表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/27

序章 初夏と無職青年と書類の山

【注意:この作品は『転生王子と憂いの大国』の続編です。前作を先に読むことをお勧めします。】






 夏の到来を予感させる暑い日、彼は自身の父でありこの家の当主に呼ばれた。

 指定された書斎の扉をノックし部屋に入って一礼の後、彼が顔をあげるとこの家の……王家に代々仕える騎士の名門であるオルディス侯爵家の当主、元王国軍将軍ローランド・オルディスが眉を吊り上げて待ち構えていた。

 当主は将軍職を辞して数年経つというのに、年齢に伴わない筋骨隆々の逞しい、燃えるような赤毛の壮年の男だった。


「お呼びですか、父上。」


 そう答えたのは昨年、王立学院騎士学科を卒業したオルディス家の三男坊、オクタヴィアン・オルディスだ。

 緩い癖のある夕焼けが溶けたような橙色の髪はよく見ると金色のメッシュが混じり、少し垂れ気味の青玉が嵌ったような瞳が温和な雰囲気を醸し出す整った顔立ちの青年だった。


「オクタヴィアン、今日騎士の面接がある。すぐに向かえ。」

「……は?」


 オクタヴィアンは間の抜けた声を上げる。


「聞こえなかったのか? 面接に行けと言ったんだ。」

「や、だからなんで急に? しかも今日? てかどこに行けばいいんだよ。」


 父親の不意打ち発言に、オクタヴィアンはすかさずツッコミを入れ、そして脱力し深いため息を吐いた。


「……だいたい騎士になんてなりたくない。絶対受けないからな。」


 整った顔立ちを不愉快そうに歪め、彼は回れ右して部屋を出てこうと扉の取っ手に手をかける。

 だが次の瞬間、オクタヴィアンの耳元で風が鳴り、扉になにかが突き刺さる音が響いた。彼が恐る恐る横を見ると、自分の顔が鏡のように写る磨かれた剣の刀身があった。ちなみに普通の剣ではない。当主であるローランドが愛用している大剣だ。

 刀身は足元から肩までの長さ、幅は彼の顔が余裕で隠れるという斬るというより叩き伏せることに特化した重量級の大剣は、目の前の木の扉に垂直に突き立っている。きっと切っ先は扉を突き抜けた先にあるのだろうと簡単に想像できた。


「誰が出て行っていいと言った?」


 怒気の籠った父の声に、オクタヴィアンは肩を落とし項垂れる。

 こうなると父の言葉は絶対なのだ。父の言葉を曲げるには実力を示すしかないが、今このオルディス家で父に勝てる可能性があるのは一番上の姉くらいだ。


 その姉は最強の花婿探しの旅に出ている。本当は単なる武者修行なのだが、そう言わないと父や母が無理にでもお見合いをまとめてきそうだからだと本人が言っていた。


 オクタヴィアンは観念してローランドと向き合う。


「お前が学院を卒業してから半年は待った。それなのにおまえは家でダラダラしているだけで、何もしようとしない。」

「いやいや、一応日々の鍛錬は欠かしていないけ……」


 オクタヴィアンの弱々しい反論をしようとしたが口を噤む。ローランドの鋭い眼光が、口を閉じろと無言で命じていたからだ。


「いいか、我が家の家訓は働かざる者食うべからず、だ。いつまでも働かない者を屋敷には置いておけない。」

「だから、俺も姉さんみたいに武者修行に……」

「ということで、丁度いい騎士面接があったから行ってこい。というか行け。とっと行け。」


 オクタヴィアンは諦めた。元来父は人の言うことを聞かないのだ。

 唯一例外なのはオクタヴィアンの母でありローランドの妻だけ。父は将軍職の時でさえ上司であった貴族の言うことも半分も聞いていなかったそうだが、当時も母の言うことだけは必ず聞いてたそうだ。母はいつもニコニコ微笑んでいて、子供にも父の部下だった騎士にも下働きの人間にも平等に優しい。だが、父だけは母の笑顔を見て青くなることがあるのはなぜだろう。


(そうだ、母上に言って……)


「母に言っても無駄だぞ。これはアンヌからの命令でもある。というか行ってくれないと私が困る。私は命が惜しい。」


 そう言って微かにに身震いし青くなっている父。詳しく聞かないほうがいいとオクタヴィアンは判断し、その事には触れず命令に従うことにする。


「で、どこに向かえば?」


 オクタヴィアンは父に場所を聞き出すと、彼はすぐにでも武者修行にでればよかったと後悔した。

 彼は重い足取りのまま、屋敷の門をくぐる。その背中を励ますように、初夏の風が彼の夕焼け色の髪を揺らした。







 窓から飛び込んできた初夏の風が、部屋の中の山のような書類を花弁のように舞い上がらせる。

 そのインクの香りがする花弁が舞い散る中、上等な机の上に突っ伏して寝ていた部屋の主は、涼しげな風に髪を撫でられ体を起こした。


「……悲惨だ。」


 部屋の惨状に部屋の主は頭を抱える。

 せっかく分類別に並べ重ねてあった書類が、舞い上がり一緒くたになっているのだ。


 頭を抱えている主の名は、グレイシス王国第七王子ハーシェリク・グレイシス。今年五歳となった彼を父と彼の筆頭執事はハーシェと呼ぶ。


 前世の名は早川涼子。

 日本という島国のとある上場企業の事務員であったが、三十五歳の誕生日一日前に交通事故にて死亡。旦那もいなければ彼氏もいない。二次元の恋人と生涯を共にすると決めていた重度のオタク女子だった。


 そんな彼女が転生したのは、耳が見え隠れするくらいで切りそろえられた光をあつめた様なサラサラの淡い色の金髪、新緑を思わせる翡翠のような瞳、顔の造りは父に似て美少年だ。しかしそんな美少年の彼も、他の兄弟たちと比べると華がないという残念仕様であることは周知の事実である。


 ハーシェリクは散らばった書類を集めようと、不釣り合いな皮のソファーから飛び降りた。ここは彼の書斎、というよりは年齢を考えると勉強部屋である。

 広さは居間や寝室より狭いが、机とソファー以外に来客用のテーブルセットもあり、それが邪魔にならないほどの広さだ。壁紙は深緑の落ち着いた色合いで、全ての調度品が一級品の五歳児には勿体ない部屋である。


 だが現在、その上等な部屋は本棚だけでは収まらなかった本が机の上や床に所狭しと積み上げられ、秘密裏に集められた書類の山も出来上がっている。

 本人曰く、「書類は自分にはわかるように置いている。」ということだった。以前、某所での書類の山について文句を言っていたが、この惨状では人の事は言えない。前世の彼女も自宅の部屋は男子高校生といい勝負をする部屋だったが、それを指摘する人間は幸いにもこの場にはいなかった。


 緩慢な動きで片づけを始めようとするハーシェリクの耳に天の声、ではなくノックが響いた。


「失礼します。ハーシェ様、お飲み物をお持ちしました。」


 艶やかな黒髪に暗い紅玉のような鋭い瞳、初夏だが気温が高いというのにすらりとした長身に執事服をきっちりと着こなした彼は、第七王子の筆頭執事シュヴァルツ・ツヴァイクだ。 

 すでに後宮に仕える侍女達の間では人気の高い彼だが、本人はどこ吹く風である。


「いいところにきてくれた、クロ!」


 主に名を呼ばれたクロは部屋の惨状を視線で一巡し、にっこりと爽やかに微笑むと一礼して退出し扉を閉めた。とても滑らかな動作である。


「ちょ、待ってよ! なぜ出て行くの!? 見捨てちゃうの!?」


 ハーシェリクの悲鳴じみた声に、再度扉が開く。

 するとそこにはさきほどの爽やかな笑顔の執事ではなく、しかめっ面なクロが主を見下ろしていた。


「ハーシェ、窓閉めないと書類がふっとぶと俺は何度も注意したよな。まさか外には飛んではいないだろうな。」

「大丈夫だと思うけど……」


 自信なさげにハーシェリクは呟く。


(だって……)


 確かにそうクロに注意はされたが、閉めてしまうと熱気が部屋に籠るのだ。

 部屋には浮遊魔力を消費して稼働する冷房器具は常備されているが、前世でいうところのエアコンのようなもので人工的な冷風はハーシェリクには合わなかった。


 クロはため息をつき、飲み物をテーブルに置くとまず窓に向かった。

 外に書類が飛んでないかを確認し窓を閉める。窓を閉めないとまた風が吹いた時に悲惨な状態になることが目に見えてわかったからだ。


「……暑い。」

「文句を言うな。それにもうすぐ時間だろう? それ飲んだら準備しろ。」


 文句を言う主にクロはテーブルに置いた飲み物、冷えた紅茶を指しながら言い自分は書類の片づけを始める。

 なんだかんだ文句を言いつつ助けてくれる彼に、感謝しつつテーブルセットのソファーに座り、飲み物に口をつけた。香りがよく冷えた紅茶は眠気覚ましにはぴったりだった。


「……今日なんかあったけ?」


 ふとハーシェリクは予定を思い出そうと試みる。


 今日は勉強や稽古などはなかったはずだ。午後は城下町にお忍びで出かけようと思っていた。そんなハーシェリクの様子に、本日何度目かわからないため息をクロは漏らす。


「今日はおまえの筆頭騎士の選抜だろう。」

「……ああ。」


(そういえばそうだった。)


 筆頭騎士―---つまりは自分専用の近衛騎士だ。そういえば父に候補者がいるから決めるように言われていたのだ。本来は自分で成人するまでに決めるものらしいが、心配性な父は自分に警護をつけたいらしい。


「別にクロがいるから大丈夫なのに。」


 ぼそっと呟くハーシェリクの言葉に、一瞬クロの動きが止まった。すぐに再開したがその手つきはさきほどと比べ格段に軽い。


「気に入らなかったら全部落とせばいい。」


 その言葉も彼にしては声が弾んでいたが、ハーシェリクには気が付かなかった。


「それもそうだね。」


(ただ名声や称号が欲しい人間はいらない。)


 自分が欲しいのは仲間であり同志なのだ。


 ハーシェリクは窓の向こうにある空を見上げる。

 真っ青な空は、本日の気温をさらに上昇させることを予感させた。


(どんな人が来るのかなぁ……)


 そうハーシェリクは心の中で呟き紅茶を飲み干し、コップをテーブルの上に戻す。置かれたコップの中の氷が涼しげな音を立てた。






お待たせしました。

転生王子シリーズの第二弾、黄昏の騎士編がスタートです。

前作同様楽しんで頂ければ幸いです。


面白いと感じて頂けましたら、お気に入り・評価を頂ければ嬉しいです。

誤字・脱字は時間が空いた時に直していきますので、生暖かくスルーして頂ければ幸いです。


では楽しんで頂けたら幸いです。


楠 のびる

2014/2/17

2014/2/26 後書き変更

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ