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第九章 閑話 国王と元将軍と魔女 その一



 秋の季節の入口が見え始めた晩夏。

 グレイシス王国国王のソルイエは、夜遅く一人執務室で残業に励んでいた。目の前にある報告書を読み終え、眉間を指で揉む。昔はなんてことなかった仕事量もここ最近きつくなってきた。


(年をとったな……)


 心の中で愚痴る。とはいっても見た目は二十代の彼がそんなことをいうと嫌味にしか聞こえない。

 ソルイエが目じりを抑える理由は、目の疲れだけではない。この報告書は彼を悩ませるのに十分なものだった。


 そこには夏に起った薬に関する事件の全容の報告書だった。この報告書は第一王子であるマルクスが作成したものであり、事件の内容がほぼ全て書かれていた。

 事件の経緯及び真相、犯人から関係者、捕縛した者、薬に関する被害者、今後の対策等がかかれ、軍務局と警邏局、そして研究開発局の責任者のサインと共に王に提出されたのだった。

 王位継承者の第一候補であるマルクスが出した報告書は、途中もみ消されることもなく彼の所まで届いたのだった。また書類には割印や、所々押印されていた為途中での改変も無理だっただろう。


 それに本人曰く、


「直接責任者方にお会いしてサインを頂きました。」


 にこりと微笑むマルクスは、なにか吹っ切れたようだった。


 報告書には孤児院の経営者であるアルミン男爵が薬を、複数の売人に渡していたということが記されている。

 ネイビー男爵の嫡男であるイグナーツからアルミン男爵のことを突き止めた後、孤児院から慈善事業としてお菓子等を買い取っていた取引先より、薬の売買に関与した複数の貴族や商家を特定。すでに彼らは警邏局の手で捕えられ、法により裁かれることとなっている。


 だが彼らは貴族や貴族の後ろ盾がある者が多く、極刑にはなるのは難しいだろう。それに彼らは薬を売っていただけで、希望し購入したのは被害者達だ。被害者の親族達は、危険な薬の使用した事実を隠すために訴えることはまずないと予想できる。

 結局、薬の売買に関与し捕えた者たちは、多額の補償金を積めば何年かで釈放されるだろう。


(本当にうまくやってくれる……)


 ソルイエは再度ため息を漏らす。報告書にある通り、薬は孤児院の経営で行き詰ったアルミン男爵が販売を仲介し、売人達は男爵から仕入れたものを売っていただけだった。孤児院は薬の売買の為に利用されただけで、薬の精製法や機材は一切発見できず、身元不明な三人の遺体からも、なにも証拠となりそうなものはでてこなかった。アルミン男爵が生存していれば、その背後関係も探れたかもしれないが彼が死亡した今、完全に道は絶たれ国で研究されていた薬だと証明ができなかった。


(ここまで状況証拠が揃っているのに、辿りつけないなんて……それにアルミン男爵の件も引っかかる。)


 アルミン男爵について調べた結果、彼の事業は確かに悪化していた。だが意図的に事業が傾くように仕向けられているように思える悪化の仕方だった。事業が悪化し、国からの補助金も支給されず苦しい状況の時、まるで助け舟かのように現れた薬の売買。


(偶然にしてはできすぎている……というか仕組まれた?)


 とすればアルミン男爵は巻き込まれ、うまく利用されたということだ。そして彼を利用した人間は、今も姿を隠したままなにかをしようとしている。


(ハーシェ……)


 思い浮かべるのは末の王子。彼はこの事に気が付いている。彼も今回の事件でその背後の存在まで暴き出し、今回の事件にも関与したであろう輩を捕え国の危険を排除し、城内の危険な勢力を削ることも考えていたはずだ。だが、その予想は悪い方に外れた。


 ソルイエは再度書類に視線を落とす。この報告書に彼の名前は、報告書には一切でてこないのは、マルクスの判断だろう。

 マルクスがあえて報告書にハーシェリクの名前を出さなかったのは、彼を守るためだ。彼は第一王子で、母親は正妃であり友好国の姫だ。彼には後ろ盾があり、事件の矢面に立つことで、後ろ盾のないハーシェリクの存在を少しでも守ろうとした考えが伺える。


 マルクスもついに決めたのだ。


(マルクスが成長してくれたのは嬉しいが……)


 ソルイエは眉間に皺を寄せる。

 ハーシェリクが夏の間なにをしていたのかは、自分の筆頭執事を通して大方把握していた。もちろん、三歳の頃から彼を注意していた王や王の腹心だからこそ、把握できたのだ。だが今回の事件で、王子の存在が知れてしまった可能性がある。

 それはハーシェリクも理解しているだろう。ソルイエは何度目かわからない深いため息を漏らした。


 そんな王の執務室の扉が、ノックもなしに開かれた。


「失礼する、陛下。」


 本来なら不敬だと捕えられても問題なことをする人物を、王は苦笑と共に出迎える。

 こんな夜更けに国王の執務室へ無礼も承知、というよりは考えずに入ってくるのは彼しか思い浮かばかなった。

 グレイシス王国元将軍、烈火の将軍と異名を持つオルディス侯。その人だった。


「師匠、ご無沙汰しています。」


 ソルイエは立ち上がり彼を出迎える。ソルイエにとって彼オルディス侯……ローランド・オルディスは剣の師匠でもあった。

 とはいっても自分の次兄の後を引っ付き虫のようについて回り、兄のついでに稽古をつけてもらっただけなのだが。


「もうお前は俺の弟子ではないだろうに……息子が世話になった、感謝する。」


 そういいローランドは臣下の礼をする。


「私はなにもしてないですよ。」


 彼の言葉にソルイエは苦笑を漏らす。


「ただきっかけを作っただけです。後は彼らが自分達で考え行動をしただけです。」


 始まりは将軍からの依頼だった。自分の息子が全くやる気を起こさない。どうか活をいれてくれないかという。

 だからソルイエは少しでも刺激を得られる競う場を用意したのだ。それがハーシェリクの筆頭騎士選抜。ハーシェリクの身が心配だったというのもあり、それで彼が認める騎士が見つかればいいなぁという気持ちだったのだ。

 そして結果、ハーシェリクは自分で騎士を選んだ。しかもオルディス候の息子であるオクタヴィアンを選んだのだ。


「あれには兄弟の中で一番才能がある。それに努力も厭わない。」


 ローランドはオクタヴィアンの才能を見抜いていた。多くの騎士と兵士を鍛え上げ、自分の才を引き継ぐ息子や娘を見てきた中、オクタヴィアンの才能が一等光っていた。

 その才を伸ばせば烈火の将軍と呼ばれた自分を超える存在になるだろう。


 だが彼には一つだけ欠点があった。彼は根っからの騎士の性格をしていたのだ。

 騎士は主君がいてこその存在。主君がいなければ彼は自分の力を発揮できない。二年前、婚約者を失うことにより、彼が本来忠誠を誓うべき存在の王家から心が離れてしまった。

 だが心が離れていた間も彼は努力を怠らなかった。学院の成績を欺きつつ彼は仕えるべき主君を無意識のうちに待っていたのだろう。


「ハーシェリク殿下は、先代に似ておられる。」


 ローランドは目を細め、思い出す。ローランドは将軍になるよりも前は先代王の筆頭騎士だった。


「私もよく先代と一緒にお忍びで町にでかけた。」


 まだ先代が王ではない時から、彼と共に城下町へと繰り出した。


「私は自分で見たものしか信じないぞ。上辺だけ忠誠心面する輩が作った報告書なんて嘘ばかりの都合のいいことしか書いてないからな。」


 そう彼はいつも言っていた。今にして思えばお忍びで出かける為の言い訳とも思えるが、その経験がその後の彼に大いに役立った。

ハーシェリクも自分で行動し、何が正しい事か善い事か、国の為になるかを判断しようと努力している。まるで先代の王のようだ。


 ローランドが全身全霊で忠誠を誓った慧眼の王として名高い彼は、すでにこの世にはいない。彼の最期の願いで、ローランドは将軍としてこの国を外敵から守った。

 だが彼も老いには勝てない。体の衰えを感じ将軍職を辞したが、ゆっくりと傾きつつある国を放置はできなかった。

 彼の意志を受け継ぐ上二人の息子は騎士となったが、まだ力不足。オクタヴィアンが先代と似ているハーシェリクと共にいるのは、運命のようだった。


「感謝をしている。」


ローランドは頭を再度下げる。


「いえ、私が不甲斐ないばかりに……」


 ソルイエは本来自分がやらねばならぬことが、全て末の王子に集まっているように思った。ただ自分は下手に動けない。動けば今まで彼が必死に守ってきた全てが、無になってしまうからだ。それは全て自分にその能力がないのが原因なのも解っていた。


 それほど敵は強大なのだ。


「……さて、いつまでそうしている?」


 沈む王にローランドが話しかける。正確には、ソルイエではなくその場で先ほどからずっと姿を隠している存在だった。


「えー、ローランド、知ってるなら早く言ってよね。せっかく人間のように空気を読んであげたのにさぁ~」


 二人しかいないはずの執務室に、三人目の女性の声が響く。鈴の転がるような音が二人の耳に届いたと思うと次の瞬間、二人の目の前に女性が現れた。




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