【8】再出発
もう負けはしない。勇者の隣に立つ用意は出来ている。
「ぶへうっ!!?」
間抜けな声を上げて崩れ落ちるゴルト。
「無事か、ジル。アンジュ」
「デイル!?」
「デイル!」
自分の目が信じられないとばかりに驚くジルに、飛び付いてくるアンジュ。
「何で……いるのよ……バカっ」
「はいはい」
安定のツンデレで俺は安心だ。泣きじゃくるアンジュをぽふぽふとあやしていれば、視界の端によろよろと立ち上がる影を捉える。
「て……めぇ、デイル!この俺に対して何をしやがったのか分かっているのか!」
「は?お前こそジルとアンジュに何をしたのか分かっていないのか」
アンジュを後ろに下がらせれば、ジルもアンジュに手を出させまいと隣に立つ。
「黙れ!役立たずなら役立たずらしくだこぞでおっ死んでいれば良かったものをよおっ!」
それは無理な相談だな。俺はイスキオスの源流なのだからお前には無理だ。
「この俺を殴るだなんて……村がどうなってもいいようだな!」
その言葉はジルと俺にとっての弱点。
「お前は未だにそう思っているのか?滑稽だな」
「デイル?」
「大丈夫だ、ジル。村に危険なんてないんだよ」
「なら今すぐにでも親父に伝えてやるっ!勇者の生まれ故郷ブラン村を村人ごと焼き討ちにしろってなぁっ!!?」
よくもまあそんなことを衆目の面前で言えるものだ。
「なら伝えれば?」
「後悔しても知らないぞ!」
ゴルトは魔道通信機の電源を入れる。
「……?……何で……何で出ねえんだよ!」
あーあ……イスキオスならステータス拡張で通信アプリを入れられるが、三流……いや没落四流貴族の子息には魔道具が限界か。それらは既に国に押収もしくは破棄されているはずだから出るものもいない。
「お前、知らないの?」
掌にボウッと投影された魔法モニターには先日行われた王都の処刑風景が映し出される。
その映像を見てゴルトが顔を青ざめる。
「ウソだ!作り物だ!何で親父やおふくろ……妹がっ!おい、この役立たずのデイル!これはパットウ凖男爵家への侮辱た!平民が貴族を侮辱すれば死刑と決まってるんだよ!」
決まってねえよ。そんなことをするのはお前らみたいなクズどもだけだ。
「お前は貴族なんかじゃない。既にパットウ家は没落、ブラン村含め領地は国が任じたアール伯爵家が管理している」
「は……?ウソだ……そんなのはっ」
「ならギルドに確認してみるか?」
「……事実です」
ギルド職員が念のため情報を調べ、静かにそう漏らす。
「そんなはずはっ」
「ここのギルド職員ならお前の息のかかった受け付け嬢のように嘘八百並べたりはしないだろ」
俺が冒険者を辞めると言いふらしたり、それゆえに無許可でギルドカードを破壊したりなどと。
「もう息をかけようとしても無駄だろうがな」
貴族の言葉に踊らされた受け付け嬢もいたそうだが、今や自業自得な没落貴族子息だ。
「ウソだウソだウソだ――――っ!」
ゴルトが斧を振り上げ迫ってくる。
「こんなところで!」
ジルが急いで聖剣に手を添える。
「問題ない、ジル」
マジックボックスから取り出したバトルアックスは室内でも扱える小回りの聞くものだ。
「はんっ、そんなガラクタで……っ」
「いい斧の目利きもできないのか?」
次の瞬間、ゴルトの斧を受け止めれば粉々になったのはゴルトの斧の方だった。
「は……?」
「ちょうどいい。斧もお前に持たれるだなんてたいそうな不服だろう」
いっそのこと素材に還って心機一転鍛え直してやった方が斧のためでもある。
「お前……なんかが……そうだ、お前がその斧を寄越せぇっ!」
「は?嫌に決まってんだろ」
兄ちゃんが押し付けて来たとはいえ、弟として嬉しくないわけでもない。それにこの斧には兄ちゃんの過保護だけじゃない。訓練で苦楽を共にした思い出の数々がある。
「お前何かが持つには分不相応だからだよ!」
「それはこっちのセリフだ。力で他人を脅すようなやつには相応しくない」
「てめぇっ!」
「今まで憂さ晴らしをしていた俺を追い出したからと、次は非戦闘員のアンジュを標的にする。そんな狡いやつにはな!」
「……っ」
やっぱり図星かよ。
「この……かくなる上は……っ」
ゴルトがニヤリとほくそ笑み、背後から何かを取り出す……が。
「もらい」
「へ?」
次の瞬間にはクロウの手に渡っていた。
「何かのアイテムかな?ギルドに鑑定してもらえばすぐに分かるはず」
相変わらず手際が鮮やかである。
「てめぇっ!返せ、ガキがぁ……ぶへうっ」
クロウも俺も武器を構えるが、ゴルトはその前にぶっ飛ばされた。
「さっきから聞いていればよおっ!ふざけんじゃねえぞこのクズが!」
「聖女のお嬢ちゃんに八つ当たり?暴力で女を脅すなんて最低ね!」
「何が貴族だ!没落貴族が偉ぶってんじゃねえぞ!」
周囲で様子を窺っていた冒険者たちが一斉にゴルトに詰め寄りボコボコにしたのだ。冒険者とは時に熱くなりすぎるところがある。俺もよく知ってるよ。
「あっちはほどほどのところでギルド職員たちが止めるだろうから……まずはジル、アンジュ」
「デイル……戻ってきてくれたのか」
「ほんと、心配したんだから」
「ああ。俺もあの後、鍛え直したんだ。お前たちと一緒にまた旅ができるように。クロウもその時に出会った仲間だよ」
「よろしく」
クロウが名乗れば、ジルとアンジュは驚きつつも頷いてくれる。
「俺は勇者のジル……いやジルベール……」
一瞬ジルが目蓋に影を落とす。
「いいよ、ジル。もうそんな名前は名乗らなくていい」
「……デイル」
「元凶はもういないんだ。あいつらは妙な貴族の見栄とかでお前の名を貴族のように変えさせた。けどあいつらがいなくなったんだ。お前はもう、ジル・ライトだ」
「ああ……!俺は勇者のジル」
「私はアンジュよ」
「それでその、2人とも。俺はまた、お前たちと旅がしたい。ジルとパーティーを組みたい」
「組むもなにも、俺はデイルを追放したつもりはない。全部ゴルトの独断だ。パーティーリーダーは俺なんだから俺が追放していないのならデイルはまだ仲間だよ」
「そうよ!当然じゃない!」
思えばそうか。ゴルトはパーティーリーダーになりたがったが、勇者パーティーで勇者がリーダーじゃないなんてことは世間的な風潮が認めずギルドもそうさせたのだ。それだけはゴルトが実家の権力を仄めかしても無駄だった。
「それにこれからはクロウも一緒に来てくれるんだよな」
「仲良くしましょうね!」
2人もクロウに好意的で良かった。
「ねえ、デイル。逆に心配になるんだけど、この2人」
ボソッとクロウの呟きが聞こえる。
「……だからこそついていくんだ」
「よく分かった」
「そうだ!ジル、パーティーメンバーが増えたんだから、宿!」
「ああ、追加で部屋をとった方がいいな」
いや、そこは既に根回し済み……だからすんなりいくか。
2人が取っている宿に合流し、アンジュは元々の1人部屋。俺たちは3人部屋に移ることになった。
「デイル、夕飯は……」
「ああ、ジル。外にでも……ごめん、通信が」
ステータス画面を確認する。
「ちょっとギルドに忘れ物したみたい。行ってくる」
「そう?なら俺も……」
「隣にアンジュもいるんだから、何かあったら困るだろ?ジルはゆっくりしてて」
「そうだよ。お前らどっちも過保護すぎ。再会する前からそうなの?もうあの没落貴族みたいな脅威なんて暫くはない。もう少し気を落ち着けたら?」
クロウの意見が的を射すぎている。が……俺の過保護の方は大目に見てくれるようだ。
クロウにジルとアンジュを頼みつつ、俺はローウェンとキールに合流する。
「俺のギルドカード」
「無事復活して良かったねえ」
「うん、ローウェン」
カウンターで受け取ったのは二枚のカードである。
「しかも裏ギルドカードまで?」
「イスキオスはみなそうですよ」
ニコッとキールが微笑む。まあイスキオスへのパイプも持ってやがるところだからな。無理もない。
「でも……表のギルドカードのランクがCになってるのはなんで?」
「それだが、どうも不正にDランクのままにされていたらしい」
裏ギルドの一郭でローウェンに教えてもらったのは驚きの内容だった。
「それに関わったのはそれを壊した受付嬢だったとか」
ゴルトと関係を持っていたから俺たちの担当になっていた彼女か。
「彼女はどうなったんだろう?」
「むろん、ギルドは追放だ。さらに敵に回したのはイスキオス。裏ギルド送り」
絶対にろくなことにならないな、それ。
「喧嘩を売った相手が俺じゃなければ闇ギルド送りは免れたのかな?」
「さてな、他にも色々と余罪はあるようだし、裏ギルドに回されて尋問なんてことも考えられるだろ」
花の受付嬢だからと、華々しい世界だけが待ち構えているわけではないってことか。
「それと、デイルさま。総帥がそろそろとお呼びです」
「分かったよ、キール」
キールから仮面を受け取り、案内されたのは裏ギルドの専用部屋だ。
「待っていたよ、デイル」
そう言って総帥の顔で笑う。
それは妖艶でもありひどく冷酷である。
総帥の視線の先には表で冒険者たちにボコられたゴルトがいた。その後は裏ギルドに連行され、イスキオスの構成員たちの拘束を受けている。
「だ……だずげ……へぶっ」
涙目で訴えつつもその手のプロは手を緩めることはない。
「国の逆賊を差し出した礼にと弾んでくれたんだ」
ま、パットウ家は国どころか世界の英雄である勇者の故郷を人質に、自分たちの都合よく名前すら変えさせたんだもんな。まさに国の恥。
そして一番の大罪人となったのはそもそもの元凶だった。
「勇者がヒーローであること。それは美しい世界の管理のために必要な【美学】のひとつ。それともうひとつ」
「イスキオスの源流に手を出すことは【美学】を揺るがす大罪」
「そう。だからこそだよ。デイルの顔に傷をつけたクズがタダで死ねるはずがないだろう?」
この兄の残酷な憎悪の原点はそこである。はあ……全く、昔からブラコンの域を脱している。
スタスタとゴルトに歩みよった姿に、彼は驚いて俺を見る。
「だ……だずげ……っ」
今までの構成員と違うと感じたのだろうか。そうだな、俺には確かに兄ちゃんの感性は分からないけど。
「何で?」
仮面を外して素顔を見せればゴルトが茫然自失とする。
「何で……お前がっ」
「それはお前が俺の大切なもんに手を出したからだ」
「ま、まさか俺が砕いた……斧?あんな脆い斧、砕けて当然だろ!それが気に入らなかったか?なら謝るからさっ!」
確かにあれも大切なものだったが。
「お前はジルとアンジュを苦しめた」
「は……?」
「俺だけな良かった。それであの2人を守れたのなら、俺は望んで盾になろう。だがそうじゃない。それだけじゃ守れなかった」
現に追放され、ゴルトの村への脅しはジルに。暴力の脅しはアンジュに向かった。
「俺にもっと力があれば……。俺にジルの隣に立てるような力があれば。だから身に付けたまで。お前を絶対に許さないために」
「……っ」
もうそこには俺に噛み付こうとするゴルトはいない。最期の最期で本当に助けてくれるものなどいないと悟ったかのように。
「俺もイスキオスだ。イスキオスの【美学】に従う」
踵を返し立ち去ればもう後ろを振り返ることはない。ゴルトの悲鳴に立ち止まることなどない。
「もう行っちゃうのか、デイル」
「ジルたちが待っているから」
「ま、一番近くにいるのもまた動かしやすい」
そのための企画書は出したからな。
「キール、ローウェン。後の事もお願いね」
「お任せを」
「陰ながらサポートするから、何かあったら通信いれる」
「うん、よろしく」
俺はまた光のもとへと戻る。
闇の住人には明るすぎる場所かもしれないが、それでも俺は勇者ジルの隣に立つのだ。




