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第八章 嫉妬と憎悪と困窮 その三



 忍び寄った魔の手……だがその手がハーシェリクに届くことはなかった。

 叩きつけるような音が響き、砂煙が宙を舞う。飛来した黒い影が、ハーシェリクを守るように立ちはだかった。


「ハーシェ、大丈夫か?」


 黒髪に暗い紅玉の瞳、整った顔立ちを月夜に晒す筆頭執事が、にこりとハーシェリクに笑いかける。ちなみに現在は全身真っ黒な服だ。彼と出会った当初のフード付きの服と同じデザインである。


「……うん。」


 ハーシェリクは短く返事をすることしかできなかった。


(人って本当にゲームみたいに吹っ飛ぶんだなぁ……)


 ハーシェリクが視線を動かすと、クロに飛び蹴りを喰らい吹っ飛ばされ、動かなくなった塊があった。


 ハーシェリクが敵の手に落ちそうになった瞬間、風の様に現れたクロは蹴り……詳細をいうと飛び蹴りを放ち、それは標的の頭を直撃し吹っ飛ばす。そのまま彼は一回転し着地したのだった。さすがは元凄腕密偵。軽業師もびっくりの芸当である。


(もしかして死んじゃった?……あ、ぴくって動いた。大丈夫そう。)


 吹っ飛んで行った塊、もとい人間が死んでいないことを確認しハーシェリクは安堵する。彼らは重要な情報源なのだ。


「おい、不良騎士。ハーシェは守れと言っただろう?」

「うるせえ! つーか来るのが遅い、早く手伝え黒犬!」


 ナイフ使いの斬撃を横にいなしつつ、オランがクロに文句を叫ぶ。


「阿呆! 証拠集めて現場に行ったら、薔薇王子しかいなかった俺の身にもなりやがれ!」


 そう怒鳴り返しつつ、クロは投げナイフを持つ一番小柄な人物に飛び掛かる。

 急な増援に焦って投げた狙いの定まらない彼のナイフを、クロは最小限の動きで避け、繰り出した手刀で相手の意識を奪った。


 どさりと倒れる音が響き、ナイフ使いの気が一瞬それた瞬間、オランは鞘を彼の腹に叩きつけ勝負を決した。

 残ったのはオランの納剣する音と、クロが服に付いた砂や埃を叩き落とす音が響くだけだった。


「リョーコ君……」


 事態が呑み込めず不安そうに言うコレットに、ハーシェリクは振り返り安心させるように微笑む。


「コレットちゃん、大人が呼びに行くまで部屋にいて。絶対出てきちゃだめだよ。」


 ハーシェリクの言葉に彼女は頷き扉を閉める。それを見送り、ハーシェリクはアルミン男爵に歩み寄った。


「アルミン男爵。」

「……解っていたんだ、私が間違っていることくらい。」


 本当は、最初だけのつもりだった。少しの間、事業を立て直すまでの繋ぎで、事業が立ち直ればやめるはずだった。

 だがいつまでたっても事業は回復せず、薬の収入に頼るようになり、運搬を子供達で偽装した。守りたかった子供達を、自分は利用していた。本末転倒というものだ。


「私は一体どうすれば……」

「男爵、過去は変えられません、でも未来は変えることができます。そしてあなたも変わることができると私は信じています。」


 ハーシェリクは蹲っている男爵に片膝を付、視線を合わせ真っ直ぐ見つめる。

 罪は消えるものではない。だが償えるものだ。


「教えて下さい。誰があなたにこの薬を持ちかけたのかを。この薬の精製方法さえわかれば、それを中和薬をを作成し薬の脅威を取り払うことができます……この薬は危険です。」


 この薬の効果を調べて、ハーシェリクはぞっとした。出回った薬は、十倍に希釈したものだった為、本来の薬の効果はさほど出ていない。だが問題は本来の効果である身体強化なのだ。

 人体を強化し死を恐れない兵士なる薬が、なぜ今頃でてきたのか。誰が何の目的で再度出現したのか。


「アルミン男爵、教えてくだ……!」


 ハーシェリクが、言葉にできない不安を感じ周囲を見回す。なにかとはわからない。だが、嫌な予感がしたのだ。

 そしてその正体を見つける。高い屋根の上に人がいたのだ。


(あれは……?)


 ハーシェリクがその人物を見つけた瞬間、うめき声が響いた。ハーシェリク達が見回すと、先ほどまで戦っていた三人組が、胸を押さえ地面をのたうちまわり、動かなくなる。


「どうした!?」


 オランが慌てて近寄り確認するが、首を横に振る。すでに息はしていなかった。


「どうして……」


 ハーシェリクの頭を過るのは屋根の上にいた人影。ハーシェリクは再度いた場所をみたが、そこには誰もいなかった。


「う、ううう……」


 アルミン男爵がうめき声を上げる。振り返ると彼も胸を押さえて蹲っていた。


「アルミン男爵!?」


 ハーシェリクが彼を助け起こそうと近寄るが、それをクロが引き留めた。


「なにかの毒だったらハーシェが危険だ!」

「でも放っておけない!」


 ハーシェリクはクロの手を振り払い、アルミン男爵に駆け寄る。


「……ハーシェ……ハーシェリク殿下……?」


 その名前をアルミンは思い出す。この国の第七王子は金髪に碧眼、そして今年で五歳だということを。


「殿下、子供達を……頼みます……罪は、全て私で……す」

「……わかりました。」


 ハーシェリクの言葉にアルミンはほっとしたように微笑む。そしてハーシェリの襟をつかみ引き寄せ、耳元で言葉を紡ぐ。


 目を見開くハーシェリク。それを見届けたアルミン男爵は倒れる。そして二度と起き上がることはなかった。


 あたりが静寂を支配し、その場の生きている三人が沈黙する。


(……結局、私は今回もなにもできなかった。)


 ハーシェリクは握りしめた右の拳を、何度も地面にたたきつける。痛みが走ったが気にしていられなかった。自分の不甲斐なさに怒りを覚えるだけだ。

 事件解決には至らなかった。むしろ、相手に自分たちの存在を知られてしまった可能性がある。きっと男爵と三人が死んだのも、あの人影のせいで間違いないだろう


(見張りの見張りをつけていた?クロが気づけないくらいの手練れが。)


 自分が人影を発見できたのは偶然だった。元密偵のクロは周辺の人の気配には敏感だ。そのクロの警戒範囲に気づかれず接近を許した者が、只者であるはずない。

 

 再度ハーシェリクは地面に拳を叩きつける。

 また後手に回ってしまった。後悔してもしたりない。


「ハーシェ、手から血が出ている。」


 クロが気遣い、ハーシェリクの手を抑える。清潔な白いハンカチを取り出し素早く応急処置をした。


「…………ごめん。」


 謝罪するハーシェリクをクロは微笑む。彼の主はいつ何時でも他人を気遣える人柄だ。ただ自分自身の事に関しては、無頓着なので周りの注意が必要である。


「それで最期、アルミン男爵はなんて言ったんだ? ……三人組は、証拠になるようなものは持っていなかった。」


 悔しそうにいうオラン。すでに三人組の死体は一か所に並べられている。


「男爵は……」


 ハーシェリクの言葉を、勢いよく開けられた扉の音が遮った。

 そして扉から、一人の少年が飛び出す。


「先生!」


 少年の声に三人が視線を向けると、そこには闇夜のような紺色の髪を持つ少年……リックが、孤児院から駆け出してきた。


「先生どうしたの? 先生!」


 動かなくなった男爵にリックが駆けよりすがる。だが彼が生きていないことを理解すると一瞬呆け、そして動けないでいるハーシェリクを睨み付けた。


「おまえらが、おまえが、先生を殺したのか!」


 殴り掛かろうとするリックをオランが捕まえて止め、クロが動けないでいるハーシェリクを抱き上げ彼から距離をとる。


「リック、やめろ!」


 腕を掴まれてもなお、暴れるリックにオランが叱る。だがリックは止まらなかった。


「離せよ、にーちゃん! にーちゃんは俺たちの味方じゃないのか!? やっぱり貴族だからか!! 貴族達は俺から大事な物ばかり奪う! おまえらはなんでも持っているくせに! 先生を返せ!」

「リック!」


 決して男爵が死んだのはハーシェリクのせいではない。だがそれを伝えるということは、薬に関しても全部事情を説明しなければいけない。つまり彼らが犯罪の片棒を担いていたということが、知れてしまうのだ。それは男爵が望んだことではない。だが、このままリックがハーシェリクを憎むのはおかしいとオランは思った。


「オラン、いいよ。」


 そんな葛藤をするオランにハーシェリクは首を横に振った。彼らは知らなくていいこと……知ってはいけないことだから。


(失ったモノが大きければ大きいほど、なにかにすがらなければこれから生きていけない。それが憎しみだとしても。)


 かつて婚約者を失ったオランが、王族や貴族、彼自身を憎んだように。それが負の感情だったとしても、それは生きる糧になる。


 暴れるリックの声の他に、遠くから馬蹄が聞こえてきた。きっとマルクスが手配をしてくれたのだろう。


「私は、本当に無力だね……」


 ハーシェリクの呟きは腹心達のみに聞こえ、闇に溶けてきえた。




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