人魚姫だけど泡になりたくないので王子を殺すことにした
王子に恋した人魚姫は海の魔女と契約し、美しい声と引き換えに陸を歩くための足を手に入れました。全ては王子との恋を成就させるためです、
ですが――そんな人魚姫の恋心空しく、王子は別の国のお姫様と結婚することが決まってしまいました。
王子と結ばれなければ、人魚姫は泡となって消えてしまう。それが嫌なら王子を殺さなければいけません。
哀れな人魚姫は、一体どうするのでしょう。
「よし、王子を殺すわ」
待ちなさい、人魚姫。決断が早くないですか、少しは躊躇いなさい。
「だって、王子を殺らなきゃこっちが泡になって消えちゃうのよ。それぐらいなら相手を泡にするわ、男なんてシャボン玉よ」
切り替え早すぎるでしょう。一度は愛した男ですよ、情けというものはないのですか。
っていうか、声を失ったのになぜ普通に喋れるんです?
「海の国の人魚言語で喋ってるってことにしてちょうだい。実際、王子に何度かアプローチしたけど全然伝わらなかったし……」
人魚姫は苛立たし気に語り続けます。
「だいたい、根性がないのよ。よその王子はガラスの靴を持って国中駆けずり回ったり、眠り続ける姫のために茨の中を突き進んだりしてるのに。思い起こしたら、腹が立ってきたわ……あの王子、海の藻屑にしてやる」
泡でも藻屑でも、とりあえず王子を始末する意思は固いようです。この人魚姫は失恋すると、徹底的に相手を拒絶するタイプのようですね。
「じゃあ、早速行くわよ」
そう言って人魚姫はチェーンソーを取り出しました。
いや、あなた海にいるお姉さまたちから王子を殺すための短剣をもらったでしょう。なんでそっちを選ばず、そんな物騒なものを取り出すんですか。
っていうか、それどこから取り出したんですか。
「お姉さまが大事な髪の毛を切ってまでくれた短剣を、汚ねぇ血で汚すわけにはいかないわ。それに先週は十三日の金曜日だったし、確実に仕留めるならチェーンソー一択でしょ。去年はチェンソーの少年が登場する映画がヒットしたし、私もサメに乗ってド派手なバトルを繰り広げるわ」
色々アウトな戦いをしようとしないでください。
それに、あの十三日の金曜日の殺人鬼は「実は作中で一度もチェーンソーを使ったことがない」ということは映画ファンの間では有名なトリビアですよ。
「え、そうなの」
そうです、だからチェーンソーはやめなさい。
「そうね、それにチェーンソーは音もすごいし殺す前に気づかれて暗殺失敗する危険性もあるわ。もっと別の、クロスボウみたいな静かな武器にしましょう」
なんでそんなに殺傷能力が高い武器を選ぼうとするんですか、人魚姫。
結局、海にいるお姉さまたちからもらった短剣を装備することにした人魚姫は王子の寝室へと向かいました。何も知らない王子は自室のベッドですやすやと眠っています。
……仮にも一国の王子の寝室に、侵入するのがどうしてこうも簡単なのでしょう。この国のセキュリティはどうなっているんでしょうか。
「それにしても、なんて間抜けな寝顔。こんなの陸に上がったブロブフィッシュじゃない。なんで私、こんな人間を好きになったのかしら」
好きじゃなくなった途端、えげつない罵倒しますね人魚姫。
とはいえ、さっさとしないと人魚姫が泡になってしまいます。こうなっては腹を括るしかないでしょう。
人魚姫は短剣を振りかざし、王子の首元を突き刺そうとします。
ですが――その動きがぴたりと止まりました。
あぁ、あれだけ殺意が高かったとはいえ一度は愛した王子様です。最後に王子への愛情が勝ってしまったのでしょうか。
「ちょっと待って。人間って、どこを刺せば死ぬのかしら」
そこですか?
「だってタコは脳や心臓が複数あるし、足を切っても再生するわ。人間もそんな感じで、突き刺しても致命傷にならないところがあるんじゃないかしら」
心配せずとも、人間はそこまでタフな生き物ではありません。首を狙えばまず死にます。
「首? 頭のこと? 人間の頭って、顔がある部分で合ってるの? 海洋生物だと生き物によって頭が全然違う場所にあるわよ?」
海の世界の常識を陸で通用させようとしないでください。人間の首は頭と胴体を繋いでいるところです。他に首なんてありません。さぁ、早くしなさい。
「なんだかんだあなたもノリノリじゃない。……じゃあ、とっとと殺るわよ」
気を引き締めて、今度こそ腕を振り上げる人魚姫。
ですが――その途端に王子様が起き上がりました。
王子は右腕で人魚姫の動きを最小限の力で軽くいなし、もう片方の腕で人魚姫を強く突き飛ばしました。人魚姫が怯んだその隙に王子はくるりと前転するようにベッドから抜け出し、素早く戦闘態勢を取ります。
「何者だ!」
鋭く問いかける王子は、先ほどまで眠りこけていたのが嘘のようにはっきりとした目をしていました。
その急変ぶりに、人魚姫は明らかにキュンとしていました。ブロブフィッシュとか言ってたその顔に、完全に見惚れていました。絶対、恋心を捨てきれずにいましたね。ですが、自分が窮地に立たされていることに気づいたらしく――咄嗟に短剣を構えます。
「愛するあなたにあんなにもアプローチしていた私の顔を、覚えてもいないのね……! 許さねぇッ! 絶対にぶち殺すッ!」
口調が荒くなっていますよ、人魚姫。そんな言葉遣いしてはいけません。
「ぶち殺しますわ! 私が泡にならないために!」
言い直せばいいって話ではありませんよ。
っていうかこの物語、ここからバトル展開になるんですか?
先ほどの動きを見るにこの王子は、それなりに武術の心得があるようです。素人の人魚姫はおそらく不利でしょう。あぁ、もう海の魔女も予想していない血みどろの戦いで人魚姫の人生は終わるのでしょうか。
「君……今『愛するあなた』と言ったか?」
「えっ、あ、その……」
あれ、なんですかこの流れ。
「……僕はずっと、運命の愛を探していた。自分を愛さないとわかっている王女と結婚が決まってからも、ずっと……それでも君は、僕を愛してくれるのか?」
「っ……はい! 王子様! 私と結婚してください!」
は? 何を勝手に話を進めているんです、二人とも、ふざけているんですか?
まず、人魚姫は海の国の人魚言語で喋っていると言っていたじゃないですか。なんでそれが人間の王子様に通じるんです。
それに王子も、いくら愛がないとはいえ既に決まっている結婚を簡単に投げ出せるわけないじゃないですか。ただでさえ離婚は結婚の何倍も大変なんですよ、一国の王子が無責任かつ適当なことを言わないでください。
「あっ、お姉さまからもらった短剣が泡に変わっていく……」
言いながら、人魚姫が自分の手元を見ました。泡は巨大なシャボン玉になり、その中には手書きのメッセージが浮かんでいます。
『ハッピーエンドおめ~』
『サービスで声、返しとくわ~』
『たまには海にも里帰りしてきなよ~』
『陸のお土産買ってきてね~』
『お幸せに~』
ずいぶんと軽いノリのそれらは、海の魔女や人魚姫の姉たちからでした。
「よくわからないが、どうやら祝福されているらしいな……!」
「お姉さま、海の魔女様……! みんなありがとう! 私たち、幸せになるわ!」
人魚姫は王子と見つめ合い、うっとりしたかと思うとそのまま踊りだしました。この二人、頭の中がお花畑を通り越してフラワーマーケットです。
……これで話は終わりですか?
仕方がありませんね。語り手としての役目は果たしましょう。
こうして人魚姫は王子様と結婚し、二人は末永く幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。
……そうはならんやろ。




