(2) チユとイコ
・・・
「ちょっと、そこの人。アナタには私が必要だと思うわ。少しだけなら、ディスカウントできると思うから…私をそのレジのところまで連れて行きなさい」
見ず知らずの町で道に迷い、とりあえず入った道具屋。
そこで、突然話しかけてきたのは、見ず知らずの女性。
話しかけられたのは、アーシュ・タロット。男。年齢は17歳と数ヶ月。
この物語の主人公…のはずだ。
アーシュ・タロットは、怪訝そうな顔で女を見る。あん?…という感じに。
話しかけた女は、年の頃は17~18か?
アーシュ・タロットと同じぐらいの年齢…ひょっとしたら少し上かもしれない。
いかにも真面目そうな風貌の眼鏡美女。知的な雰囲気で何故かナースっぽいコスチュームを着ている。髪型はセミロング。黒い艶やかなストレートヘア。
大きくて印象的な瞳は深淵をのぞき込んだような黒。
肌は、白磁のように艶やかに美しく、所々に黒いアクセントがデザインされたナース風のコスチュームのためもあって、全体的に白黒のモノトーンのような印象だ。
身長は、アーシュ・タロットの横に並べばちょうどお似合いな感じで、痩せすぎず太りすぎずの良く引き締まったスタイルをしている。姿勢が良いせいか、美しいラインを描く体の曲線は、メリの部分もハリの部分もよけいに際だって見えて…
・・・
…はっ。しまった。
まるで変質者バリの視線で凝視してしまった…と慌てながら、アーシュ・タロットのその女に抱いた感想は、結局のところ「いい女」の一言だ。
「えっと。お姉さん…誰?…一緒にレジに連れて行け?少しはディスカウント?…ってことは、この店で俺が買うアイテムの値切り交渉を、お姉さんが代わりにしてくれるっていうこと?」
なるほど、確かに自分は値切り交渉なんてしたこともない。
しかし、この世界での買い物に「値切り」なんていうシステム…あったけ?
普通は、目の前に表示された金額を納得の上で店主に購入を申し出るだけで、後は自動的に表示金額がウォレットからマイナスされるんじゃなかったけ?
アーシュ・タロットは、余計なお世話だ…とは思わなかったものの、感謝の念より先に戸惑いの表情を浮かべて首を傾げてしまった。
すると…
「あはははははは。ほら、ごらんなさい。あんた、いつもそうやって回りくどい言い方するから、いつまでも売れ残っちゃうんよ~。アタシみたいにストレートに言えばいいのに。…ってことで、そこのお兄ぃ、アタシを買っておくれんよ~」
アーシュ・タロットが眼鏡美人白黒ナース(仮称)に問い返すと同時に、彼女の背後から別の女が笑いながら顔をのぞかせ、するっと二人の間に割り込んできた。
割り込んできたのは、これまた美少女。
・・・
単なる派手とは違う洗練されたデザインのカラフルなファッションで身を包む、アート系美少女だ。あまりそっち系に詳しくないアーシュ・タロットにも、おそらくは最先端のファッションなのだろうと想像できるクールなデザインだ。
年齢は…ちょっと不詳?…いや、若いには違いないのだが、幼いようにも妙齢のようにも見える。まぁ…対象範囲「内」か「外」かで言えば、間違いなく「内」の方だから問題ない。…って、何が?
瞳の色は、生まれつきなのか、それとも何らかの方法でカラーを付けているのか左右で微妙に違う色合いだ。右が深い赤。左が深い茶色。比較的近い色合いなので、鈍感な者だと気づかないかもしれない。
瞳の色と合わせたかのような髪の毛の色は深い茶色で、所々に深い赤色のメッシュがセンス良く入れられている。色々な点で先鋭的なルックスの割に、髪型だけは比較的おとなしめのショートボブなのは、何かこだわりでもあるのだろうか?
お願い…の形に合わせられた両手は何故だか少し右に傾いており、ちょっと甘えるようなポーズになっている。
そして何よりもアーシュ・タロットの目を引いたのは、その両手の10本の指全てにはめられたシンプルなリングだ。各リングの石は一つずつ色が違うものの、非常に小さく、しかもリングに埋めこまれているのでゴテゴテとした感じではない。
「やややん。このリングがお気に入りましたかん?…お兄ぃは、なかなかにお目が高いでんすなぁ~。でも、そんなに高い値じゃありませんからご安心をば~♪」
・・・
いや。別にそういうつもりで見てたワケじゃないけど…と言うかのように首を横に振り、胸の前に開いた手のひらを小さく万歳の形にするアーシュ・タロット。
「ちょっと待って!ここってそういう店なの?…お、俺、み、み、未成年だし、発禁食らうような展開は、こ、困るんだけど?」
「ふふふ。ほら。ごらんなさい。アナタのその言い回しの方が、よっぽど大きな誤解をされてしまっているじゃないの。安心しなさい。私たちもアナタと同じで未成年ですし、アナタが今想像したような俗悪最低で破廉恥なコトなんて私たちもする気はないから…」
「あら?…『たち』って言ったん?…アタシは別に、お兄ぃがそれを望むんなら、そういう楽しくってわくわくして気持ち良くなることだって全然OKだよん?…ただし、ロマンティックにね?」
「あぅあぅ…」
アーシュ・タロットは美少女二人に翻弄され、顔を赤くして口を開いたり閉じたり…どう言葉を返したら良いのか混乱する。
そんな彼の左腕に、カラフルファッション十指輪娘(仮称)は、その豊かな胸をぴったりと押しつけるようにして抱きつきながら畳みかける。
「あはん。お兄ぃ、可愛いねぇ。顔真っ赤だんね?ふふん。アタシの好みだから、お安くしとくんね。…ってっことで、そうと決まれば行きましょうんね。レジ、レジ、レジぃ~」
そして、アーシュ・タロットの腕を引いてレジの方へと引きずろうとする。
・・・
「待ちなさい!イコ。今、アナタが接触した瞬間、その男のチューニングが大きく狂ったわ。とんでもないほど…シャープしてる。そのせいで、攻撃を受けたワケでもないのに、バイタル・ステータスに大きなダメージを負ってる」
「あらん。この程度で?…おろろん。お兄ぃ、ウブなのねん?」
「ほら。離れなさい。さぁ、アナタ、私の手を握りなさい。チユしてあげるから」
チユ…!?…アーシュ・タロットは、一瞬、より刺激的な行為が行われるのかと勘違いして、驚いたような喜ぶような顔をする。
益々高鳴る胸の鼓動。
それに合わせて、益々高まる期待と妄想。
アーシュの心臓はもう痛いくらい。MAXハートレートは過去最高を記録中だ。
しかし、眼鏡美人白黒ナース(仮称)は、イコと呼ばれたカラフルファッション十指輪娘(仮称)からアーシュ・タロットを引き離すと、彼の左手を自らの左手で下から支えるように持ち上げ、そして彼の手を両手で挟むように右手を被せ…
「その狂った感覚を、私が正しく導いてあげる…」
彼の瞳を真っ直ぐ覗きこみながらそう囁いて、アーシュ・タロットの左手の手首に当てた白くて細い指先を、脈を探るように微調整しながら撫でていく。
そんなソフト・タッチでサワサワ触られちゃったら、かえって【ピー】が【ピー】して、頭から湯気が【ピーっ】と吹き出そうな、鼻血が【ピーっ】と吹き出しそうな変な気分になってしまう…とパニックになりかけたアーシュ・タロット。
・・・
場違いなピンクの雰囲気に、道具屋の店主が顔をチラッと向けたものの、またいつものことか…とでも言うように手元の電子算盤での会計処理を再開する。
どうでもよいことだが、あの店主…サングラスを掛けているけれど、この暗い店内で手元が見えているのだろうか?
一人で身悶えているアーシュ・タロットをよそに、眼鏡美人白黒ナース(仮称)の指先は、探り当てられた一点で静止する。すると、興奮し出鱈目なビートを刻んでいた脈拍は、その乱れたリズムを矯正されるかのように、徐々に規則正しい落ち着いた鼓動へと変わっていく。
それでやっと、アーシュ・タロットはそれがいかがわしい行為などではなく、純粋な治療行為なのだと気づいた。
「あ…ち、『治癒』…ね」
「…ん。そうよ。チユよ。でも…最初から呼び捨て…か…まぁ、良いけど…」
「??」
アーシュ・タロットは、「チュっ」してくれると勘違いし、それが「治癒」してくれるの聞き間違いだと気づいてガッカリしたわけだが、眼鏡美人白黒ナース(仮称)の方もそのつぶやきを何か勘違いしたようなつぶやきを返すので、彼は益々混乱する。
「あらん?…何なにぃ~もう、そんな仲にまで進展するとは、あんたもやるわね。チユ。じゃぁ…お兄ぃ、当然、アタシのコトも『イコ』ってフレンドリぃに呼んでくれるんよね?」
・・・
「い?…イコ?」
「あはん!…何なにぃ~。早速、呼んでみただけぇ~ってやつん?」
どうやら、このカラフルファッション十指輪娘(仮称)の名前が「イコ」で、こっちの眼鏡美人白黒ナース(仮称)の名前が「チユ」らしい…と、幾分と鈍いアーシュ・タロットにもやっと察することができた。
名乗られた…ら、名乗らないと失礼だよね?…的な躾を受けている彼は、だから、自分も自己紹介することにした。
ただし、必要最小限で。
「あ…あぁ。お、俺はアーシュ・タロットだ…あ…です」
「「え…!?」」
なのに、アーシュ・タロットの自己紹介を聞いた美少女二人…チユとイコは、その途端に弾けるように彼から身を離し、彼から距離をとった後、二人で互いに顔を見合わせる。弾け離れた時に彼女たちの背中が当たったのか、道具屋のアイテムの陳列棚から幾つかのアイテムが転がり落ちた。カランコロン…と。
その音に驚いたのか、それとも美少女2人と同じ理由でおののいたのか、道具屋の店主も顔をひきつらせて固まったままアーシュの方を凝視している。
「い、今、な、何て言ったん?」
「ま…まさか…そんなはず…」
・・・
アーシュ・タロットを警戒するように睨みつけながら、二人の美少女はそれぞれの口調で「信じられない」…という意味に変換される言葉を口にする。
一方のアーシュ・タロットは…「ふぅ…またか…」という表情で、左手で後頭部をボリボリと掻き毟りながら、曖昧なスマイルを返して言う。
「あの。たぶん…違うと思う。…保証は出来ないけど」
誰が聞いても説得力のない否定の言葉。
「たぶん」だけならまだしも「保証は出来ない」などと補足するところが、このアーシュ・タロットの性格を強く表している。
(でも、仕方がないじゃん…記憶が半分ぐらい失われているんだから。)
そう。アーシュ・タロットは、とりあえず行動に不自由しない程度に…立派な?…記憶喪失者なのであった。
「…たぶん…って、どう言うことなんよ?」
「保証…出来ないって…アナタ…」
「うん。記憶が一部、欠損しちゃってるみたいなんだよね。生活するのに困らない程度の基本的な知識と、ウォレットの中にそこそこの金額は…幸い残ってるんだけど」
その弱気な微笑みと、本当に困ったなぁ…と言った感じが滲み出た物言いに、美少女二人はほんの少しだけ警戒心を解く。
・・・
まぁ、こうして普通に話していて、未だに危害を加えられる様子も無いし、そもそも、このアーシュ・タロットという男が【例のアレ】だったとしたら、今頃、とっくに無事では済んでいないはずなのだ。
少しだけホッとした顔になったイコという名のカラフル美少女が、チユという美少女と目を合わせて頷きあう。
それから、念のため…という感じで、再度、アーシュ・タロットに名を訪ねる。
「えっと。もう一度、名前を…ゆっくりと言ってくれるん?」
「もう一度?…い、そりゃ、良いけど…。アー…」
「ア?」
「シュ」
「ス?」
「ん?…いや。シュだよ。シュ!」
「シュ…?」
「そう。シュ。で、タ…」
「出た?」
「違う。違う。タだよ。タ!」
「タ」
「そう。それから…ロッ」
「ロ」
「最後が、ト」
「…ト。アシュタロト…!!!…や、やっぱり!!そうなん!?違うん?」
・・・
確認し終えたイコは、再び警戒心も露わに後方へと飛び退る。
再び後の商品陳列棚へと背中をぶつけそうになるのを、チユがギリギリのところで抱き留めて、そのまま背後からギュっと抱きしめる。
まるでイコを盾にでもするように。
どうしよう?…という怯えた表情で、イコはチユの方へと顔を向ける。
チユは、やや引き攣った固い表情で、アーシュ・タロットの頭のテッペンから足の先までを検分するかのように、何度も視線を往復させながら呟きを漏らす。
「シュ?…ス?…シュ?…私たちの聞き間違い?…まぁ…単に名前が似てるだけ…ってこともあるでしょうけど…。確かに、この人の見た目は…噂の『アレ』とはかなり違うようだし…。腕も…普通に2本?」
その呟きに応じるように、アーシュ・タロットは両手を大きく広げて持ち上げてみせる。何も危険なモノは持っていませんよ…という感じで。
アーシュ・タロットにしてみれば、この手のやりとりはもう慣れっこになりつつあった。
既に何度も、この店に辿り着くまでに出会ったほぼ全員に、同じ反応をされてきたから。
アーシュの名を聞いた者は、皆一様に驚き、恐れおののき、弾けるように後方へと飛び退るのだ。
そして、何故か体中をジロジロと眺め回し、アーシュの腕が普通に2本しか無いことと、彼の表情がどちらかというと平和で、呑気で、マヌケ面であることに安堵して、やっと警戒を解いてくれる。
・・・
いったい誰と勘違いされているのだろう?
アーシュ・タロットは、最初の内、驚く人々に尋ねてみたのだが…
『いや。口に出して、もしも本物が現れたら大変だ。あんな不吉な名前なんか迂闊に口にするもんじゃない。悪かったな勘違いして…』
…的な感じに、皆、青ざめた顔をキョロキョロさせて辺りを警戒しながら去って行く。
口に出すのも憚られるような恐怖の対象とは、いったいどんな奴だろう?
それも、恐れる人々の言葉の端から察するに、どうやらそいつは腕が普通ではなく…2本ではないらしいのだ。
記憶に一部欠損のあるアーシュ・タロットだが、自分の名前に似ていて、腕が普通ではない恐ろしいものを想像してみた。
真っ先に思い浮かぶのは、やはりアレだ。
【アーシュ・ラオウ】
世紀末…と呼ばれていた古代の軍神で、三面六臂だとか、三面八臂だとかの姿で彫像が遺されている神魔。
多数の配下を従え、救世主と呼ばれた弟神の帝釈天剣士【ロウ】と大規模な戦闘を繰り返したというが、その剛拳を繰り出す時、六本や八本どころではなく数百…いや、無数の拳が迫り来るように見えることから、【アーシュ・ラオウ】の姿を写した彫像や絵画には、必ず複数の腕が描かれるのだという。
・・・
伝説では、永遠とも思われる闘いの末、弟神の帝釈天拳士【ロウ】に敗れ、天界を追放されてしまったのだという。
元々は正義を司る神であった【アーシュ・ラオウ】が、力を司る弟神に破れて天界を去る…つまり「正義が力に屈する」…という理不尽な結末に、この伝説を思い出すたびにアーシュ・タロットは胸を痛めるのだった。…可哀想なラオウ…と。
しかし、アーシュ・タロットの名を聞いた時の皆の反応からすると、どうやら間違われている相手の名は「アーシュ」では無いようだ。「シュ」ではなく「ス」だという。
と…すると、やはりアッチだろうか?
あの西欧の伝承に伝わる大悪魔。
40の軍団を率いる大公爵。
ディアボロスとも呼ばれ、悪魔王と並び水曜日に召喚されるという…あの…
「あははは。そうよねぇ。こんな間の抜けた顔してるお兄ぃが、あの恐ろしい噂の『アレ』のワケないんよねぇ~。やだぁ~ん、も~驚かさないでよね!」
考え込んでいたアーシュ・タロットの胸に、元気すぎる明るい声とともに、突然、【どんっ!】と衝撃が走る。
目の前の男が恐怖の対象では無いと知って安堵したイコが、アーシュの胸を小突くように押したのだ。
イコはそれほど強く押したつもりは無かったのだが、思いに耽っていて完全に油断していたアーシュは、バランスを崩して後方へとよろけてしまう。
・・・
「わ?…わわわわ、わゎあぁ!!」
よろけて後へと引いた足の下には、先ほどチユとイコが棚に背中をぶつけた時に落下した幾つかのアイテムが…
足をとられて、バタバタと手をふるが、一度崩れたバランスを中々取り戻すことができず、アーシュ・タロットは、何故か後ろ向きに全力で走り出すハメになる。
「「あぁぁっ!!!…危ない!!!」」
【ドンガラガッシャンシャン!!】
もうもうと立つ煙。舞い上がる埃の煙だ。
目の前に両手を当てて、あ~ぁという表情をするチユとイコ。
その両手の指の隙間から、アーシュ・タロットのスッ転けた先を覗き見る。
「…いきなり強烈な鉄山靠をお見舞いしてくれるとは…俺に何か恨みでもあるんですか?…お客さん」
半開きの店の入り口から流れ込んだ風に、埃の煙が吹き払われていく。
不機嫌な声を上げたのは道具屋の店主。
後へ倒れ込もうとするアーシュ・タロットの後頭部を、高く上げた足の裏で蹴り止めて、両手はアーシュの背中で破壊されるのを避けるためか、レジスターを大事そうに捧げ持って体を横に捻っている。
・・・
残念ながら、その手前にあったハズのカウンターは大破している。埃の煙を上げたのは大破したカウンターだったのだろう。
アーシュ・タロットが後頭部を支えられただけで転ばずに済んでいるのは、偶然にも店主がもともと座っていた丸椅子に、腰掛ける格好になっているからだった。
「ご、ごめんなさい…」
涙目で詫びるアーシュ・タロット。これはさすがに、弁償は免れないだろう。
しかし、アーシュ・タロットの背中に目を落とし、間近で顔をジロジロと見回した店主は、それ以上怒りの言葉を投げてくることもなく、アーシュの後頭部から足を離し、横の棚にレジスターをそっと置くと、そそくさと折りたたみテーブルと折りたたみ椅子を設置してそこに黙って座る。
サングラスを掛けているため、どんな表情をしているのかわからない店主。
だからその怒りの程が分からない。
グラサンで沈黙されると…威圧感が半端無いんだよ~~~っと、心の中で悲鳴を上げながら、こっぴどく怒鳴られるのを覚悟して首を竦めるアーシュ・タロット。
ところが、店主は横の棚からレジスターを自分の前へとそっと戻し、横目でジロっとアーシュ・タロットを睨みつけて静かに言う。
「まぁ。悪気が無かったコトは、見ていたから分かっています。壊れたカウンターもそろそろ新調しようかと思ってたほどにボロボロだったし。弁償しろとは言いません。しかし、その代わりに…」
・・・
弁償しなくて良いと聞いてホッとした顔をするアーシュ・タロットに、店主は続いてその代わりの条件を告げる。
「そこの売れ残りの2人を買い取って、さっさとこの店から出て行ってください」
「え?…買い取って?」
「「売れ残りって!?」」
店主の声に、疑問を投げかけるアーシュ・タロット。
同時に、疑問とも抗議ともとれる叫びをユニゾったのは、チユとイコの二人。
どちらも売買に関する問いかけだが、トーンは全く異なっていた。
「ど、道具屋さん…じ、人身売買は、よ、良くないんじゃ?」
「失礼だわ。私、売れ残りなんかじゃない。今までは、私の眼鏡に適う男が現れなかっただけよ。訂正して欲しいわね」
「アタシも、繋がりたいって気にさせるオトコと出会えなかっただけなんよぉ!」
元の店主の椅子に腰掛けたまま、おずおずと窘めるアーシュ・タロット。
つかつかと背筋を伸ばした姿勢の良い姿で、店主に詰め寄るチユ。
そして、その後を追うように小走りで駆け寄るイコ。
「ふぅ。うるさいですね。わかりました…。それなら代金は結構。その二人は、元々、お客さんのモノ。何らかの理由で離ればなれになっていたのが、今日、この場所で偶然、再開した。…良かったですね。幸運で。さぁ、さっさと連れて行ってください」
・・・
今、創った話にしては、妙にスラスラと口から出る驚愕の感動ストーリーを語りながら、3人に詰め寄られた店主は、面倒臭そうに顔を横に向ける。
そして、3人の方に向けた右手の甲を「しっ、しっ」とでも言うようにヒラヒラと振って追い払うような仕草をした。そして、振り終えた手で、後の棚の引き出しから何やらいくつかの書類や冊子を取り出すと、そこにサラサラと今日の日付を書き込んで、書き終える度にポイポイとアーシュ・タロットの方へと投げてよこす。
「な…何、これ?」
「何って、保証書と取説です。売ったワケではありませんが…セット品ですので」
店に残して置いてもしょうがないから…と小声で付け加える店主。
顎を撫でながらアーシュ・タロットの方へと向き直り、不機嫌そうな顔でさらに言う。
「お客さんは、さっき人身売買だなどと人聞きの悪いことをいってくれましたが…コイツ等はこんな姿をしていても、歴とした【エフェクター】です。道具として使いこなせるかどうかはお客さん次第」
「え?…【エフェクター】…???」
「まぁ、元々、お客さんのモノだったんですから…楽勝だとは思いますが。その頃とは、少し使い方も変わっているかも知れません。念の為、良く取説を読むと良いでしょう」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ」
アーシュ・タロットは、店主からグイグイと押しつけられる2冊の取扱説明書とそれに付随した2枚の保証書を押しとどめて、困ったように2人の女性を見る。
・・・
人身売買どころか、人間としてすらみてもらえないという非人道的な扱いを受けながら、今のところ2人の美少女は、そのことに関して抗議の声を上げようともしない。
アーシュ・タロットと店主のやり取りを、互いの手を取り合って、何故か潤んだ瞳で見つめている。怒り心頭で声も出ないのだろうか?いや。でも何か嬉しそうだし?
2人の美少女が何も言わないので、アーシュ・タロットは一人で混乱する頭を整理しようと、深呼吸をしてみる。
大体、美少女の取扱説明書…って何だよ?…と頭を捻るアーシュ・タロット。
ていうか…取扱説明書の最初の方のページって、良く図解入りで「各部の名称と機能」とかいうのが載ってたりするよね?…え?…まさか裸の!?…とか考えて赤面する。
一部記憶を失っているクセに、妙な知識だけはしっかり残っているアーシュ・タロットは、不埒な妄想を脳裏に浮かべて顔を真っ赤にする。
ページを開いて確認したい誘惑に駆られながらも、そういうのは人前でするもんじゃないし…と思い直し、根負けした風を装いながら…
「わ、分かったよ。ま、間違った扱いをして、彼女たちを傷つけたらいけないもんね。あ、あとでしっかりと読むよ。と、取説」
と、懐に取扱説明書や保証書をそそくさとしまうアーシュ・タロット。
その言葉をどう勘違いしたのか、イコが背中に抱きついてくる。
「お兄ぃ…やっぱり、優しいんだね。でも、アタシ、お兄ぃにだったら…少しぐらい傷つけられたって…」
・・・
「ちょと、イコ。離れなさい。そんなコトしたら、また、バイタル・ステータスにダメージを負っちゃうじゃない」
「はわわわ」
イコを背中から引き剥がし、今度はチユがアーシュ・タロットの手をとって、その柔らかな両手で、また、優しく包み込んでくれる。
そんな3人の様子に冷たい顔を向けて、店主は再び「しっ、しっ」と手を振る。
「さぁ。さっさと店から出て行ってください。お前等に騒ぎを起こされると、他の客が驚いて寄りつきません。商売の邪魔をする気なら、街のガーディアンを呼びますよ?」
「店長、長いコトお世話になりました。お達者で…」
「アハン…アタシ、店長のことも結構、嫌いじゃなかったんよね。でも、店長の言うとおり、これが愛と感動と奇跡の再開なら、愛に生きるアタシは寂しさにも耐えてみせるんよ。店長。ありがとね!バイバイね!」
チユとイコは、深々と頭を下げて道具屋の店主に別れを告げる。
しかし、店主は、そんな二人に背を向けてしまい、右手だけをヒラヒラと振る。
照れ隠しなのか、表情を見せまいとしているのだろうか。
「…困ったことがあったら、いつでも相談に来ても結構です。ただし、今度はちゃんと客として。相談料はお安くしておきましょう」
「「うん!」」
・・・
嬉しそうに手を振る美少女2人。
手を振り終わると、アーシュ・タロットの両腕をそれぞれガッシリと掴み、道具屋の外へと引きずっていく。
「はっ!!…しまった。いつの間にか、俺がこの2人を連れて行くコトが確定している!?…ちょ、ちょっと待って。色々とまだ、疑問点が…。き、訊きたいコトが…」
道具屋の店主に助けを求めるように手を伸ばすが、しかし、店主は3人に背を向けたままでコチラを見ようともしない。
ともあれ、こうしてアーシュ・タロットは、個性的な美少女2人と行動を共にすることになった。
分からないことだらけだけれど、一人で孤独に旅を続けるよりは間違いなくきっと楽しいんだろうな…と、この状況をポジティブに受け止めるよう気持ちを切り替えたアーシュ・タロット。
外へと出ると、アーシュは美少女2人の手を振り解き、自分の足でしっかりと大地を踏みしめて立った。そして、目の前の小さなタウンの風景とその上に広がる真っ青な空を、目を細めて眩しそうに眺める。
腕を振り解かれた2人の美少女は、アーシュ・タロットが自分たち2人を置いていってしまうのではないか…と、不安げな表情で見つめている。
だから、アーシュ・タロットは、ニッコリと微笑んで2人に呼びかけた。
「まぁ…何はともあれ…これからは3人一緒だね。よろしく、頼むよ!」
・・・