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第一章 王子と就職面接と実技試験 その一



 ハーシェリクがクロを引き連れ目指す場所は、グレイシス王国の軍務局が管理する王城の西棟にある建物の中だった。

 王城の中にある建物の中で、王国の武力を象徴するかのように堅牢で立派な造りの建物を、ハーシェリクは珍しげに観察する。


「殿下は軍務局は初めてですか?」


 クロが背後に控えさせながらキョロキョロと見回すハーシェリクに、先導をしていた者が話しかけた。彼はハーシェリクの剣技等の先生でもあり、本日試験官も務める教官だ。


 最初の授業の時点で才能なしの烙印を押されたハーシェリクだったが、継続は力なりと思い現在も引き続き指導を受けていた。

 ハーシェリクの努力の成果で、教官の予想を裏切りその成長はとても著しい……わけがない。どんなに鍛錬を続けても、剣技はセンスを感じさせず、弓はあらぬほうに飛び、体力も筋力もつかない。唯一馬術だけが牛歩並みに成長している状態だ。

 そんな彼を見捨てず、この教官はよく教えてくれている。教官も才能は置いといて努力する人間は見捨てられないのだ。


 ちなみに訓練を見学したクロは、ハーシェリクを慰めるように頭を撫でただけだった。とても失礼な執事であるとハーシェリクは憤慨する。


 そんなハーシェリクは、話しかけられた教官に頷いてみせた。


「ええ、初めてなのでとても興味があります。」


(ま、昼間は、だけど。)


 ハーシェリクは心の中でそう付け加えた。


 皆が寝静まった夜間に『突撃☆内部監査』を三歳の時から続けている彼にとって、すでに王城で知らぬところはほとんどない。あるとすれば父や兄弟、妃様達等の王族の私室、宝物庫、金庫室、そしてこの場所から対となる研究施設の中にある封印結界が施された部屋くらいだろう。


 研究施設については興味があった為、以前に密偵だった執事シュヴァルツことクロにおねだりをしてみたが、


「いくつかバカ高い設備がぶっ壊れてもいいならな。」


 と言われ断念したのだった。


(……というか力技前提?)


 ハーシェリクは言葉には出さなかったが、意外と脳みそ筋肉さんな彼の新しい一面を発見したのだった。


 教官に先導され案内されたのは、浮遊魔力を動力源とした冷房設備がフル稼働している部屋だった。


 部屋にはすでにハーシェリクの騎士候補が集まっていた。人数は二十人くらい。年齢は学院を卒業した十八歳から上は三十歳までと幅があり、皆が逞しい体格をしていた。


 どんなに鍛えても筋肉が付きにくい体質の、女の子と間違われる華奢なハーシェリクにはうらやましい限りである。


「お待ちしておりました、ハーシェリク様。」


 そう言って彼らを出迎えたのは、王の筆頭執事であるルークである。

 二十代と見間違えるほどの美貌を持つ父と同じ年だという彼は、父とは違って年相応の壮年の男性だった。深緑よりも暗い鉄色の髪に黒い瞳。ただ瞳は光に当てると髪と同じような色合いで、昔はさぞ若い女性に持てたであろう容姿に均整捕れた体躯、執事服を着こなす姿はまさに完璧な執事だ。落ち着きのある声で前世の涼子なら彼にお嬢様と呼ばれたら悶絶していたに違いない。


「本日は陛下の代役として、私が参加させて頂きます。」

「よろしくお願いします。ルークさん」


 丁寧な礼をするルークに、ハーシェリクはぺこりとお辞儀を返した。


 筆頭執事とは主の代役を務められるほど信頼が厚いのだ。ある意味、今ここで一番地位が高いのは、国王の筆頭執事である彼かもしれない。


 だからだろうか


(むー……)


 ルークと教官の間に座ったハーシェリクは内心唸った。

 面接が始まって八割方彼らの話を聞いたが、誰一人自分に対して話しかけないのだ。


 彼らが顔を見て話すのはルークがほとんどで、時々教官。

 初めの挨拶だけは恭しくハーシェリクに礼をするが、決して彼らは王子を見て話したりはしない。


 背後で控えているクロは時間が経つにつれ、うんざりとしてきた王子を見て内心肩をすくめる。


 確かにここまでの騎士候補達は、王子に仕えるというのにハーシェリクを蔑ろにしていると思われても仕方がない態度をとっていた。


 ただそれも仕方なしとハーシェリクもクロはわかっている。

 たった五歳児の、しかも末の第七王子に対し集まった候補達は、王子の筆頭騎士という立場を欲しているだけであって、ハーシェリクに忠誠を誓いたいわけではないからだ。


 筆頭騎士とは選抜された近衛騎士の地位と同等かそれ以上の地位を持つ。仕える人物によっては多少は変わってくるが、それでも騎士達にとっては出世のチャンスなのだ。


 しかも今回は王の唯一の腹心である筆頭執事のルークが面接をしているのである。彼の覚えが良ければ、さらに上へと……将軍の地位も夢ではない。現に筆頭騎士から将軍となった者も多くいるのだ。


 頭ではハーシェリクもわかっている。筆頭執事であるクロのように五歳児の彼に忠誠を誓うほうが、ある意味特殊な存在なのだと。


(これって私ここにいなくてもいいんじゃね?)


 と思い始めたハーシェリクに、最後の人物が立ち上がった。


 他の候補と比べると体格は細い優男だった。

 緩い癖のある髪は夕焼け色だが所々金色がメッシュのように混じっていたが、その色合いは自然であった。少し垂れて穏やかそうな印象を与える青玉のような瞳は真っ直ぐとハーシェリクを見据え、一礼する。


「オクタヴィアンです。よろしくお願いします、ハーシェリク殿下。」


 彼はそのままハーシェリクを見据えにっこりと笑った。

 そんな彼を見てハーシェリクは目を見張る。他の人と比べ彼は礼が終わった後も、決してハーシェリクから目を逸らしはしなかったのだ。


「では、まず志望動機を聞かせてもらいましょうか。」


 話を促すルークに、オクタヴィアンは笑みを保ったまま口を開く。


「うちの親に無理やり面接に放り込まれました。」


 ハーシェリクは芸人のように思わずこけた。ただし心の中だったので、王子としてあるまじき醜態をさらさずにすむ。


「親御さんは……ああ、オルディス将軍の息子さんなんですね。」

「あの人ならやりかねない……」 


 書類を見たルークが感心したように、そして教官は納得したように頷いた。

 オルディスという単語にあたりの候補が騒がしくなり、ハーシェリクは説明を求めるようにルークと教官の顔を交互にみる。


「殿下、オルディス将軍は以前王国軍の将軍でしてね、異名は『烈火の将軍』」


 赤い髪を炎のようになびかせ、王国軍の先頭に立ち、敵軍を烈火の如く切り裂く王国の剣。

 彼が進軍した後の道には敵兵は存在せず、赤い髪を見るだけで彼がいると勘違いした敵兵はおびえ半分の力も出せなくなるという話が他国まで広まっているほどの武人だ。


「彼の出る戦は常勝でしたが、何分扱いづらい将軍でしてね。」


 ルークが苦笑を浮かべながら言葉を続ける。

 

 曰く、せっかく立てた作戦も「めんどくせぇ!」で猪突猛進に突っ込んで行く。それでも勝つのだから国的には問題ない。


 しかし彼についていく部下は毎回死にもの狂いだった。そして部下達はついに、ハーシェリクの祖父にあたる先代の王に泣きついた。

 一応先代は彼を諌めたが、人の話は聞かない将軍は王の言葉も聞かないことは王自身もわかっていた。なら罰を考えたが、常勝であり戦果をあげる彼に罰を与えるものおかしい話である。


 ということで自然と『彼が突撃を前提とした作戦』が立案されるようになったのだ。おかげで彼の部下たちの負傷率も大分軽減された。


「あの人は、本当に話を聞かないですからね……」


 遠い目をしていう教官は、面接会場に入った時よりも老けた気がした。もしかしたら泣きついた部下の一人かもしれない。


 遠い過去を振り返り、今にも泣きだしそうな教官にオクタヴィアンは言葉を続ける。


「家にプーは置けないと追い出されました。」

「君は、確か今年学院を卒業だったね。」


 ルークが書類を追うのを見て、ハーシェリクもそれに倣った。

 今までの候補達には興味の一片もなかったので、目の前に置かれた書類に触りもしなかったが、この夕焼け色の髪を持つ青年がとても気になったのだ。


「……君は、騎士学科をぎりぎりの成績で卒業をしているね。」


 教官は信じられない、と言った口調で言った。


 王立学院とは、国が管理運営をしている学校だ。通うのは王族や貴族や裕福な家庭、もしくは抜きんでた才能を持つ奨学生。


 一般教養の他に学科別にクラスが別けられ、騎士学科や魔法学科というファンタジー的な要素はもちろん、研究学科、経済学科等々いくつもの学科がある。生徒は一般教養のほかに希望する学科に入り、将来はその分野に就職する為、勉学に励むのだ。ハーシェリクも数年後には入学する予定である。


(学校、か。もう行かなくていいと思っていたんだけど……)


 前世で大学を卒業した時の解放感は素晴らしかった。

 これでもう勉強しなくていいと思ったからだ。だが実際、社会に出たら勉強をしなくていいなんてことは、全くなかったというのは言うまでもない。


 グレイシス王国にて一番の人気職は騎士である。騎士になる為の最低条件は学院の騎士学科を卒業とあり、中には兵士から叩き上げの実力で騎士になる者もいるが、それは異例中の異例である。


「正直、オルディス将軍のご子息がギリギリだとは思えない。君には二人の兄がいるね。」


 騎士団の期待の星である彼の兄達は、騎士から選抜される近衛騎士に近いと言われている。


「兄達と違って出来が悪いので。」


 答える彼は意にかえさず肩を竦めるのみだ。その様子をハーシェリクはつぶさに観察する。


 普通、人は誰かに比べられ劣っていると言われると、少なからず不快感を顕わにするのだ。だがこの青年はそれをさらりと流す。本当にそう思っているのか、あるいは他人の評価に興味がないのか、それとも……


 ハーシェリクは書類をさらに捲り、目を見張る。そしてなお一層彼に興味がわいた。


「出来が悪くて無職で就職できなくても、うちの家訓は『働かざる者食うべからず』ですので、無理やり放り込まれました。」


 その言葉に周りの候補達がざわめく。彼らはこの面接を受けるまでに、ありとあらゆる手段を講じてきたのだ。


 ある者は上司に頼み込んで推薦状書いてもらい、ある者は親に金を積んでもらい、ある者は同僚の僻みにも負けずこの場に来たのだ。

 それを親に放り込まれた発言は彼らを不快にさせただろう。だが青年は周りの雰囲気を読まず言葉を続ける。


「ハーシェリク殿下はどう思われますか、こんな家訓を。」


 挑発的な声音の混じる質問に、ハーシェリクは意表を突かれる。


 この面接で、ハーシェリクに対する初めての質問だったからだ。

 今まで候補達の質問は全てルークや教官へ向けられ、自分はほぼ空気だったのだ。


 だからハーシェリクは、意表を突かれた。だがすぐに微笑む。

 だてに前世で三十年以上も生きていない。経験値でいえば前世と合わせて自分のほうが上だ。


 それにその家訓は前世の早川家の家訓でもあった。ちなみに早川家では『自分のケツは自分で拭け』が追加される。三姉妹の娘しかいないしか家庭なのに、とても男らしい家庭である。


「素晴らしい親御さんですね。働かずに遊んで暮らそうなんて甘いと思います。」


 王族の、しかも五歳児が言うには違和感がある言葉だった。

 オクタヴィアンはハーシェリクのはきはきした返答に一瞬驚いたようだった。


(なるほど。)


 ハーシェリクは自分の中だけで納得し、にやりと笑った。



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