けることはしなくなった。少なくともオランが、マルクスを夏のあの日の様に冷めた視線を送ることはなくなったのだ。


 マルクスは王子だからと特別視せず、一人の人間として接するオランが唯一の本当の友人と言っても過言ではなかった。だから将来は王となった自分の側で騎士として支えてほしかった。だが二年前の原因で二人には溝ができてしまい、特にオランはマルクスを避けて過ごしていたのだ。


 だが夏の日、あの廊下での偶然の出会いハーシェリクが関わったことで、彼らの関係はいい方向へと向かいつつあった。


「私は何もしていませんよ。」


 ハーシェリクは苦笑しつつ答える。これは二人の問題だ。自分は兄であるマルクスに助けを求めただけで、きっかけは作ったかもしれないが決して特別なことをしたわけではない。それにオランは馬鹿ではない。


「オランはきっと頭ではわかっていたんです。マーク兄様だけが悪いわけではないと。」


 当時のオランは、誰かを憎まずには生きてはいけなかった。傍にいた王族であるマルクスを通じ、王族を憎むことでオランは生きることができた。ある意味、マルクスはオランを救ったのだ。


(まあ私の勝手な解釈だけどね。)


 ハーシェリクは思い、そして願う。

 兄とオランが昔の様に笑いあえる関係に戻ることを。

 ただその願いも杞憂に終わるかもしれない、とハーシェリクは予感もしていた。


 ふと不安げな表情でハーシェリクは兄に話しかける。


「マーク兄様、本当によかったんですか?」

「ん? なにがだ、ハーシェ。」


 首を傾げるマルクス。それもとても絵になる兄だが、今回は彼の美貌に目がくらんでいる場合ではない。


「たぶん、今回の件で私も、兄様も完全に目をつけられました。」


 結局、事件はマルクスが主導したこととし表向きは事件解決にいたった。現在、城下町では長兄の人気が急上昇である。それで王家の評価もついでに上向きになった。それはよかったが目立ちすぎたのでと思うのだ。


「事件は完全に解決には至っていません……結局、薬の中和薬の作成はできてないですから。」


 まだ事件は終わっていない。イグナーツが所持していた薬から中和薬の製作が始められている。だが国で保管されていたはずの人体強化の薬の資料は紛失していた。そのため原薬より薄められたものからその精製方法を逆算し、さらに中和薬を作るしか方法しかなく、膨大な時間が必要とされる。それに問題はもう一つある。


 アルミン男爵は死の直前、ハーシェリクに言葉を残した。それは、ハーシェリクの想定外の言葉だった。


『……教会……気をつ……けて……』


 彼の言葉から、今回の一連の薬事件を後ろで操っていたのは、この国の宗教を纏める教会が関与している可能性がでてきたのだ。


 大臣一派に教会とハーシェリクは頭を抱える。どうやら敵は大臣たちだけではなかったようだ。

 さすがに情報ゼロからそこまで予想することがハーシェリクはできなかった。今ある情報から予測し作戦をたて備えること、それが彼の限界なのだ。


「厄介だな。」


 マルクスも頷く。教会は独立した組織であり国の関与は受けない。逆に教会も政には干渉しないという不文律がある。だが、国民から信仰を集める教会は、政治にも影響力があるのは確かだ。


「だけど大丈夫。今は私達が知っているんだからな。」


 にこりと笑うマルクス。今までなにも匂わせなかった教会の裏側を自分達が知ったことは大きい。決してこちら側だけが不利になったわけではない。


「……ハーシェ、私は迷っていたんだ。」


 眼下で繰り広げられる武闘大会を見つつ、マルクスは言葉を続ける。


「二年前、父上に話を聞いてずっと迷っていた。」


 その話が、三歳の時に父から聞いた話だろうとハーシェリクはあたりをつける。ただ自分の時とちがいマルクスは次の王となる立場だ。ハーシェリクみたいな自由は約束されていなかっただろう。


「結局、私は迷ってなにもできなかった二年だった。でもあの夜、ハーシェが私に助けを求めてくれた時、自分の進みたい道が見えた気がした。」


 そしてハーシェリクと共に行動し、それが確信に変わる。


「私はこの国が好きだ。父や母、家族が好きだ。この国を、民を、そして家族を心から守りたい。」


 そう言葉を紡ぎマルクスは照れ笑いをする。


「時間はかかってしまったけど、それが私の答えだ。ハーシェからみたら情けないかもしれないけど……」


 その言葉にハーシェリクは首を横に振る。兄も自分と同じ気持ちだとしり喜びが込み上げてきた。


「私は大丈夫。これでも第一王子だから、やつらも下手に手を出せない。だがハーシェ、おまえのほうこそ気を付けないといけない。」


 彼には有力な後ろ盾もない、末の王子。敵が動けば簡単に消せる存在だ。


「筆頭達は、知っているのか?」


 マルクスが言外に示すのは王家の汚点であり脅威のことについてだ。ハーシェリクは頷く。クロにもオランにも包み隠さずハーシェリクは話した。

 クロは平然としていたが、オランは考え込んだようだった。だが彼は変わらず筆頭騎士でいるということは、期待してもいいのだろう。


「私は大丈夫です。」


 兄の心配をよそに弟は答える。


「私には、クロもオランもいてくれるのですから。」


 そう言ってハーシェリクは会場に視線を戻す。そこには彼の筆頭騎士が姿を現したのだった。


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