【9】健全な勇者育成計画
――――海の街アズール
前世でも企画書報告書始末書。異世界でも企画書報告書。始末書は……まだだが。
転生者で良かったと思えるのはこれらの書類作成スキルがあらかじめ身についていたことか。
「デイルってストレートで読むんだ」
俺が電子キーボードを叩く隣でクロウが意外そうにカップの中を見てくる。
「あー……眠い時は。疲れてる時はカフェラテとかにするけど」
「いや、その年で何でもコーヒーベースなのが驚きなんだけど」
「え……」
年相応ならばクロウのメロンソーダみたいなものだろうか。企画書を前にしているからか、確実に前世の社畜が出ている。
「で?これからの冒険はどうするつもり?」
「んー……そうだな。まず第一にやることはアンジュのレベル上げだ」
「ヒーラー職だから経験値を稼ぎにくいってのもあるけど……」
クロウが何を言いたいのかはすぐに分かった。何故なら俺も同じことを思っていたからだ。
「ジルには勇者のレベル補正があるから魔物のレベルが多少高くても戦える」
ジルの今のレベルはおよそ60。ここから+30くらいまでなら戦えるはずだ。
「けどアンジュはレベル30だ」
そこまで上げられたのもさすがだ。イスキオスに戻るまでの俺よりも高い。
「そうだね。いくら勇者が強くても、消費したHPを完全に回復することができない」
「だな。今のジルは初期装備だからその分相応のダメージを食らう。それを補えないんだ」
「そう言えば……ジルもアンジュも初期装備と呼べるようなものを使ってる……何故だ?」
「理由なら想像がつく。ゴルトのやつが根こそぎ奪ってたんだろ」
実家の金も使いつつ……ジルたちが頑張った分まで。
「なら今は?」
「そうだよな」
幾つか簡単なクエストはこなしている。
「あと気になったことがあるんだけど」
「うん?」
「……食事、質素すぎない?」
「……」
昨日の夜はひとりひとつサンドイッチだったな。
「いくら冒険や旅に金はつきものと言ったって成長期じゃん」
「……家計簿を確認する」
「家計簿って何?」
「お小遣い帳の大人バージョンだ!」
この世界の俺たちはもう成人してるがな!
――――早速宿に戻れば聖剣の手入れをするジルがいた。
「ジル!」
「デイル、クロウ。戻ったのか」
「ああ、早速で悪いが……家計簿もしくはお小遣い帳に相当する帳簿を見せてくれ」
「え……?そんなのないけど」
そういやそんなの書かせたこと……なかったか?むしろ持っているところも見たことがない。
「それじゃあ昨日請け負ったクエストの報酬は?」
「500ゴルだよ」
簡単な円換算は+0ひとつ。つまりは5000円。物価の例で言えば俺のさっきのコーヒー代は20ゴル、ポーション1本50ゴル、宿代一晩一部屋毎50ゴル。カッツカツじゃねえかっ!
「昨日受けたクエストは3つだったよね。報酬は……合計で3000ゴルはくだらなかった気がする」
そう……だよな?アンジュがDランクだからCランクまでのクエストで済ませているとはいえ危険の伴う冒険者業。達成報酬はそれなりにあるはずだ。
「ギルドの仲介手数料を引かれたとしても少なすぎる」
「けどずっとこんな感じで……」
ゴルトがいた頃と何ら変わらぬ報酬。原因はゴルトだけではなかった。
「……ギルド行ってくる」
「それなら俺も……」
「アンジュと行き違いになったら困るだろ?」
ギルド主催のヒーラー研修に行っているはずだ。
「それにジルは俺たちの戦力なんだから」
「……今はデイルたちの方が」
まさか俺もジルを追い越すとは思ってもみなかった。俺はただ隣に立ちたかっただけなのに。
「バカだな、ジル」
「……っ」
「俺はジルのためにと思って強くなれたんだ」
「……それは」
「だからこれはジルの力だ。だからジルはもっと強くなれる」
「本当に、そうなのかな」
「そのために行くんだ。俺はジルのために。俺にしかできない戦いに。だからジルはジルにできるように戦えばいい。それはジルにしかできないことだ」
「俺にしか……」
「ああ。お前が戦いやすいように……それが俺の使命であり、誰にも譲れない戦いなんだ」
「村のことも、そうだったな」
ジルはホッとしたように微笑む。
「ああ、だからジル。お前は村にいた頃と同じ。俺の憧れなんだよ」
だから俺はあの村を選んだんだ。
……さっきよりはましな顔になったな。
「行こう、クロウ」
「分かった」
街の雑踏から人目を避けるように闇の住人に紛れれば目当ての門を叩く。腕の証を見せれば難なく門番に通された。
「でもさ、デイル」
「うん?」
「デイルなら資金を援助することも可能なんじゃないか?」
「兄ちゃんからの仕送り?」
イスキオスからの報酬もあるが。
「そんなことやったら俺はジルと親友でいられなくなる」
「……それは」
クロウがハッとする。
「それにそれは美学に則っているか?」
「いや……違うかも」
「そう言うこと」
勇者が自分で努力しないで名声を上げたって何の意味もない。だがその努力を横からむしりとるのならこれはイスキオス的に完全にアウトである。
「そしてイスキオスの美学に反するならやりたい放題だ」
にっこり笑顔でカウンターに身を乗り出せば思いっきり嫌そうな顔をされる。
「……そんで坊っちゃんは何をお望みで?」
「勇者ジルパーティーのこれまでのクエスト記録と報酬の分配記録」
「……表ギルドの取り分もで?」
「もちろん。ハッキングしてもいいが」
こっちにはハッキングのプロことルキがいるからな。
「また表ギルドのハッキングされたら裏が始末書なんですよ」
「あ、こっちが作るんだ」
「こっちは情報間諜のプロですんで」
そこを守ってるのは裏ってことか。
「なら頼める?」
「いくら坊っちゃんとは言え依頼料はかさみますよ」
「構わない。イスキオスに請求してくれ。経費で落ちるから」
これは健全な勇者育成のための必須事項。
「アマリリス姉さん宛で」
「承知しました。10分ほどでダウンロードデータを作成しますので」
それだけでできるとはさすがは情報間諜のプロである。
そして入手したデータはとんでもないものだった。
「あのさ、このギルドの取り分何?」
ギルド:2500ゴル、ジルパーティー:500ゴル。ギルドの取り分が5倍である。
「表ギルドの正規の仲介料は基本は1~2割だろ」
ギルドの取り分とジルの取り分がほぼ逆である。
「勇者の支援のためにギルドが得ている分だそうです」
そこまで記録を確認してくれたのはありがたいが。
「支援も何もジルもアンジュも初期装備だし、毎日の食事もカツカツだ」
「ま、でしょうね」
「ならそれらはどこに流れていた?」
「この前イスキオスの餌食担ったボンボンにいくらか」
「それ以降は」
「……裏金と言えば分かります?」
「まあな。だけどそれ……」
受付にぐいと距離を詰める。
「悪いとか悪くないとかそれ以前に……イスキオスの美学に反する」
「ひ……っ」
受付の顔がひきつる。これが表の受付嬢との違い。受付であったとしても裏に精通していないなんてことはまるでないのだ。彼らも裏の恐さをよ~~く知っている。
「良かったな。俺は兄貴ほど冷酷無比じゃない」
「……ギルマスに話通してきます」
「よろしく。話まとまったら連絡して?」
にこりと微笑めば受付がバタバタと2階に駆けていく。
「こうしてみると似てるって思うよ」
「……え、そう?てかクロウ。知ってんの?」
イスキオスの総帥とは言え顔を見られるのはごくわずか。相当信頼を積まないといけないのに。
「言ったことなかった?養い親が幹部」
「初耳」
「言いそびれてたか」
「……いや、そんな呑気な。ほんとびっくりした」
しかも知り合いだったらどうしよう。
さて、連絡があるまではジルたちとと思ってみれば通信が入る。
「クレア、どうした?」
『アンジュちゃんのことよ。ちょっと困ったことになってるの。表ギルドに来られる?』
「もちろん、すぐ行くよ」
クロウと顔を見合わせて頷いた。




