幻の友達
描写・説明不足で分かりづらい点、あるかもしれません。
もしご指摘いただければ幸いです。
白石影子(しらいしえいこ)さんは「霊感女」と呼ばれていた。
日本人形のように長く伸ばした髪。
猫背で、背筋を丸めては陰気な顔をして、トボトボ歩く。
おまけに、ある日曜日、真っ白なワンピースを着て街を歩いていたら、それをクラスの誰かに目撃されていたらしい。
「真っ白な服を着てる白石さん。ほんとに幽霊みたいだった」と――。
彼女に声をかけてくる女子は、残念ながら友達ではなかった。
「白石さんって、やっぱ霊感あるの?」
あるわけがない。彼女は「ない」と答えた。
「でも、誰も居ない教室で白石さんが喋ってるの、見た子が居るんだよ。教室には白石さんだけなのに、まるで本当に誰かと喋ってるみたいだったってさ」
そんな根も葉もない噂を誰が流したのか。白石さんは心が傷ついた。
「ねえ、お岩さんて幽霊あるじゃん。白石さんのこと、お石さんって呼んじゃダメ?」
隣の女子が「やめなよー」と止めるが、「いや、合ってるかも」なんて声も出てきて。
それ以来ずっと、中学生の頃のあだ名が「お石さん」だった。
白石さんは中学の三年間、クラスでは孤立していたが、友達が居なかったわけではない。
「根拠のない噂を流して、変なあだ名をつけて喜ぶなんて……許せない」
白石さんを元気づけてくれたその子は、「リホちゃん」と呼ばれていた。
クラスは違ったし、休みの日に一緒に遊んだこともない。「友達」と呼んでいいのか微妙だが、白石さんはリホちゃんを友達と思いたかった。
リホちゃんは朝、下駄箱のところで「おはよう」と声をかけてくれた。廊下ですれ違った時にも、声をかけてくれた。
放課後の教室で、二人っきり、お喋りをしたこともある。
だが「友達」とまで呼んでいいのか。
リホちゃんがどう思っているのか分からなかった。白石さんも自分が虐められていることから、リホちゃんを無理に「友達」と呼べなかった。
中学三年の三学期――。
リホちゃんは「高校には行けない」と言ってきた。
「白石さん、新しい学校生活で頑張りなよ。元気よく『おはよう』が肝心だからね! 人付き合いが苦手でも、こっちから明るくあいさつするんだよ!」
夕暮れの教室で、窓辺にたたずむリホちゃんの笑顔が焼きついた。
四月がやって来て、入学式当日の朝――。
学校までの道を歩きながら、白石さんは不安だった。
新しい環境で、うまくやっていけるだろうか。
気持ちが落ち込み、足取りが重くなる。
だがそんな気分とは裏腹に、足はどんどん先へと進んでいく。
スタスタ、何かに引き寄せられるように足が前へ進んだ。
気づくと目の前に、古びた校舎があった。
ここまで、どんな道をたどってきたか自分でも分からない。ただ、入試でここへ来た時とは違う道を歩いていたと思う。
目の前には確かに校舎があるが、入試の時は、こんな古い校舎じゃなかった。入学パンフレットの写真で見たのとも違う。
どこかで道を間違えたのだろう。
そう思ったが、古い校舎の窓には、既に何人かの生徒の姿が見えた。
自分が着ているのと同じ制服である。
ちょうど、入口から中へ入っていくひとも居た。
白石さんも校舎の中に入り、ひとの気配がする教室へ向かった。
階段をのぼると、二階のいちばん手前にあった教室から声がする。
女子生徒が数人集まって、楽しそうに話をしていた。
入学式はまだ始まっていない。この日は二年生と三年生は休みだから、この子たちは自分と同じ一年生だろうか。ここが控え室みたいになっているのだろうか。
白石さんが教室に入ろうとすると――。
ピタリと会話が止んだ。
お喋りをしていた生徒たちが、一斉にこっちを向いた。
黙ったまま、くすんだ目でジーっと見ている。
白石さんは緊張して息を飲んだ。
自分の第一印象がここで決まると思った。同時に、リホちゃんの言葉を思い出した。
「お……おはようございます!」
白石さんは勇気を出し、できるだけ明るく言った。
教室に居たみんなの、よそ者を見るような目が、一気に優しいものに変わった。
「新入生?」
「どこの中学?」
女子生徒たちが、白石さんに話しかけてくる。
近くで喋っているのに、なぜか遠く聞こえた。
「白石さんは何年生まれなの?」
その声が、耳に水でも入ったように、くぐもって聞こえる。
「えっと、1998年1月生まれです」
「え! じゃあ昭和73年生まれってこと?」
笑えない冗談に、白石さんは無理やり笑顔を作る。
昭和は64年(1989年)で終わっていて、今は平成だ。言うまでもない。
教室にはなぜか時計が見当たらなかった。
先生が呼びに来ないということは、まだ行かなくていいのだろう。
白石さんはその女子生徒たちと雑談に耽った。
「白石影子っていうのね。中学の頃は、なんて呼ばれてたの?」
彼女は、「お石さん」と呼ばれていた中学時代のことをみんなに話した。
「お石さんだって!」
「やっぱり。それっぽく見えたもの」
「ねえねえ、やっぱ霊感あるんでしょ? 白石さん」
聞かれて白石さんは「ないない!」と手を振って否定する。
孤独だった中学の時のことは、もう忘れたかった。
その後も雑談は続いた。
流行についていけない白石さんですら、古過ぎると思うような話題ばかりだった。
教室は異常なほど明るく、カメラのレンズを太陽に向けたみたいに、真っ白にぼやけていた。
熱でも出てきたように頭がくらくらしてきた。
そのうち耳鳴りがしてきて、女子生徒たちの話し声がどんどん遠ざかっていった。
「ちょっと君! 何してるんだ!」
大人の男性の声が教室に響いて、白石さんは肩をビクンと震わせた。
教室の入口に、男性教諭と思われるひとが立っていた。
「もしかして新入生の白石さんか? どうしたんだ一体。なんでこんなところに居る?」
明る過ぎる場所から急に屋内へ入ったように目がくらむ。
その暗さに目が慣れると同時に、音もはっきり聞こえるようになった。
埃だらけの机に自分が座っていて、周りには、その教諭と自分しか居なかった。
「怒ったりしないから、早く来なさい。入学式は始まってるぞ」
白石さんが居たのは、もう使っていない旧校舎だった。
どの道をたどってきたかも分からないまま、白石さんはここまで来ていた。
後で聞いた話しによると、朝、本来の校舎と違う方向へ歩いていく彼女を、同じ中学の知人が見ていた。
入学式が始まっても白石さんの姿が見えず、「何かあったのでは」と心配したその知人が先生たちに知らせた。
朝、学校付近で目撃された女子生徒が入学式に居ないのだから、事は重大である。
何箇所かを探した後、男性教諭は、旧校舎の二階の教室でひとり机に座っている白石さんを発見した。
「誰かと会話してみるみたいだったぞ、君」
教諭は言った。
外に出てみると、入る前に見た時とはぜんぜん違い、校舎はボロボロだった。
とっくの昔に廃校舎となっていて、大きな地震が来ると崩れるかもしれない。非常に危険だから、「立ち入り禁止」になっている。
そもそもドアから窓の一つ一つまで厳重に封鎖されていて、ひとが入れるわけがない。
教諭が白石さんを探しに来た時、入口は開いていた。
でも今朝早くに確認した時には閉まっていたという。
「このことは誰にも秘密にしておくから、君も言わない方がいいぞ。さ、入学式はまだ始まったばかりだから、早く行きなさい」
不思議な体験をした白石さんの心を、教諭が安心させてくれた。
式には間に合った。
でもこれもまたおかしいと思った。
なぜ男性教諭は、旧校舎の二階の教室に居た自分を、こんなに早く発見できたのだろう。あちこち探しまわっていたら、そうはいかなかったはずだ。
それに教諭は、今朝早く、旧校舎の入口が厳重に封鎖されているかをわざわざ確認しに来ている。普通、そんなことはしない。
「前にも、入学式当日に、こういうことがあったんだよ」
男性教諭は後になってそう語った。
「その時も新入生の女の子が一人であの教室に座っていた。発見したのは俺だ。でもその子、自分は他の子と一緒だった、その子たちと喋っていたって言うんだ。入る時も、古い校舎だから変だと思ったけど、同じ制服の子たちが中へ入っていくから、ここでいいと思ったんだと」
でも教諭が校舎に一歩入ると埃だらけで、その埃だらけの廊下の上に、ひとり分だけの足跡が、あの二階の教室まで続いていたという。
「君はたまたまあいつらに選ばれただけだ。運が悪かっただけさ。気にするなよ」
教諭は笑い飛ばしたが、白石さんは気が気でなかった。
自分には霊感がある。そう言われるのと同じだった。
白石さんは家に帰ると部屋で泣いていた。
そして携帯をにぎりしめていた。
登録されている番号は数少ないが、その中にリホちゃんの番号があった。
教えてもらってから、まだ一度もかけたことのない番号。
白石さんは泣くのをこらえ、その番号にかけた。通話口に耳を押し当てる。
(白石影子は誰も居ない教室で楽しそうにお喋りをしていた)
中学時代のその噂が、ただの噂であると信じたかった。
リホちゃんが電話に出てくれさえすれば、生きているその声を聞かせてくれさえすれば、白石さんは安心して笑うことができただろう。
リホちゃんはただ一人の友達であったはずだから。
読んでくれてありがとうございました。
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