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リス好き宰相様はリス獣人の私に仕事より木の実を与えたいみたいです

作者: 烏間
掲載日:2026/06/13


 宰相殿は、小動物、特にリス好き。


 この情報をとある筋から手に入れた時は、流石に嘘だろと思った。


 現在の我が国の宰相は、ルビウス・ノワール様は仕事に厳格で、冷酷な決断を厭わない鉄仮面として有名だった。

 33歳という異例中の異例の若さで宰相に就任した経歴とその仕事ぶりは様々な場所に知れ渡り、文官達の目標ともなっている。


 私も密かに憧れる一人だ。


 そんなノワール様が小動物が好きなイメージなどこれっぽっちも結びつかなかった。


 しかし、いざ面接の為に宰相室に入った時、信憑性のなかった情報は一気に真実に変わった。

 彼の書斎机に並ぶ木彫りのリス。

 リス柄のティーカップ。

 リスの刺繍のポケットチーフ(ダセェ)。

 見事にリスだらけだ。


 うわ、本当だったんだ。

 でもこれはチャンス。

 私が補佐官の椅子を確実に得る方法は一つ。


 プライドを捨てる覚悟はできた。

 リスで媚びよう!


 普段は邪魔で控えめにしか出してない尻尾も、リス耳もあえて強調して、採用面接に臨む。

 宰相補佐官のためなら、一肌でもニ肌でも脱いでやる。

私は、この仕事をしたくて文官になったんだから!


「リザ・ウォルナット。財務部にいました。リスの獣人です」


 パリーンッ!


 私と目が合った瞬間、ノワール宰相のメガネが割れた。


「だっ、大丈夫ですか?!お怪我は??」


「っ……採用だ」


「え?」


「君を……補佐官に採用しよう!!」


 そう言って、ノワール様は私の手をがっしりと掴んだ。


 うそぉ……。

 まさかの即決だった。


「あ、はい」


 憧れの人に手を握られて切望されてるのに、全然嬉しくないと思ったのは、秘密だ。


 真面目に実力で勝負してきた日々はなんだったのか。

 シャツのボタンを一つ外して色仕掛けで出世した同期の姿が頭をよぎった。


 この日初めて、感情が昂るとメガネが割れる人がいることを知った。




 それから約一か月後、私は本当に宰相執務室の一員になった。

 ノワール様と、補佐官は私を含めて5人。

 それぞれの机が与えられ、業務に勤しんでいる。


 ここにいるメンバーはノワール様自ら人選して、年齢関係なく優秀な人材が揃ってるのだそうだ。


 そんな中に私も入れるなんて。

 そりゃちょっとノワール様を誘惑しなかったわけじゃないけど。

 それでも、仕事に自信はある。頑張ろう!


「さて、ウォルナット補佐官。今日からここで働く上で必要なものをいくつか支給しよう。まず、これは通常時の制服と制帽だ。尻尾と耳が窮屈にならないように指示を出しておいた。国支給のものだから大切に使うように」


 そういって、ノワール様自ら制服を渡してくれる。

 本当は耳も尻尾もある程度隠せるんだけど、まぁいいか。


「ありがとうございます!」


「あと、これがリスの時の制服、そして専用の机と椅子、筆記用具だ。あと、木登り用の木はそこを使って一日三十分まで。おやつの木の実は希望のものを一日十粒まで支給しよう。なお、お昼寝は……」


 人間用より明らかに支給品が多いよっ??

 というか、木登り?木の実?


「ちょ、ちょっと待ってください!」


「なんだ、十粒では不満か?十五粒でどうだ?」


「木の実の数はどうでもいいです!それよりなんでリスで仕事する前提になってるんですか?!私は一日中人の姿で仕事しますよ??」


「えっ……」


 あれ?

 なんか、すごく当然のこと言ったはずなのに、しょんぼりされてる??

 冷酷な決断も厭わない鉄仮面なのでは??

 なんか強面の顔が捨てられた子犬みたいですけど??



「あっ、バカ新人っ!空気読めっ!」


 すると、先輩補佐官の方々が仕事をしてたはずなのに、飛んでくる。


「そうだぞ、ノワール様がお前がくるのをどれだけ楽しみにしてたと思ってるんだ。大人しく木の実食って、木登りして、昼寝しろっ」


 さらに別の補佐官の方がとんでもない事を言う。


 なんだこの職場。

 思ってたのと違う。

 この国、大丈夫なの??






 時は遡り、リザが来る一ヶ月前

 休憩終わりの宰相室はざわついていた。


「大変なことになった。この度、宰相補佐官に女性のリス獣人を迎えることになった」


 執務室に補佐官たちが集まっている中、一番年長のアルトが言った。

 その表情は、まるで決戦前夜のように張り詰めていた。


「「「「うそ……だろ?」」」」


 その場にいた補佐官全員、信じられなかった。

 彼らは自分達の上司の事を尊敬しているが、唯一の弱点も知っている。


 ノワール宰相は、リスのことになると馬鹿になる。


 他国口外厳禁のトップシークレットである。

 ……まぁ、口伝的にわりと広まっているが。


「既に、ノワール様がウキウキでリス用の制服を手縫いしてるところも目撃されてる」


 アルトは、憔悴しきった顔でそう言った。

 彼はノワールの仕事ぶりに惚れて、ノワールより年上ながらも彼についていくことを決めたタイプの補佐官なので、ショックだったのだろう。


「うわー……それは……ウキウキですね……」


 一番若手の補佐官のウィリアムが爆笑したいのを堪え、震えながら言った。


「笑うなっ!そのせいで閣下が仕事しなくなったらこの国終わるぞ?」


 真面目な補佐官エドワードが頭を抱える。


「傾国の美女ならぬ傾国のリスってとこですかね」


 にこやかでありながらどこか含みのある笑みでリーチが笑った


「一応、ノワール様にはその補佐官が来るからと言って仕事を疎かにしないと、言質はとってある」


 アルトは、そう言って溜息をつく。

 ため息の深さがそれがどれほど大変だったかを物語っている。


「まぁ、リスの服手縫いしてる割には、今日もいつも通りどころか、二割増しぐらいに仕事をしてますね」


 ウィリアムはノワールの机の上にこんもりと積まれた書類の山を見て言った。


「たしかに。しかも内容も全く疎かにはなってないな」


 エドワードは完了済みの書類に目を通しながら、感心しつつも呆れている。

 普段でも文官十人分の仕事をしてるが、今は十二人分仕事をして、さらに内容も完璧。むしろ磨きがかかってると言ってもいい。

 これに加え、リスの服を縫ったり、もしかすると別のこともしているかもしれない。

 そう思うと、ノワールが本気を出したらどうなってしまうのか。エドワードは背筋が寒くなった。


「なら、ノワール様はリスをモチベーションに仕事ができるということですから、そのリスの新人をノワール様の目に触れないようにするより、寧ろ餌にして仕事をさせた方がいいんですね」


「「「(言い方は悪いが間違っていない)」」」


 リーチの歯に衣着せぬ言い方に他の三人は心の中で同意した。


「……実はこの話は既に陛下の耳にも入っており、我々はノワール様をうまく操作し、リスの新人で業務を滞らせないようする王命がでてる」


 アルトはまた一つため息をついた。補佐官の中では間違いなく彼が一番の苦労人だろう


「そんなトンチキな王命が……」


 ウィリアムは空いた口が塞がらないと言った顔だ。


「ノワール様のやる気で国が傾くんだから仕方ないのか。あとは、その新人が変な奴でないといいのだが……」


 エドワードは頭痛を我慢するように眉間に手を当てた。。


「あぁそれなら、僕多分その子の採用面接立会いました」


 ここでリーチが言わずにいた情報を出してくる。


「なんだと?!どんな奴だった??」


 少しでも情報が欲しいアルトが食い付くように聞いてくる。


「性格は真面目そうですが、野心家な感じがしますね。あと、あのモフモフの耳や尻尾はノワール様好みで危険でした。一目見た衝撃で、ノワール様のメガネが割れてましたもん。いやぁ、あれは面白……いえ、大変でした」


 リーチはそう言いながらも相変わらずにこやかに笑ってる。

 彼はこれから起こるであろうてんやわんやをもはや楽しみにしてそうなところすらある。



 大丈夫なのか、この国!!

 リーチを除いた三人が全く同じ事を思っていた。





 ……そして、現在に至る。


「……というわけで、リザ。君にはノワールの心を癒す役目があるから、一日の半分は補佐官の仕事をして、半分はリスをしてくれ」


「何がというわけですか、アルト様。なんですかこれ、リスハラですか?」


 リスしてくれってなんですか?

 リス獣人の私もそんな言葉聞いたことないですよ??


「……実は、これは王命なのだ」


「嘘つかないで下さい。どこに職務中にリスになって木の実食べろって王命が……」


 私が途中まで言ったところで、アルト様がすっと書類を出してくる。


 書類を開いて手が震える。

 陛下直筆、玉璽付きのどエラい文書である。


 そこに私を補佐官兼リス係と任命すると書いてある。


「なんですか、リス係って……」


 内容はどう考えてもおかしいのに、文官の私には、用紙、筆跡、玉璽が本物で、これが公式のものだとわかってしまう。

 いっそ偽物であって欲しかった。


「私もよくわからん。ただ、おやつ昼寝付きで給料は新人補佐官相当なんだからお得じゃないか?」


「いや、給料同じなら普通に仕事させてくださいよ!」


「悪いがこれは決定事項だ。恨むなら、リスの姿で王宮に来てしまったこと自分を恨むんだな」


 アルト様はそう言って私の肩にポンと手を置いていなくなってしまった。


「えぇ……」


 リスで補佐官になろうとしてバチが当たった?

 確かになりふり構わなかったけど、こんなの聞いてない!


 そうして、私の補佐官兼リス役という意味のわからない仕事は始まってしまったのであった。







 それから数日後。

 時刻は、現在十三時五十分。


 いつもこの時間になると、明らかにノワール様が私を見る回数が増える。


 私はそれに気づかないようにしながら仕上げた書類のチェックをエドワード様に頼む。


 エドワード様より、アルト様、リーチ様の方が補佐官としての経歴は長いが、二人はノワール様の書類仕事以外の会議などにも同行もされるので、私の指導係はエドワード様ということになってる。

 真面目でノワール様を慕う良い方。ちょっと細かいけど。


「ここはこの書き方の方がいいな」

「書き直しますか?」


 今から作成し直せばリスでいる時間が10分は短くて済むだろう。


「……いや、別に間違いではないからな。このままで良い」


 エドワード様はそう言って私から書類を奪ってしまう。


「そ、そういえば今週分の軍の経理書類の処理、まだでしたよね??」


 諦めるな、まだ残ってる仕事があるはず!


「それなら僕がやっておきました」


 そう言って、ウィリアム様がひらひらと書類を見せる。

 くっ……。

 さすが、補佐官の中でも1番若手ながら瞬発力がありかつ気遣いの出来る男っ!

 仕事が早い。


「それではっ!六月の花祭りの意見書のまとめは?」


「それは、俺がやっている」


 そう言って、エドワード様も手元の書類を私の方に見せてきた。私がまとめる


「なっ……」


 くそ、ここの補佐官の真面目さと優秀さが憎いっ!


「君には別の仕事があるからそっちに行きなさい」


 そう言って、エドワード様が指差すのは、我らが宰相閣下の机の方。


 ノワール様、なんかさっきから楽しそうに手製の回し車回しながら待ってるんだよなぁ。


 まさかあれ回せと??


 私、文官で体力ないんですけど??


「……はぁ」


 あー結局、時間になってしまった。

 残業も綺麗になし。

 私は今日も、諦めてリスの姿に変化した。






 むぅ……。


 仕事したい、仕事したい、仕事したい。


 一応、リスの姿になっても、私の机と椅子がある。


 ミズナラを使った高級品で、ノワール様お手製だ。

 ほんのり木のいい匂いがして、椅子も尻尾が後ろから出せるようにしてある。


「尻尾を振ってるぞ!可愛い!可愛すぎる!」


 ただ、ついつい尻尾をパタパタするとノワール様に丸見えなのでメッチャうるさい。


 しかも、書類作成もできなくはないが、紙も文字も小さすぎるので書類を作成したところで実用は出来ない。


 ノワール様の机の引き出しのコレクションにそっと加えられるのがオチだ。



「なぁ、リザ。次はこれもしてみてくれないか?」


 そう言って、ノワール様はいそいそと回し車を勧めてくる。

 どうにも自信作らしい。

 私はぷいっとそっぽを向いたが、それにすら震えるほど喜んでて怖かった。


 全く、私に構ってないで仕事して欲しい……。


 ……と思ったが、

 よく見ると既に彼の机の横に処理済み書類のタワーが出来上がってる。

 倒れそうなほどもりっもりに。


 この人、新人の私の20倍ぐらい仕事してるっっ!!

 会議とかもあるのになんで??


 もちろん、それだけやってたら誰も文句を言うはずもない。


 それどころか、ノワール様に仕事回す役も、できたものを分別して処理する役も間に合ってない。


「ちょっとだけ、ちょっとだけで良いから」


 そう言って、ノワール様がまたずずいと回し車を近づけてくる。


 この人、私のことを人間がリスになってるんじゃなくて、リスが人間になってると思ってる節があるんだよなぁ。



「失礼します、ノワール閣下。陛下が至急ご相談したいことがあるそうです」


「今忙しい。待たせておけ」


 ノワール様は、彼を呼びにきた近衛騎士に神経反射で言い捨てた。


 いやダメでしょ!!


「ノワール様、さすがに陛下をお待たせするのはまずいです」


 アルト様が慌てた様子で言った。


「チッ……どうせ大したことない理由だろうに」


 ノワール様は盛大に舌打ちをし、不機嫌そうに席を立つ。


 そして、なんか私と目が合う。


 めっちゃ見てる!


 え?


 えぇ??



 まさかっ……。





 ノワールはそのまま足早に部屋を出て行ってしまった。


 それをしっかり見送って、アルトが一息ついて話し出す。


「よし、ノワール様も行ったし、しばらく人の姿に戻ってていいぞ、リザ」


 しかし、それに対して声は返ってこない。


 思わず、そこにいた全員がノワールの机の方を見る。

 さらに、書類の下敷きになっていないか、一番若手のウィリアムが確認する。


 しかし、そこには一匹のリスもいない。


「アルト様、リザがいません」


 ウィリアムが真っ青な顔で言う。


「まさか、連れてったのか??陛下に会いに行くのに??」


 エドワードは信じられないと頭を抱える。


「いやぁーさすがノワール様」


 リーチだけはその様子にケラケラと笑っていた。








 どうも、リザ・ウォルナットです。


 今、ノワール様の上着の胸ポケットに入れられています。



 さっき摘まれて、しまわれました。


 今はポケットから両手を出して覗いてます。



 正直、陛下に呼ばれたノワール様が立ち上がった時、なんか目が合うなと思ったんです。


 そしたらすごい自然な流れでポケットに入れられました。


スッて。

スッて入れられました(怒)


 しかも、ノワール様はリスをポケットに入れた状態で、執務室の外にいる時用の真面目で威圧感のある顔をしている。


 そのせいで、呼びにきた近衛騎士がさっきから五度見くらいして困惑している。可哀想に。


 ちなみに私は私で困っている。

 とりあえず、陛下のところに着く前に、ここから出たいと思ってたんだけど、実はさっきから絶妙にハマってる。


 この、モフモフの尻尾が絶妙に隙間なくポケットにジャストフィットして、摩擦諸々で出られないのだ。


 最悪だ。


 こんな状態で陛下に謁見したくない。


「どうした?腹が減ったのか?」


 そう言ってノワール様は私にどこからともなくどんぐりを出して、渡してくる。


 そんな訳あるかい!


 これが王宮の廊下じゃなかったら、どんぐりを床に投げつけていたかもしれない。

 でも、どんぐりが落ちてたせいで王宮付きの侍女の掃除が行き届いてなかったと言われても可哀想なので、無碍にも出来ず。


 ……どんぐりのせいで両手の自由まで奪われてしまった。 



 いっそ、このまま人間に戻ってポケット突き破ってしまおうか。

 でも、ノワール様のこの上着、絶対高価そうなんだよなぁ……。

 弁償の二文字がどうしても脱走を妨げる。


 あぁ、なんでこんなことに。





「いやぁ……まさかそんなに気に入ったか」


 陛下は自室の椅子に掛けながら、私とノワール様を交互に見ている。


「何がです?」


「いや、どう考えても君の胸ポケットの話でしょ?」


 陛下は涼しい顔をしているノワール様にしっかりツッコミを入れる。


「それより、これから部下のおやつと運動の時間があるので早く終わらせましょう」


 ノワール様??

 陛下に何言ってるんですか??

 それにこの人、まだあの回し車諦めてないのか……。


「君ね、構いすぎると、彼女ハゲるよ?」


 ハゲるの??

 私は思わず、自分の頭部を確認した。


「大丈夫です、適正距離なので」


 ノワール様は当然のように即答した。


「ヂューッ!!(絶対違う!!)」


 何、適当なこと言ってるのかと思ったら、ついつい大きな鳴き声をあげてしまった。


「リス語はわからないけど、否定してる気がするよ?」


 陛下、わかってらっしゃるわ!


「喜んでるだけです」


 そう言って、ノワール様は私の頭を指で撫で撫でして、またどんぐりを渡してくる。

 

 あなたはそれだけリスが好きなくせになんでわからないんですか、ノワール様??


「いやそれ、君がそうであって欲しいだけの願望なのでは?」


 陛下っ!!

 私、なんだか陛下がとてもいい人な気がしてきました。


「違います」


 ダメだこの人。

 早くなんとかしないと。


「宰相、彼女はあくまでリス獣人で人間なんだからくれぐれも嫌がることはしないように」


「私がストライキを提案したら速攻でリス係を設立し、彼女の人権を無視した陛下がそれ言えますかね?」


 ええっ??

 なんですかそれは?


「私に非情な決断させたのは君だからね??」


 陛下、いい人だと思ってたのに。

 最低!裏切り者!


「おっと、そろそろ戻っていいですか?」


 そう言って、ノワール様は懐中時計で時間を見た。

 この人マイペース過ぎない??


「いや、私まだ何も話してないけど?」


 そうだ。

 まだ、陛下の話は何も聞いていない。

 しかし、ノワール様ははぁと息を吐いた。

 陛下の前でため息??


「移民の件なら既に処理しておきました」

「あ、あぁ」

「彼らの受け入れ口として労働協会にも掛け合いましたし、空き家を居住スペースにできるように手配をしたので問題は解決してます。あ、これ今回のことにかかる予算と移民の人数をまとめた書類と今後起こりうるトラブルと対処法です」


 そう言ってノワール様はどこからともなく折れ目ひとつない数枚の書類を取り出して殿下に渡す。

 え、相談される前から対処してたってこと?


 しかも、陛下が大人しく渡された資料を確認してる辺り、本当にこの件の相談だったらしい。



「……本当に君ってやつは……ん?でもそれじゃなんで来たの?書類だけ近衛に渡してくれても良かったのに」


「その資料を作った可愛い部下を自慢しに来ましたが?」


 あ、そう言えばあれ、私の作った資料だ。

 もちろん、ノワール様の指示通りにまとめただけだから、一から作ったわけじゃないけど。


 なんだ。

 リスの時以外も、見てたんだ。



「あぁ……そうなの……ご苦労様」


 陛下は、親馬鹿な保護者と生徒を見る教師のような目をしていた。


 なんだか妙に照れ臭い。





 陛下の執務室から出てきたノワール様は、廊下を歩きながら急に話し始める。


「正直、君のことは100%私の独断と好みに振り切った公平さのカケラもない採用だった」


「ヂュ?(え?)」


 いや聞きたくなかったよっ!

 確かに、私はリス好きのノワール様を誘惑(?)したが、100%はあまりにもひどいっ!


「なので実力は期待していなかった。しかし、君の仕事は誠実で、丁寧で、本物だ。まだ粗削りなところはあるが、これから成長を期待してる」


 な、なななんですかそれ?

 急にご褒美ですか??

 あ、どんぐりはいらないですっ。

 ってか、無理やり口に入れんなっ!


 ぼんっ!


 私は思わず、リスから人間に戻る。


 ちなみにノワール様の服の胸ポケットは死んだ。


「ノワール様っ!そう言って下さるなら、是非もう少し補佐官の仕事を増やしてくれませんか??」


 少しでも、仕事で認めてくれているなら、自分の欲望よりも私の成長を優先して……



「ダメだ!私のリスを愛でる時間が減る!」


 ……くれないやつだった。

 なんて欲望に正直なんだ。



 いや、でも諦めない。


「補佐官の仕事の時間を増やしてくれるなら、一日一回、尻尾モフモフする時間をつけます」


「は?」


 ノワール様は、ぽかんとした顔をしている。

 そこにさらに畳み掛ける。


「リスの姿の時より尻尾が大きいので、尻尾吸いも出来ますよ」


「尻尾吸い?」


「尻尾に顔を埋められます」


「なっ……ウォルナット補佐官!君はとんでもないことを考えるな。これが、魔性の女というやつか」


「多分違います」


 それで心が揺れるのはあなただけです。

 やめて下さい、王宮の廊下で崩れ落ちないでください!


「全く、宰相の私に交渉を持ちかけるとは恐れ入る。ならリス係は十四時半からでどうだ?」


「十六時」


「十四時四十五分」


「十五時半」


「十五時だ!これ以上は譲らない!」


 一時間減った。

 これは大きい。


「それで手を打ちましょう」


「交渉成立だな」


 こうして、私はリス係を一時間減らし、無事文官としての時間を一時間増やすことに成功した……







 ……はずだった。


「あの……ノワール様?」


 確かに一時間、リス係の時間は減った。


「どうした、ウォルナット補佐官?」


 ノワール様は私の尻尾に顔を埋めながら、こもった声でいつも通りに話す。


「その、そろそろ……離してくれませんか?」


 しかし、文官の仕事の時間は30分しか増えてない。 だって、ノワール様が30分も尻尾を触っているから!

 出来れば一秒でも早くここから逃れたい。


 他の補佐官達が、さっきからやべー奴って目でこっちを見てる。


 リーチ補佐官だけなんか花でも鑑賞してるみたいな微笑ましそうな顔してますけど、絶対心では馬鹿にされてると思う。


 私は今、何故かノワール様の膝の上にいる。


 しかも、私が逃げようとしたのでバックハグのような状態でガッチリ固定されている。


 その状態で尻尾に顔を埋められてるのは、どう考えても変っ!


 いかがわしすぎる!!


「何故だ?君は一日一回と言った。時間も指定していない。だから今は一回の途中なのでなんの問題もない」


 確かに!確かに時間は言ってない。

 言ってないけど!


「限度ってもんがあるでしょ!」


 私はジタバタと体をバタつかせる。

 というか、この人、力強っ!


「ご褒美が欲しいのか?ほら、木の実をあげよう。早く頬袋に詰めなさい」


 そう言って、ノワール様は私を片手で支えながらどこからともなく手のひらいっぱいのどんぐりやカボチャの種、胡桃などをちらつかせてくる


「人の姿の時はないですから!!というか!こんな姿他の誰かに見られたら……」


「失礼します、ノワール閣下。陛下が至急ご相談したいことが……あっ……」


 ほらあぁぁぁぁっ!!

 陛下の近衛騎士の人、固まってる!!


「今忙しい。待たせておけ」


 それ絶対、リスの尻尾に顔埋めながら言うことじゃないです、ノワール様!!


「で、でなおし、ますぅ?」


 近衛騎士動揺してるじゃん!

 負けないでっ!!!

 それでこの人回収してってぇぇ〜!!




 その後、陛下より「お願いだから城の風紀を乱すような真似だけはやめてくれ」と私とノワール様は陛下に泣かれ、結局尻尾を触らせる代わりにリス時間を減らす話は白紙に戻った。





 つづく?






二人の関係は始まったばかり。

もし、続きが気になる方はポイント、リアクション、感想などで応援お願いします!

また、愛する番のために過去をやり直す和風恋愛ファンタジー「白狐の番」も連載中です。

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