【7】美学
――――海の街アズール
カモメの声と活気溢れる市場。異世界転生者なら間違いなくテンションの上がる港町だ。さらにはおしゃれな海辺の街の音楽を聴きながらコーヒーとはなかなかに快適だ。
「勇者たちの滞在している街は……ここで間違いない。表ギルドのデータを……ハッキングした」
「相変わらずすごいな、ルキ」
俺が小型の魔動モニターで仕上げているのは企画書だ。任務を果たすにも無計画とは行かない。
小隊長ならその上のアマリリス上官に提出し最終許可を得る。実地調査をした上でこうした企画書を出すのは義務である。
「イスキオスでも長いんだな」
「……知って……いたのか」
「俺のイスキオスの証は総帥の一族のもの。【源流】だ。証を持っているものなら腕を見せなくても分かるよ。訓練卒業の時もみんなに見えないようにしてたし、反応薄かったし」
「……何も、言わなかったな」
「隠れ試験官とかかもしれないし、俺、ちゃんと訓練受けたかったから。ちゃんと同期って扱ってくれるルキとの関係を崩したくなかったんだ」
「……そう言う、ところが……」
「……え?」
「いや、訓練後もこの小隊で……良かった」
ルキは選んでくれたんだな。
「あと……ここで待ってて。待ち人……来るから」
そう言うとルキは席を立ってしまう。何だ?先に宿に戻るのだろうか。それに待ち人ってジルのことじゃないよな?企画書はまだ出来てない。
やがて俺の目の前に座った人物に、危うくコーヒーカップを落としかけた。
「……兄ちゃん」
「ああ、デイル。元気そうで嬉しいよ」
俺と同じ黒髪に遮光グラスから覗くアメジストの瞳。しかし顔立ちは静謐とした美を感じさせる。
「……何で直接来てんだよ」
「だってデイルったらイスキオスに帰ってきたのに全然お兄ちゃんに会いに来てくれないんだもん」
「だもんって……俺は今は平構成員なの。おいそれと兄ちゃんに会えるかっての」
小隊長ではあるが、まだまだペーペーな新米構成員。さらにはお守り役なんて2人もいるからな。
「プライベートなら構わないだろう?」
「任務で忙しいの」
「だから会いに来たんだ」
「企画書書くので忙しいから」
「じゃぁデイルをじっと見ていようかな」
「……」
いつの間にか注文したコーヒーを啜る以外はほんとにじっと見てくるだけである。く……っ。
「分かったよ。ちょうど終わったし」
アマリリス上官に送れば完了……っと。
「なら軽食でも食べながら久々に語らおうか」
とは言え何を語らえばいいのやら。
「兄ちゃんの奢り?」
「ああ、もちろん」
「それじゃぁ……ガレットにしようかな」
「……意外だな。昔は骨付き肉とかとろとろすぎるチーズブレッドが好きだったのに。村に行ってから好みが変わったのかな」
どんだけ異世界メシに憧れていたんだ、当時の俺。
「た……食べたことがないから」
そう言うもと日本人にとってはおしゃれガレットは憧れなの!
「デイルが望むなら何でも用意してあげるのに」
「その何でもが恐いんだが。風呂のことはとても感謝してるけど……まさかブラン村に共用浴場設置したのも……」
「当然だろう?風呂がなくてデイルが泣いてしまったら困る」
「どんな過保護だよ……」
念願のガレットにナイフを入れながらボソリと漏らす。
「てか……あの村もイスキオスの息はかかっていたわけだ」
「そうだね」
「ああ。じゃなきゃ俺があの村で暮らす手配などできなかった。さらに勇者の生まれ故郷なんて押さえておくに決まってる」
「もちろん。抜かりはないつもりだ」
「ならなんでパットウ家を放置した?」
「放置はしていないよ。あれらはデイルにあげるつもりだったんだ」
まるでこうなるのが全て分かっていたような言いぐさだ。
「より面白くなったろう?」
「……」
「ついでに彼らの最期は華々しいものだった」
兄ちゃんが表示された魔法モニターには泣き叫びながら断頭台に消え行く彼らの姿がある。
「メシ時にやめろ」
「つれないな」
「でも映像はもらう」
「デイルもコレクションに加えたいよね。何たってお気に入りの勇者を苛めたやつらだ」
「違う。任務で使うんだ」
「何だ残念」
「俺は兄ちゃんみたいな趣味はないの」
カチャリと皿の上にフォークとナイフを片付ければ立ち上がる。
「それじゃ、ご馳走さま」
「もう行っちゃうのか。お兄ちゃん寂しいな」
「任務中なんだから。それと、ちゃんと仕事しなよ。総帥なんだから」
「ふふふっ。休憩時間にデイルを愛でる時間くらいはある」
どうなんだろうそれ。後で姉さんに聞いておこう。
「デイル。イスキオスの役割を忘れてはならないよ。何時なんどきも世界が美しくあるよう」
「分かってる」
その先に【勇者】の王道があろうが、そこにイスキオスの【美学】があろうが俺はもう自分の道を決めている。
※※※
アズールの街の冒険者街。冒険者だけではなくギルドを利用する旅人や商人もいるから雑踏に身を潜めるには最適だな。
「クロウ、クレア。メシは?」
「タコスだっけ?買い食いしたから平気」
「ええ。私もクロウと一緒にね。海の街のファストフードもなかなかね。でも……デイルも総帥とだなんて見たかったわ」
「え……?兄ちゃんのこと?」
「あら、総帥だけではなくあなたもよ。兄弟のオフ風景なんて貴重じゃない」
「ええ……そう?」
ぶっちゃけブラコンが重すぎてどうなんだろうと思うのだが。
「みんな交代でメシは食べられたようだし……今はどんな感じだ?」
「今はナルやルキが偵察中ね。ローウェンは裏ギルドよ。キールさんはナルに追っかけられてローウェンについてったけど」
何やってんの、キールは。まさかとは思うが、ネクロマンサーに正体バレてないよな?
「裏ギルドの方はローウェンたちに任せて……俺たちはルキたちと合流しよう」
「ええ」
合流地点に向かえば、あからさまに騒がしくなる。
「ギルド街なら賑やかなのも分かるがこれは喧嘩か?」
「デイルくーん、こちらへ」
「ナル?何があった?」
「ルキが見せてくれます」
「表ギルドの監視モニター……ハッキングした」
相変わらず何でもできるなこのひと。敵じゃなくて良かった。
しかし映すとしたら他ならぬジルたちのことだ。見れば表ギルドの中でゴルトが怒鳴り、泣きじゃくるアンジュをジルが庇っているところだった。
「突入する」
今回は仮面はいらない。素顔だ。
「クロウも来てくれ」
「分かった」
「うーん、私も行きたかったのに」
「……いや、いきなり美少女連れて合流したら何事かってなるから。クレア合流の計画もちゃんと立てているから、待っていてくれ」
「分かったわ。私はみんなとフォローに回るから」
「うん、任せた。それじゃぁ……我らの美学を瀆す者には制裁を」
『我らの美学を瀆す者には制裁を』
さあ、イスキオスの暗躍と行こうじゃないか。ギルドのロビーには案の定ゴルトの怒号が響き渡っていた。
「そいつが足を引っ張ったんだろうが!」
「やめてください!アンジュは非戦闘員ですよ!」
勇者が戦士に敬語を使うのはそれが年齢差って訳ではない。他が介入できない奇妙さがそこにある。
「だから役立たずだって言ってるんだろうがっ!」
ゴルトが振り上げた拳にアンジュが脅える。
「やめてください!」
ジルがその手を掴み防げばゴルトが舌打ちした。
「てめぇ、俺に逆らうってことは村がどうなってもいいんだな?」
ゴルトがほくそ笑む。
「……っ」
ジルが青い顔になり抵抗するのをやめれば、ゴルトはジルに殴りかかる。
「さあどけよ!お前は俺の言うことさえ聞いていればいいんだ、ジルベール!」
「黙れ、クズが!」
俺はレベル150の拳をゴルトの頬に叩き付けた。




